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パンダを勧誘してみた件


「いやー、すげえ蹴りだったなぁ。リーファって拳法とか習ってたりしたのか?」


 栓抜きでタンプルソーダの王冠を外し、食堂車で休んでいるリーファに手渡した。ジョンファじゃあ炭酸飲料は珍しいのか、リーファは瓶の中でしゅわしゅわと泡を出しては弾ける炭酸飲料をまじまじと見つめ、くんくんと匂いを嗅ぎながら首を傾げる。


 まあ、というかこっちの世界ではまだ炭酸飲料はそれほど普及していない。一応、富裕層は嗜好品としてスパークリングワインを嗜む事はある(ジノヴィの好物なのだそうだ)が、アルコールが入っておらず甘い炭酸飲料というのはそれほど普及していないのだという。


 これ、ワンチャン販売したらバカ売れするのではないだろうか。こうやって各地を旅しながら小規模販売で顧客の反応を見て、ウケが良さそうだったらどこかに土地でも買って工場を立てて従業員を主に貧困層から雇用して……みたいな計画を前にパヴェルと話した事がある。雇用を生み出し貧困層への救済にも繋がるし、お手頃価格で飲める炭酸飲料というのはかなりの強みになるのではないかとは思うんだが実際どうなんだろうか。


 余談だけど、冒険者ギルドと業務を連携していたり、子会社的な立ち位置にある企業というのは意外と多かったりする。大半は中小企業で、例えば有名な冒険者ギルドがプロデュースしている武器製造会社だったりとか、そういうパターンだ。


「小ちゃイ頃にちょっト地元の道場に通ってタ程度ネ。後は我流ヨ」


 なるほど、一応は習ってたのか……道理で動きになんというか、素人っぽさがなかったわけだ。


 基本的に殴る、蹴るが主体になる格闘技において、攻撃を行う場合はただ単に腕の力で殴り、足の力で蹴るというわけではない。たった一発のパンチでも、腰を捻って肩を入れ、体重を前方に預ける―――すなわち全身の力を使って撃ち放つのである。蹴りも同様で、腰や肩、そして適切な体重移動といった要素が複雑に絡み合う事で圧倒的な威力に昇華するのだ。


 一応、ミカエル君も前世は空手を10年くらいやってたのでその辺はよく理解している。そしてそういった知識があるからこそ、リーファに武道の経験がある事も見抜く事が出来た。


 我流であそこまで到達することができたのも、幼少期に通っていたという道場で基礎を学んでいたからに他ならない。基本が出来ていなければ応用も出来ない、ということだ。全ての原点は基本であり、それ無しに全ては生まれない。


 向かいの席に座っているリーファが、やっとタンプルソーダの瓶に口をつけた。そのまま瓶を傾けて最初の一口を口に含んだ途端、彼女の紫色の瞳が一気に見開かれる。


「―――!」


「どう?」


「何コレ!? 何コレ!? こんなノ初めテ飲んだヨ!」


 カウンターの向こうで食器を洗うパヴェルが、こちらに背を向けたままガッツポーズする。


 彼女が飲んでいるのはイライナハーブ味。麻酔薬からエリクサーの原料、郷土料理の食材からお茶にまで幅広く使われているイライナ地方の特産品である。それを磨り潰すんだか何だかして他のフルーツの果汁と調合したのがこれなのだとか。


 ちなみにこれの製造を行っているのは食堂車ではなくパヴェルの研究室ラボである。


 あっという間に瓶を一つ空にしたリーファに、新しい瓶を渡す。人生初の炭酸飲料の味にすっかりハマったようで、2つ目の瓶がすっからかんになるのも時間の問題だった。


「さて……リーファ、話がある。君の今後についてだ」


「ン?」


 ぴたり、とタンプルソーダを飲む手を止め、こっちを見るリーファ。カウンターに居るパヴェルも、後ろに控えているクラリスもだいたい俺が何を言い出すのか察しているようで、パヴェルはともかくクラリスの方はちょっと目つきが険しくなった。


 まあ、その予想は当たりなのだが。


「俺たちはこれから、ベラシアに向かって旅をする。それで君についてなんだけど……リーファ、君はこれからどうしたい? 行く当てはあるのか?」


「ないネ。ノヴォシアに知り合い居ないヨ」


 だろうな……言語も文化も違う隣国に追放された彼女に、行く当てなどあろうはずもない。親戚を頼るわけにもいかず、”濡れ衣”とやらのせいで帰国も許されない。


 そんな彼女を放っておくなんて、俺には無理だった。甘いと言ってくれても構わない。


 まあ、これでリーファの言ってる事が全てウソで俺たちを陥れるためだったとしたら、彼女はとんでもねえ極悪人という事になるが……無いと願いたいが、もしそうだったらそのツケは俺が何とかしようと思う。


 その辺の覚悟はちゃんと決めてあるのだ。


「リーファの意向を尊重するつもりだが……行く当てがないなら、このギルドで働いてみないか? 見ての通り人員が不足しててな……」


 列車の運転と警備を担当するルカに、家事全般の補助を担当するノンナ。この2人はまだ冒険者に登録できる年齢に達していないのでサポートに回ってもらっている。


 実際に冒険者としてダンジョンに行ったり仕事したりしているのは、俺とクラリス、モニカ、シスター・イルゼの4人。場合によってはパヴェルも加わったりすることもあるけれど、基本的に彼の仕事は裏方だ。


