本当の自由
『申し訳ありません、隊長……犯人に逃げられました』
「そうか……だがそちらに怪我人が居なくてよかった」
犯人には逃げられた、か。
悔しさを感じつつも、部下に負傷者や死者が出なかったのは救いだろう。それに安堵しながら、さて父上には何と言い訳をしたものか、と頭の片隅で考え始める。
こちらはボリストポリへのトンネルへ向かっていたのだが、容疑者の車はどうやら峠道の方を迂回するコースを選んだらしい。それでこちらの追撃隊が交戦したようだが、あえなく返り討ち……容疑者はかなりの実力者なのだろう。
そう思っていると、別動隊の隊員はこう言った。
『連中、見た事の無い武器を使っていました』
「見た事の無い武器?」
『ええ、銃のようなのですが、その……恐ろしく速い速度で連発できるようで。こっちが1発撃ってる間に100発撃たれました』
「車にガトリング砲でも積んでいたのではないか?」
『いえ、手に持つタイプの銃から連発していたので……』
「……」
なんだ、その武器は。
こちらの射手が1発撃っている間に100発も連射していた……思い当たる武器はガトリング砲くらいしかない。上部から弾倉を差し込んで、手回し式のハンドルを人力で回す事で銃弾を連射、敵兵を掃射する事が可能なアレだ。憲兵隊にもそれを据え付けられた”タチャンカ”と呼ばれる馬車があるし、魔物の掃討作戦でも騎士団が使っているから見る機会は結構多い。
しかしガトリング砲はサイズが大きい上に、運用には多くの人員を要する。射手、装填手、助手の3人……攻撃時だけでもそれだけの人員が必要となるのに、運搬の手間まで考えれば1基でそれ以上の人員が居なければまともに使えたものじゃあない。
なのに、容疑者はそれを1人で行っていた……それも手に持って使う、一般的なタイプの銃で。
いったいどんな改造をした代物なのか。それとも、従来の小銃とは全く異なるタイプの武器を持っているとでもいうのか。
少なくともこちらの装備品よりは、かなり先進的なものを持っていると考えて良いだろう。これで迂闊に追撃するわけにはいかなくなった。敵が未知の装備を持っている以上、しっかりと情報を集めて対策を講じなければ死体の山を築き上げるだけである。無論、その素材となるのは味方の死体だ。
指揮官として、部下の損失は可能な限り避けなければならない。
受話器を左の耳と肩で挟みながら、ナターシャが持ってきてくれた地図を広げた。キリウからボリストポリまでの複数のルートが描かれており、そこには既に派遣された追撃隊の配置が描き込まれている。
今から残った憲兵隊で追撃すれば間に合うが……それはボリストポリ方面も、キリウの憲兵隊の管轄内であればの話だ。
「管轄外に逃げられましたね」
「……まいったね」
憲兵隊という組織内に、こういう派閥争いが無ければもっとスムーズに事が運ぶのだが。
今までの情報を統合すると、容疑者は既にボリストポリ憲兵隊の管轄内に入った。こちらから情報提供すれば向こうの憲兵たちもそれなりに動いてくれるだろうし、届け出をすればキリウ憲兵隊もボリストポリ領内での活動を許される……のだが、こっちは向こうの憲兵隊が良い顔をしないだろう。
というのも、キリウ憲兵隊とボリストポリ憲兵隊は犬猿の仲として知られている。
憲兵内部にも派閥があり、互いに互いを毛嫌いしたり、張り合っているのが現状だ。そんな状態で他の派閥の縄張りでこういう行動を起こせばどうなるか。非協力的な対応をされるのはまだ良い方で、捜査の妨害を受ける可能性もある。
本当に面倒だ……こういう組織は一枚岩でやってくれないと困る。
リガロフ家の影響力が、ボリストポリ方面に及ばないのもこういう理由があるのだ。
「作戦は終了、この情報は向こうの憲兵隊に回す。さっき救助隊を手配したから各員はその場で待機するように」
『申し訳ありません、隊長のお顔に泥を塗るような結果に……』
「気にするな、諸君らが無事でよかった。戻って報告書を書いたら、温かいスープでも食べに行こう」
『すいません、隊長……』
部下と通話を終え、息を吐く。
まあ、父上の思い込み通り犯人は九分九厘ミカエルなのだろうが……まったく、反抗的な弟を持つと大変だ。
だがまあ、父上に一泡吹かせたという点ではよくやった。
『それで、まんまとミカエルには逃げられたか』
「……ええ、”容疑者”を取り逃がしました」
案の定、受話器の向こうから聴こえる父の声は苛立っていた。それもまあ、当然だろう。宝物庫から金塊や宝石を盗まれた挙句、イリヤーの秘宝まで持っていかれたというのだから。しかも、よりにもよって盗まれたのは残る秘宝の中で一番厄介な『イリヤーの時計』……時間操作能力を持つ代物だ。
盗まれた品物については聞いていたが、その中にイリヤーの時計が含まれているというのは初耳だった。もしこの事前情報が無かったら、部下たちに無謀な追撃命令を下し、負傷者を出す結果になっていたかもしれない……情報の大切さを痛感しつつ、とにかく父には平謝りしておく。
「申し訳ありません」
『申し訳ありませんで済むか! こっちは一族の名誉に泥を塗られたのだぞ! マカール、これは貴様の失態だ! 分かっているな!?』
何が俺の失態だというのか。
