リーファの冒険者登録
「いやー、お手柄です。まさかアレーサの英雄率いるギルドがこの街にやってきているとは」
リーファに他の憲兵たちが事情聴取している間、通報を受けて駆け付けた憲兵隊の指揮官はそう言うなり親しげな笑みを浮かべた。アレーサの一件、思った以上に色んな所に情報が広がっているらしい。やはり血盟旅団はもう無名のギルド、というわけではないようだ。
隣にいるクラリスがポップコーン(コレ本当にどこから取り出したんだろう?)を差し出すと、憲兵隊の指揮官は「あ、ども」と言いながらポップコーンを口へと運んだ。
「ウロボロス……我々は初めて遭遇しましたが、この辺ではこういう事件多いんですか?」
「ええ……酷いもんです、この前なんかバスジャックがありましたし、列車の爆破事件もありましたからね」
そこまでやるのかとは思うが、前世の世界のテロリストも似たようなものだ。目的のためならば手段を選ばない。そしてその理想の為ならばどれだけ血が流れても関係ない―――そういう思想だから民衆からの支持が得られず危険な勢力と見做される。
「ところで、彼女は? お仲間ですか?」
「ええ、ついさっきウチのギルドへの加入に同意してもらったばかりで、これから管理局で冒険者登録しに行くところだったんです。途中に教会があったから祈っていこうかな、って立ち寄ったらこうなりまして」
「なるほど……分かりました。ご協力感謝します」
どうやらリーファの方も事情聴取が終わったようで、手をぶんぶんと振りながらこっちに戻ってくる。
「ダンチョさん、こっち終わったヨ」
「お疲れ。お手柄だったなリーファ」
「むふー」
どうよ、と言いたげに両手を腰に当てて胸を張るリーファ。ここでやっと気付いたんだけど、コイツ意外と胸あるな……モニカ以上クラリス未満、ってところか。コレ、まーたモニカが相対的に貧乳にカテゴライズされるのではなかろうか。
一応仲間の名誉のために言っておくが、モニカも胸はある。ただ周りが巨乳ばっかり(クラリスでGカップ、イルゼでIカップ、リーファは目測でFくらいだろうか)なので相対的に貧乳扱いされているだけだ。
新たに加入した仲間の活躍を素直に喜びたいところだが……。
頭を掻きながら視線を上へと向けた。天井からぶら下がる、宗教的な装飾の付いたシャンデリア。その脇には天井に上半身をめり込ませた人間の腰から下が生えていて、脚立に乗った憲兵が3人がかりでそれを引っ張り出そうとしている。
さっきリーファが殴り飛ばし、天井まで吹っ飛ばしたウロボロスの構成員だ。
「そっち持って、そっち持って」
「うおっ抜けねえ」
「どうする? 天井切る?」
教会をちょっと壊したのは減点だよなあ、とちょっと思った。
いや、リーファの活躍のおかげでシスターや信者に死傷者は出ずに済んだのは事実であり、憲兵側も身代金を支払わずに済んだので最善の結果に終わった、という確信はある。
しかし教会の天井に人間をめり込ませ、回し蹴りで叩き落した敵で床をぶち抜き、挙句の果てには人間を殴り飛ばして壁を突き破り風通しを良くしたとなってしまっては、教会側に弁償せざるを得ないだろう。
幸い稼いだお金(と強盗で手に入れた大金)はあるので痛手ではないが、もうちょい周辺に考慮した戦い方をしてほしい、と思うのは贅沢だろうか。
とりあえず、さっきのリーファの戦い方を見て分かった事がある。
彼女が得意とするのは近距離における格闘戦だという事。幼少期にジョンファにて拳法の基礎を学び、そこから我流で一つの到達点へと至らせたそれは、徒手空拳の状態であっても完全武装の相手に比肩するほどの威力を持つ、という事はたった今証明された。
クラリスも接近戦を得意としており、その一撃は素手で金庫の扉をぶち破り戦闘人形をワンパンするレベルだが、リーファとクラリスのそれは根本的な部分から異なる。
クラリスの場合は竜人としての強靭な筋肉と骨格に由来する獣人を遥かに上回る身体能力を、どこかで学んだと思われる軍隊格闘に組み合わせているようなスタイルとなっている。それに対してリーファのは今述べたように拳法がベースだ。
