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戦闘糧食!!





 人生初の死から17年。




 21年の人生を事故で追えた俺は、異世界で仲間たちと旅をした。














 どたどたと乱暴な足音が、客車の中に響き渡る。


 良く晴れた火曜日の午前11時過ぎ。昼食が近付き腹が減ってくる時間帯でコレだ、たまったものではない。けれども睡魔の誘惑に負けてこうしてベッドに潜り込んだままとあっては、次に目を覚まして朝日を拝めるという確証もない、というのも事実だった。


 客車に備え付けられたスピーカーからひっきりなしに響く戦闘用意のブザー。ベッドから飛び起き、慈悲の剣とMP17を身に着けて寝室を飛び出し、客車の屋根にある銃座へと繋がるタラップを駆け上がった。


 一応、今週は誰がどの銃座につく、という割り当てはされているが、緊急時となっては話は別だ。敵というのはこちらが準備万端の時に攻撃を仕掛けてくるとは限らないのである。しかもそれが人間ではなく魔物相手となれば猶更だ。


 奴らは本能のままに行動する。意思の疎通も出来ない―――連中は本当の獣だ。


 タラップを駆け上がり、ブローニングM2重機関銃が2つ並んだ銃座につく。コッキングレバーを引いて初弾を装填、ヘッドセットから伸びるマイクに向かって「第一銃座、準備ヨシ!」と報告する。


《機関車より各銃座! 敵、飛竜4! 10時方向より突っ込んでくる!》


 機関車で見張りをしているルカの報告に従い、銃座を10時方向へと旋回させた。ターレットリングの擦れる金属音と共に、緊張感が高まっていくのを感じる。こういう時になってつくづく自分は戦いに向いていない人間だ、と痛感させられる。


 前世の世界に居た頃、空手の試合の直前になると戦うのが怖くて怖くてたまらなかった。白帯の頃から、黒帯を締める事を許されるまでそれは治らず、半ばヤケクソで戦っていたのを今でも鮮明に覚えている。


 そしてそれは、倉木仁志という1人の社会人の肉体が滅び、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフという新たな人間として異世界に転生した今も変わらない。鳩尾の辺りが重くなり、足の裏にじんわりと汗をかくあのイヤーな感覚。


《発令所より各銃座。撃ち方始め、撃ち方始め》


 パヴェルの命令を聞くなり、機関銃後部の押金を押し込んだ。


 対空照準器の向こうで、金色のマズルフラッシュが弾ける。左右の機関銃が交互に火を噴き、対物ライフルの弾薬としても使われている虎の子の12.7mm弾が、集中豪雨の如く空へと向かって飛翔していった。


 5発ごとに1発装填されている曳光弾―――弾道確認のために用いられる発光する弾丸がイライナの空に束の間の、これ以上ないほど危険な流れ星を多数出現させるその向こうで、何も知らない野生の飛竜の頭や胸板、翼の付け根を覆う堅牢な外殻が、まるでつるはしを突き立てられた岩のように弾け、砕けていくのがここからでも見えた。


 幸い、飛来したのは小型の飛竜。親の元を巣立って1人で飛べるようになり、初めての冬を越して繁殖期を迎えたからなのだろう、この時期の飛竜はとにかく気が立っている。ヒトの手で繁殖を”適切に”管理されている個体とは違って、野生の個体はとにかく凶暴だ。繁殖するため、あるいは雛に餌を与えるために、自分以外の捕食できそうな獲物をとにかく何でも狙うという厄介な習性がある。


 そのおかげで列車が狙われ、駅への到着が遅いなと思った駅員が確認しに行ったら道中で無残な姿となった列車”だけ”が残されていた……という痛ましい事件も少なくない。


 だから飛竜の活動範囲内にある地域では、ごく普通の列車であっても武装を搭載している事が多いのだ。専属の射手まで雇って対策しているが、それでも犠牲者が後を絶たない。


 頭を砕かれた飛竜が、錐揉み回転しながら高度を下げていった。まず1体、とガッツポーズするミカエル君の銃座の向こうで、クラリスも負けじとM2重機関銃を空に向けて放ち続ける。左の翼の付け根に集中して被弾した2体目の飛竜が、動かなくなった左の翼を引き摺るようにバランスを崩し、谷の壁面に激しく激突しながらそのまま墜落していく。


