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ガラスの街


 こっちの世界で冒険者を始めてから、何か日常と非日常の入れ替わりが激しいなー、というふうに考える事がある。


 すっかり日課になったAK-101の射撃訓練をしながらふと思った。ミカエル君のミニマムボディはAKをすっかり自分の肉体の一部と誤認してしまっているようで、その扱い方には随分とキレが出ているように思える。これはAK系の銃限定だけど、目隠しをしたまま銃の分解結合ができるようになったのでまあ、扱いに関しては一生かかっても洗い落とせないレベルに達したんじゃないかな、という自負がある(無論”上には上がいる”と傲りを戒めるナイスな言葉もあるので気を付けたいが)。


 今日も毎日のようにAKで射撃訓練を繰り返す。UBRストックを肩にしっかりと食い込ませ、MOEハンドガード下部にマウントしたハンドストップに指をしっかりと引っかけて、ハンドガードを左手で横から鷲掴みにするように構えてひたすら発砲。バスンッ、バスンッ、と小気味良い銃声が何度も響いて、頭の中に住んでいる二頭身ミカエル君ズが残弾数をカンペで教えてくれる。


 脳内カンペのカウントがゼロになったところでチェストリグからマガジンを引っ張り出しつつ、装填していた弾丸を吐き出し終え、ただのプラスチックの入れ物と化したマガジンを取り外して再装填リロード。左手をAKの下に潜らせるようにして、機関部右側面から大きく突き出たコッキングレバー(コッキングしやすいようレバーを大型化している)をガチンと一番後ろまでコッキング。スプリングで押し上げられた5.56mm弾が薬室へ滑り込み、初弾装填が完了する。


 まあ、こうやって的をバカスカ撃ちまくるのが日課だ。だいぶイカれてる? まあそうかもしれん、でも異世界はこうでもしないと生きられない。だからイカれてるのはミカエル君ではなく世界の方だ。


 ビー、とブザーが鳴り響き、訓練終了を告げる。天井に吊り下げられたスコアボードで自分のスコアをチェックし、相変わらず低いなオイ、と心の中でツッコんだ。


 それはそれで仕方がない。ヘッドショットならスコア2倍、胴体なら1倍というふうに割り当てられているんだが、ミカエル君は徹底して手とか足しか狙っておらんのだ。


 だって頭を撃つのに慣れてしまったら、人を殺してはいけない局面でうっかりヘッドショットしちゃいました、なんて事になりかねない。魔物は別だができるだけ人は殺さない、というミカエル君のPolicy(ネイティブ発音)に反する。


 毎日射撃訓練で反動リコイルを受けまくってるからだろうか、頭のネジが適度に緩んできたような気がする。人生の先輩ことパヴェル氏(27)は『頭のネジが外れてやっと一人前』と言っていたのでまあ、もう一歩なんだろうなぁ、とぼんやり考えながらマガジンを外した。コッキングレバーを引いて薬室から5.56mm弾を強制排出、レーンの奥に何度か引き金を引き、弾丸が発射されない事を確認してから安全装置セーフティをかけた。


 踵を返し、射撃訓練場から食堂車へと向かう。そろそろ夕飯の時間なのできっちり食べてカロリー摂取しないといけない。今日もミカエル君、朝っぱらから筋トレしてカロリー消費ちゃんとしてるからね。


 何度も言っておくが、ミカエル君は男だ。脱ぐとすごい(筋肉が)。腹筋とか背筋とかバッキバキなのでその辺間違わないように。確かにミニマムサイズかもしれないが、この小さな身体の中には質量保存の法則に中指を立てる勢いで夢と希望と筋肉が詰まっているのだ。


 武器庫に自分の銃を預け、さーて飯だ飯だ、今夜のご飯は何かなぁ、と夕食の献立に心を躍らせながら連結部を飛び越えて扉を開け、階段を上って食堂車へ。


 ジュウ、と油の上で何かが焼ける香りがここまで漂ってくる。ゴマ油の香ばしい香りと肉の焼ける匂い。ああ今夜は中華だな、と思いながら食堂に足を踏み入れると、クラリスがニコニコしながら餃子の乗った皿をテーブルに運んでいるところだった。


「ご主人様、今夜は餃子ですわよ」


「おー、美味そう」


 餃子か。そういやこっちの世界来てからまだ食べてなかったな、と思いつつ配膳を手伝う。人数分の箸と皿、ご飯とスープが用意できたところで、他の仲間たちもぞろぞろと食堂車へ集まってきた。


「これ何?」


「餃子ネ? でもジョンファの餃子とちょっと違うヨ……皮薄いネ」


「ぎょーざ? ぎょーざとはいったい……?」


 未知の料理を目にして困惑するノヴォシア人とグライセン人、そして祖国の料理に似てるけどなんか違う亜種が出てきて困惑するジョンファ人。食堂車は料理がらみで毎回カオスな事になる。


