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巨人は火力でぶん殴れ


 コクピットの内部で、ひっきりなしに警報音が鳴り響く。


 唇を噛み締め、脂汗を浮かべるウルギンの目の前に、立体映像で形成されたウィンドウが表示される。発掘され、稼働するための必要最低限のダメコン(ダメージコントロール)を受けたベロボーグに新たに生じた損傷部位が、紅い光でハイライト表示され、ウルギンの緊張を更に煽った。


 やかましい、とコクピット内で怒鳴り散らしながら、ウルギンは目を見開く。


(なんだ、何なのだあの兵器は!?)


 歩兵が大砲を撃ってきた―――少なくとも、彼にはミカエルたちの放ったロケットランチャーの一撃がそのように映っていた。実際、この世界において戦場の主役は戦列歩兵であり、彼らの得物といえばマスケットと銃剣であると相場が決まっている。


 大型の魔物を屠るためにより大型のマスケットが試作されたこともあるが、実用的ではないと結論付けられ日の目を見る事は無かった。


 ウルギンが遭遇した、今まで見たことも無いカテゴリーの兵器。歩兵が携行できる兵器でありながら分厚い装甲板を吹き飛ばし、穴を穿つことができる、さながら熊をも屠る雀蜂の一撃―――驚愕も冷めぬうちに、第二、第三の攻撃が接近している事を告げる電子音が鳴り響き、ウルギンは大慌てで機体を旋回させた。


 せめて損傷部位への立て続けの着弾は防がねば、と無理を承知でベロボーグに上半身を捻らせる。ギギギ、と装甲やフレームが軋み、コクピット内の表示に今の挙動で機体の負荷限界が迫りつつある事を告げる警告メッセージが表示される。


 ヒュン、とミカエルの放った一撃はベロボーグの右肩を掠めた。ゴリョッ、と金属の擦れ合う嫌な音がコクピット内にまで響いたが、幸いにしてその一撃は右肩の白い塗装、その表面を浅く削るだけで済んだ。


 しかし、クラリスの放った一撃はそこまで甘くない。


 身を捻り、強引に回避を試みたベロボーグの顔面を、歩兵用の大砲―――対戦車兵器、RPG-7の対戦車榴弾が思い切り殴りつけていったのである。


「ぐおぉっ!?」


 メインモニターの映像が乱れ、コクピットが大きく激震する。


 RPG-7の対戦車榴弾は、いわゆる成形炸薬弾(HEAT)と呼ばれる弾頭を使用している。これは従来の徹甲弾のように砲弾の質量と弾速で装甲を強引に撃ち抜くのではなく、着弾時に生じるメタルジェットによって装甲を穿つのだ。


 戦車にダメージを与える事が可能な有効な兵器であるが、しかしさすがにベロボーグの装甲を貫通する事は叶わない。ましてやパイロットが収まる重要区画、すなわちコクピットは特に装甲が分厚くなっており、戦車砲を以てしてもその貫通は見込めまい。


 しかしそれでも、装甲を穿ちかねない強力な一撃をコクピットに命中させられた、というウルギンへの精神的衝撃は甚大なものであった。


(何なのだ、何だというのだこれは!?)


 明らかにこの世界の技術水準から大きく逸脱した未知の兵器。


 どこかのダンジョンから発掘したか、それとも―――そもそもこの世界の兵器ではないのか。


 動揺しつつもガトリング砲を展開し、弾幕を張って蹴散らそうとするウルギン。しかし以前に戦った際に彼の”クセ”は全て見切られているようで、コクピットに表示される照準のレティクルに、ミカエルもクラリスも収まる気配がない。


 このままではやられるのではないか―――考えたくもない嫌な予感が脳裏を過ったその時、ベロボーグに搭載された複眼状のセンサーが新たな敵の姿を捉える。


「!!」


 濛々と立ち昇る、RPG-7のバックブラストが吹き上げた砂塵の向こう。ベロボーグに搭載されたAIは、その砂塵の向こうに新たな脅威が潜んでいると指示している。一体そこに何が潜んでいるのか、パイロットたるウルギンの眼には映らなかったが……やがて砂塵が薄れ、その向こうでセンサーが紅い光を放ってやっと、ウルギンは新たな”敵”の姿を捉えた。