 今後、例えば仕事中の負傷とかで欠員が出てしまった場合に備えて、可能な限り人員は確保しておきたいというのが本音だった。少数精鋭、という概念も確かにその通りだが、万が一のトラブルがあった場合に一発で機能不全に陥ってしまう恐れがある。


 今後、血盟旅団の仕事も増えて行く事だろう。それに例の”組織”との戦いも激化していくはずだ……戦力を確保し、力をつけるに越した事はない。


「週休2日、有給休暇のリクエストにも応じる。報酬は達成した依頼に応じて上下するからこの辺は個人の頑張り次第になるけど……どうだろうか? もちろん寝室も用意するし食事に関してのサポートも行う」


 金の絡む話になった途端、リーファの目つきが変わった。


 以前、パヴェルから聞いたことがある。『ジョンファ人は金にシビアだ』と。


 彼らは極東の大国に生まれ、周辺諸国に対し自国の文化や発明品を輸出して規模を拡大、経済を発展させて世代を重ねてきた経緯がある。実際に前世の世界の日本文化を見てみても、中国由来の文化というのは驚くほど多い。ジョンファもそれと同じように他国の文化形成に影響を及ぼすほどだという。


 故に彼らは生まれながらの”文化の行商人”であり、どこのどの国に行っても彼らの姿を見る事が出来る。そして商人として活躍する彼らだから、金、特に自分の得られる利益に関しての感覚は鋭敏なのだ。


 それはリーファも変わらないらしい。金に対する姿勢は農作物の販売で養ったものなのだろうか。実家は農家って言ってたし。


 一応彼女たちの名誉のために言っておくが、”金の亡者”というわけではない。あくまでも”商売上手”だというだけだ。


「冒険者ギルド、制度少し知てル。登録の手数料かかル」


「それはこっちが負担する」


「分かタ。でもギルド運営費必要なるヨ。それはどうするネ?」


「依頼で得た報酬の1割を運営費としてギルドに収めてくれれば助かる。パーティーで仕事を受けた場合は報酬は山分けが原則になるけど、それでいいか?」


「つまり、単独デ仕事すれバ運営費抜いた金貰って良いネ?」


「構わない。ただ危険な仕事も多いから無理はしないでほしい。利益もそうだけど人員の損失だけは絶対に避けたい」


 嘘偽りはない。


 ギルドの方針にもよるが、少なくとも血盟旅団では人命を最優先する。万一、ギルドに所属するメンバーの命が危険に晒されるような状況となった場合、見込まれる利益を全て放棄してでも仲間を救うつもりだ。


 無論、そんな状況にならないのが一番なのであるが。


「他に質問は?」


 真面目な表情で問うと、にっ、とリーファは笑みを浮かべた。


「―――決めタ。ワタシこのギルドで働くヨ」


「交渉成立、だな」


 構わないよな、とクラリスの方を見ると、彼女は首を縦に振った。まあ部外者への警戒心が人一倍強いクラリスの事だから内心では納得していないのかもしれないが……そこは彼女を説得しつつ、上手くリーファと信頼関係を築いていってほしいものである。モニカの時のように。


 パヴェルの方を見ると、彼はいつの間にか口に咥えていた葉巻の煙を使って空中に「おk」と描いていた……器用だなお前。


 とりあえず、この件はモニカとイルゼ、ルカとノンナにも説明しておこう。


 今後の事も考えて人員を少し増やしたい、というのはギルドのメンバー全員の総意だから、彼女の加入に慎重になる仲間は居るかもしれないが拒否まではしない筈だ。














 イライナ地方西部を流れるブニエストル川、そこに架かる鉄橋を越えた先には街が広がっていた。


 エルゴロド……ではない。『アルザ』と呼ばれる街だ。西部に位置する国家群の1つ『アルドラ共和国』の国境沿いにある都市であり、アルドラとの交易の玄関口として機能している。古くは敵対関係にあった旧アルドラ王国に対抗するための最前線だったらしく、街の外周には当時の城壁の一部が良好な状態で保存されているのが分かる。


 あの城壁跡地は観光に訪れる旅行者も多く、地元の人も待ち合わせ場所に利用したりするのだとか。


 列車の速度が減速し、機関車の方から『デェェェェェェェェン!!』という警笛の重々しい音が聞こえ、駅員が手旗信号でレンタルホームを指示する。ルカが機関車の方で敬礼すると、ぐんっ、と列車の進路が変わり、やがて”19”と表示されたレンタルホームへ停車した。


