森にパンダが埋まってた件
※新キャラのセリフに一部変なところがあると思いますが、新キャラのセリフに限っては誤字脱字ではありませんのでご安心ください。
カチャカチャと食器のぶつかる音に、料理をとにかく口へと詰め込んで咀嚼する音。
まさに暴食の音、としか言いようがない。
ウチのギルドじゃあクラリスが一番の大食いだけれど、そんな彼女に勝るとも劣らない―――しかしマナーも何もあったもんじゃない、豪快な食べっぷりを見せつけられ、俺もクラリスも、そしてキッチンでチキンを焼いていたパヴェルも目を丸くしている。
やがて満足したのか、ぷはー、と息を吐いてから、彼女は満足そうに笑みを浮かべて両手を合わせた。
「ありがト、助かったヨ」
「お、おう……」
さっき森の中で埋まってたパンダの獣人の少女は裏表の無さそうな笑みを浮かべるなり、やけに訛りのあるノヴォシア語でそう告げた。
この訛りと身に纏う衣服のデザインから中華系っぽい印象を受けるが……アレだろうか、ジョンファから来たのだろうか?
「ところで、その……君、ジョンファから来たのかい?」
向かいの席に座りながら問いかけると、彼女はノンナが持ってきた熱々のお茶を啜ってから答えた。
「アア、ワタシ”チャン・リーファ”っていうネ。お察しの通りジョンファのリャオミン省から来たヨ」
ジョンファ帝国―――ノヴォシアの東部に位置する極東の大国だ。大モーゴル帝国を挟んだ向こうに位置しており、ノヴォシア帝国よりも長い歴史を誇る(4000年の歴史があるそうだ)。それ故に王朝が何度も変わり、ノヴォシアと敵対したり友好的になったりとまあ、色々と忙しい国家というイメージがある。
文化も洗練されていて(というか文化はほぼ中国のそれである)、前文明の黎明期には紙や火薬を発明したりと、周辺国家よりも一歩先を行く大国であったとされる。
度重なる戦国時代を経て現在は統一を果たしており、今は”シン”という王朝が国を治めている。
なるほど、ノヴォシア語に訛りがあるのはそのためか。
シン王朝になってからというもの、ノヴォシアとの間で交わした友好条約により両国間の交流は一気に活性化され、向こうからは多くの商人や労働者がノヴォシアにやって来るようになった。特にノヴォシア東部ではジョンファからやってきた人々をよく見かけるのだとか。
「リャオミン省ってアレかい、ダーレンとかあの辺?」
「そうそう、お嬢さン物知りネ。ダーレンいい所ヨ!」
「へー、じゃあ都会っ子だ」
「ああ、でもワタシの実家は郊外の農家ネ」
リーファ、と名乗ったパンダの獣人の彼女はちょっと恥ずかしそうに言った。とりあえず、またしても”お嬢さん”呼ばわりされたことについてはスルーしておく。なんか慣れた……いやいや、慣れちゃダメだ慣れちゃダメだ。俺は男なんだ。ミカエル君にはちゃんとね、あるんですよ。アレが。
「ところでリーファ、君は何であんなところで埋まってたんだい?」
クラリスが俺の分のコーヒーを持ってきてくれたところで、気になっていた点について切り込んだ。よりにもよってノヴォシア名物でもある泥濘の春に、森の中で……しかも夜に地面に埋められているなんて只事ではない。
ノヴォシア、特にイライナ地方の泥は粘度が高く、底なし沼と化した場所に落ちたら最後、自力で浮き上がる事はほぼ不可能だ。そうじゃなくても今の時期は地中を自在に移動するヴォジャノーイ幼体の脅威が常にあるし、夜の森なんて狂暴な魔物の万国博覧会みたいな状態だ。そんなところに放置され、よく生き延びていたものである。
とにかく助ける事ができて良かった、と安堵していると、リーファはちょっと恥ずかしそうに頭を掻いた。
「実はちょっト……お腹が空いテ野菜盗ンだネ。そしたラ農家の人怒っテ車で追いかけてきテ、『憲兵は信用ならん』っテ言ってリーファの事埋めていったヨ」
「Oh……」
自業自得……と言いたいところだが、どうやら事情がありそうだ。
それはそうと、憲兵が信用ならないって……もうちょい司法機関を信じてくれよと言いたくなる話だが、こればかりは一概に悪いと言えない。地域によっては憲兵隊がまともに仕事をしてくれないせいで司法機関への不信感が募り、こうして罪を犯した者への私刑がまかり通っている場所もあるという。
腐敗しているのは貴族だけではない、ということだ。というか、こういう仕事をしない憲兵の居る地域に限って、そこの指揮官が権力で威張り散らしてばかりいる無能な貴族の息子だったりするのだから笑えない。ウチの兄貴たちを見習ってほしいものである。