百歩譲ってミカエルが犯人だったとして、もう少し彼を1人の人間として扱っていればこんな最悪の叛乱は防げた筈。まあ、幼少の頃の奴を庶子だからと見下していた俺も半ば同じ穴の狢なので、この事について糾弾するのもアレだが。
こんな男が当主なのだ、既にリガロフ家の名誉は地に堕ちたも同然であろう。
「ただ今、ボリストポリ憲兵隊に情報を提出し要請を出しています。向こうの憲兵隊に動いてもらえれば……」
『ふんっ、少なくとも向こうの連中がお前よりも有能であることを祈るよ』
この親父殺していいか、マジで。
俺も何か屋敷から盗んで来ようかな……確か魔導書と斧が残ってたはずだし、と憲兵にあるまじきことを考えながらも、父の罵倒を適当に受け流す。こんなだから人望が無いのだ。これではいつ”流れ弾”で殺されるか分かったものではない。父上、気を付けられよ。
もちろん、父からの言葉は受話器から盛大に音漏れしている。おかげで周囲で報告書を作成している部下たちの耳にも届いており、さっきから部下の視線が色々と辛い。大変なお父上様ですね、と言わんばかりの憐れむような目線が投げ槍のようにぶっ刺さりまくりのマカール君。これは泣いても良いと思われる。
電話を終え、溜息をついた。溜息と一緒に内臓まで全部吐き出してしまいそうなほどの勢いで溜息をついた。あークッソ、あの親父マジで一発ぶん殴っていいか? 金払うから。
そんな事を考えながら頭を掻いていると、副官のナターシャがコーヒーを持ってきてくれた。
「隊長、コーヒーでも飲んで落ち着いてください」
「ああ、ありがとう」
俺にはもったいない優しい副官だなぁ……こんな無能な上司でごめんなみんな……。
いやもう、本当に部下に恵まれたと思っている。こんな親のコネで憲兵隊に入隊し、半年という短い教育期間だけで上に立ったミスター親の七光り。おまけに指揮官としてお世辞にも有能と言い難い無能だというのに、部下は文句一つ漏らさずについて来てくれる。しかも副官は気配りが上手な女性と来た……本当に申し訳ない。
あれ、なんか死にたくなってきた……。
ブラックコーヒーを口に含んでメンタルを復活させ、ふとミカエルの事を思い出す。そういやアイツ甘党だったな……と。何度か一緒にコーヒーを飲んだ事があるんだが、アイツは砂糖とミルクを死ぬほどぶち込んで甘ったるくしないとコーヒーが飲めないような、そういう奴だった。
アイツから見て、俺はただ威張り散らしてるだけの嫌な兄貴だったに違いない……あー、待て待て、落ち着け。せっかくメンタルを回復させたんだ、自虐的になるな。
さて、とりあえず今後の方針だ。ボリストポリ憲兵隊に要請を出し、後は静観。場合によってはボリストポリ領内での活動申請を上に提出しなければならない。
今はまだ、動くべき時ではない。父上の催促を適当に受け流しながら、コーヒーでも飲んでその時を待つとしよう。
「ご主人様、ご主人様」
「ん……」
正直言わせてもらおう。
急カーブに坂道がこれでもかというほど詰め込まれた峠道。そんなところを法定速度ガン無視で爆走し、急カーブはドリフトで強引に切り抜けるメイドさんの操るセダンの車内でぐっすり寝れるわけがない。窓やら何やらに頭をガンガンぶつけまくり、命の危険を感じ取ったミカエル君ですが何か質問ありますか?
さて、そんな地獄のような峠道を超えた先に広がっていたのは、キリウともまた違う活気ある街並みと―――地平線から顔を出した朝日だった。
眩しい日光を手で遮りながら目を開け、その光景に息を呑む。
そういえば、あの屋敷で生まれてから一度もキリウの外に出たことは無かった。広大な版図を誇るノヴォシア帝国、他の街の風景は大書庫にあった写真や絵画でしか見たことがなく、あの山の向こうには一体何があるのか、と部屋の窓から外を眺めてよく考えていたものだ。
その答えが今、目の前にある。
ああ、これが自由か。
何者にも縛られず、己の意志で全てを切り開く自由―――そうだ、人は誰かのものではない。自分自身の意志を持った人間なのだ。
他の姉弟たちには申し訳ないが、俺は本当の意味での自由をやっと手に入れた。
「綺麗ですね、ご主人様」
「ああ……」
朝日をこんなに美しいと思ったのは、これが人生で初めてだ。こんなにも真っ白で優しい光だったか。
「……やっと手に入れましたね、自由を」
「ああ、クラリスが一緒に来てくれたおかげだ」
「勿体ないお言葉です」
「これからもよろしくな、クラリス」
「ええ。ご主人様とならどこまでも」
本当にありがとう、クラリス。
これで俺たちは自由だ。もう、一族のしがらみも父に束縛される事もない。本当の意味での自由なのだ。
没落貴族に生まれた庶子、家族から疎まれる存在……それがどうした。
居ない者として扱われるというならば、こっちは自由に生きるまでの事だ。
俺は俺で、好きに生きてやる。
決意を決めた直後、またまたやってきた急カーブでクラリスがドリフトを決めたせいで、ミカエル君は後部座席の窓に盛大に頭をぶつける羽目になった。
第一章『没落貴族の庶子だけどなんか文句ある?』 完
第二章『冒険者を目指して』へ続く
ここまで読んでくださりありがとうございます!
作者の励みになりますので、ぜひブックマークと、下の方にある【☆☆☆☆☆】を押して評価していただけると非常に嬉しいです。
広告の下より、何卒よろしくお願いいたします……!