 あと2体。さあ撃墜スコアを増やすのは誰だ、と俺、クラリス、モニカの3人で争うように弾幕を張っているところに、車内へと続くタラップを上がってきたエプロン姿のノンナがそっと傍らにおにぎりの乗った皿を置き、銃声に負けじと声を張り上げる。


「せんとーりょーしょーく!!」


「ありがとよ!!」


 そういや昼飯まだ食ってなかった、と視線をちらりとおにぎりの方へ向ける。三角のおにぎりに海苔を巻き付けた、いかにもおにぎりといった外見のそれ。炊き立てのご飯が発する湯気が食欲をそそるが、今はそれどころじゃない。あと2体、あと2体飛竜が残っている。


 仲間が既に2体も撃墜されているというのに、奴らの頭に逃げるという選択肢はないようだった。いや、向こうもなりふり構っていられないのだろう。自身の生存のため、あるいは巣で待つ雛たちのため、是が非でも食料を確保しなければならない―――生活が懸かっている。俺たちと同じなのだ。


 しかし、だからといって彼らのランチになってやるつもりは微塵もない。飛竜たちも生活が懸かっているように、こっちも生活が懸かっているのだ。譲れないもの同士がぶつかり合ったら最後、闘争の果てに勝ち取らなければならない。


 言葉の通じる相手だったら対話のチャンスがあるんだけどね……相手飛竜だし。


 高度を下げ、雷撃機の如く地面すれすれを飛んでくる飛竜。大きく開いた口の中に炎が燈る。


 ブレスだ。まずこちらの攻撃能力を削ぎ、それからゆっくりとランチを楽しむつもりなのだろう。しかし数発ならば12.7mm弾の直撃に耐えられる外殻に覆われていない口内を、よりにもよって真正面で晒したのが運の尽きだった。


 その機を逃さず、12.7mm弾を一気にモニカが叩き込んだのだ。火炎が続々と充填されていく口内のそれが、やがて火の粉の代わりに鮮血を吐き出し始めた頃には、飛竜の頭はすっかりズタズタにされていて、その鋭い目からは光が消えていた。


 じゃあ最後は俺が、と距離を詰めてきた飛竜に照準を合わせて押金を押す。最後の1体になっても逃げなかったそいつは、たちまち12.7mm弾の豪雨に呑まれた。


 12.7mm弾ならば数発は耐えられる飛竜の外殻。しかし空を飛ぶ生物という性質上、そこまで厚みは無いのか、それとも強度が無いのかは不明だが―――2、3発の被弾に耐えた外殻は続く被弾であっさりと割れ、無防備で赤々としたその内側をブローニングM2の矛先に晒した。


 飛び散る火花や外殻の破片がやがて血飛沫に変わり、最後の飛竜も錐揉み回転をしながら高度を落とし始めた。そいつは頭を下げたミカエル君の真上を通過すると、列車の反対側に広がる地面に一度バウンドし、泥を派手に巻き上げながら、そのまま泥沼へと身体を半分沈ませて力尽きる。


 やがてそこに腹を空かせたヴォジャノーイの幼体たちが群がり始め、ブチブチと肉を食い千切る音を響かせ始める。なんつーか、食物連鎖というか自然の摂理というか……。


《周囲に敵影無し、全部撃墜したよ!》


『ぃよっしゃあ!!』


 喜ぶモニカの声を聴きながら、俺は息を吐いて頭を掻いた。


 撃墜数は俺が2、クラリスとモニカが1、か。ちゃんとスコアに記載しておこう、と思いながらノンナの持ってきてくれた戦闘糧食―――おにぎりに手を伸ばした。


「いただきまーす」


 ぱくっ、と一口。


 ちょうどいい塩加減とふわっふわのご飯の食感が何とも懐かしい。こっちの世界に来てからというもの、ノヴォシアの主食がパンである関係でパンを食べる事が多く、米を使った料理が日本ほど多くないものだから寂しかったのだ。


