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4号機


 アルザを越えたらしばらくは立ち寄れる駅は無い。小さな村はあるが、機関車に本格的な補給が行える設備がその村の駅にあるかどうか怪しい所である。小規模な村や集落にある村では珍しい事ではなく、本当に列車を停車させておくホームがあるだけ、という駅となっているケースが多数を占める。


 だから実質的にエルゴロド到着前に立ち寄れる駅は、ブニエストル川上流にある『ボルコフツィ』という都市が最後の補給可能な駅となる。


 駅員からの情報でその事を把握してからというもの、列車の運行を担当するルカとパヴェルは大忙しだった。ボルコフツィまでは距離があるので、そこまで持ちこたえられるよう多少質の悪い石炭だけでなく重油まで買い付け、他にも異常個所がないかどうかもう一度再点検である。その上で夕飯の支度だの何だのやらなければならないのだ、彼らには本当に脱帽である……過労死しなければいいのだが。


 さて、列車がそんな大忙しとなっているにもかかわらず、俺たち実働部隊はというと出撃準備でこっちも大忙しだった。


 もちろん仕事……というよりも廃品回収スカベンジングである。


 アルザ郊外にもダンジョンがあるようで、そこならば最近の不法投棄問題もあってスクラップが山ほどあるのではないか、という話になったのだ。スクラップは売却すれば単純に金になるし、技術がある者にとっては発明のための素材。一般人から見ればゴミの山に見えるかもしれないが、冒険者からすればまさに宝の山というわけだ。


 単なる鉄板ですら、買い手が付けば金になる。それが電子回路とか電気関係の高度な技術が必要となる機械部品、あるいは前文明が遺した貴重な何かであれば、バスタブを満たせるだけの札束が手に入る。


 だから一攫千金を夢見てダンジョン入りする冒険者が後を絶たない……のだが、それだけ危険も多い。


 ダンジョンは単なる廃墟ではない。あれは前文明、すなわちかつて栄えていた旧人類たちが遺した遺構だ。人類は滅びてもなお、その施設を守るセキュリティシステムは未だ機能しており、ダンジョンによってはスクラップを持ち帰ろうとする冒険者を敵と見做して攻撃してくる事もあるという。


 そうじゃなくても有害なガスが充満していたり、施設の老朽化で崩落の危険があったり、内部に魔物が入り込んで巣を作っていたりと、様々な要因があるのでダンジョンは危険な場所とされている。


 アルザ郊外にあるのは『リビコフ貯蔵庫』。いったい何を貯蔵していた施設なのかは不明だが、管理局に問い合わせたところ貯蔵庫のセキュリティは未だに機能していて危険な事から、そこは”Eランクダンジョン”に指定されているのだという。


 ダンジョンもそれなりに広く、回収可能なスクラップも多量である事を見込んで、出撃するメンバーは俺、クラリス、モニカ、イルゼ、そして加入したばかりのリーファを加えた5名となった。


 AK-19を背負い、予備のマガジンをチェストリグに押し込んでから、機甲鎧パワードメイル用の格納庫へと足を踏み入れた。3両ある客車の中はまだ、人が生活している家の中のような空気がする。しかし連結部を越えて格納庫のハッチを開ければ、そこから先は機械が蠢く工場の中のように、高温の金属が発する異臭や機械油の臭いが充満した別世界だ。


 そんな別世界の中に佇む鋼鉄の巨人に、俺たちは用がある。


 機甲鎧パワードメイル―――早い話が、約3m級のパワードスーツだ。ザリンツィク議会の重鎮であったバザロフ家、彼らに裏で兵器を供与していた謎の組織から強奪したそれを、俺たちは運用している。


 パヴェルの手で魔改造された歩兵以上戦車未満の兵器は、ついに4機となった。


 バザロフから奪ったものを改修、俺専用の操縦機構を組み込んだ初号機と、それをベースに専用操縦機構を省き小型化した2号機に3号機、そしてそれらに続き、4機目の機甲鎧パワードメイルがついに実戦投入される。


「……なんというか、大きいですねぇ」


 後ろで見ていたシスター・イルゼが、4号機を見上げながらそんな感想を口にした。


 そう、4号機はデカい。


 俺の乗る初号機で3mくらいだというのに、4号機に至っては4.5mもある。


 サイズアップの原因となっているのがその下半身だろう。他の機体が2本の脚で歩行する方式を採用しているのに対し、4号機のみは2本の前足と大型の後ろ脚1本、3本の脚を持つ三脚型となっているのだ。


