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パンダだって、猛獣だ


「ウロボロス?」


 自室でドラムマガジンに5.56mm弾を装填していたモニカが問いを返すと、シスター・イルゼは不安そうな顔で頷いた。


「ええ。無神論者たちが結成した過激派武装組織です」


 無神論者―――その名の通り、神の存在を否定する者たちである。しかし自らの信念に基づいて神の存在を否定しているのはごく僅かであり、大半は生まれ持った素質に恵まれず魔術が使えない事が原因で信仰心を失った者たちがそれに感化されたものであるとされている。


 実際に多いのだ。適性が低すぎる、あるいは体内の魔力量が魔術の使用に耐えられる水準に達しておらず、洗礼すら受ける事が出来ない者たちが。


 触媒の質や教会で祈りを捧げるなど、信仰心の深さを示す事でも適性は多少は前後する。しかしあくまでもほんの少し変化する、という程度であり、生まれつき素質に恵まれ活躍する魔術師と並ぶレベルに達する事は絶対にない。


 後天的な要素で、魔術の素質が大きく変わる事は絶対にない―――これは前文明の時代から長い年月を経てさえ覆される事の無かった、変わる事の無い常識である。


 世界中で後天的に適性を向上させる試みは続けられているが、それでもなお成果は出せていない。


 ある魔術師はこう言った。『我が子の為を想うならば、優秀な魔術師との間に子を生むべし』―――つまりは両親、あるいは祖父母や祖先からの遺伝が、生まれてくる子供の適性を向上させる最も重要な要素である。


 そうなれば、素質の無い者は必然的に切り捨てられる。どれだけ神に祈っても、どれだけ信仰心の深さを示しても変化は微々たるもので、魔術が使えない者は一生かけても魔術の発動には至らない―――そうなれば信仰も歪み、神に捨てられた、裏切られたと考えるのも頷けるというものだ。


 そうした者たちが神の存在を信じぬ者たちに扇動された結果がそれだった。


「本当に罪深い人たちです……神はそれでも、人を愛しているというのに」


 立場によって反応リアクションは様々だろうが、シスター・イルゼにとっては罪深く、憐れむ対象であるのだろう。普通の魔術師ではなく、修道女シスターとして神や英霊に身を捧げる身であるイルゼにとって、無神論者はそう映るのだ。


「で、そのウロボロスってのは何? テロリスト的な?」


「ええ。”神に支配されている人々を解放する”という名目で、各地の教会を襲撃したり、魔術師を襲っている組織です。同様の無神論者の組織は数多く存在しますが……ウロボロスはその中でも特に規模が大きく、やり方が過激であるとされています」


「へぇー……迷惑な話よね。信仰の自由くらい帝国憲法で保障されてるでしょうに」


 弾丸の装填を終えたドラムマガジンを置き、座ったまま背伸びをするモニカ。彼女も昔から無神論者の話は聞いていたし、そういった過激な手段で宗教を排除しようという勢力も中にはいる、という事も知っていた。


 結局は、彼らの行動原理は妬みなのだ。


 他人が当たり前のように持つものが、自分たちにはない―――ならば他人から全てを奪い、自らと同じ苦しみを与えよう、というはた迷惑な話である。


 苦労している人にならば救いの手を差し伸べたくなるが、それが妬みを持って牙を剥いてくるというならば話は別だ。思い切り殴り飛ばし、中指を立て、勝手に一人で苦しんでろ、と罵倒したくなる。


 魔術が宗教や信仰と密接に関係しているこの世界で魔術師をやっている以上、モニカもイルゼも、そして外出中のミカエルも無関係ではいられないのだ。洗礼を受けた時に利き手とは逆の手に刻まれた紋章を見られ、彼らの敵と判断されれば最後、無神論者たち―――特に過激派の連中に命を狙われる立場となるだろう。


 魔術師の多くが手袋をするなどして手の甲を隠しているのにはそういう理由もある。単なるファッションではないのだ。


「特にこのアルザでは無神論者の活動が比較的活発だと聞きますし……噂では共産主義者ボリシェヴィキがそういった過激派の活動を煽っている、という話も耳にします」


「嫌ねぇ……あたし平和主義者なんだけど」


 何事も、争わずに済むのであればそれに越した事はない。いつの時代も人々が望むのは闘争ではなく、安寧である筈だ。


 しかし心で平和を望んでいても……闘争というものは否応なしに訪れるものである。




 そしてモニカとイルゼは知らない。




 その無神論者たちが今まさに、彼らに牙を剥いているという事を。














「我々は宗教解放団体”ウロボロス”! 諸君ら人民を神や精霊、英霊といったまやかしの存在から解放するためにやってきた!」


 聖堂へ乱入してきた5人の男たち、そのリーダーと思われる男が、腰に下げた鞘からシャシュカを引き抜きながら声を張り上げた。


 男たちの服装は皆同じだった。オリーブドラブを基調にした制服に白いアクセントがある、軍服にも見える制服を着用し、顔……というか頭全体を黒い鉄仮面で覆っている。眉間には頂点が欠けた円と逆十字を組み合わせた紋章が描かれており、彼らのエンブレムである事が分かる。


 宗教解放団体ウロボロス―――確か一昨日の新聞記事に名前が載っていた筈だ。無神論者のみで構成された過激派武装組織で、その活動範囲はノヴォシア帝国のみに留まらない。そして彼らの最終目標は世界から宗教という概念を完全排除する事。


 更にその攻撃目標は教会などの宗教組織に留まらない。教会で洗礼を受け神という存在を肯定する魔術師すらもその標的となる、と声明を出している。


 つまりは洗礼を受けたことにより手の甲、利き手とは逆の手に紋章を持つ者は例外なく抹殺するという事だ。


 ……あれ、これミカエル君ヤバいのでは???


