探索、リビコフ貯蔵庫
貯蔵庫が近付いて来るにつれて、遠くからも見えたタンクの大きさにただただ驚愕するばかりだった。
球体状のタンク1つで直径50mはあるだろうか。それが5つ、3列に並んで鎮座している姿は圧巻で、まるで巨大な卵が孵化するその時を待ち受けているかのよう。卵であんなサイズだったらいったい生まれてくる化け物はどれほどの大きさになるのかと考えてしまうが、あれは新たな命を宿す器ではない。
むしろ死骸だ。前文明がここにあり、栄華を極めたという痕跡を今の時代に残す証なのだ。
貯蔵庫の敷地内は確かに荒れていた。いたるところの地面がぼこぼことへこんでいて、クレーターになっている。さながら月面のようだが、自然に出来たクレーターというわけではないらしい。まるで砲弾や爆薬を使って掘り返されたかのような、ヒトの手が加えられた痕跡がうっすらと伺えるのは気のせいだろうか?
ブハンカが停車したのを確認し、俺もブレーキを踏んで4号機を停止させた。ぐんっ、と前足のオフロードタイヤにブレーキがかかり、全高4.5mの巨体が走行を停止する。
ギアをニュートラルに切り替えてサイドブレーキを引き、コクピット上面にあるレバーを引いてコクピットのハッチを解放した。バシュウ、と胸部にあるコクピットのハッチが上下に解放されていき、外気が機内に流れ込んでくる。
「それじゃあ、あとは頼む」
「分かりました」
コクピットの右側にあるウェポン・ラックにマウントしておいた自分のAK-19を手に取り、4号機の操縦をシスター・イルゼに任せて外へと飛び降りた。
地上でさえ、以前に訪れたフリーダンジョンとは比較にならない大きさだった。まるで都会にあるようなショッピングモールを思わせる面積で、ここから見える範囲内にも不法投棄されたと思われるスクラップがごろごろと転がっていて、その錆び付いた金属の山のいくつかには、同じく廃品回収にやってきたと思われる同業者たちが群がっていて、金になりそうなスクラップをせっせと集めている。
さーてどうしようか。
「どうする?」
「とりあえず車に1人残して、残りの4人でスクラップ回収が最適解じゃね?」
日本ほど治安が良いわけではないノヴォシア帝国。しかも荒くれ者の多い冒険者がやって来るダンジョン内で鍵をかけただけの車を放置しているとどうなるか。
車内の貴重品は荒らされるし、最悪の場合は車もスクラップの一部と見做され他の冒険者に分解されて持っていかれたりする事もある。一応は検問所に管理局の人が駐留しているけれど、彼らの仕事はあくまでも資格のない冒険者がダンジョンに立ち入ろうとするのを防止する事であり、ダンジョン内での冒険者同士の戦闘の監視までは手が回らない、というのが実情だ。
そんな事もあって、検問所があるようなダンジョン内でも基本的に無法地帯となっているのが当たり前。貴重品から目を離すのが悪いというわけだ。だからそれを防ぐために監視を担当する人員を1人か2人くらい車に残しておきたい。
「じゃあその1人はどうやって決めるのよ?」
「胸がアるのとなイので分ける良いヨ」
モニカの問いにとんでもねえ爆弾を投げ込んだのは、血盟旅団に加入して間もない新人、リーファ。わざとなのか無意識なのかは分からないが、「ほーらほーらワタシこんなに大きいヨ?」と言わんばかりに胸を揺らし、モニカの目つきを鋭くさせる。
やめて、火にニトログリセリン注がないで。
一応モニカの名誉のために言っておくが、彼女も胸はある。全体的にすらりとしているが無駄がなく引き締まっていて、バランスの取れたスタイルと言っていい。ちなみにバストはCである(これは実際にミカエル君がスリーサイズの測量を行ったので間違いない)。
そう、スタイルは良いのだ。ただGカップのクラリスにIカップのイルゼ、そして新たに加入したFカップのリーファという巨乳山脈がちょっとアレすぎるせいで相対的に貧乳に見えてしまうだけなのである。
相対的貧乳……コレ言ったらぶん殴られそうだから黙ってよう。
「ミカ、アンタ今失礼な事考えなかった?」
なんでバレた?
