これだからダンジョン探索は止められない
キュロロ、と鳥のような、あるいは久々に起動した古い機械のような駆動音を発しながら迫る2機のサイクロプス。暗闇の中で爛々と輝く紅い独眼と、鋭く光る両腕のブレードがこれ以上ないほど不気味で恐ろしく見えるが、既に1体倒しているからなのか、先ほどの初遭遇時ほど恐ろしくは思えない。
後ろにジャンプして距離を取りつつ、AK-19のセミオート射撃で頭を狙う。これで致命傷になってくれればいいな、程度の軽い気持ちで放った牽制のつもりだったのだが、どうやらミカエル君は幸運の女神に好かれているようで、当たっても外れてもどっちでもいいよ、とゆるーい感じで放たれた1発の5.56mm弾はまるで熟練のダーツ選手が放ったダーツが的のど真ん中に吸い込まれていくかの如く、紅く輝く独眼のど真ん中へとぶち当たる。
ガギュッ、とレンズが撃ち抜かれるような音を発し、血の代わりにどろりとしたお粥のような溶液をぶちまけながら崩れ落ちていくサイクロプス。やはりあそこに制御機構のようなものが詰まっているのだろう、胴体を攻撃してもまともにダメージが入らないが、頭部への攻撃は致命傷となり得る。
これで弱点は判明した―――それをリーファも見ていたのだろう。勝利を確信したような力強い笑みを浮かべたかと思いきや、振り下ろされたブレードの一撃を紙一重で回避。もしあと数mmズレていたら肩口をばっさりと、それこそローストビーフのように削ぎ落されていただろう。
数mmの差で生死が決まる世界であっても、躊躇せずに挑むリーファのメンタルには脱帽である。普段は陽気で掴みどころがなく、尚且つ裏表がないから親しみやすい彼女であるが、どうやらここぞという勝負になると一気に強くなるらしい。
紙一重で致命傷確定の一撃を躱し、更に一歩踏み込むリーファ。まるで相手の胸に飛び込もうとしているかのように見えてしまうほど、極端に体重を前に預けた前傾姿勢をとった彼女。しかしそれは決してハグのためなどではなく―――次の一撃で決めるための、布石だった。
ゴウッ、と何かが、空気抵抗を押し切る勢いで迫る音。
それは前方へと全体重を預けた彼女の後を追う形で放たれた、強烈な左のパンチであった。
くまパンチ、とでも呼ぶべきだろうか。動物園で大人気のパンダであるが、しかし彼らも猛獣の中に名を連ねる存在なのである。
その遺伝子を持つが故に強靭な筋力を誇り、かつそれをジョンファの拳法でさらに磨き上げた彼女の一撃は、まさに鉄槌の如き威力であった。
まるで鉄板が限界を超えて破断するような、金属の断末魔が聴こえたような気がした。サイクロプスの制御ユニットが眠る球体状の頭部に吸い込まれたリーファの拳は、クラリスと違って外殻で防護されているわけでもない筈なのに易々とその独眼を撃ち抜き、通路の中にお粥のような溶液を四散させる。
「やったネ! ダンチョさん見てタ!?」
「う、うん……見てた見てた」
『なんでウチのギルドにはこんなバケモノが集うのかしら』
「東洋には”類は友を呼ぶ”という諺があってだな……」
《さすがご主人様、東洋の諺にもお詳しいのですね!》
クラリスの生き生きとした声がヘッドセットから聞こえてくるが、この場合アレだからね、君の類だからね友は。あとパヴェル。
今のところ血盟旅団の最高戦力と呼べるのはその3人。ミカエル君はまだノーマルの範疇にある……あるよね?
