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憲兵隊の追撃


 父上にも困ったものだ、とつくづく思う。


 確かにこうして憲兵隊に親のコネで入隊し、半年というごく短い教育期間―――最初から指揮官となる事が決まっていたから英才教育を受けていたというのもあるが―――を経て憲兵隊の部隊を預かる事になったのも父上のおかげだ。スタートラインを他人とえらく進んだ位置に用意してもらえたことには感謝している。


 だが―――血の繋がった実の息子さえも駒としか思わないその冷淡で傲慢な態度には反吐が出る。流れ弾という口実でうっかり殺してしまおうかと思ったのも一度や二度ではない。


「リガロフ隊長、お電話です」


「……父上からか」


 副官のナターシャが黒い電話を持って駆け寄ってくる。誰からだ、という報告を聞くまでもなく、先ほどからしつこく電話をかけてくる相手が誰なのかは察している。どうせ父上だろう、と思いながら受話器を取ると、案の定怒鳴り声が鼓膜をぶち抜いた。


『マカール、追撃はどうなっている!?』


「落ち着いてください父上、今から駐屯地をつところです」


『何をやっているんだ、ミカエルに逃げられるぞ!』


「まだ犯人がミカエルと決まったわけではありませんが」


『馬鹿を言うな、ミカエルしかおらん!』


「現時点では証拠がありません、情報が圧倒的に不足しています。犯人の捜索及び追撃は行いますが、ミカエルが犯人と決めつけるのは早計が過ぎるのでは―――」


『やかましい! お前は私の言う事だけ聞いていればいいんだ!』


 ガチャン、と受話器を叩きつけるような音がして通話は切れた。音も外に漏れていたようで、電話機を持って待っていてくれたナターシャが気の毒そうな顔でこっちを見ている。


 子は親を選べない、か。俺は随分と”ハズレ”を引いてしまったらしい。


 ありがとう、と言いながら受話器を置き、後ろに停めてある憲兵隊のセダンに乗り込んだ。既にセダンにはピストルとサーベルを携行した隊員たちが乗り込んでいて、通報内容の確認をしている。


「出してくれ、ナターシャ」


「了解」


 セダンのエンジンがかかり、ゲートへと向かって進み始めた。


 正直、俺も犯人はミカエルではないかと見ている。というのも、アイツは昨年から何かを探っているようだった。宝物庫の中身について、やけに詳細に情報を求めてきたのだ。今思えばあの時点でこの強盗を計画していたのだというならば辻褄は合う。


 本当に俺は馬鹿だ。今まで兄上や姉上と比較され続け、劣等感ばかり抱いていたものだから、弟に持ち上げられただけで簡単に情報をペラペラと話してしまった。これが兄上や姉上に追い付けぬ所以なのだとしたら、おそらく一生無理だろう。無能な自分と末永く付き合っていくしかあるまい。


 やってくれたなミカエル、と思う一方で、ちょっとばかり愉悦を感じていた。今まで散々息子を利用してきた父の顔に泥を塗るこの復讐、見ているこっちもなかなか面白い。それこそ、今夜は美味い晩飯が食えそうだと思ってしまうほどに。


 兄としてのプライドと憲兵としての正義感、そして幼少期から沈殿していた父への不満が、心の中で三つ巴の戦いを始めていた。


 とはいえ、今の俺は憲兵隊の指揮官。兵を預かる身として、成すべき事を成さなければならない。


 襟で輝く、憲兵のバッジに恥じぬ働きを。


「各員、容疑者はボリストポリ方面に逃走中との情報だ。まだそう遠くへは行っていない、急ぐぞ!」












 完璧とはいかなかったが……まあ、上々の結果だろう。


 盗品の入ったダッフルバッグから金塊を1つ取り出し、薄暗い車内でそれを弄ぶ。ずっしりと重いこれが、買い手次第ではかなりの金額になる。そりゃあ資金洗浄マネーロンダリングの手数料とかもかかるだろうから、100%がこっちの懐に収まるわけではないだろうけど。


 父上への仕返しも済んだし、冒険者として活動するには十分すぎるほどの資金も得た。それに……一番大きいのはやはり、これだろう。


 ポケットの中に納まっている懐中時計―――リガロフ家の秘宝の一つ、イリヤーの時計を取り出し、それをまじまじと見つめた。黒曜石で作られた懐中時計。表面にはよく見ると、リガロフ家の家紋が刻まれている。黒曜石でできた本体を縁取る黄金の装飾もそこまで過度ではなく、この絶妙なコントラストが見事だ。


 このままでも芸術的価値はあるだろう。だが、やはりこいつだけは手放せない。


 まだ検証は必要だが、この時計には”時間を止める”力がある。それは間違いない。現時点で止めていられる時間はおよそ1秒程度、ちょっとした隙を作り出す程度のものでしかないが、それでも十分に有用だ。これじゃなく他の秘宝を盗んでいたら、きっと屋敷を脱出する事は叶わなかったのではあるまいか。


 これからも末永い付き合いになりそうだ―――そう思いながら時計を弄んでいると、車が大きく揺れた。


「おっとっと」


「大丈夫ですかご主人様」


「あ、ああ」


 窓に右の頬を叩きつけられて、やっと気づく。


 ……あれ? クラリス氏、結構スピード出してない?