 こっちの世界で最初に食べた米だって、スープの具材として野菜と一緒に浮いてたやつだったからなあ……こう、ふっくらと真っ白に炊いたご飯にありつけるのはありがたい、本当にありがたい。


「ん」


 食べ進めていくと、やけにジューシーな魚の油の風味と食感が口の中に広がった。中身は鮭かなと思って見てみると、案の定真っ白なご飯の中に埋まっていたのは鮭だった。軽く塩を振って炙ったのだろう、外はカリっと歯ごたえがあって、中はかなーり柔らかい。


 おにぎりのサイズも大きめで、正直言ってこれで昼食はいいや、って言ってしまえるほど。ノンナが一緒に置いていってくれた麦茶で喉の渇きを癒し、水分を寄越せ寄越せと叫ぶ身体を黙らせてから再びおにぎりを食べ進めていく。


 この鮭、多分アレーサで買ったやつなんだろう。ノヴォシアではイクラが格安で手に入るし、貧困層にも普及している貴重な栄養源なのだが、それを生み出す鮭もまた人気の食材である。とはいってももちろん刺身や寿司にするわけではなく、スープの具材にしたり焼いたりするのが一般的なのだが……。


 東部じゃあ鮭を燻製にするらしい。いつか食べてみたいもんだな、と思いながら指についた米粒を舐め取っていると、ハッチからひょっこりと顔を出したクラリスと目が合った。


「「……」」


 お前、いつの間にここに……あれ? だってさっきまで隣の銃座に居なかったっけ、と第二銃座の方を見てみるが、先ほどまで飛竜を迎え撃っていた第二銃座にクラリスの姿は無く、使用後の手入れを済ませた状態のブローニングM2(50口径)が春風の中で佇んでいた。


「あっ、続けてくださいご主人様」


「いや、続けるって何を」


「あの、こう……手についた米粒を舐め取るのを。ちょっとえっちだったので」


「ちょっとえっち」


 ちょうど左の薬指に米粒が残っていたので、こう? みたいな感じでぺろりと舐め取ってみせた。するとそれを見ていたクラリスのメガネのレンズにヒビが入り(!?)、鼻からたらりと赤い雫が滴り落ち始める。


 何事かと目を見開く俺の目の前で、ぐっ、と親指を立てて満足そうな顔で昇天するクラリス。口から溢れ出た彼女の魂を掴んで口の中にぐいぐいと押し込み蘇生させ、ぺちぺちと頬を叩いてクラリスの意識を現世に呼び戻す。


 おーい、帰ってこーい。


「ハッ! 私は一体!?」


「尊死しかけた」


「尊死」


 大丈夫かウチのメイドは、と心配になっていると、第三銃座の方からモニカの魂の叫びが聞こえてきた。


 ありゃあ大体100dBくらいか……なーんて事を思いながら、チョークでブローニングM2に撃墜マークを書き足した。













 

 待避所に入った列車チェルノボーグの脇を、ライトの灯りを爛々と輝かせながら特急列車が通過していく。すっかり雪が溶け、線路も凍結の心配がないからなのだろう。制限速度を緩和してかなりのスピードを出していたようだが、それでも客車の屋根に備え付けられたガトリング砲ははっきりと見えた。


 昼間も述べたけど、飛竜や魔物の活動範囲を突っ切る列車はああやって武装しているのが当たり前だ。非武装の列車が走っているのはイライナのキリウやベラシアの”ミリアンスク”、そしてノヴォシアの首都『モスコヴァ』を始めとする主要都市の周辺くらい。それ以外は魔境である。


 さっきのパヴェルの連絡だと、この後にも特急列車が通過するそうなので、それが行くまではしばらくここで待機という事になる。さすがに無理に線路に出て、後ろから来た特急列車にケツを突き上げられたらたまったもんじゃない。