「というかリーファ、その理屈だったらミカが留守番になるわよ? あたしこう見えてCはあるんだからっ」
ふんっ、と胸を張って自分の胸を揺らすモニカ。いや、負けたくないという気持ちは分かるんだが、揺れた時の重量感が違い過ぎるしサイズも……あっなんでもありません。
やべー、睨まれた。もしかして思考読まれてる? いかんいかん、頭にアルミホイル巻かないと。
まあ、そんなクソみたいな冗談はどうでもいいのだ。それより一つ言いたいことがある。
「俺、そもそも男だけど」
「「「「えっ?」」」」
泣きたくなった。
何故だろう? 俺、何度も自分は男だと仲間に主張しているし、付き合いの長いクラリスに至っては一緒に風呂に入った事もある。その時にその、色々と見られているから分かる筈なんだが。
本当だ、本当なのだ。ミカエル君は男の子なのだ。身体も心も男なのだ。
「あっ……そうでしたわね。失礼しました」
「失礼だよ」
「そ、そうよねぇ、ミカったらそもそも男だもんねぇ!」
「絶対忘れてただろお前」
「……ごめんなさい、ミカエルさんが可愛かったのでつい忘れていました」
「正直でよろしい」
「なーんだ、それナらダンチョさんに教えようとしてタ秘伝の胸が大きくなるマッサージは無意味ネ」
「え」
「ちょっとリーファそれ教えなさいよ」
食いつくなモニカ。
「どうしよ、くじ引きで決める?」
「そんな事もあろうかと、クラリスがくじを用意していましたわ」
ご都合主義。
すっ、とポーチからくじを引っ張り出すクラリス。彼女が持つそれを1人一本ずつ引き抜いていき、くじの色をチェックしていく。
モニカだけが紅いくじを引き当てているのを見て、俺は笑いをこらえるのに必死になった。
《なんでよもぉぉぉぉぉぉぉぉ!》
ヘッドセットから聞こえてくる貧にゅ……モニカ氏の怨嗟の声。いやいや、リーファが「胸の小さい奴が留守番」って発案したけれど、半ばジョークだったそれが現実になるとは思わなかった。
あまりにも綺麗すぎるフラグ回収に草を生やしながら、最初のスクラップの山へ。
管理局が公開しているデータによると地下区画もあるようで、そこにも相当な量のスクラップが眠っていると推測されるが、まずは地上のスクラップ回収からだ。個々の価値がそれほど高くない鉄板でも、持ち帰れば列車の補修材料や武器を製造する際の素材に転用できる。スクラップの価値は金になるかどうかだけではない、という事だ。
鉄板に混じって電気配線も紛れているのを見て、ちょっとにんまり笑ってしまう。これは高く売れる。特に電気関係の部品は高値が付くケースが多いのだ。たとえ、こんなに被覆が劣化して硬くなり、ヒビが入っているようなケーブルであっても10000ライブルの値が付く。
被覆を修繕する手段でもあるのか、それとも中の銅線だけ引っ張り出して転用するのかは定かじゃないが、俺たちの関心は金になるか否か、利用価値があるか否か。それだけである。
両手いっぱいの鉄板と電気配線を抱え、後方で待機している4号機の元へ。パワーパック上部に備え付けられた廃品収容用のコンテナの中にそれをぶち込んでから、再びスクラップの山へと戻る。
でっかいモーターを抱えたクラリスとすれ違ったのだが、アレ重くないのだろうか? 念のため言っておくが、人間の頭くらいしかないサイズのモーターでもそれなりの重量がある。クラリスが今抱えていたのは成人男性くらいのサイズのモーターだったのだが……アレ人が持てるもんじゃねえよ絶対。クレーン車とかで吊り下げて運ぶやつだよアレ。
ウチのメイドの馬鹿力に驚いていると、「おっカネー、おっカネー♪」とスキップしながらでっかい配管の束をバズーカみたいに抱えていくリーファとすれ違う。何やアレ、馬鹿力2号か???
