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独眼の番人、サイクロプス


 こっちの世界に来てからというもの、一体どれだけ殺意と刃を向けられた事だろうか?


 まあ、そういう仕事だってのは分かってるから仕方ないし、それを覚悟の上で武器を手に取り冒険者となったのだから今更文句を言う事も出来ない。しかしこうも何度も武器を向けられれば、どう対処するのが適切なのか瞬時に理解できてしまうあたり、俺も変わってきたという事なのだろうか?


 後ろへとジャンプしながら振り下ろされた刃を躱し、機械の駆動音とも獣の唸り声とも聞こえる音を発する独眼の番人―――サイクロプスに向かって至近距離でAK-19の引き金を引いた。


 コッキングレバーが大きく後退してエジェクション・ポートから5.56mm弾の薬莢が飛び出す頃には、ガァンッ、と力強い銃声が弾けると共に、ストック越しにいつもの反動リコイルが伝わってきた。


 5.56mm弾の反動はアサルトライフルで使う分にはマイルドだ。7.62×51mmNATO弾と比較すると、子供のパンチとヘビー級ボクサーが放つ本気の右ストレートくらいの違いがある。威力だって十分だ……相手が人間ならば。


 しかしこいつはどうだ、と目を細めるミカエル君だったが、心配は無用だった。前文明の時代からずっとここに居て満足なメンテナンスを受けられなかったのだろう、劣化したサイクロプスの装甲は5.56mm弾の殴打にあっさり屈したようで、ペキッ、と割れるような音を発したかと思いきや、セラミックのような質感の破片を周囲に舞い散らせる。


 よし、5.56mm弾は効く―――が、問題はそこではない。


 もしこれが人間であったならば―――そう、相手が痛覚を持つ生物であったのならば、今の一撃は確かに有効だっただろう。肉を穿たれ、表皮を切り刻まれる痛みはその度合いにもよるものの、相手に痛みと警戒心、あるいは畏怖を刻みつけるものである。


 痛み、すなわち苦痛は相手に手っ取り早く恐怖と無力感を植え付ける。つまり何が言いたいか分かりやすく言うと、生物だったら痛みを感じて多少は怯んでくれる、という事だ。


 生き物は苦痛を本能的に回避しようとする。敢えて真正面から向かってくるのは自殺志願者か腹を括った奴、あるいはそーゆーのが性癖のド変態、この3つだ。


 しかし相手が機械となると、こんな事ではダメージを与えたとは言えない。


 弾丸は命中したが、しかしその一撃は肩口を覆う装甲……というか、骨みたいなフレームの一部を削ったに過ぎず、大したダメージも与えられていない。これが例えば制御ユニットを撃ち抜いただとか、そういう損傷を与えていたのならば話が変わってくるのだが、あくまでも外装の一部を浅く削った程度となってはノーダメージも同様である。


 チッ、と舌打ちしつつ、セレクターレバーを弾き中段のフルオートへ。ならば倒れるまでぶち込んでやるまでだ、とハンドストップに引っ掛ける左手に力を込め、銃を肩側へ引っ張るようにして反動リコイルに備えつつ引き金を引く。


 ドガガガガガッ、とAK-19が吼えた。


 ボルトを軽量化する改造を施した事により、連射速度は以前よりもさらに上がっていた。その分反動制御と残弾の管理に気を遣わなければならなくなってしまったが、しかし至近距離での殺傷力はより向上し、獰猛かつ攻撃的なライフルに仕上がっている。


 5.56mm弾の集中豪雨を至近距離から浴びたサイクロプスだが、しかし奴は止まらない。むしろ生半可な攻撃が逆に逆鱗に触れる結果となってしまったようで、特徴的な独眼の発する光がより激しさを増していく。


「ご主人様!!」


 ガガッ、と横合いから5.56mm弾の2連射が飛来、サイクロプスの左側頭部を打ち据える。制御ユニットがあるからなのだろう、5.56mm弾は弾かれ貫通には至らなかったが、しかし被弾した側頭部は大きくへこんでいて、奴はまるで痛みを感じているかのように身体をよろめかせた。


 そこに―――容赦のないとどめの一撃が振り下ろされる。


『どぉぉぉぉぉぉぉん!!!』


 もっと他にこう、もっとまともな掛け声は無いのか、と思わずツッコんでしまった頃には、今まさに怒り狂いながら飛びかからんとしていたサイクロプスの華奢な機体を、上から振り下ろされた巨人の剛腕が押し潰す。


 ポンプ室の外で待機していた、モニカが操る4号機の振り下ろした右腕だった。


 作業用の機体とはいえ、重量物を運搬するためにパワーだけはある4号機。モーターだろうと配管だろうと鉄骨の束だろうと、軽々と持ち上げてしまうほどのパワーがある。ではそれを、自身の重量ウェイトも乗せて振り下ろせばどうなるのか?


