探索、地下区画
「オーライ、オーライ」
両手を動かしつつ腹から声を出して誘導しているうちに、機甲鎧4号機の背面から伸びるクレーンがゆっくりと降下し、4号機のパワーパックの上を跨ぐようにして搭載されている廃品収集用コンテナの中へと大型モーターを納めていった。
ガゴンッ、とロックが解除され、モーターがコンテナ内部に落下。すっかり軽くなったクレーンアームがするすると上がっていき、元の位置に戻ると同時にクレーンが折り畳まれていく。
完全に収納されたのを確認してから、4号機の後ろ脚をよじ登った。前方はオフロードタイヤ、後方は戦車みたいな履帯で走行する4号機は、2本の脚で直立二足歩行する他の機甲鎧よりも安定した走行が可能となっているが、この三脚型という特異な構造の下半身が採用された理由はそれだけではないだろう。
悪路を走破するだけじゃなく、重量を分散させることで機体がイライナ地方特有の泥濘に沈み、スタックするのを防いでいるのだ。悪路が多く、季節によってはいたるところに底なし沼が出現するイライナ地方、あるいはノヴォシア帝国内で運用するのに適した機体となっている。
まあ、戦闘には適していないわけだが。
”どこにでも入れる小型多機能重機”と考えれば優秀であろう。
後ろ足によじ登ってコンテナの中を見下ろした。あれだけ大量のスクラップを改修したというのに、スクラップを収拾するための大型コンテナにはまだ半分くらいのスペースが残っている。
このまま地上のスクラップ置き場で満タンにして行ってもいいが……地下にもダンジョンが広がっていて、そこにもスクラップがあるという情報を聞いてしまった以上、このまま地上の探索だけで終わらせてしまうのも面白くない。
ここまで来たのだ、一攫千金を狙わなければ損というもの。
午後は地下探索だな、と思いながら収穫したスクラップを見渡す。パヴェルが喜びそうな鉄板に機械部品、大型の歯車に至るまで様々なスクラップがどっさりと詰め込まれている。他にも高値で売れそうなモーターに電気ケーブルなどもあって、正直これだけでもかなりの収益が見込めそうだ。
しかしまだだ、まだ足りない。
冒険者ギルドの序列1位であるギルド『グラウンド・ゼロ』の団長”アレクセイ・イリーチ・マイヨーロフ”はこう言ったのだそうだ。『冒険者の世界では、最も貪欲な者が勝利する』と。
つまりはそこで満足してはならないという事だ。更なる利益を、更なる力を。常に上を渇望し、決して歩みを止める事なかれ。満足し立ち止まってしまえば、待っているのは緩やかな腐敗と死のみである、と。
偉大な先人の言葉に倣うべきだろう。どこまでも貪欲に、ただひたすら前へ。
というわけで午後は貪欲に地下でも探索しよう。
しばらく収穫を眺めていると、4号機のエンジンを切ったシスター・イルゼがコクピットから降りて来た。こっちにやってきて同じように履帯に脚をかけ、点検用の梯子を使って後ろ足をよじ登ってくる。
彼女に手を貸して隣に立たせると、シスター・イルゼは収穫に満足するような、しかしちょっと悲しそうな複雑な表情を浮かべた。
イルゼが純粋にこの成果を喜べないのは、ここにあるスクラップの大半が不法投棄されたものであるからだろう。実際、コンテナの壁際にどどんと居座るモーターの側面には、油汚れや泥が付着しているせいではっきりとは見えないが、おそらく『メルコフ・インダストリアル』のロゴが描かれているのが見える。ノヴォシア国内の重工業の一翼を担う大企業だ。
モーターだけではない。状態の良い機械部品はメーカーとシリアルナンバーまではっきり確認できるし、よく見ると何の変哲もない鉄板みたいなやつも車のボンネットだったりと、国内の色んな企業や業者が不法投棄し放題、という有様である。
コンプライアンスが息してない。
利益優先ってのは分からんでもないが、それが原因で環境汚染だの魔物の突然変異だのが起こってるのだ。イルゼはきっとそんな現状に心を痛め、あんな複雑な表情をしているのだろう。
こうやって廃品回収をする事で少しでも環境が綺麗になる……とは大間違いなのだ、残念ながら。
こうして冒険者が廃品回収で収益を得たとしよう。では冒険者はその金を何に使うのかという話になるが、生活費やら食費やら光熱費やら、そういう費用を差し引いたとしてもまあ、買い物に使う者が大半だろう。装備を買ったり、余裕がある冒険者は車を買ったり。なんともまあ羨ましい話である。
そしてそういった品を供給する企業は需要に合わせるために大量生産を行い、その結果として廃棄物が生じる。その廃棄物がこういう場所に投棄され、冒険者がそれを回収して収益を得て……というイタチごっこになっているのだ。いわゆるマッチポンプというやつである。
嫌なもんだ。所詮は俺たちもその円環の一部に過ぎないというわけか。
まあいい、そういう問題は偉い学者だの政治家が考える事だ。俺たちは生きるために金を稼がなければならない。
シスター・イルゼと一緒に4号機の後ろ脚から降りると、下には既にクラリスが弁当箱を持って待っていた。
「ご主人様、昼食にいたしましょう」
「ああ、そうしよう。午後は地下も探索したいな」
「そうですわね。たくさん持って帰りましょう」
彼女から弁当箱を受け取り、4号機の後ろ脚に寄り掛かりながら蓋を開けた。
基本的に廃品回収は長丁場になる。行き先にもよるが、丸一日スクラップ回収に費やす事になる。廃品回収に熱心なギルドなんか、何ヵ月もダンジョンに籠りっ放しだったんだとか。
さすがにそんなにダンジョンに居られるほど食料品を持ってきたわけではないので、俺たちは日帰りで済ませるつもりであるが。
出発前にパヴェルが作って持たせてくれた弁当の中身は随分と豪華だった。牛肉のコトレータ(俺これ好きなのよね)に付け合わせのマッシュポテト、グリンピースの塩茹で、それと何故かだし巻き卵が2切れ入っている。ノヴォシアの伝統的な食べ物の隣に紛れ込む和食、なぜ?
