アルザからボルコフツィへ
第二次世界大戦終結後、ナチス・ドイツの侵略を払い除けたソビエト連邦では、ドイツが大戦末期に投入した初期のアサルトライフル『StG44』の性能を受け、自国でのアサルトライフル製造を開始してしていく事となった。
その結果として生み出されたのが、東側を代表するアサルトライフルのAK-47である。
M16よりも一足早く登場したそれは、瞬く間に世界中に広がっていった。基本設計をベースに自国のドクトリンに合わせて改良された派生型、クローンモデル、コピー生産された個体に密造銃に至るまで、その数は計り知れない。
俺が今手にしているのも、そのバリエーションの一つだった。
弾薬箱の中からクリップに束ねられた5.56mm弾を取り出し、マガジンへと装填。これが思ったよりも力の要る作業で、なかなかコツがいるのだ。指先に力を込めながら弾丸をマガジンへと押し込み、それを3回繰り返してから満タンになったマガジンをレーンの台の上に置き、空っぽのマガジンに同じことを繰り返す。
そうして満タンに装填されたマガジンを6つ用意してから、そのうちの1つを銃に装着。やや前方に傾けながら装着する、AK系統特有(中国のQBZ-95系列も同様のクセがある)のクセのある方法でマガジンを装着、右側面から爪のように突き出たコッキングレバーを左手で引く。マガジン内のスプリングで押し上げられた5.56mm弾が薬室へと装填され、そのまま右手の指でセレクターレバーを最下段まで弾く。
これでこのAKは、指先一つで人を殺せる武器となった。
準備を終え、レーンの脇にある紅いスイッチを押す。ビー、とブザーが鳴り、レーンの奥に人型の的が起き上がった。
瞬時に―――それこそ頭で考えるよりも先に身体が動くレベルで両腕が動いた。両手でAKを構え、ストックを肩に押し付け、視線の前に特徴的な形状のドットサイトが現れる。
引き金を引くと、5.56mm弾の、それこそバトルライフルと比較するとソフトな反動が肩に圧し掛かった。7.62×51mm弾は熊に殴られるような衝撃があるけれど、5.56mm弾はそうではない。軽く、鋭い反動がある。
レティクルの向こうにある人型の的の足に風穴が開いた。
続けて別の的が起き上がり、そちらにもレティクルを合わせて発砲。左肩に風穴が開き、パタン、と倒れていく。
今度は射撃姿勢を変えて発砲。ハンドガード下に装着したハンドストップに左手の指を引っかけて、銃を自分側へと引き寄せるように力を込める。普段の戦闘で多用するこの姿勢でも、手応えはそう変わらない。5.56mm弾は面白いくらいに的を射抜いていった。
マガジンの中身が空になる。無論、引き金を引いて弾が出ない、となってから弾切れを悟る愚は犯さない。発砲回数はちゃんと頭の中でカウント済みだ。
新しいマガジンを拾い上げつつ空のマガジンを取り外す。素早く予備のマガジンを装着しコッキングレバーを操作、初弾を装填し発砲を再開。
再装填は最大の隙だ。弾数が無限だとか、レーザー兵器だとかそういうSF作品に出てくるような武器でも使っていない限り、弾切れとは無縁ではいられない。
だからその隙を可能な限り小さくするために、何度も何度も同じ動作を繰り返す。マガジン装着のクセ、コッキングレバーの位置、それらをすべて把握し、視線を極力照準から外さぬよう、かつ迅速に行わなければならない。
発砲、再装填、発砲……制限時間が切れるまで同じ動作を何度も繰り返し、的確に的を射抜いていく。
訓練終了を告げるブザーが鳴って、やっと身体から緊張感が抜けた。セレクターレバーを弾いて安全装置をかけ、マガジンを取り外す。コッキングレバーを引いて薬室内の1発を排出、ここまでやってやっとこの銃―――『AK-101』は人を殺す事の出来ない無力な存在と化した。
「ほー、やっぱりAK系列の扱いには慣れてるなぁミカは」
一連の動作を見ていたパヴェルが、ウォッカの酒瓶片手にニヤニヤしながら言った。コイツ、こんな調子で他人を褒めるんだが、はっきり言ってパヴェルの再装填は爆速だ。前にストップウォッチを使って計測したんだが、『マガジンを外す→マガジンを装着→コッキングレバーを操作』という一連の動作を1秒未満でやっていた。
そんな爆速リロード兄貴に褒められてもな、と思いつつ、早くもガチガチにカスタムされたAK-101に視線を向ける。
ハンドガードはMOEハンドガードに変更され、ストックは通常のものからUBRストックに変更。機関部上にピカティニー・レールは無いが、代わりに機関部左側面から金具を使って、ソ連製のドットサイト『OKP-7』をマウントしている。
