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疲れた時は早く寝よう


「お疲れ様でした。報酬の9600ライブルです」


 どんっ、とカウンターの上に置かれるライブル紙幣の束を数え、報酬金額と相違ない事を確認してから受け取った。


 この中の1割はギルドの運営資金に回し、残った金は依頼に参加したメンバーで山分けというのが血盟旅団のルールだ。これには例外はない。もし仮に誰かを特別扱いしたり、仕事中の活躍や貢献度に応じて取り分を上下してしまったら仲間との間に軋轢を生む原因になりかねないからだ。


 だから文句が出ないよう、全員均等に分けるという事になっている。俺は資本主義者だが、場合によっては共産主義的な思考も必要になる、という事だ。


 運営費を抜いた金を3人で分け合うと、リーファは受け取った紙幣を眺めながら目を輝かせた。まだEランクの冒険者だから収入は少ない方だが、コツコツと依頼をこなして管理局に実力を証明できれば、いずれ昇級試験が発注される。それをクリアする事で更に上のランクになれば、報酬もさらに増えるだろう。


 冒険者というのはそういうものだ。頑張った分だけ金が手に入るという、ある意味で資本主義の極致とも言える職業。少なくともこの仕事をやっている間は、金は働き者にだけ微笑むのである。


 もちろんこれにも例外はない。あったとしたらそれは違法なものだ。


「お金! ダンチョさん見て見テお金!!」


「お、おう。もっと頑張ればいっぱい手に入るぞ」


「こうしちゃいられないネ! 次の仕事ネ!」


「いやいやいや、もう外暗いし帰ろうぜ」


 窓の外はというと、日が沈んでもうどっぷりと真っ暗になっている。夜になれば視界も悪くなるし、何より本当に狂暴な魔物が活発に活動し始める時間帯でもあるので、出来るならば夜間での仕事は控えるべきである。


 とはいっても、本当にヤバいやつの活動時間が夜である以上、ある程度のランクに達すると夜間限定の依頼、というのも出てきて難易度が跳ね上がるのであるが。


「ぶー、ダンチョさんのケチ」


「リーファさん、ここはご主人様に従うべきです。利益よりも安全、ですわ」


「命あっての物種って言うだろ?」


「でもジョンファじゃ”虎穴に入らずんば虎子を得ず”とモ言うネ」


「それもそうだが……そういうのはもうちょっとランク挙がってからにしよう。な?」


「そうですわ。それに、今日は”荷物”もありますし」


 リーファを何とか説得し、管理局の建物を出てから駐車場へ。もう春も中盤に差し掛かりつつある頃だというのに、ノヴォシアはまだ肌寒い。信じられない事かもしれないが、地域によってはまだ吐く息が白く染まるところもあるのだそうだ。


 ブハンカに乗り込むなり暖房をつけ、車内に充満する異臭に顔をしかめる。


 生臭く、そしてどこか廃油っぽい臭いも混じった異臭。運転席でシートベルトを締めているクラリスは鼻が利くので余計に辛いのだろう、いつもは冷静沈着な(っぽく見える)顔にも辛そうな表情が浮かんでいる。


 それもその筈である。臭いの発生源がリーファのすぐ隣の席にデデンと置かれている金属製の箱、その中身なのだから。


 元々あの箱は仕事中に発見したスクラップを回収するために備え付けている容器だ。今回の仕事も不法投棄現場での戦闘という事もあり、戦闘終了後は廃棄されていたスクラップを積めるだけ車に積み込んで帰ってきたわけなのだが……。


 臭いの発生源はスクラップではない。リーファが大事そうに持ってきた、その箱の中身である。


「夕飯が楽しみネー♪」


 そう言いながら箱の蓋を開けるリーファ。中には紫色の皮膚にオレンジ色の斑点が浮かんだカエルのような魔物―――ヴォジャノーイ亜種の死体がいくつか、無理矢理詰め込まれた状態で収まっていた。


 さすがに体液や内臓は危険なので現場で取り除いてきたが……いや、しかし。


 なんでそれ食べようと思ったの???


 そう、リーファはアレを食べるつもり満々なのだ……なして?