 自分の手の甲を見て気まずくなる。どうしよ、とリーファの方を見ると、何故か彼女は自慢げに自分の左手の甲を俺に見せつけてきた。そこには”星を咥えた龍”の紋章が描かれており、彼女もまた魔術師だという事がわかる。


 いったいどこで洗礼を受けたのかは定かじゃないけど、今はそれを見せつける時じゃないとミカ君思うの。君もしかしてアレかい、空気読めなかったりする人?


「ワタシも一緒ヨ、おそろいネー♪」


 おそろいネーじゃないんだわ???


「敵はあの5人だけですわ」


 心の中でリーファの奇行にツッコんでいる間にも、クラリスは抜かりなく索敵していたらしい。


 教会の襲撃犯は目の前に居る5人のみ。外に別動隊がいるとか、そういうわけではないらしい。


 なるほど、それさえ分かれば後は対策を立てるのみ。連中と目を合わせないよう、しかし目立たないように視線を動かして聖堂の中を確認。俺たち以外にも祈りを捧げに来ているエミリア教の信者は8名ほど。今はシスターが人質に取られていて、敵は銃と刀剣類で武装している……。


 周囲の状況と人質が把握できたところで、今度はこちらの戦力を分析してみる。こっちは拳銃で武装しているのが俺とクラリス。リーファは接近戦になれば強いが飛び道具はパヴェルがくれたフリントロックピストル1つのみ……。


 さて、どうするか。あの人質さえ何とかなれば、流れ弾に注意しつつ煮るなり焼くなり揚げるなりできるのだが。


「おいそこの3人組、武器を捨てろ!」


 マスケットを手にした1人が、銃剣付きのそれをこっちに向けながら武器を捨てるよう要求してくる。


 とりあえず刺激しないよう、言われた通りにしておく。胸元の革製ホルスターを外し、フリントロックピストルの収まったそれをそっと床に置いた。クラリスが「こんな連中の要求に従うのですか」と言わんばかりに見てくるが、とにかく合わせろ、と目配せして従わせた。


「よし、そのまま手の甲を見せろ! 紋章が無ければ見逃すが、魔術師ならば話は別だ!」


「何故だ?」


「神や英霊なんぞに従い魂を売った腑抜けだからだ! そういう輩は我々ウロボロスが粛清する!!」


 あー、そういうやつね。


 やるしかないか、と時間停止を発動……する準備をしていると、ぽん、と肩に大きな手が置かれた。


 クラリスの手ではない。彼女の手とは違って、肉刺が潰れた痕がいくつもある、女性にしては少々ごつごつとした力強い手だった。


「ここはワタシに任せるネ」


「リーファ?」


「ダンチョさん、リーファの力見せるあげるヨ」


 にっ、と頼もしい笑みを浮かべ、銃を床に置いて丸腰になったリーファが一歩前に出た。


 いや、確かに彼女が魔物すら蹴り殺すレベルの戦闘力を持ってる事はここに来る前の一件で見せてもらったが……相手5人よ? しかもあんた丸腰よ? 人質居るのよ?


「―――姐姐、放心把(お姉さん、大丈夫だからね)」


 親しげな笑みを浮かべ、たぶんジョンファの言葉で人質にされているシスターに何かを告げたかと思いきや―――ドンッ、と空気の弾けるような轟音と共に、リーファの姿が消えていた。


 残されたのはまるで超重量の鉄球でも落とされたかのようにへこんだ床板と、舞い上がる木片のみ。


 傍から見ればリーファの姿が消えたように見えるだろうが―――時間停止を発動してよーく見てみると、何が起こったのかがはっきりと見えてくる。


 爪先で床を蹴り、一気に前進した―――ただそれだけの事だった。


 唐突に姿を消した事に驚愕するウロボロスの男のすぐ目と鼻の先に、前傾姿勢で拳を握り締めた状態のリーファが居る。肉食獣のような瞬発力に驚いている間に時間停止の効果時間が終了し、世界が再び動き出した。


「消え―――っ」


「ほぁたァァァァァァァ!!」


 ゴッ、と鉄仮面を被った男の顎に、ヘビー級のボクサーが本気で撃ち放ったようなアッパーカットが吸い込まれるように命中する。バキュッ、と鉄仮面の顎の部分がひしゃげたがそれどころではあるまい。殴打の一撃自体は鉄仮面がある程度軽減してくれるだろうが、衝撃までは決して殺せないものだ。


 ありゃあ顎の骨逝ったな、と恐ろしくなっているうちに、アッパーカットで殴り飛ばされた男の身体が浮いた。まるでギャグマンガみたいに錐揉み回転しながら吹っ飛んでいったかと思いきや、天井にぶら下がるシャンデリアの脇を掠め、教会の天井に上半身をめり込ませ、足をぷらーんと垂れ下がらせてしまう。


 あれ生きてるよね? 死んでないよね?