 少し遅れてノンナとルカもやってきた。しばらくここから先は直線だから、機関車を通常モードから自動運転モード(パヴェルが搭載した謎機能だ)に切り替えても大丈夫と判断したのだろう。とにかく、これでみんなで飯が食えるし脱線の心配もない。


 全員で席に着いてから、いただきまーす、と言いつつ箸を餃子へと伸ばした。小皿の上には醤油と酢を7:3の割合でブレンドした酢醤油がある。


 それに餃子をつけてから口へと運んだ。パリッパリの皮とジューシーな肉汁が口に溢れて、身体中の細胞一つ一つが全部幸せになる。


「はーうっま」


「うっっっっっっっっま!!」


 今のは100dBくらいかな、とケモミミをぺたんと寝かせて聴覚を保護しつつ茶碗を持ってご飯を口へ運ぶ。前世の日本では当たり前のことだったけれど、それを異様なものとして見ていた向かいの席のリーファと目が合った。


「え、エ? ご飯と餃子一緒に食べるノ……?」


「リーファさん?」


「我驚愕、理解不能(ちょっと待ってびっくり、理解できない)」


 よほど衝撃だったのだろう、カタコトのノヴォシア語がジョンファ語に切り替わる。


「中華国於餃子主食。及不焼湯茹一般的……之料理何?(ジョンファじゃ餃子は主食よ。しかも焼かずに茹でるのが一般的なんだけど……これ何?)」


 うん、なんて言ってるかさっぱりだ。いや、表情と目の前の状況から彼女の伝えたいことは察する事はできるのだが。

 

 すると、厨房の方からやってきたパヴェルがエプロンを取りながら、それはそれはもうびっくりするくらい綺麗な発音のジョンファ語でリーファの疑問に最適解をぶん投げ始める。


「之料理倭国的餃子。倭国於餃子非主食、餃子是主菜(これは倭国の餃子でな。倭国においては餃子は主食じゃなくて、餃子はおかずとして親しまれてるんだ)」


「君中華語本当上手」


 我得双方発言内容、理解理解。


 なんて言ってるかは分からないけど、多分あれ文字にしたらミカエル君でも何となく内容分かると思う。元日本人で漢字に親しんだ身としては、だいたい漢字を見ればなんとなく意味は分かるものである(ただし中国の簡体字より台湾の繁体字のほうが分かりやすかったりするが)。


「というかパヴェル、ジョンファ語分かるの?」


「いや全然」


「ダウト」


 絶対嘘だコレ。いや、もし仮に分からなかったとしてもだ。なんで日本と中国の餃子の違いだけ綺麗に説明できるんだろうか。まさかそんなマニアックなところから勉強し始めたわけでもあるまい。


「でモ餃子をご飯ト一緒に食べるなんて考えられないネ……あっ美味しい」


 ぱくっ、と日本式の餃子を食べながら正直な感想を漏らすリーファ。アレだろうか、大阪の人がお好み焼きをおかずにしてご飯食べてるようなものなのだろうか。転生前に1回だけ大阪の親戚のところに遊びに行った事あるけど、確かに向こうの親戚の人はお好み焼きをおかずにしてご飯を食べていた。あの衝撃は未だに忘れない。


 そんなものなのだろうか、日本人が餃子をおかずにご飯を食べるという感覚は。


 実際、中国では餃子は主食扱いで、しかも焼き餃子じゃなくて茹で餃子の方が主流なんだとか。ジョンファも中国のような文化を持つ国なのだとしたら、リーファが抱いた衝撃は理解できる。


 と思ったのだが、リーファの奴は意外と順応性が高いようで、早くも餃子をおかずにご飯を口の中へと詰め込み、暴力的な量の炭水化物を摂取しているところだった。


「ちょっト皮薄いけど美味しいネ。パリパリの食感が癖になるヨ♪」


「リーファさん、ジョンファの餃子はどういう感じなのですか?」


 シスター・イルゼが問うと、リーファは待ってましたと言わんばかりに説明してくれる。


「もっと皮厚いヨ。あと焼くじゃなく茹でるのが一般的ネ」


「茹でるんですか?」


「そうヨ? もっちもちで食べ応え抜群ネ!」


「じゅる」


 となりで餃子を食べていたクラリスの口からよだれが……。


 いつか行ってみようかな、ジョンファ。あの国ほど食についてガチな国は見たことが無いし、きっと新しい発見もあるだろう。


 異国の文化はどういうものか、と想像しながら、俺は餃子を食べ進めていった。














 夜が明け、朝が来る。


 人生においてどれだけ絶望し、あるいは歓喜に沸き立つような事があろうと、世界は個人のために止まってくれない。我関せずと言わんばかりに夜を迎え、そしてやがて朝が来る。