「リーファ、お前それマジで食うのか?」


「食べるヨ? ジョンファじゃカエルも立派な食材ネ」


「いやでもそれ毒……」


「毒は過熱すれバ除去できル! ……多分」


 日本人だってフグ食べてるしなぁ、と身近な例を思い浮かべるが、それにしてもヴォジャノーイ亜種はさすがにフグとは比べ物にならないレベルの危険度である。


 だって体液で金属溶けてたし、毒吐くのよコイツ? 内臓取り出してた時だって毒を分泌すると思われる器官もばっちり出てきたからね? しかも2つあったからね???


 体表を覆う粘液にも微弱ながら毒性があるらしい……だからだろうか、ちょっと肌荒れてきたような気がする。


 レンタルホームが見え、最後尾の格納庫へ近づいていく。まるでそれを察知したかのように後部のハッチが降り、格納庫で元気に手を振るモニカの姿が見えた。


 ブハンカを格納庫に滑り込ませ、サイドブレーキのレバーを引いてエンジンを切るクラリス。後部座席の扉を開けて飛び降りたリーファが、例の箱を持ってニッコニコでモニカに中身を見せ始める。


「モニカ、今夜のごはん豪勢なるヨ?」


「うわきっしょ、何それ?」


「ヴォジャノーイ亜種ネ。カエルもジョンファじゃ立派な食材ヨ?」


 一応言っておくことがある。ノヴォシアの食文化についてだ。


 いやまあ、確かにヴォジャノーイの足の筋肉はノヴォシア国内でも食用として流通している。鶏肉みたいな淡白な味で、そのまま焼いたりスープの具材にしたりと調理方法は様々だ。珍味でもあり、美食家の中にはこれを食べにわざわざイライナ南部を訪れる者も居るのだとか。


 さて、ここまで説明したので察しが良い人は分かってくれたと思うが……あくまでもヴォジャノーイで食用にできる部位は足の筋肉のみに限られる。


 それじゃあ他の部位はどうなのじゃってなるかもしれないが、結論から言うと”食べられません”。


 内臓は生臭い上に寄生虫の巣窟だし、腕の筋肉は足のものと比較すると量も少なく味もしないし食感も硬くてあまり食べたくない。表皮はそもそも粘液を洗い落とすのにかなりの手間がかかるし、さらにそこから大量のニンニクやウォッカと一緒に三日三晩煮込んでやっと臭いがマシになるレベル。肝心な味もブヨブヨしていてなかなか嚙み切れず、そこまでの手間暇かけて食べようとは思えない。


 通常種ですらコレである。


 それに加えて廃液や廃油を摂取して変異し、体内に毒を持つまでに至ったヴォジャノーイ亜種はさすがに食えたもんじゃない……。


 絶対ヤバいでしょコレ、と思いながらも、格納庫から食堂車へと箱を持って去っていくリーファを止める事は出来なかった。


「ちょっとミカ、何で止めないのよ?」


「止めたんだ、止めたんだよ」


「じゃあ何で……?」


「……”食べたら美味しいかもしれないネ”って譲らなくて」


「チャレンジャーだわぁ……」


 さすが4000年の歴史を誇るジョンファ出身、食に関しては本当にガチである。肉や野菜、魚に穀物はまあどの国でも食べるだろうけど、ジョンファに関してはそこからさらに踏み込んでいる。昆虫や野草など、”食べられそうなものなら何でも食材”であるというのだから驚きだ。


 その辺にいる昆虫の蛹だって普通に食べるらしい。


 だからなのだろう、一見すると食べられないような感じの魔物ですら食材として扱おうとする思考回路は、そういう食文化の中で育ってきたが故なのかもしれない……いやいや待て待て、納得してる場合か。


 いくら何でもヴォジャノーイ亜種はヤバい。マスタードガスの原液をビール代わりに飲むようなものだ。


 こうなったら最後の砦はパヴェルのみ。頼む、止めてくれ……みんなの胃袋を守ってくれ。


 そんな祈りを込めながら食堂車へ入ると、トントントン、と軽快に食材をスライスする音が聞こえてきた。キッチンでパヴェルが何かを切っているらしい。この臭いはニンニクだろうか。