ハンドガード下にはハンドストップ、右側面にはフラッシュライトのシュアファイアM600を装着。マズルは89式小銃と同じものに変更しているから、06式小銃擲弾を無改造で使い回す事が可能だ。
AK-101はAK-74Mをベースに、西側の弾薬を使用することができるよう使用弾薬を変更した輸出仕様。海外で使用される事を前提としている銃で、更に比較的古いモデルだからなのだろう、サードパーティー製のカスタムパーツがとにかく多く、AK-12系列よりもカスタムの自由度が高い(特にAK-12系列はマズル周りが独自規格だから改造に手間がかかるのだ)。
ちなみに俺の隣で射撃訓練を始めたルカが持っているAK-102は、このAK-101の銃身を短縮したカービンモデルである。
列車の警備を担当するので、銃身が短い方がスペースの限られる車内でも自由な射撃が行えるという判断でこうなった。彼のAKもハンドガードをMOEハンドガード、ストックもMOEストックに換装されていて、ロシアンな見た目からアメリカンなライフルに様変わりしている。
機関部左側面から金具を介し、機関部上部を跨ぐように配置されたピカティニー・レールにマウントしたドットサイトを覗き込み、聴覚保護用のヘッドセットを装着して日課の射撃訓練をする彼から、反対側へと視線を移す。
俺から見て左側のレーンではというと、新たに血盟旅団に入団したリーファがパヴェルから銃の扱いについて指導を受けているところだった。
彼女が説明を受けているのはAK……ではなく、クラリスも使用している中国製のブルパップ式アサルトライフル、QBZ-97の銃身短縮モデル『QBZ-97B』だった。特徴的なキャリングハンドルから前はバッサリと切り落とされていて、フロントサイトはキャリングハンドルのすぐ前方に移設されているのが外見上の違いだ。
取り回しの良いブルパップ式の銃をさらに切り詰めたことにより、カービンの中でも特にコンパクトな存在となったQBZ-97B。しかし彼女がそれを与えられたのは、CQBのためなどではあるまい。
”もっとデカい得物”を彼女に使わせるため、そのカバー用に選ばれたのがアレだ。
「よし、装填してみろ」
指導を受け、やっとマガジンを銃に装着するリーファ。コッキングレバーを操作する彼女の手はまだ少しぎこちないが、しかしそれを扱う時の目つきは鋭いの一言だ。やはり武器、つまりはヒトの命を奪う道具の扱いには細心の注意を払うべきという認識はちゃんと持ち合わせているらしい。
それはそうだろうな、とは思う。安全管理が出来ない人間に、武器を触らせてはならない。うっかり暴発して仲間を殺しましたとか、銃口を覗き込んで脳味噌ぶちまけました、なんてブラックジョークでも笑えない。
「撃て」
パンッ、と軽い銃声が弾ける。
銃身を切り詰め、代わりにマズルブレーキを装着したQBZ-97Bから5.56mm弾が躍り出る。列車内という限られたスペースの中だから、レーンの距離は必然的に短くなってしまうのだが、それでもリーファの放った弾丸は的を捉える事はなく、レーンの奥にある分厚いクッションと鉄板を組み合わせて補強した壁の中にめり込む結果となった。
反動に備えようとして、発砲の瞬間に無駄な力を込めた結果だった。そのせいで照準がブレてしまい、弾丸は全く違う方向へと飛んでいったのだ。
「アイヤー……」
「大丈夫、最初から当てられる奴なんていないさ」
まあ、とにかく反復練習あるのみである。頭で理解するのではなく身体に焼き付けるほど、発砲や再装填は繰り返して練習するべきだろう。
俺もAKばっかり使ってたものだから、たまにMP5を使うとマガジンを装着する時にAK系列特有のクセの強さが出てしまう。
とにかく訓練あるのみよ、と踵を返すと、スコアの記録を更新したのかルカがガッツポーズしていたので、そのまま彼とハイタッチして訓練場を後にした。階段を降りて扉を開け、AK-101を背負ったまま扉を開けて連結部を飛び越える。
既に列車はアルザを出発していた。復水器の修理も無事に終わり、ついでに摩耗していた蒸気配管も溶接して応急修理を行ったようで、射撃訓練のために機関車を離れたルカに代わってノンナが運転するAA-20は快調に走っているようだった。
ここからしばらくは直進だ。道中にいくつか小さな村や集落の駅があるが、そこは通過してエルゴロドまでの中間地点に位置する街『ボルコフツィ』を目指す。次に停車して物資の補充を行うとしたらそこだろう。