何だ、重機いらねえじゃん……なーんて考えながらスクラップを拾い集めていると、でっけえ籠を背負い、その中に山のような機械部品を詰め込んだ他の冒険者の人がニコニコしながら「気を付けてねー」なんてフランクに声をかけてから去っていった。
ああ、良い人だ……そうだよな、お互いに蹴落とし合い奪い合いじゃあ心まで荒んでしまう。できる範囲でいい、ああやって他人にも気を配ったり手を差し伸べられるような環境だったらもっと……。
などと理想を思い浮かべていると、とんとん、と肩を叩かれた。
「待てよクラリス、今ネジ外してるところなんだから」
「おめーのネジも外してやろうか?」
「―――ふぇ?」
あれ、なんかクラリスにしては声が野太い。
だーれだっ☆ と思いながら後ろを振り向くと、そこには革製の防具に身を包み、腰にロングソードを下げた、いかにも冒険者って感じのこわーいお兄さんが2人……。
「え、えと……」
「おいガキ、この山は俺らが先に目を付けたんだ。とっとと退きやがれ」
「さもねえとチョコレートをプレゼントして家まで送ってくよ?」
いや良い人か?
まてまて、そんなことはどうでも良い。このまま俺に絡んでたらこの人たち拙い事になる、絶対になる。断言していい。何なら俺の童貞賭けてもいい……え、いらない? ああそう。
何とかお帰り願えないものか。ミカエル君渾身のロリボイスでお願いすればワンチャンあるだろうか、と思っていたが、行動に移すよりも先に嵐はやってきた。
「 ウ チ の ご 主 人 様 に 何 か ? 」
ボキッ、ボキッ、と指を鳴らし、紅い瞳から謎の光を発しつつ、身体中にどす黒いオーラを纏った身長183㎝のこわーいメイドさんが、こわーいお兄さんたちの背後に迫っていたのである。
近くにあった鉄板を拾い上げ、それを握り締めるクラリス。まるで深海で圧壊していく潜水艦の如く、ギギッ、と軋む音を響かせた鉄板は彼女の手の中であっさりとひしゃげ、ぐしゃぐしゃに丸めた紙屑のようになってしまう。
「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」」
それだけではない。
彼女の隣に、露骨にオーラは出していないものの殺気を滲ませたリーファが、にこにこと笑みを浮かべながら立っていたのである。
「何打弥琉野可? 恩恩???(なんだやるのか? おんおん???)」
当て字やめろ。
昔の俺の漢字テストじゃないんだから。
さて、血盟旅団が誇る白兵戦最強格のツートップにそう威圧されれば、ミカエル君をカモだと思い寄ってきた冒険者×2に勝ち目などない。
しかしリーダー格の方はそれなりに肝が据わっているようで、震える手をロングソードに伸ばしたかと思いきや、それを引き抜いて戦闘態勢をとりやがった。んで相方の方はというと、「え、やるの? マジでやるの? やめましょうよ兄貴」みたいな感じで俺らと兄貴の方を交互に見ながら戸惑ってる。何だコイツ善人か???
「は、はっ、メイドとパンダとイタチに何ができるってんだ」
「あの俺ハクビシンです」
「は、はっ、メイドとパンダとハクビシンに何ができるってんだ」
テイク2やめい。
どうしよ、こうなったら実力行使か?
仕方がない、時間停止と慈悲の剣のコンボでとりあえず穏便に済ませよう―――と自分なりの最善の策を実行に移そうとしたその時、ブロロロロ、と聞き覚えのあるエンジン音がどこかから迫ってきた。
あれ、これって―――と音のする方向を振り向いた次の瞬間、いきなり飛び出してきたブハンカがブレーキ音を盛大に響かせながら急停車に入りつつ、剣を抜き攻撃態勢に入っていた冒険者だけを正確に撥ね飛ばしたのである。
ゴンッ、とフェンダーに殴打される鈍い音が響いたかと思いきや、撥ね飛ばされた冒険者は剣を手から落としながら地面に激突しバウンド、空中で複雑怪奇な回転をしながら、悲鳴と共に錆びたフェンスに叩きつけられて気を失った。
「あっ、兄貴ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」
「あっコレ使って」
「あっどうも」
回復用のエリクサーを相方に渡し、彼が兄貴にそれを投与して一緒に退散していくのを見守る。良かった、兄貴の方は生きてるらしい。
さて……プチ交通事故を起こしたドライバーの方はというと。
「助けに来たわよ!」
「免停」
「そんなっ!?」
「妥当ですわね」
やってやったわよ、と言いたげな感じで顔を出すモニカ。いや、危険を察知して車でここに駆けつけてくれたのは良いのだが……ブレーキかけて加減する配慮も見事なものだが、あれはちょっとねえ。
まあいい、助かった事に違いはないのだ(明らかにオーバーキルだが)。後でちゃんとお礼を言っておかないと……。