そう思ったらジノヴィとマカールってめっちゃ有能なんだよね……。
「腹減って盗んだって、金は?」
パリッパリに焼けたチキン(ご丁寧に付け合わせのニンジンとジャガイモもある)の皿をテーブルに置きながら訪ねたのは、我がギルドの万能選手であるパヴェルだった。
「……持ってないヨ」
「何で?」
「ジョンファで濡れ衣着せられテ追放されたヨ。文無しになってノヴォシアに来たネ」
なんだそりゃあ……。
「行く当ても無くテ、しばらくは商人の護衛やっテ食い繋いでたヨ。でも冬になって仕事無くなって、仕方なく盗んデ食料手に入れてたネ。それで仕事探してタけド野菜盗んでたところ見られテ……」
「それで農家の人に追いかけ回された挙句埋められた、と」
「ご名答ネ」
おう……なるほど、それであの食べっぷりか。やっと全部繋がった。
とんとん、とクラリスが俺の肩を叩く。振り向いてみると彼女は顔を近づけて耳打ちした。
「……ご主人様、相手は盗人ですわ。信用するのは危険だと思いますが」
「そうかもしれんが……」
クラリスの言う事にも一理ある。
ノヴォシア帝国には憲兵隊と法務省という、強大な警察組織が存在する。地域によって治安にバラツキがあるものの、概ね治安は良い方……なのだろう。日本と比較すると無法地帯に思えてくるが。
そういう現状もあって、特に冒険者間ではお互いに騙し合い蹴落とし合いが頻発するのも珍しい事ではない。部外者を警戒するというのもよく分かる。それが同じ国の獣人ではなく、言葉も文化も違う他国からやってきた者ともなれば猶更だろう。
しかし……。
幼少の頃からこっそり屋敷を抜け出し、スラムで貧民たちの現状を目にしてきたからこそ分かる。
リーファの目は、本当に貧困に苦しんでいた者の目だ。確かに野菜とか食料を盗んだのは悪い事だが、それを言ったら俺たちだって悪人限定で強盗に入ってるしなぁ……。
とにかく、俺には少なくとも彼女がこっちを騙そうとしているようには思えなかった。
「もし仮にそうだとして、あんな危険な森の中で埋まってるなんて手の込んだ事するか? そこを誰かが通る確証もないのに」
「それは……」
「それに、周りに穴を掘るための道具なんて置いてなかったろ? 人の身体が埋められるくらいの穴、素手で掘ったとしてかなり時間がかかる。それを危険地帯のど真ん中でやるなんてまず無理だ」
十中八九、穴の完成を見る前に魔物の餌食になるだろう。相手を欺くための穴が自分の墓穴になるなんて、控えめに言って笑えない。
感情的な理由だけじゃあなく、そういう周囲の状況も見て俺は確信していた。リーファの言っている事に嘘偽りはない、と。
さて、彼女をこれからどうするか……どこか仕事でも紹介してやるべきか。安全なところまで乗せて行っても良いが、そこで彼女を置いていってもまた貧困に喘いで盗みを働くのが関の山ではないだろうか、と考える。
冒険者になれば少なくとも食い繋ぐことはできるだろうが、登録には手数料がかかるし……手数料くらいは出すべきかなあ、と彼女の今後の扱いについて頭を悩ませていたミカエル君の思考を、唐突に打ち上げられた照明弾が断ち切った。
咄嗟に席から立ち上がり、食堂車のある2号車のタラップを上がって屋根の上へ。防盾と共に据え付けられた第二銃座にはシスター・イルゼが居て、その手には照明弾を放ち終えたのだろうフリントロックピストルが握られていた。
「気を付けてください、何か来ます」
「何だ」
「分かりませんが……湿った音が複数」
ピンと立ったシスター・イルゼのケモミミ。ハクビシンより聴覚に優れ、より敏感なそれを用いた索敵に嘘は無いだろう。
「ルカ、聞こえるか」
『聞こえるよミカ姉。どうしたの?』
「いつでも列車を出す準備をしておけ。何か来る」
『……分かった』
ここは任せた、とシスター・イルゼに言い残し、車内に戻る。タラップを滑り降りると下には既にモニカが居て、何かの気配を感じ取ったと思われる彼女も2号車のドアを開け、壁面にあるパネルを展開して、中からフレキシブルアームで接続されたMG3を引っ張り出しているところだった。
ドアガンとして設置しているものだ。場合によっては道中で魔物やら盗賊やら、他の冒険者ギルドとやり合う事もあるだろうという事で自衛用に備え付けていたものだが……。