 アルザに立ち寄った理由は2つ。


 1つは復水器……すなわち蒸気を冷却して水に戻し循環利用するための設備に異常が見られたため、それの修理をする事。そしてもう1つはリーファの冒険者登録である。


 列車が停車すると、作業着姿のパヴェルが工具箱やアセチレンガスのボンベを抱えて機関車の方へ走っていった。異常ってあれか、破孔でも見つかったのだろうか。


 ウチの機関車よく壊れるのう、と思いつつ、リーファとクラリスを連れて下車。ちゃちゃっと登録して、帰ってくるついでにお菓子でも買ってくるだけだというのに、クラリスは抜かりない。腰にはホルスターに収まったPL-15と、鞘に収まったボウイナイフ(アメリカの大型ナイフ)がある。どうせロングスカートの内側に手榴弾でも仕込んでるんだろうなぁ、と思いつつ降りると、さっき工具を担いで機関車の方に行ったパヴェルが戻ってきた。


「ああ、お前らこれを持っていけ」


「……ピストル?」


 彼が差し出したのは、この世界で普及しているフリントロック式のピストルだった。イライナ・マスケットを切り詰めたもののようで、特にこれといった特徴はない。現代のハンドガンと比較するとかなーり緩い角度のグリップに、80口径という大口径弾を使用する肉厚の銃身。金属製部品は艶の無い黒で塗装されていて、暗めの色合いの木材と相俟ってなかなか威圧的な仕上がりになっていた。


 よく見ると銃身はオクタゴン・バレルになっていて、ちょっと近代的なリボルバーを思わせる。しかしシリンダーは無いので単発式である。


 既に弾丸は装填されているらしい。


 にしても、こっちには現代の銃があるというのに、何で今更こんな骨董品を渡すのだろうか。パヴェルの意図を理解できずに首を傾げていると、彼は笑いながら説明した。


「俺たちもミカ達のおかげで注目されてるからな、いろいろ目立つだろ? 俺らの使ってる銃に目を付けられたら面倒だからな、擬装用に持っとけ」


「ああ、そういう……」


 偽装用か、これは。


 いかにも『ふぇ? 俺ら普通の銃使ってますが何か?』的な感じのピストルを、一緒に渡してもらった革製のホルスターに収めて胸元に装着。それにしてもこうして見てみると、現代のハンドガンとの共通点って”引き金引けば弾が出る”くらいしか挙げられないほど、何もかもが違い過ぎる。


 そりゃあ何世紀も経てば変化もするだろうな、と思いながらパヴェルに別れを告げ、リーファとクラリスを連れて改札口へと向かった。


「ノヴォシア、銃が普及してルって本当ネ」


「ジョンファは違うのか?」


「ジョンファにも銃あるヨ。でも火縄銃マッチロックで数も少ないネ。みんな刀剣使ってるヨ」


 ちょっと近代化に遅れているようだな……大丈夫かジョンファ。


「それにしてもリーファさん、ノヴォシア語お上手ですわね」


「頑張テ練習したヨ。習ったわけじゃないネ、見様見真似で何とカ」


「見様見真似……本当ですの?」


「本当ヨ」


 マジか。クラリスですら俺とレギーナに教えてもらってやっとだったというのに。


 そういや最初にクラリスと会った頃は色々と大変だった。お互いに話している言語の意味が全く伝わらないので、最初はジェスチャーだったり絵に描いたりして意思疎通を図った。そこからちょっとずつ単語を覚え、文法を覚えて今に至る、というわけだ。


 クラリスの母語の発音だと俺の名前は『ミケール』になるらしい。最初の頃は何度ミケールと呼ばれたことか……。


 そんな昔の事を思い出していると、古い建物が立ち並ぶ中に教会が見えてくる。教会の入り口の近くにある広間には蒼雷の騎士エミリアの石像があり、エミリア教の教会である事が分かった。


 入り口には『アルザ・エミリア協会』と蒼い文字が表示されている。


「せっかくだし、ちょっと祈っていっていい?」


「構いませんわ」


「おー、教会ネ。いいヨいいヨ」


 教会で祈りを捧げていくと属性適性がちょっと上がったりするので、教会を見つけたら祈っておいて損はない。


 2人を連れて教会へと入る。礼拝堂の入り口に居るシスターに手の甲の紋章―――円で囲まれた六芒星と幾何学模様で構成された、エミリア教徒の証である紋章を見せると、シスターは俺たちを中へと入れてくれた。


 今更だけど、洗礼を受けると利き手とは逆の手に紋章が刻まれる。紋章のデザインは宗教毎に異なっていて、それを見ればその魔術師がどの教会で洗礼を受けたのかを判別することができるのだ。


 六芒星と幾何学模様はエミリア教徒の証である。


 財布からコインを取り出し、礼拝堂に設置されている水瓶の中へと放り込んだ。両手を合わせて目を瞑り、祈りを捧げようとして―――しかし信仰心を示すチャンスは、唐突に響いた無粋な銃声で台無しにされる。


 ドパァン、と破裂するような音。無煙火薬とは質感の違う、ありったけの火薬を炸裂させているような―――黒色火薬だな、と銃声で判断しながら振り向くと、礼拝堂の入り口には4名ほどの仮面をつけた男たちが立っていた。


 その内の1人がピストルを天井に向けている。今の一撃は威嚇のつもりか。


 礼拝堂の入り口に居たシスターにサーベルを突きつけていた男が声を張り上げた。


「動くな、全員床に伏せろッ!!」





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