 前足の、人間でいう足首から先には大型のオフロードタイヤが装着されており、大型化した後ろ足は膝から先の部分が戦車のような履帯キャタピラになっている。動力源たるパワーパックは背面から後ろ足の上部に移されていて、左右からは口径の大きなマフラーが1本ずつ突き出ているのがここからでも確認できた。


 パワーパックの移設により空いた背面のスペースには作業用のクレーンが折り畳んだ状態で装着されているほか、通常の腕の代わりに作業用のクレーンアームも肩に1本ずつ搭載されている。


 この外見から分かる通り、4号機は作業用の機体だ。


 というのも、大型スクラップの回収には重機が必要になってくる。スクラップの中には人間の力で運搬できないほど重いものも数多く存在するからだ。そういう重量品を運搬できる重機を持つギルドなんてそう居るわけではなく、大半の冒険者は大重量のスクラップを諦め、手で持てる程度の物を集中的に回収している。


 もちろん血盟旅団でも重機の購入を検討していたのだが、パヴェルの「それなら造った方が早くね?」というウォッカキメたとしか思えない回答でこれが生まれたのである。


 重機購入にもデメリットはある。もちろん金はかかるし動かすのにも免許が必要になるので、コスト的な面でも、運用的な面で即戦力とならないという面でもそれはあまりに痛すぎた。


 そこで脳にアルコール充填させたパヴェルさんは仰ったのです。『機甲鎧パワードメイルは車両でも重機でも戦車でもない新カテゴリーの乗り物で、免許が必要という規定も存在しないから法的にもホワイト』であると。いやグレーだろコレどう見てもよぉ。


 法律をとんちで躱すんじゃない……。


 とはいえ貴重な戦力である事は事実。形になった以上はありがたく使わせてもらおう。


 格納庫の中で天井のクレーンを操作しているルカが、パワーパック上部にあるスペースに物資運搬用のコンテナを搭載していくのを見守りながら、俺はシスター・イルゼと共にコクピットに乗り込んだ。機体が大型化されている事もあって複座型となっており、前方に座る方が機体の操縦を、後部座席がクレーンの操作を行う事となっているが、これらの操縦系統はいつでも切り替え可能なのでキッチリ2人乗る必要はないらしい。


 計器類のチェックをしていると、作業着姿のノンナがタラップを上がってきた。


「ミカ姉、分かってると思うけれど4号機は戦闘用じゃないからね」


「分かってる、大丈夫さ。現場までは俺が操縦して、そこからはシスター・イルゼに任せる予定だから」


「……気を付けてね」


「おう、ありがと。土産話期待してろよ」


 ぐっ、と親指を立て、ノンナがちゃんと機体から離れたのを確認してからコクピットのハッチを閉鎖した。横倒しにした卵みたいな形状の胴体、その上下に解放されていたハッチが閉鎖され、一気に空気が重苦しくなる。


 操縦系統は初号機のものに少し手を加えた程度で流用したものなのだろう、座席の前に並ぶタコメータの傍らにはH字形のハンドルがあり、座席のアームレストのところには、座席後部からフレキシブルアームでマウントされたグローブ型コントローラーが用意されている。両腕を動かすためのものだ。


 他の機体と同じく、細かい動きは電気信号を拾って補正する事となっているが、それでも人間的な動きには程遠い。


 コクピット上面にあるパネルのスイッチを端から弾いていき、ハンドルの付け根にあるキーを回してエンジンをかけた。機体の前方にある装甲の内側がモニターになっていて、そこに外部カメラの映像が映し出されるようになっている。


 ドルルンッ、と重々しい音を響かせながら機体が目を覚まし、マフラーから黒煙を短く吹き上げる。ハンドル付近にあるタコメータの針が動き、エンジン回転数が1000rpmまで上昇したのを確認してから、サイドブレーキを解除して左足でクラッチペダルを踏み込み、右足でアクセルをゆっくり踏み込んでいった。


 格納庫のハッチがスライドし、夜明け空が顔を出す。午前4時のアルザ駅、ここからは紺色の空と、緩やかに顔を出しつつある朝日に照らされた大地しか見えない。

 