 恐る恐るキッチンを覗き込んでみると、そこには煮え立つスープの入ったクソデカ中華鍋に放り込まれ、ぐつぐつと煮込まれているヴォジャノーイ亜種の足の肉が。


「おぉー! すごい包丁さばきネ! パヴェルさん、ジョンファの宮廷料理人なれるヨ!」


「そりゃあ最高の誉め言葉だな! ガッハッハッハ」


 いやいやガッハッハッハじゃねえよ……何やってんだよお前。


「んぉ、ミカ。おかえり」


「ちょ、何してんの?」


「いや、調理……」


「いやいやいやいや……マジで食うの?」


「”今日は”食わんよ? 臭み消しと毒抜きを念入りにやってからな」


 良かった……いや良くねえわ、良くねえんだわ? 死刑執行の日が伸びただけやんけ。


 頼むよ、ちゃんと調理してくれよパヴェル。


 刻んだニンニクと唐辛子を鍋にぶち込み、かき混ぜて灰汁を取るパヴェル。何というか、灰汁の量が尋常じゃない。洗剤でも茹でてるんじゃないかと思ってしまうほどの量だ。


 換気扇をフル稼働させながら鍋を掻き回すパヴェル。何度か咳き込んだかと思いきや、どういうわけかガスマスクを装着して調理を続行し始める。アレ、毒出てる? 毒出てます?


 茹でてから火を止め、大きめの容器に中身を移し密閉したパヴェルは、その茹で汁を氷水で冷やしてからウォッカの空瓶の中へと器用に注いで密閉。やっぱりアレヤバいやつなのではないだろうか。だってガスマスクしてたし……。


「待ってその茹で汁どうするの?」


「うーん……化学兵器でも作ろうかと」


「ヒエッ」


「ウソウソ、後でちゃんと処分するから大丈夫」


 カポッ、とガスマスクを外し、茹でるのに使っていた中華鍋を洗い始めるパヴェル。これからやっと夕飯の調理に入るようで、彼は手慣れた感じで別の調理器具の準備を始めるのだった。


 












「う゛ぇーぃ……」


 シャワーを浴びて脱力したせいなのだろうか、声帯から出たのはキュートなミカエル君とは思えない低音ボイスだった。


 一応言っておくけど、俺は男子の中でも声が高い方である。少しでも男子だと思ってもらえるようにと意識して低めの声で話しているつもりなんだが、気を抜くと本来のロリボイスが漏れるので気を付けなければならない。


 まあ……低い声で話してても「女の子がちょっと頑張って低い声出してるなー」くらいの感じらしい。これはクラリスも言ってたしルカにも最近言われたので間違いないだろう。パヴェルに至っては『いっそ女として生きろ(真顔)』とか言い出す始末。冗談じゃない、ミカエル君は男だ。誰が何と言おうと身体は男、中身も男である。


 溜息をつきながらタオルを腰に巻いてシャワールームを出る。外にある脱衣所の鏡の前でドライヤーを使い髪とケモミミを念入りに乾かしてから、パジャマに着替えて外へ。身体の疲れがケモミミにも反映されているのか、ハクビシンのケモミミは頭の上でぺたんと倒れていた。


 いや、アレーサを出てから色々あり過ぎた……もちろんアレーサでも洒落にならないレベルで色々あったけど、それに追い打ちをかけるかのように色々あり過ぎた。何だこれ、ラノベ? ラノベか? 


 たまには何もない一日が訪れないものか、なーんて一生叶わぬ願いを思い浮かべながら自室に戻ると、待ち構えていたクラリスに早くも頭をもふもふされ始める。


「はぁ~……」


「ぬ゛ぁ~……」


「ふわっふわですわぁ……」


 ついにはクラリスの手が俺の手のひらにまで伸び、肉球をぷにぷにし始める始末。今夜もされるがままか……嫌いじゃないけど。


 俺、もし生まれ変わるなら金持ちの膝の上でゴロゴロしてるような猫になりたいなぁ、などと来世への要望を頭の中で思い浮かべていると、ガラッ、と部屋のドアが開いた。ノックもせずに部屋を訪れる不届き者は誰だ、と言わんばかりにクラリスと同時に顔を上げると、そこに立っていたのは白と黒のパンダ模様のパジャマに身を包んだリーファだった。


「ダンチョさん、遊びに来たネー♪」


「り、リーファさん!?」


「ワタシの部屋、1人部屋だから寂しいヨ。だからダンチョさんから元気貰いに来たネー♪」


 そう言うなり部屋に足を踏み入れ、クラリスに抱き上げられる形でもふもふされていた俺の頭を一緒にモフモフし始める。


 ぐわー、何だお前。もふもふするなら俺じゃなくてルカの所へ行きなさい。ハクビシンよりビントロングの方が毛のボリューム凄いから。もっふもふだから。凄いよビントロング、毛玉に足生えてるようなもんだからねアレ。