 いやいやいや、強盗を終えて逃げてる最中なのだから飛ばすのは普通だろうとは思う。だが、ここはもうキリウの郊外にある峠道。もう逃げ切ったと判断しても良いのではあるまいか。


 恐る恐る、車体前方左側にある運転席の速度計に視線を向けた。法定速度が50㎞/hに定められている峠道だというのに、クラリス氏はそこを掟破りの90㎞/hでぶっ飛ばしている。この世界の車のサスペンションがそんなに性能が良くない事も相まって、車体はさっきからどったんばったん揺れまくり。急カーブに至ってはドリフトで強引に曲がるという有様だ。


 え、何この人。何なのこのメイドさん。


 さらにそこで、俺は恐ろしい事実に気付いた。


「クラリスさんクラリスさん」


「はい、ご主人様」


「そういえばさ……クラリスさん、車って今まで運転したことあったっけ」


「ございませんね」


「免許って持ってたっけ」


「……ございませんね」


 




 お、お、お巡りさぁぁぁぁぁぁぁぁん!!






 交通ルールガン無視に無免許運転、強盗以外にも余罪がたくさんついてくるんですがどういう事ですかこれは。


 この先急カーブ、という手書きの看板があり、背筋に冷たい感触が走る。今はちょうど下り道、速度計も既に110㎞/hに迫ろうとしており、こんな速度で急カーブに突っ込もうものならばコースアウト不可避である。


 彼女がハンドルを切ったかと思いきや、盗品とミカエル君を乗せたセダンは急カーブで豪快にドリフトをキメた。ギャギャギャッ、とタイヤが道路に擦れる甲高い音がして、ゴムが焼けるような臭いが微かに車内にまで入り込んできた。


 道路にタイヤの跡をこれ見よがしに刻み、何事もなかったかのように右側の車線を走り続けるリガロフ家のセダン。無免許でこんな危険運転、しかし今のところ損害はない。


 でも、出来るならばクラリスにはあまり車の運転を任せたくないな……いや、無免許っていう理由が一番デカい。仮に免許を取ったとしても、こんな運転を繰り返していたら一週間以内に免停を喰らう事間違いなしである。


 口から魂が抜けかけていたところで、後方から迫ってくる車のライトに気付いた。


「……」


 迫ってくるのは黒いセダン。窓は真っ黒なスモークガラスになっていて、真正面から以外では車内の様子を伺う事が出来ないようになっている。


 だが―――こちとらハクビシンの獣人、夜行性の動物であるが故に暗闇にはそれなりに強い。運転席でハンドルを握るドライバーが憲兵隊の制服を身に着けている事に気付き、咄嗟にAKに手を伸ばす。


 そのセダンの後方から、更に1台……いや、2台、同型のセダンが迫ってくるのを見て、嫌な予感が現実になったことを悟った。


「クラリス」


「構いません」


 AK-12の銃口からサプレッサーを外し、後部座席の窓を開けた。そこから身を乗り出して銃口を後ろへと向け―――引き金を引く。


 ガガガンッ、と夜の峠道で黄金色のマズルフラッシュが閃いた。


 5.45mm弾が弾け、追撃してくるセダンのボンネットで火花が踊る。しかしながら走行には何の支障も無いようで、先制攻撃を受けた憲兵隊のセダンが遊びは終わりだと言わんばかりに急加速してきた。


 向こうの助手席からも憲兵が身を乗り出し、フリントロック式のピストルで応戦してくる。鋭利な炸裂音のAKと、重々しい銃声のフリントロック式ピストルという、なかなか見られない銃撃戦が幕を開けた。


 殺しに躊躇がない人間だったら真っ先にドライバーを狙うのだろうが、ミカエル君は優しいからできるだけ命は奪いたくない。俺のメインは殺しではなく”盗み”、敵だろうと味方だろうと、血を流さずに事が済めばそれに勝ることは無いのだ。


 そういう配慮もあって、タイヤを狙った。タイヤをパンクさせて走行不能にさせたり、速度を大きく落とさせることができれば逃げ切れる。相手を殲滅するのではなく、逃げ切れば勝ちなのだ。必要以上に相手を殺す必要などどこにもない。