「ほぇ? ぇ、あっ、き、貴様ぁ!!」


 さすがの実行犯たちも呆気にとられるが、すぐにピストルをリーファへと向けようとする。


 しかし引き金が引かれるよりも先に、リーファの指が火皿と撃鉄の間に滑り込んでいた。


 フリントロック式は、撃鉄ハンマーに装着された火打石フリントが火花を生じ、それが火皿の中の黒色火薬に点火されることによってはじめて発砲される。つまり火花を生じる火打石フリントと、稼働部品たる撃鉄ハンマーを押さえつけて火皿に点火できなくしてしまえば、発砲自体は防げるのだ。


 まさかさっき銃を眺めている時にその仕組みを理解したと……?


 引き金を引いても、リーファの指に邪魔され発砲できない―――頼みの銃を無力化された男が慌ててナイフを引き抜こうとするが、それよりも先にリーファの薙ぎ払った右の肘が、男の顎を砕いていた。


 ―――脳に衝撃が行きやすい場所ばかりを攻撃している。


 脳震盪を起こして崩れ落ちた男を尻目に、シスターを人質にとっている戦闘員に襲い掛かるリーファ。シスターに突きつけたピストルを蹴り上げて人質を殺す手段を奪うと、今度はその振り上げた脚に全体重を乗せ、思い切り男の脳天に振り下ろす。


 まるでそれは、罪人に死を下すギロチンのようだった。


「ぶんっ゛―――」


 鉄仮面が割れ、踵落としを喰らった男が白目を剥いて意識を手放す。


「このっ!!!」


 瞬く間に3人を無力化―――こうなっては、人質も何もあったものではなかった。


 残る2人がリーファを最大の脅威と認識し、手にした剣で左右から同時に挟撃しようとする。が、しかしその動きは単調だった。訓練を受けた騎士の剣術と比較するとただ単に剣を振り回しているようなもので、俺ですらその軌道が把握できたほどだ。


「ご主人様」


 隣に居るクラリスが、すっ、とポップコーンを渡してくる。美味しそうなバターの香りが漂ってくるが、お前コレどこから出した???


 ポップコーンとクラリスを交互に見てから、とりあえず1ついただく事に。


 そんな事をしている間に、リーファは身体を逸らして剣戟を躱し、すれ違いざまに男の顔面に正拳突きをお見舞いしていた。が、浅い上に相手は鉄仮面を装着しているから、さすがにその一撃では倒れない。


 ならばもう一発、と彼女が拳を振り上げたところで、後方から片割れが剣を突き出し迫ってきた。瞬時にそれを悟り、ひらりと身体を回転させて紙一重で躱すリーファ。そのまま相手の突き出した手を掴んだかと思うと、反対の手で顔面に肘内を1、2、3、4、5……え、5発も?


 たまらず剣から手を放しつつよろめいて後ろに下がる戦闘員。しかしその追撃を阻むかのように、先ほど正拳突きを喰らった片割れが背後から剣を持って迫る。


 ヒュン、と風を切る音が響いた。


 振り向く勢いを乗せたリーファの回し蹴りが、それこそ達人の剣戟のような勢いで男の側頭部に吸い込まれたのだ。左の側道部を思い切り殴打された男は、鉄仮面の割れる破片を撒き散らしながら吹き飛び、頭を床にめり込ませた状態で動かなくなる。


「クソがぁぁぁぁぁぁ!!」


 残る一人が激昂し、落ちていた剣を拾い上げて迫ってきた。


 上半身を傾け、無造作に振り下ろした一撃を躱すリーファ。そして一歩踏み込みながら身体を捻り、腰を入れ、全体重を前方に預けた強烈なパンチが男の顔面に吸い込まれる。


 ダパンッ、と人体をぶん殴った音とは思えない炸裂音が教会に響いた。


 顔面に強烈なくまパンチを喰らった男はというと、後方へと吹っ飛びながら縦に2回転しつつ床に接触しバウンド、複雑な回転を繰り返しながら壁をぶち破り、聖堂から大通りへと続く大穴を開けて外へと吹き飛んでいき、最終的には家畜用の餌を乗せたトラックの荷台に突っ込んで止まった。


 ブロロロロ、とエンジン音を響かせながら何事もなかったかのように走り去るトラック。エンジンの残響以外は静まり返った聖堂の中で、リーファは拳と手のひらを合わせてぺこりと一礼。こっちを振り向き、元気に手をぶんぶんと振った。


「ダンチョさん、終わったネー!!!」


 


 

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