 パワーと質量が、そのまま攻撃力となるのだ。


 サイクロプスの俊敏性は確かに機械とは思えない程で、あの速度で切り込まれたらと思うと恐ろしいものであったが―――幸いにしてパワーはそれほどではなかったようで、球体状の頭部にブレード型の腕と骨のような身体を装着したような戦闘兵器は、あっさりと4号機の握り拳の下敷きになって果てた。


 バヂッ、とスパークするような音が、断末魔のように通路に響く。


「な、ナイス……」


『むふー。もっと褒めなさい?』


 ぐっ、とモニカが4号機の腕を持ち上げた。


 小さなクレーターと化した通路の床に押し付けられ、まるで残酷という概念を知らぬ幼児に踏み潰された蟻のようにぺしゃんこになったサイクロプス。いかにも耐久性が無さそうな骨組みだけの胴体は腰のちょっと上の辺りで断裂していて、制御ユニットが入っていると思われる頭部は割れ、中からはどろりとしたお粥のような白い物体が漏れ出ている。


 ホルスターからルガーを引き抜き、トグルを引いて薬室に初弾を装填。8インチのロングバレルのそれを割れた頭部へ向け、9mmパラベラム弾を2発叩き込んだ。バムバムッ、とトグルが銃声に合わせて二度後退し、硝煙を纏った薬莢が2つ床へと落下していく。


 念のためだ。こうやって残骸を調べている間に、実はまだ生きてました、となってあのブレードで腹を串刺しにされたらたまったものではない。倒したはずの相手に倒されるというのは詰めの甘さの極致でしかなく、だからこそそんな無様な最期があり得る状況は確実に回避しなければならない。


 相手が確実に機能を停止したことを確認してから、ルガーをホルスターに戻し、骸骨のように華奢なサイクロプスの機体を持ち上げた。


 人工筋肉やら外装の類が無く、フレームが剥き出しの状態だからというのもあるのだろう、やはりかなり軽い。この軽さがあの俊敏性を実現しているのかと納得させられるが、しかし攻撃に使う両腕のブレードと、制御ユニット……というか白いお粥のような溶液を充填した頭はそれ相応の重さがある。


 そんな重心で直立二足歩行を行い、しかもあんな獣のような俊敏な動きが出来たのだ。頭を支える背骨にあたるパーツが余程頑丈なのか、それとも搭載しているバランサーの性能が優れているのかのどちらかだろう。


 それにしても……。


『ねえミカ、そいつ……』


「ああ……多分、同じこと考えてる」


 撃破されて動かなくなったサイクロプス―――こいつに似た敵と、以前に交戦したことがある。


 城郭都市リーネ―――モニカの実家がある城郭都市での強盗の際、逃走する俺たちを追撃してきたあのカマキリのような無人兵器、”戦闘人形オートマタ”。


 両腕のブレードといい、細身の身体といい共通点が多く見受けられるのだ。いや、さすがにサイクロプスの方が遥かに細身(というか骨組みだけ)という差異があるし、戦闘人形オートマタよりも遥かにコンパクトで洗練されているように見える。


 もしコイツが前文明の遺産であるのだとしたら、現行の戦闘人形オートマタは鹵獲、あるいは発掘したこのサイクロプスを雛型に製造されたものなのではないだろうか?


 あくまで推測でしかないが、辻褄は合う。


 前文明は今の技術水準よりも遥かに優れており、故に旧人類の生み出したそれを現在の不完全な技術で完全再現するには至らず、あのような大型の機体となってしまった……と、ミカエル君は推察する。頭の中にいる二頭身ミカエル君ズも全会一致でそう結論付けているのだから間違いあるまい。一匹寝てるけど。


《どうします、持ち帰って解析しますか?》


「ああ、パヴェルに依頼しよう」


「ダンチョさん、コイツ売らないの? きっと高値で売れるヨ」


「解析してデータを得てからだ。売るかどうかはそこで判断しよう」


 売れば高値で売れるだろうな……何せ、現代よりも遥かに高度な文明を築いていた旧人類たちの産物だ。胴体が破断し頭部が割れて機能を停止していても、無事な部位はまだ残っている。それにこいつを形成している素材もおそらくは未知のものだろう。機能を停止したスクラップでもかなりの値が付くに違いない。


 もしかしてパヴェルの奴、コイツを修理できたりして。


 機甲鎧パワードメイルだって魔改造して運用してるんだ、アイツの事だからやりそうではある。もしそうなったらどうしよう、コイツも戦力として組み入れてみようか……そんな妄想をしながら1人でニヤニヤして(うわきっしょ)しまう。やっぱり男の子はみんなこういうメカ好きだと思うんだよね。


「……」


 未知の敵との遭遇、そしてその収穫に達成感を感じている仲間たちとは違って、クラリスだけは緊張感を解かず、地面にうつぶせの状態で横たわっているサイクロプスの残骸をじっと見下ろしていた。