殺しのための格闘術と、身を守るための武術。格闘術の目的の面で両者は大きく異なっている。
分かりやすく言うと力がクラリス、技がリーファ、と言ったところだろう。
事情聴取も終わり、教会を後にする事に。入り口のところにいたシスターに連絡先を書いたメモを渡し、「弁償代は後程お持ちします。こちらが連絡先です」と言い残してから、エミリア教会を後にした。
「あ、あのっ」
「?」
管理局へ行こうとするリーファを、エミリア教のシスターが呼び止めた。
「あ、ありがとうございました!」
「当然の事をしたまでネ」
にかっ、と快活な笑みを浮かべながら言ったリーファ。シスターに手を振って別れを告げた彼女は、小走りで俺たちの隣まで戻ってくる。
想定外のトラブルがあったが、とりあえず管理局に行こう。そこでリーファの冒険者登録をしない事には始まらない。
アルドラ共和国との交易の拠点となっているからなのだろう、アルザの街の管理局の建物は、伝統的なイライナ様式ではなく、アルドラ様式のようにも見えた。
白レンガに控えめな金の装飾を施すのがイライナ様式。イライナ人を祖先に持つ貴族の屋敷がこの様式で、他国の貴族と比較すると装飾はやや控えめとなっているが、その分透明感があって美しい外観となる。
それに対してアルドラ様式は赤レンガを多用した力強いデザインが特徴的だった。
管理局に入ると、案の定、酒と料理の匂いが鼻腔へと流れ込んでくる。仕事に行く前に腹ごしらえをする冒険者たちや、仕事終わりの打ち上げをする冒険者のパーティー。管理局に併設された食堂はいつも賑わっている。
中には酔いが回って他のパーティーと腕相撲で力比べを始めたり、喧嘩を始める冒険者もいる。冒険者が荒くれ者呼ばわりされる所以だけど、ミカエル君のようにああいう荒っぽい事を好まない冒険者も居るのも事実である。
え、強盗やってるグレーな奴じゃねーかって? 何の事かな、僕知らない。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件ですか?」
「血盟旅団です。仲間が加入したので冒険者登録とギルドへの加盟手続きをお願いします」
「かしこまりました。書類をお持ちしますので少々お待ちください」
受付に用件を告げてから、書類が揃うまでカウンターで待つ事に。
管理局の受付の業務も大変そうだ。カウンターの向こうでは管理局の紺色の制服に身を包んだ職員たちが、ひっきりなしにかかってくる電話の対応をしたり、書類の山にサインしたり、タイプライターを使って書類に文字を打ち込んでいたり。PCがないだけで、やってる事は前世の世界の企業と同じだ。タイプライターのカタカタと小気味の良い音を聞いて待っていると、さっきの獣人の女性が書類を持って戻ってきた。
「ではこちらに指名と年齢、生年月日と出身地をご記入ください。それと身分証明書の提示をお願いします」
「あー……リーファ、ノヴォシア語の文字は書ける? あと身分証明書ある?」
「ちょっト書けル。でも身分証明書は無いネ」
ちょっと、か。そりゃあ見様見真似で習得した言語だから仕方ないよなあ……いやいや待て待て、身分証明書持ってないのか?
うわあどうすんだコレ……と思っていたところで、貴族の特権を思い出す。貴族の家紋は身分証明として使えるのだが、貴族が身分証明を行った場合、それに仕えるメイドや使用人の身分証明は不要になる、という素晴らしい規定がある。
よし、リーファはウチの使用人という事にしよう。話合わせろよ、とクラリスに目配せすると、彼女は小さく首を縦に振った。
「すいません、ジョンファ語での記載は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。海外の方ですか?」
「はい、ジョンファから来た使用人なんですが、まだ日が浅くて……」
「それはそれは……記載は母語でも結構です。管理局の職員は皆マルチリンガルですので」
管理局の職員ハイスペック過ぎでは?