それにしても、エカテリーナ姉さんは元気だろうか。幼少の頃、レギーナとクラリス以外で唯一俺に優しくしてくれたのはエカテリーナ姉さんだった。今でこそ皆と仲良くなったけど、昔のマカールは俺を見下してたし、ジノヴィとアナスタシア姉さんに至っては話す機会すらなかった。
ごう、と風の音が変わる。窓の外が真っ暗になっていて、トンネルに入ったのだという事が分かった。しかしそれも一瞬で、数秒も経てば窓の外は再び明るくなり、向こうには豊かな農地が広がっていた。
イライナ西部を経由してエルゴロドへ向かい、そこで姉上に挨拶して結婚を祝ってからベラシア地方へと向かう予定となっている。ベラシア地方―――前世の世界で言うところのベラルーシである。
AKを背負って自室に戻り、椅子に腰を下ろしながらラジオのスイッチを入れた。流れ始めたラブソングにはノイズが混じっていたけれど、ノイズ交じりの音楽も悪くはない。
視線を壁の地図に向けた。
ノヴォシア帝国は、前世の世界で言うところのロシア帝国に相当する国家だ。とはいってもその版図はロシア帝国よりも小さく、ロシア、ベラルーシ、そしてウクライナの3ヵ国に相当するノヴォシア、ベラシア、イライナの3つの地方で構成されている。だからバルト三国やポーランド、ジョージアなどは帝国の版図に含まれておらず独立を守り抜いている。
首都はノヴォシアのモスコヴァ。前文明の頃は『ベルシグラード』という場所だったそうだが、3つの頭を持つ邪悪な竜『ズミー』の襲撃を受けて壊滅した事から首都機能をモスコヴァに移した、とされている。
ちなみにそのズミーの3つの頭のうち1つを切り落とし封印したのが、リガロフ家の祖先のイリヤーであるらしい。
ズミーはイライナ語で、ノヴォシア語での発音は『ズメイ』なのだそうだ。だからこの呼び方だけで出身地がバレるのだとか。
まあ元々別の言語なのだから仕方なかろう(こう言うとイライナ語を方言扱いしているノヴォシア人はキレる)。
さてさて、ではベラシア地方とはどんな場所なのかと言うと……分かりやすく言うと『湿地が多く自然豊かで農業が盛んな地域』である。未開発の地域も多く、それ故に動物や魔物、大自然が良好な状態で保存されているのだとか。
そういう事もあって全知全能なる皇帝陛下はベラシア地方の開発に制限を設ける法律まで作ってしまい、おかげでベラシア地方は工業面においてはノヴォシアとイライナに依存する形となってしまっている。
これ万一帝国が崩壊して独立したら地獄を見るやつでは?
まあ、しかしそれで大自然が良好な状態で保存されているのも事実だろう。適度に働きながら、ベラシアの大自然で癒されるとするか。
向こうに着くのが今から楽しみだ。
日が沈んだ地平線の向こうに夜景が見えた。まるで暗黒の海に浮かぶ星屑のようで、遠目から見ている分には幻想的な風景に見える。
それは文明の光だ。サルから進化した人類が文明を発展させ、それを受け継いだ獣人たちが今日まで保存してきた文明の光。ガス灯の光に電気の光だ。
《間もなくボルコフツィ、ボルコフツィ駅でございます。お降り口は左側です。当列車は2番レンタルホームに16時間停車いたします》
スピーカーから聞こえるパヴェルの声。
ここでアルザからここに来るまでに使った燃料を補充し、他にも足りない日用品があれば買い出しを行う手筈となっている。
とはいえ時刻は既に21時を過ぎている。いくらボルコフツィも都会とはいえ、こんな時間に店を開けている雑貨店など存在しないだろう。やってる店といえば酒場とか、あとはまあ……アレだ。青少年の健全育成にちょっとアレな感じのえっちな店くらいだろう。
出発は明日の13時。まあ、時間に余裕もあるし買い出しは明日で良いか。
「ご主人様、どうなさいます? 夜の街を散策なさいますか?」
「いや……早めに寝て明日に備えよう」
「かしこまりました。それではシャワーの用意を」
夜の街、ねぇ……。
あんまりいい思い出無いんだよな、夜の街。
ミカエル君、こう見えても元社会人なのでまあ……アレだ、会社の上司に連れ回されて居酒屋とかスナックとか色々と連行させられたんだけどまあ、飲み会は地獄だった。
なんで対して仲良くもない上司と不味い酒を飲まなアカンのや、と叫びたくなるのを我慢して日付が変わるまで付き合っていたあの日々を思い出す。いや、酒が嫌いというわけではないのだ。ただそういうのは仲の良い友達とかと一緒に行くからこそ酒も美味くなるというもので……分かる?
多分、社会人経験者には共感してもらえると思う。特に陰キャ出身の人ならば。陽キャは知らん。
あーやだやだ、嫌な事思い出した。
まあいい、とっととシャワー浴びて寝よう。
たぶんクラリスに今夜も抱き枕にされるだろうけど。