「さアさあ! 回収してお金にするヨ!!」
早くも仕留めたサイクロプスを抱え、4号機のパワーパック上を跨ぐように搭載されている輸送コンテナの中へとサイクロプスを放り込むリーファ。俺もサイクロプスの残骸を引き摺りながらタラップを駆け上がり、コンテナの中へと放り込む。
これで仕留めたサイクロプスは3機。これだけでも既に十分な収益が見込めるが、せめて1機くらいは研究用に残しておきたいものだ。あのフレームの材質といい、機械のくせに生物的な動きを実現させている機構といい、知らなければならない事が多すぎる。
スクラップは確かに宝の山だが、技術もまた同じだ。失われた前文明の技術を手中に収め、解析して実用化、他の勢力に対する優位性とする―――それは誰もが望む事であり、俺たちもその例外ではない。
故にダンジョン探索は他の冒険者との競争になるのだ。大半は金が目的だが、中には失われた技術の収集を第一に考えるギルドも存在すると聞いている。
それに前文明の技術は、”例の組織”と対立している俺たちにとって助けになってくれるだろう。とはいえ、奴らの技術はそれすらも凌駕しているように思えてならないのだが……。
「……」
『どうしたのよ?』
4号機に乗るモニカが、カメラの搭載された頭部だけを旋回させてこっちを見ながら問う。
「いや……コイツらさ、なんか似てるなって」
『似てるって、何が?』
「前に遭遇した機械人間とだよ」
『―――え?』
いや、あくまでも何となく……である。
フレームの構造やデザインに、類似性というか、同じ系統の技術のようなものが感じられたのだ。
前にも述べたけど、技術というのは必ず影響を受けた物の影響や名残がどこかしこに見られるものである。極端な話だが、生み出された技術たちの元を辿っていけば必ず源流に辿り着くものであり、今日俺たちが使っている武器だって、そういった大本から枝分かれした代物に他ならない。
しかし例の組織が運用する兵器や機械人間については、全くそういうものが感じられなかった。技術体系が根本から異なるものなのだろう、という感じはあった。
もしこのサイクロプスがその技術体系に連なるものなのだとしたら?
例の組織ルーツは前文明なのか? もしかして、滅亡を免れた旧人類の末裔たちが復権を狙い裏で暗躍しているとか?
あの機械人間だってこのサイクロプスを原型に、”他者への擬態”という恐るべき機能を追加したのだとしたら納得がいく。
そういう面も含めて、パヴェルにはこのサイクロプスを徹底的に解析してほしい。運が良ければ例の組織の正体も見えてくるかもしれない。
「ダンチョさん、”例の組織”って何ネ?」
「以前に交戦した連中だよ。えらく高い技術を持っててさ……ヤバい連中だ、もしかしたらこれからも戦う事になるかもしれない」
「楽しみネ」
楽しみ、か。強敵との戦いにむしろ楽しみを見出してしまう人らしいね、リーファは。
「ところでダンチョさん、変わった銃使ってるネ」
「ん? あ、これか」
肩に担いでるAK-19を指差すと、リーファは興味深そうにそれをまじまじと見つめた。ノヴォシアでは戦場の主役が騎士から戦列歩兵になり、兵士たちの得物は剣から銃へとシフトしていったわけだが、彼女の故郷たるジョンファは装備の近代化に大いに出遅れたようで、未だに刀剣類が兵士のメインアームなのだそうだ。
アレかなあ、大刀を背負った兵士とか居るのかなぁ……などとジョンファの兵隊事情に思いを馳せていると、リーファは銃に興味を持ったようで、もっと近くでAKを眺め始めた。
「コレ、ワタシもいつか使いたいヨ」
「ん、それならパヴェルに教わると良い。あいつプロだからすぐ教えてくれる」
リーファにもそろそろ銃の使い方を教えて良い頃か。さすがに与えた武器が何の変哲もないフリントロック式のピストル1つ、後は徒手空拳で頑張れ、とあっては随分と酷い扱いになってしまう。
それに銃を持つメンバーが増えれば単純な火力アップも見込めるので、悪い話ではない。
最大の懸念事項であるリーファ本人が信用できる存在かどうか、という点についても問題は無いだろう、という結論が出ている。もしリーファの今までの態度が全て演技で、本当は俺たちの持つ銃をジョンファに持ち帰って売り捌いたり、ノヴォシア国内の組織と繋がりがあって……という事態は避けたいと思いすぐに銃は渡さなかったのだ。
しかしパヴェルの水面下での調査により、ジョンファとの繋がりも完全に絶たれているし、背後に他の組織の存在も確認できなかった事からシロと見て良いだろう、という判断が下っている。
だからその点については問題なさそうだ。この辺が怪しいと思った相手はそもそも、血盟旅団にスカウトなんてしない。