 などと心の中で訴えても意に介さず、ケモミミまでモフモフし始めるリーファ。ロリボイスをうっかり出しそうになるのを必死に堪えるが、それにしても彼女は加減を知らない。


「おー、ダンチョさんの髪ふわっふわネ。枕にできたら最高ヨ♪」


「ちょっとリーファさん、もう少し優しく……!」


 お構いなしにミカエル君をもふもふするリーファと、片手でもふもふしつつ何とか止めようとするクラリス。なんだろ、ミカエル君の頭の上で竜とパンダの縄張り争いが始まってるんですが。


「えー、クラリスのケチ! ワタシもモフモフしたいネ!」


 距離を詰めてくるリーファ。おかげで彼女の胸が顔に思い切り当たる。


 Fくらいあるんじゃね? などと童貞の思考回路が目測でのサイズの測定結果を弾き出すと、今度は後方からクラリスの胸がね、当たるわけなんですね。


 これがアレですか、前門の虎、後門の狼ですか。いや、今の場合は『前門のパンダ、後門の竜』と言ったところか。


 頭上でぎゃーぎゃー言い合ってる2人の声を聞きつけたのだろう、第三者が部屋を訪れたのを、ミカエル君の疲れ切った聴覚は聞き逃さなかった。


「こ、こら! 何をしているのです!? ミカエルさんが苦しそうにしてるじゃないですか!」


 慌てて部屋に入ってくるシスター・イルゼ。仲裁してくれようとしているのだろうが、しかしクラリスとリーファが耳を貸す筈もなく、戦闘は泥沼かつ三つ巴の戦いに……。


 ぼいんっ、と今度はシスター・イルゼの胸がミカエル君の右の頬に押し付けられ、いよいよ逃げ場が無くなり始めた。目測でIくらい、このギルドで一番でっかい。


 何だこれ、三国志? 頭の上でF、G、Iの三つ巴の戦い始まっちゃってる?


「離してください……っ! ご主人様はクラリスのものです……っ!」


「独り占めは良くないネ……! クラリスは同じ部屋だカらいつでもモフモフできるヨ、ワタシにも譲るネ……!」


「独り占めとかそうじゃなくて、ミカエルさんの意思をもっと……こうっ……!」


 3人の注意がミカエル君から逸らされた隙を突き、するりと抜け出して部屋の外へ。あのままあそこにいたらヤバい事になってたかもしれない。食われてたか、あるいはおっぱいで窒息死していたか。


 おっぱいで窒息死したら墓石になんて刻まれるんだろう……『おっぱいで死んだ幸せな奴』なんて墓石に刻まれたら死後も恥を晒し続ける事になる。嫌だよそんなの。


 そっと自室のドアを閉め、廊下に出てから溜息をついた。


「ミカ姉、どうしたの?」


 声をかけてくれたのは、ウサギのぬいぐるみを抱えたノンナだった。


「いや、部屋の中でちょっと……」


 廊下にまでぎゃーぎゃーと言い争う声が聞こえてくる。それでノンナも何かを察したようで、眠そうな声で「たいへんだねぇ……」と同情してくれた。


「わたしの部屋、来る? お兄ちゃんも一緒だよ」


「ああ……悪いけど、ちょっと避難させてもらうよ」


 今夜だけ、ちょっと避難しよう。少なくとも今夜は、自分の部屋では寝られないだろうから。






 結局、俺はノンナとルカの部屋で3人で寝る事になったのだが、ハクビシンルカ(ビントロング)ノンナ(パームシベット)の3人がベッドでケルベロス状態で眠ってる姿をモニカに撮影され、しばらくそのジャコウネコ科ケルベロスの写真がギルド内で出回る事になるのだが、それはまた別の機会に話そうと思う。





 

※マスタードガス

ドイツ軍が第一次世界大戦で運用した毒ガスの一つ。既存のガスマスクでは防止できず、また皮膚に付着しただけでも害があるため非常に恐れられた。

第一次世界大戦で最悪の戦いとされている『パッシェンデールの戦い』にて実戦投入され、多くの尊い命を奪った兵器である。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いや、リーファはともかく、パヴェルさんや、あなた前にもヴォジャノーイの幼体を調理しようとしてヤバいブツを生み出してたよね…? え?またやるの…?止めといたほうがいいんじゃね…?(ミカエ…
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