一緒に持ってきた黒パンを齧りながら疑問に思ったが、とりあえず腹も減っているのでだし巻き卵をフォークで串刺しにして口へと運んだ。ふわりとした食感にだし汁の深みのある味わいがマッチしていて、それでいて卵には少し汁気がある。
これご飯欲しくなるな……。
「このオムレツ変わった形してるわね」
「ええ。四角いオムレツなんて見たことも……」
オムレツ? ああ、そうか、と納得しながらちらりとモニカの方を見た。彼女も同じようにフォークでだし巻き卵を口へ運ぼうとしていたので、事情を何も知らぬリーファにそっと耳栓を支給しておく。
イルゼとクラリスにも支給し終わったところで、卵を口に放り込んだモニカが目を見開く。
「うっっっっっっっっっっっっっま!!!!!」
「―――」
キーン、と鼓膜が死ぬ。
今のは110dBくらい行ったんじゃないか、と思いながら耳栓を外したところで、リーファが目を見開いたまま固まっている事に気付いた。
美味いものを……というか、パヴェルの作る料理を食べるとモニカは毎回叫ぶ。特に新作が出てくるとほぼ確定で叫ぶので、血盟旅団のメンバーは聴覚保護の観点から耳栓の所持が激しく推奨されている。
「リーファ? リーファ?」
「―――ホァ!? あ、意識飛んでたヨ」
意識飛ばすな。
「何このオムレツ、めっさ美味しいんですけど!?」
「あー、だし汁が良い仕事してる」
「ダシジル?」
「えーと……アレだほら、ブイヨン的な」
「へぇー……何、ブイヨン使ってるの? ただ焼いただけだと思ってたけど、意外と手間かかってんのねぇ……」
日本食、意外と説明が難しい。
けれどもまあ、だーいぶ前にも言ったけど、異世界転生して味覚まで変わってなくて本当に良かったと心の底から思う。別人の身体になってるわけだから、当然味覚の感じ方とかも変わって来るんだろうなぁ、とノヴォシア料理を食べながら思っていたところにパヴェルが和食とか色々作って食わせてくれるものだから、味覚が変わっていないという事ははっきり分かる。
コトレータに手を付けながら、そう思った。
カッ、と眩い閃光が闇を切り払う。
リビコフ貯蔵庫の地下区画、かつては天然ガスか何かの貯蔵に使っていたと思われる施設へ資材を搬入するための通路は、幸いにして当時の原型を留めているようだった。壁の一部は崩落し、天井からは電気配線が垂れ下がっていて、当たり前だが照明は無い。電気系統は全部死んでいると考えるべきだろうな、と思いながらハンドサインを出し、先陣を切る4号機に随伴する形でゆっくりと前進していく。
ちなみに4号機のパイロットを務めるのはモニカ。ブハンカで待機する役目はシスター・イルゼにバトンタッチした。元々彼女も真っ向からの戦闘よりサポートを得意とするメンバーという事もあり、まあ適材適所で収まったんじゃないかという感じはある。
《聞こえますか?》
「ああ、まだ聞こえる」
《データ通りなら、その先にポンプ室がある筈です》
ブハンカに備え付けている簡易無線機を用いたオペレーターの役割―――列車との交信可能範囲外である事もあって、情報を素早く伝達してくれる味方がいるのは本当にありがたい。
AK-19のM-LOKハンドガードに装着したシュアファイアM600を点灯させ、暗闇を照らしながら進む。
120年前に滅んだとされる旧人類の文明レベルは、もしかして前世の世界とあまり変わらない水準にあったのではないか、とふと考えた。今こうして探索しているダンジョンの内部は、この世界の文明の水準とは思えない程先進的なのである。
この世界の建物といえば、まあ確かに国家の中枢にはこういう未来を感じさせる建物もあるのだろうが、大半がその国や民族の伝統的なスタイルを堅持している。イライナ地方であれば白レンガを基調とし装飾を必要最低限とした透き通るような建物を、アルドラ様式であれば赤レンガを用いた力強い建築様式を今でもなお継承していて、その民族がこれまで歩んできた歴史を感じさせる。
しかしこのダンジョンはどうだろうか?