暗い通路を進み、奥へと進んだ。緩やかな坂を下り、モニカに崩落して行く手を塞ぐ瓦礫を撤去してもらった向こうに広がっていたのは、かつては資源を貯蔵していたと思われる広大な倉庫のような空間だった。
さすがに貪欲な冒険者でも持ち去れなかったのであろう、学校の体育館が物置に見えてしまうほど広い空間には、なにやら物資が詰め込まれたコンテナがまだいくつか残っている。
4号機でも通れるほど大きな隔壁を通過して、モニカの操る機甲鎧が我先にとそのコンテナの前へ向かう。閂で固く閉ざされたコンテナのハッチに機体の右腕を近づけたモニカは、そこから作業用の装備を取り出し始める。
右腕のアーマーの一部が展開したかと思いきや、そこから銃口にも見える耐熱合金製のノズルが姿を現したのである。
溶接、あるいは溶断作業用に搭載されている大型トーチバーナーだ。4号機は物資の運搬だけでなく、場合によっては戦闘などで損傷した列車の修復作業にも使用する予定らしく、ああいった装備も搭載されているのだという。
人間の頭がすっぽり収まってしまうほどの口径のトーチに赤い炎が燈ったかと思いきや、それはどんどん加圧されていき、最終的には直視しているだけで網膜がアカン事になりそうなほど眩い閃光を放つようになる。
「うわまぶしっ」
『直視しないでねー、失明するわよー』
それはパイロットも例外ではないので、機内のモニターには遮光フィルターが展開される仕組みになっている。だからモニカは間近であの光を見ても何ともないのだ。
ジジジ……と閂が溶けていく音と、金属が融解する悪臭が漂い始める。やがて真ん中で綺麗に溶断された閂が外れ、長い間閉ざされていたコンテナがその冷たい口を開け放った。
さあどうぞ、と言わんばかりに道を譲る4号機。AK-19に装着したシュアファイアM600でコンテナの中を照らし出すと、そこにはまあダンジョンに来てよかったな、と思わせるものが収まっていた。
ケーブルと巻かれた銅線の束、埃を被った箱に収まった予備のヒューズに、何かを測定するためのPCのような形状の機械たち。いずれも誰かが手を付けた形跡はなく、旧人類たちが仕事で使うためにこの施設に保管していて、しかしその役目を果たす日が訪れずに今日に至った電気部品たち。
おそらくは施設の保守点検用なのだろう。その予備品と見るべきか。
今となっては主は滅亡し、施設もこの有様だ。使う目的もなくなってしまっては、ここで眠っていても宝の持ち腐れというやつであろう。俺たちが持ち帰って高値で売り捌き、別の存在意義を与えてやる他あるまいて。
「っしゃぁ電気部品じゃ! リーファ、これ全部持ち帰るぞ! 高値で売れる!!」
『お金ぇ!?↑』
「やったネ! お宝ヨダンチョさん!!」
こいつはマジでお宝だ。ここにあるケーブルの束だけで10万……いや、20万ライブルは期待できるだろう。真面目に管理局で依頼を受けて金を稼いでいるのが馬鹿らしくなってしまうほどの額になると思われる。なるほど、多くの冒険者が一攫千金を夢見てダンジョンへ向かうわけだ。
さすがに120年にも渡る長期間の放置の結果、被覆は劣化して硬くなってしまっているが、別に本来の目的に使うわけではないのだから気にする必要はない。
俺たちにとっては金になりさえすればいいのだ。
自分の腕くらいの太さがあるケーブルを何本も抱え、コンテナの近くで待機している4号機に積み込めるだけ積み込んだ。仕留めたサイクロプスの残骸が電気部品の中にあっという間に埋もれていき、コンテナの中に収集品の地層が形成されていく。
ヒューズも、プラグも、そして測定用の計器類もリーファと一緒にコンテナに全部積み込んだところで、やっと4号機の物資運搬用コンテナが一杯になった。
他にもコンテナはあるが、これ以上は積み込めない……一旦アルザ駅の列車まで戻ってまたダンジョンに戻ってくる、という選択肢も考えたが、時計で時間をチェックするとそんな気も失せた。
時刻は既に16時20分。門限がある、というわけではないが、そろそろ引き返さなければ日が沈んで視界が悪くなったうえ、狂暴な魔物が活動を始める湿原を怯えながら帰る事になってしまう。
口惜しいが、ここは我慢だ。確かに貪欲である事は冒険者にとって必須であるが、命あっての物種という言葉もある。
「十分だな、帰ろうか」
「おカネー♪」
『うふふっ、いくらになるのかしらねぇ♪』
なんだろ、お金好きな人が2人に増えたような気がする。
でもまあ、別にいいだろう。お金が嫌いな人なんてこの世界には存在しない筈だ。たぶん。
こうして俺たちはダンジョンでの探索を切り上げ、帰路につく事になった。