 アルザ駅の向こう側は一面麦畑になっていた。イライナの土は世界一肥沃で、農業に適している。一斉に麦が芽吹いた時の風景は圧巻で、黄金に染まったその大地はイライナの青空と共にかつてのイライナ公国のシンボルでもあった。


 今年もその風景を目にしたいものだ、と思いながら、4号機を格納庫の外へと進ませた。


 後ろ足に搭載された履帯が駆動し、機体を前へ前へと進めていく。ギアを変更し始めたところで、最後尾の格納庫からクラリスの運転するブハンカも勢いよく飛び出した。


 さっきノンナも言っていたけれど、4号機は戦闘用ではない。あくまでも作業用の機体だから、装甲も他の機体と比較すると薄いし戦闘用のソフトウェアもインストールされていない。腕の規格は他の機体と同じだから武器の保持は出来るけれど、照準はソフトウェアではなく自分で行わなければならず、モニター越しにアイアンサイトやスコープで照準せねばならなくなってしまう。


 どれだけこの機体が割り切ったコンセプトの上で形になったのかが窺い知れる……一応は重量物を持ち上げるためにパワーはあるので、ぶん殴ればそれなりの威力になるのだが、マニピュレータがイカれてパヴェルが泣くのでやめよう。


 目的地はリビコフ貯蔵庫。


 到着まで30分くらいかかるので、少しシスター・イルゼと世間話でもしようか。













 地平線の向こうに、大きなタンクがいくつか見えた。


 天然ガスを貯蔵するタンクのようにも見えるけれど、それが稼働している様子がない事は遠目から見ても分かった。表面は錆び付き、いたるところにツタが伸び、タンクの表面には破孔まで見える。


 本来の持ち主たちの手によりメンテナンスを受ける事もなく、自然の意思のままに錆びれていく……そんな悲しい運命が決まってしまったような、そんな場所だった。


 リビコフ貯蔵庫―――管理局が”Eランクダンジョン”に指定している、旧人類の遺構である。


 あのタンクの形状から察するに、前文明滅亡前は天然ガスか何かの貯蔵庫だったのだろう。管理局が公開している他の冒険者たちによる記録によると、地下にもそれなりの規模の施設が広がっているようで、そこにも大量のスクラップがあるらしい。


 貯蔵庫が近くなってくると、道の向こうに検問が見えてきた。冒険者管理局の旗が見え、積み上げられた土嚢袋のところでは紺色の制服に身を包んだ管理局の職員が、銃剣付きのマスケットを背負って大きく手を振っているのが見える。


 道を塞ぐように立ちながら手を振る彼らの前で減速してから停車するブハンカ。こっちも踏み潰さないようにブレーキをかけると、管理局の職員は車と一緒にやってきた異形の兵器を二度見しながらも、運転席の窓を開けさせ手順通りのやり取りを始めた。


 手元のダイヤルを弄って機外マイクの感度を調整。会話をコクピット内にも流して情報を得ようとしてみる。


『お疲れ様です』


『どうも。ここから先はEランクダンジョンとなっています。冒険者バッジの提示をお願いします』


 そう言われ、ブハンカに乗るクラリスたちはすぐに応じた。


 特に大きな危険が無く、誰でも入れる危険度の低いダンジョンは”フリーダンジョン”と呼ばれ、いつでも出入りが自由となっている。しかし一定の脅威が存在するダンジョンはランク付けされ、その危険範囲ギリギリのところに検問所を設置して、こうして職員が冒険者の立ち入りをチェックしているのだそうだ。


 俺もコクピットを開けると、ぎょっとした職員と目が合った。けれども彼は俺とシスター・イルゼのバッジを確認するなり首を縦に振り、未知の車両とも兵器とも言えない奇妙な代物を凝視しながら後ずさりしていく。


 ゲートが解放されたのを確認してから、再びブハンカが動き出す。そのテールランプを追い、俺も4号機を加速させ、いよいよダンジョンの敷地内へと足を踏み入れていく。


 フリーダンジョンには入った事があるけれど、ランク付けされたダンジョンはこれが初めてだ。Eランク、つまりは危険度の中では低い部類となるが、油断はできない。


 この世界では”ありえないなんて事はありえない”のだから。




 

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