そういった、どの民族の様式なのかというのが全くと言っていいほど見て取れない。建物としての、あるいは工場としての機能のみを重視しその他の非合理的な要素を全て削ぎ落したかのような、何とも味気なくのっぺりとした印象を受ける。
前文明ではこれが当たり前だった、と言われたらそれまでだが、これではまるで前世の世界の工場みたいだ―――。
ポンプ室に入る前に立ち止まり、無線で「止まれ」とモニカに合図。物資搬入口のゲートはさすがにトラックでも通過できるサイズだったが、このポンプ室は別だ。あくまでも人間の技術者が立ち入り、ポンプの操作や保守点検を行う事しか考えていないから、扉のサイズも人間とそう変わらない。
半開きになっている扉の向こうに広がる空間に銃を向けながら、ゆっくりとカッティング・パイと呼ばれるテクニックを使ってクリアリング。ライトで暗闇を照らし、中に何もいない事を確認してから、そっとポンプ室の中に足を踏み入れた。
「……クリア」
何もない。
かつてそこにポンプがあったと思われるコンクリート製の土台の上には、ポンプを固定していたと思われるボルトの穴が残るのみだ。配管も既に持ち去られており、金になりそうなものといったら床に落ちてる番線の切れ端程度。
とりあえずそれを拾い上げ、次に行こう、とハンドサインを出したその時だった。
カロロロロ……と、まるで鳥の声のような、けれども機械の作動音にも聞こえる奇妙な音がどこからか響いてきたのである。
その声を聴いて全員が臨戦態勢に入ると同時に、頭の中である情報が思い起こされる。
―――リビコフ貯蔵庫のセキュリティは生きている。
はて、動力が遮断され、電気系統が死んで久しい施設の中でもなお生きているセキュリティとは一体何か?
個別の独立したバッテリーでも持っている何かであろう。
「……部屋を出た方が良さそうだ」
ガコ、ガコ、ガコ、と天井から何かを突き立てるような音が迫ってくる。さっきの声の主だろうか。まるで自分の縄張りに足を踏み入れた外敵を威嚇するかのような、しかし機械の起動音のような無機質な音。
最後に俺がポンプ室から出た直後、天井が砕けた。
コンクリートの天井の破片や金属片がポンプ室を埋め尽くし、堆積していた埃が一気に舞い上がる。思わず咳き込みそうになりながらも、灰色に染まった視界の向こうで確かに紅い光が閃いたのを、俺は見逃さなかった。
何か来る、と咄嗟に後ろにジャンプした直後、ヒュンッ、と空気を裂く音を響かせながら鋭い何かがミカエル君の顔の僅か2㎝先を掠め、何もない空間を薙ぐ。
刃物か、と相手の得物を悟ると同時に反撃に転じる。相手が何者かは分かったものじゃないが、暗闇の中で輝く紅い光を目印に、俺はとにかくAK-19を連続で放った。
クラリスもそれに呼応してQBZ-97を撃とうとするが、それよりも先に相手が動いた。
カロロロロ、と鳥のような声を発し、舞い上がる土埃を突き抜いてポンプ室の中から姿を現したのである。
―――その異形を一言で表現するならば、”骨”だった。
足も、身体も、そしてブレードが搭載された両腕も限りなく細い。人間の骨のような、黒く華奢なフレームのみで構成されていて、その表面を覆う人工筋肉や皮膚の類は一切見当たらない。まるで黒く染まった人骨を繋ぎ合わせてヒトの形にし、両腕をブレードに換装したような、そんな戦闘兵器だった。
頭部はというと、これもまた異形だった。黒光りする球体が頭の代わりに搭載されていて、その中央部にあるレンズのような部位から紅い光を発しているのだ。
単眼の骸骨、とでも表現するべきだろうか。
まるで神話に登場する怪物『サイクロプス』のように目を光らせたソイツは、次の瞬間にはブレードを振り上げ俺たちへと飛びかかってきた。