 牽引する車両も増えて、チェルノボーグの速度も幾分か落ちているのだ。速い列車には道を譲るのがマナーであろう。


 自室に持ち込んだAK-19のマズルを取り外し、パヴェルが設計してくれたアダプターを介して新たに89式小銃のマズルを装着する。一体何をしているのかと突っ込まれるだろうが、これで89式小銃などで使用しているライフルグレネード―――『06式小銃擲弾』が使用可能になる。


 自衛隊ではハンドガード下にグレネードランチャーを装着する方式ではなく、銃口にライフルグレネードを装着する方式を採用していた(最新の20式小銃からはハンドガードに搭載する方式となったらしい)。これの恩恵で、理論上は全ての89式小銃を持つライフルマンがライフルグレネードを使用可能となり、攻撃力の大幅な増加へ繋がる事が期待されている。


 AKなんだからハンドガードにランチャー付ければ良いじゃないかと思うかもしれないが、俺のAK-19はハンドガードをごっそりとM-LOKに換装しているのだ。M-LOKは強度的にグレネードランチャーと相性が悪いらしい。


 しかしそれでも火力が欲しい……そんな欲張りなミカエル君の願いを叶えてくれたのがこのライフルグレネード、というわけだ。空砲を使用せず実弾で発射できるというのもポイントが高い。空砲だったらガス遮断機を追加しなければならず、改造に手間がかかったからだ。


 とはいえAK-19のマズルは独自規格だから、こうして89式小銃のマズルを装着するにはアダプターを介して装着せねばならず、パヴェルには手間をかけさせることになってしまったわけだが……。


 日本風味のAK-19を眺め、試しに訓練用のライフルグレネードを装着。後でちゃんと訓練しよう、と思っていたミカエル君のケモミミが、外から聴こえてくる小さな声を拾ったのはその直後だった。


「……?」


 少しでも音を拾おうと、ハクビシンのケモミミがぴんと立つ。


 最初は動物の鳴き声かなあ……程度に思っていたのだが、どうも違う。人間だ、人間の言葉だ。なんだかイントネーションに違いはあるけれど、ノヴォシア語に聴こえる。


「ご主人様?」


「クラリス、ちょっと来てくれ」


「かしこまりました……?」


 AK-19を背負ったまま部屋を出る俺の後をクラリスがついてくる。


 ポケットからシュアファイアM600を取り出し、スイッチを入れてから列車の外に出た。


 春とはいえ、ノヴォシアの春は少し肌寒い。夜ともなれば猶更で、吐き出す息もまだ白く濁る。こんな冷たい夜の中、近くに村や集落もないのにヒトの声が聞こえるなど、明らかに只事ではあるまい。


 そーいやヒトの声を真似して獲物を呼び寄せ捕食する魔物とか居たような気がする。名前忘れたけどそいつじゃないだろうな、と身構えつつ進んでいくと、やがてその声がはっきりと聞こえるようになってきた。


『だれカー、たすけてくだサーイ』


 ―――訛りがある。


 どこの国出身だか気になったが、とにかく声の主を探そう。こんな夜中に森の中とあっては、いつ魔物の餌食になってもおかしくない。


「ご主人様、あそこに」


「ん」


 ライトを向けた。


 真っ白な光の中に浮かび上がったのは―――ええと、何と言えばいいのだろうか。


 あのー……海とか遊びに行った事ある人だったら経験あると思う。首から上だけを残して身体をすっかり砂浜に埋めたり、埋められたりした経験が。


 ライトの中に姿を現したのは、そんな状態の人だった。首から下を地面にすっかり埋められ、地表から頭だけを出した状態で助けを求めている女性。白い頭髪の中からは真っ黒な体毛で覆われた丸みを帯びたケモミミが伸びていて、何となくだがパンダの獣人に見える。


「ええと……大丈夫?」


「ふぇあ? あ、良かタ良かタ、助けテくだサーイ」


 夜の森の中。


 そこにパンダが埋まってた―――なにこれ。







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