 まだ再起動する可能性があるから……では、ない。胴体は破断し頭は大破、更にダメ押しに9mmパラベラム弾を2発も至近距離でお見舞いした。もう動く事が無いのは火を見るよりも明らかだというのに、彼女だけは戦闘態勢をなかなか解かない。


「クラリス?」


 傍らに駆け寄って声をかけても、無反応だった。


 まるで敵を見るような―――いや、思い出したくない過去を無理矢理見せつけられているかのように、悲鳴を上げそうな寸前で堪えているかのような表情を浮かべているクラリス。


 何度呼んでも反応が無いので、俺は手を伸ばして彼女の身体を揺すった。


「クラリス」


「…………っ、ぁ、ぁあ、ご主人様」


「お前どうした? 何か思い出したのか?」


「いえ……でも何か、この敵はどこかで……?」


 クラリスは記憶喪失だ。


 キリウの地下にあったあの遺伝子研究所で、俺と出会う以前の記憶が全く残っていないのだという。唯一分かっている事は、自分の名前が”クラリス”であるという事だけだ。


 記憶を失う前の彼女が―――キリウの遺伝子研究所に”封印”される前の彼女がいったい何者で、どうしてあんなところにいたのか、いったい何をしていたのかについては謎に包まれている。が、最近はその謎の片鱗もちらほらと見え始めつつある。


 きっとこのサイクロプスも、そんな彼女の散らばった記憶のピースの1つなのだろう。その砂粒のようなピースが、記憶というパズルのどの部分にはめ込まれるのかは定かではないが。


「……クラリス、一旦シスター・イルゼの所に戻ろう。送ってくよ」


「しかし」


「無理は禁物だよ。無理に思い出そうとして、精神的にダメージを受けたら大変だ」


 辛い過去を忘れている人に、無理矢理その過去の記憶を思い出させるのはご法度だ。過去の記憶は取り戻せても、それが原因でPTSDを発症してしまったら洒落にならない。


「ですがご主人様、クラリスはまだ―――」


「従者の事を気遣うのも主人の役目だよ。それに君は俺の道具じゃない、クラリスという1人の人間なんだ。もう少し自分の事も大事にしないと」


「……っ」


 申し訳なさそうな、しかし安堵したような表情を浮かべるクラリス。けれども何だろうか……たった今彼女が浮かべた安堵は、普通の感情とは違う側面があるように思えた。


 まるで嫌な事に直面せずに安心しているような―――裏に何か意味がありそうな、そんな表情だった。












「ご主人様、お気を付けて」


「ありがとう。シスター、クラリスをお願い」


「分かりました、気を付けて」


 ブハンカの後部座席に座るクラリスと、彼女の隣で簡易無線機を使い万全の態勢で待機するシスター・イルゼに向かって親指を立て、物資搬入口で待つリーファと、4号機に乗るモニカの元へと駆け寄った。


 ごめん待たせた、と謝ってから一緒に再びダンジョンの内部へ。先ほどサイクロプス(あくまで俺が呼称しているだけで正式名称じゃないよ)をモニカが叩き潰した場所とポンプ室を通過し、さらに奥へと進んでいく。


『それにしてもアンタ、本当に良い奴よね』


「何が?」


 先頭を進みながらライトを点灯させている4号機を操縦しているモニカが、行く手を塞いでいた瓦礫の山をクレーンアームで除去しながら、機外スピーカーを通じてそんな事を言い始めた。


『クラリスの事よ。今時メイドとか使用人を大事に扱う貴族なんてそう居ないわ』


「ン? ダンチョさん貴族ネ?」


「うん、実家はお金持ち」


 お金持ち、といってもそんなもんじゃないが。没落貴族だし……。


『だいたい皆、使用人は道具としか思ってないわよ。メイド相手に弱みを握って性欲をぶつける主人だって多いらしいし』


「ウチの親父がまさにそれだったんですけどね」


『うわ最悪……え、ちょっと待って。まさかアンタが庶子として生まれた原因って……』


「ミカエル君誕生の原因である」


『ごめんなさい、何か古傷抉ったかも』


 古傷にクリティカルヒットかましてますよモニカの姉御。


『でもまあ……ね、アンタのそういう優しいところ、あたしは気に入ってるわよ? これからもそのままでいてくれるとモニカお姉さんは嬉しいかな?』


 モニカお姉さんってお前……。


 なんかちょっと照れるな、自分が認められているような気がして。


 昔は存在そのものを否定されてばかりだったからなのだろうか。何気ないそういう言葉だけで、生きてて良かったとか、今までの人生が無駄じゃなかった、という気がしてくる。


『さ、進みましょ?』


「おう」


 ダンジョン探索はまだまだ続く。


 

どうでもいい設定

ミカエル君の脳内には12匹の二頭身ミカエル君で構成された脳内会議がある。1匹寝てる奴がいるらしい。

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[一言] き、気にすんな!ウチも似たようなもんだし
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