俺も1号車側のドアに向かい、壁面のパネルのロックを解除。レバーを倒しながらパネルを横へとスライドさせてフレキシブルアームのロックを外し、MG3と防盾がセットになったそれを通路側へと引っ張る。
一緒についてきたクラリスが、壁面に収納されていた7.62×51mmNATO弾の弾薬箱を引っ張り出し始めたところで、ごう、と反対側の線路を何かが通過していった。
ああ、特急列車だ―――背中に通過していく特急列車の窓から漏れる照明が当たり、すぐに闇と化す。
―――やっと、俺の耳にもそれが聞こえた。
ペタペタと、湿った皮膚を床に押し付けているような音。そして一緒に漂ってくる、まるで魚を長時間常温で放置したような生臭い悪臭。
ハクビシンは夜行性だから、多少の暗闇でも視界が妨げられることはない。そんなミカエル君の視界の奥にちらりと映ったのは、緑の斑模様が浮かんだ皮膚を持ち、歪な二足歩行で移動するヒトのような―――けれども骨格も身体的特徴もヒトのそれと大きく乖離した、魔物の集団だった。
ヴォジャノーイ―――その成体だ。
彼らの姿を認めるなり、俺はMG3の引き金を引いていた。ミニガンみたいな凄まじい連射速度で、7.62×51mmNATO弾が、5発に1発の割合で装填されている曳光弾と共に暗闇の中へと伸びていく。
「ルカ、列車を出せ!!」
無線機に向かって叫ぶと、今度は反対側でモニカのMG3も火を噴いた。”ヒトラーの電動鋸”とも呼ばれ、連合軍・ソ連両軍の将兵に畏れられたMG42の改良型が、先代の異名に違わぬすさまじい連射速度で、文字通り射線上の敵を”切り裂いて”いく。
フルサイズのライフル弾、その掃射をもろに受けたヴォジャノーイの上半身に穴が開き、引き裂かれ、寸断されていく。こっちを奇襲するつもりだったであろうそいつらの先陣が出鼻を挫かれたところで向こうも奇襲は無意味と悟ったらしく、ヴォジャノーイたちの忍び足がやがて全力疾走に変わった。
ぐんっ、と客車が右側へと引っ張られていく。AA-20が目を覚まし、列車が走り出したのだ。視界がゆっくりと左へスライドしていくが、しかしまだ逃げ切れたとは言えない。ヴォジャノーイたちの足が思ったよりも早く、このままでは列車に取り付かれる恐れすらあったからだ。
それだけじゃない、思ったよりも数が多い。30……いや、もっとか。冬を越した個体なのだろう、武装した獲物を確実に仕留める方法をよく理解している。それはすなわち相手よりも多い兵力を用意し物量で攻め込む事、これに尽きる。
MG3の掃射でヴォジャノーイたちは次々に倒れていくが、しかし彼らの群れとの距離が徐々に縮まっていく。
それにこっちは機関銃。撃ちまくっていればやがて弾は尽きるし銃身もオーバーヒートして使い物にならなくなる……いずれは再装填に銃身交換が必要になるだろうが、相手がそれを律義に待ってくれるとは到底思えない。
弾幕を張りながら、ちらちらと視界をベルトへ向けた。あと30……20……10……。
やがて機関銃がベルトの弾丸を喰い尽くし、無用の長物と化した。
「装填!」
「了解!」
クラリスが弾薬箱からベルトを引っ張り出し、機関部上のカバーを開けて装填していく。その間、俺はMP17で接近してくるヴォジャノーイに9mmパラベラム弾を射かけるけれど、拳銃用は機関銃と比較すると射程も火力も連射速度も、どれもが心許なすぎた。
やがて弾幕を突破した1体のヴォジャノーイが、加速していく列車に飛び乗ろうと、さながらカエルのように大きく跳躍しながら、人間を丸呑みにできそうなほど口を大きく開けて迫ってきて―――。
「―――ほァたァァァァァァァァァァ!!!」
勇ましい掛け声と共に、強烈な回し蹴りがヴォジャノーイの側頭部を打ち据えた。筋肉の断裂する音に、頭蓋骨が粉砕されるような音、それと脳味噌が潰れるようなグロテスクな三重奏が聞こえたかと思いきや、本気の蹴りを受けたヴォジャノーイはバスケットボールみたいに地面にバウンドして吹き飛び、加速していく列車に置き去りにされて宵闇へと消えていった。
「り、リーファ?」
そこに居たのは、さっきまで食堂で滅茶苦茶飯を食っていたパンダの獣人、リーファ。パンダとは思えない程しなやかな動きで見事な回し蹴りを放った彼女は、にっ、と頼りになる笑みを浮かべた。
「我得感成返一宿一飯的恩義(一宿一飯の恩義は返したからね)」