 と、意気揚々と射撃を続けるが、PK-120の向こうで火花が閃くのは道路の表面かセダンのグリルのみ。なかなかタイヤには命中せず、歯がゆい銃撃戦が続く。こっちはこっちで射手の練度が低く、しかも急カーブで躊躇なくドリフトをキメるメイドさんが運転しているから当てたくても当たらない。向こうは向こうで使っている得物がフリントロック式ピストル、滑腔銃身故に命中精度が低く当たらないという、なんとも間抜けな銃弾の応酬。コメディ映画の一幕でも見ているかのようで情けなくなってくる。


 使い切ったマガジンを後部座席にぶん投げ、ポーチから次のマガジンを取り出す。装着してからコッキングレバーを引き、初弾を薬室に装填。5.45mm弾を扇状にフルオートでばら撒く。


 ここでやっと、バスンッ、と空気が漏れるような音と共に憲兵隊のセダンがぐらりと揺れた。どうやら銃弾がタイヤに命中して見事にパンクしたらしく、憲兵隊のセダンはコントロールを失ってガードレールに激突。エンジンから煙を出して動かなくなる。


 よし、まずは1台。


「ミカエル様」


「何じゃい!?」


「音楽でもかけますね」


 え、今聴いてる余裕ある?


 長手袋で覆われたクラリスの手がカーラジオを操作し始めると、スピーカーからは随分とノリノリのジャズが流れ始めた。なにこれお洒落なんですけど。


 リズミカルなピアノの旋律を聴きながら、マガジンを交換しフルオート射撃。結構フルオート射撃を多用しているので、いずれ銃身バレルをヘビーバレルに換装しておいた方が良いかもしれない。焼け石に水だろうが、銃身が熱でイカれたり、陽炎でまともに照準できなくなるよりはマシだ。


 とか考えているうちに、2台目のセダンもタイヤをパンクさせられたらしい。車体が左右にふらついたところで、道がカーブに差し掛かっていた。


 こっちのセダンは相変わらずウチのメイドさんのドリフトで事なきを得たが、パンクして体勢を立て直す最中だった憲兵隊のセダンは見事にコースアウト。ぽーんっ、と道路をはみ出してでっかい木の幹に激突し、ボンネットを大きく変形させて動かなくなる。


 残るは1台のみ。ここで憲兵たちも意地を見せたようで、後部座席の窓ガラスが銃弾の直撃を受けて派手に砕けた。


「うお!?」


「ご主人様!?」


「大丈夫、そのまま!」


 ボリストポリに逃げ込みさえすればこっちのものだ。


 せっかく掴み取った自由―――こんなところで手放してなるものか。


 最後のマガジンを装着してコッキングレバーを引き、タイヤ目掛けて5.45mm弾を射かける。しかし向こうのドライバーも無能ではないようで、車をわずかに蛇行運転させることでタイヤを狙った射撃を悉く回避、逆に距離を詰めてくる。


 さすがに仲間が2台もやられれば学習もするか。


 ガギンッ、とAK-12が沈黙。ついに5.45mm弾が底を突く。もうそんなに撃ったのかと驚愕するが、アサルトライフルの弾数はせいぜい30発。100発も200発も連発できるベルト式の機関銃とは火力も持続力も比較にならない。どれだけ撃ちまくる事に特化したカスタマイズを施したところで、本職たる機関銃には敵わないのだ。


 悪態をつきながらAK-12を後部座席に放り投げ、ホルスターからPL-15を抜いた。パンパンッ、と9mmパラベラム弾の軽快な銃声が響き、後退したスライドから短い薬莢が躍り出る。


 そろそろマガジンが空になるのではないか、というところで、幸運の女神はキュートなミカエル君に微笑んでくれた。


 ガギュウンッ、と嫌な金属音が響いたかと思いきや、最後のセダンのグリルから黒煙が濛々と噴き上がり始めたのである。猛追していたセダンの速度がみるみる落ちていき、やがて完全に峠道に置き去りにされたのを見て、俺はやっと大きく息を吸い込みながら車内に上半身を引っ込めた。


 何が起きたのかは分からないが……おそらく、路面で跳弾した銃弾が偶然グリルの隙間からエンジンに入り込んだのだろう。それがエンジン内のどこかを損傷させ、セダンを行動不能にさせてくれたに違いない。


 マガジンを外して残弾を確認。残っているのは僅か2発……最初の2台は実力で何とかしたが、最後のは完全に運だ。運に救われた、か。いつかは全てにおいて完全な実力で、勝利を勝ち取れるようになりたいものだ。


 自分の非力さを痛感しながら、座席に背中を預けた。途端に体から力が抜け、瞼が重くなってくる。


「お疲れ様です。ご主人様、少しお休みになられた方がよろしいかと」


「うん……ありがと……」


 それじゃあ、お言葉に甘えて……。





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― 新着の感想 ―
[一言] 待て待て待て、休むな!事故るぞ! 自教で法定速度の約3倍でかっ飛ばした奴がガンダムオタの奴に暫く「法定速度の3倍だと」っていじられてた。 田上さんは演習場で90式を70km/hで走らせて…
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