まあ、ジョンファ語での記載もOKというのはありがたいし、リーファにその旨を伝えると、彼女は受け取ったペンを走らせ、書類に漢字に似た文字を凄まじい速さで書き込んでいった。
今の中国で使われているような簡体字ではなく、台湾で使われているような繁体字を思わせる、やたらと画数の多い漢字の羅列。アレを見てると転生前、小学校の頃の漢字練習を思い出す。画数の多い漢字が来た時に「うわあめんどくせえ」となった小学生はミカエル君だけじゃない筈だ。
「ホイ、終わったヨ」
「ありがとうございます。では身分証明を」
ポケットからハンカチを取り出した。屋敷から持ってきたそのハンカチにはリガロフ家の家紋が刻まれている。
「これは……リガロフ家の?」
リガロフ家の子供はライオンの獣人のみ―――怪しむような目で職員に見られたが、自分の名を名乗った瞬間にはその目つきも変わった。
「ミカエルです。ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ」
「ミカエル……雷獣のミカエル、ですか?」
ほんの少しだけ、管理局の中がざわついた。
もうこんなところまで異名とセットになって広まっている事には驚いたが、知名度が上がっているというのは色々と便利なものである。
「雷獣ってあのアレーサの?」
「ああ、ワリャーグ討伐に参加したって噂の」
「ウソだろ、あんなチビが?」
「誰が豆粒ドチビだァ!?」
「言ってねー!!?」
後ろでひそひそと話していた冒険者たちに向かって叫んでから、はあ、と溜息をつく。ミカエル君だってもうちょい身長欲しいんだけど、どれだけ牛乳を飲んでも背は伸びない。150㎝から1mmも伸びる気配がないのだ。
まあ、このコンパクトサイズなボディはお祖父ちゃんからの遺伝らしいからね……若き日のお祖父ちゃん、まんま俺だった。遺伝子をコピペされた疑惑である。
「はい、身分証明は大丈夫です。では手数料として300ライブルいただきます」
財布から100ライブル硬貨を3つ取り出し、カウンターの上に置いた。
こういう時にリガロフの名を名乗っていると便利だ。貴族の特権が使える。
確かに実家には嫌な思い出しかないしあのクソ親父もいつか死なないかな、と思っているところであるが、父方の姓はこういう時に名乗ると特権が使えるので敢えて使わせてもらっている。本当は父方の『リガロフ』ではなく、母方の『パヴリチェンコ』の姓を名乗りたいというのが本音だが、そうしたらそうしたでデメリットが大き過ぎる。
貴族の特権、なかなか手放すには惜しい。
「では以上で登録完了です。続けて加盟申請を行います。それとこちらが冒険者バッジになりますので、無くさないようにお持ちくださいませ」
バッジを受け取り、上着の襟の所にそっとつけるリーファ。これで彼女も晴れて冒険者……Eランクからのスタートになるが、あの実力なのですぐにランクを上げる事も出来るだろう。俺たちも追い越されないように頑張らなければ。
「こちらはリガロフ様の記入する書類になります。現在のメンバー全員の氏名と、新たに加入するメンバーの氏名を記入し、一番下の欄に署名をお願いします」
「わかりました」
現在のメンバー全員の名前、ねえ。
ちなみにこれは所属する冒険者、という意味なので、まだ冒険者ではないルカとノンナの2人はまだ記載出来ない。いつかあの2人が成長し、冒険者登録できるようになったらここにあの2人の名前も載るだろう。
氏名を書き終え、最後に署名してから提出する。それを確認した受付嬢は「はい、これで手続きは完了です。お疲れ様でした」と言って笑みを浮かべ、カウンターの奥へと戻っていった。
「さて、帰ろうか。どこか寄りたいところある? それとも仕事する?」
「仕事、仕事ネー! 頑張っテお金貯めるヨー!!」
「お、おう……」
やる気満々なのは良い事です、はい。
スキップしながら掲示板の方に向かうリーファ。目を輝かせながら依頼書を眺めるリーファだが、気のせいか彼女が見てる依頼書ってAランク冒険者向けのヤバいやつでは?
「リーファ、俺たちはこっち」
「えー!? ワタシこっちのドラゴン討伐行きたいヨー!」
「まだ資格がないから無理だ」
「そんなァ……」
ドラゴン討伐ってお前……いや、リーファだったらすぐ倒せそうな気もするけど。
渋々Eランク向けの依頼書を見る彼女を見守りつつ、俺は通信用の端末を取り出した。スマホに似たそれの画面をタップしてメールアプリを開き、パヴェルにメールを送信する。
一仕事してから帰るわ、と。