 人類が文明を刻むよりも、人類が誕生するよりも前からそのサイクルは続いている。


 無論それは今も、だ。


 客車の屋根にある銃座でブローニングM2重機関銃の手入れをしているところで、それは見えた。


 土壌から湧き出た水がキラキラと朝日を反射する湿原の向こうに、まるで大海に浮かぶ島のようにも見える巨大な街―――最西端の街、『エルゴロド』。


 湿原から見るその威容は、他のどの街とも異なって見えた。


 キリウならば貴族の屋敷が、ザリンツィクならば摩天楼の如き工場の煙突が見えたものだが、エルゴロドはそれらの大都市と比較すると異彩を放っているという言葉以外に評価する言葉が思い浮かんでこない。


 湿原のど真ん中に浮かぶその街は、全体がグラスドームで覆われていた。


 そう、駅だけではなく街全体がグラスドームに覆われているのだ。事前情報によるとあれは湿気を含んだ風から街を防護するためのもので、およそ10haにも及ぶエルゴロドの街全域を覆っているのだという。


 前文明の遺産なのだろうか。


「……」


 肌で感じる風も、確かに湿気を帯びていた。先ほどまでふわっふわだったミカエル君の髪も、湿原から流れてくる湿気を帯びた風のせいなのか、いつの間にかじっとりとしている。これではせっかくの髪が台無しだ、と1人でがっくりしている間にも、列車はエルゴロドの街へと足を踏み入れていった。


 巨大なグラスドームは、よく見ると中に金属製のフレームが入っているのが分かった。自重で割れたりしないよう補強しているのだろう。その補強用のフレームからはワイヤーで支持された支柱が大地へと向かって伸びていて、ドーム内の建物はそれを避けるように巧妙に配置されているようだった。


 ゲートの入り口にあった信号機が黄色から青へと変わり、ゲートが配管から蒸気を漏らしつつ上へ上へと押し上げられていく。チェルノボーグは減速しながらそこへ飛び込み、線路の導きに従ってエルゴロド駅へと向かって進んでいった。


 支柱を躱すように配置されているのは線路も例外ではないらしい。線路と線路の間を支柱がぶち抜かなければならない場所は、わざわざ線路側の方を外側へぐにゃりと曲げて支柱を回避している。だからなのだろう、街の中とは思えないカーブが時折あって、その度にびっくりしてしまう。


 手旗信号を送ってくる駅員を見てびっくりした。見張り台のようなところにいるのは制服に身を包んだ見張り員ではなく、よーく見ると戦闘人形オートマタである事が分かる。それも城郭都市リーネなどで遭遇したタイプよりも小型で、腕は戦闘用のブレードから物体を掴む事に適した3本指のマニピュレーターに換装されているようだった。


 そいつがアリクイみたいな機械の頭をこっちに向けながら、機械らしいキレのある動きで手旗信号を送ってくるのだ。


 誘導された列車は7番レンタルホームへと滑り込んだ。さすがに冒険者向けのレンタルホームには人っ子一人いなかったが、隣接する通常のホームっは人混みで混雑している。通勤ラッシュの時の都会の駅を彷彿とさせるほどで、列車の到着を告げる放送の合間に、駅弁の入った容器を持つ売り子の大声がうっすらと聞こえてくる。


 ブローニングの世話を済ませてタラップをするすると降りていくと、廊下でシスター・イルゼとノンナが一緒に窓から街を眺めていた。


「すごいところですねぇ……」


「ガラスの屋根がある街なんて見た事ない……!」


 きっと前文明の遺産なのだろう。今の技術でこんな巨大建造物を造り上げる事など、きっと不可能だろうから。


 それよりも。


 自室に戻ってコートを羽織り、黒と白のツートンカラーになっている自分のウシャンカをかぶった。春とはいえ、イライナは薄着をするのがまだ早く感じるほど肌寒い。寒がりが多いハクビシンの獣人ならば厚着は必需品だ。


 それと護身用のルガーP08、慈悲の剣、そして擬装用のフリントロックピストルを身に着け、テーブルから自分の財布を拾い上げる。


 ここに立ち寄った目的は決まっている。街の見物や仕事ではなく、姉上に―――そう、近いうちにハンガリアの貴族『バートリー家』に嫁ぐことになっているエカテリーナ姉さんに別れを告げる事だ。


 こっちからハンガリアに出向かない限り、多分会う事は無いだろうから。


 昔から俺に優しくしてくれた姉さん。下手をすればこれが今生の別れになりかねない。だから今のうちに伝えておくのだ。今までお世話になりました、と。そして、これから末永くお幸せに、と。


 彼女は一体どこに居るのだろうか。別れを告げる時、寂しさに負けて泣くような事にならないだろうか? 念のためハンカチを懐に忍ばせながら、俺はクラリスと共に自室を後にした。




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