 先ほどミカエルたちの撤退を支援した、あの”機械の歩兵”だ。


 それが新たな追加装備を肩に担ぎ、その狙いを定めつつあったのだ。


 ここにきて、ウルギンは悟る。


 最初のロケットランチャーによる執拗な攻撃。あれはベロボーグを仕留めるべく放たれた攻撃に違いないが、その攻撃の意味は1つのみに留まらない。背後から生じるバックブラストで敢えて砂塵を巻き上げて視界を悪化させ、より脅威となる武装を搭載した”それ”の存在をギリギリまで隠匿する、という2つ目の意味も忍ばせていたのである。


 やられた―――ここに来て知恵比べに敗北したことをウルギンが悟った頃には、モニカの操る機甲鎧パワードメイルの右肩に搭載されたTOWのランチャーが火を噴いていた。














 ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフという男は頭が回る。


 彼の立案した作戦がここまで上手くいくと、まるでミカエルは事前に未来を見通し、その中から最適解を選んできたのではないかと思ってしまうほどだ。あまりにも計画通りに進む現実を前に、機甲鎧パワードメイルの狭いコクピットの中でモニカは笑みを浮かべていた。


 彼女の目に映るのは、TOW用の照準レティクル。頭部にあるメインセンサーと同期したそれは、モニカの視界と連動してミサイルに軌道変更を命じる。つまりはモニカの”見ている”場所に向かってTOWの対戦車ミサイルが飛翔していくことになる。


 意図的に視線を逸らさない限り、狙いが逸れる事はない。


「―――持ってけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 バフゥッ、とTOWのランチャーから対戦車ミサイルが躍り出た。


 歩兵が地面に設置して使用するタイプではなく、アパッチやコブラといった攻撃ヘリに搭載することを前提とした、兵器搭載用の4連装ランチャー。その筒の中の1つからミサイルが撃ち出され、発射機と接続されたケーブルと噴煙をこれ見よがしに引きながらベロボーグへと襲い掛かっていく。


 ごう、とベロボーグの巨腕が駆動した。指先にガトリング砲を搭載され、その腕自体も分厚い複合装甲で覆われた巨人の腕。それを盾代わりに展開し、必殺の対戦車ミサイルを防ごうというのだ。


 現代の戦車には複合装甲のみでなく、爆発により対戦車攻撃から防護する爆発反応装甲や、散弾、あるいは炸裂弾などで迎撃するアクティブ防護システムなどの搭載により、対戦車ミサイルによる戦車の撃破すら困難となりつつあるものの、それでも命中すれば致命傷は免れない。それならば腕1本を犠牲にする覚悟で盾とし、被害を最小限に抑えようという考えなのだろう。


 確かに、それが一直線に飛んでくる攻撃であればそれで良かったかもしれない。


 だが―――世の中、そう上手くいかないものである。


 一瞬だけ視線を下に逸らし、それから再び正面を睨むモニカ。彼女の眼球の動きにタイムラグ無しで反応した機甲鎧パワードメイルのメインカメラが、そのデータをケーブルを介しミサイルへと伝達する。


 それを受け取ったミサイルが、クンッ、と高度を下げ―――まるで野球の変化球、フォークのように弾道が下がり、ウルギンが盾にするべく突き出したベロボーグの腕の下をするりとすり抜ける。


『!?』


 そして再び戻るモニカの視線に連動し、ミサイルの穂先がグイっと持ち上がる。


 ウルギンの度肝を抜いたその一撃は、幸運の女神の加護か、それとも死神の悪戯か―――TOWが飛び込んだ場所は、よりにもよって一番最初にミカエルの攻撃によって被弾し大穴を穿たれた、胸部の応急処置箇所だったのである。


 ドムンッ、と重々しい爆音が響き、メタルジェットがなけなしの装甲と機械部品を無慈悲に貫く。


『やった!』


 機甲鎧パワードメイルを移動させつつ、MG3を腰だめで連射しながらモニカは思わず叫んでいた。


 あんな巨大兵器、絶対に勝ち目がないほど巨大な敵―――それに一矢報いるどころか、致命傷と言ってもいいほどの大ダメージを与える事に成功したのである。絶望に光が差すどころか、そのまま絶望が薙ぎ払われていくような感覚が、彼女の……いや、彼女”たち”の士気を大きく押し上げた。













『おのれっ、おのれぇっ!!』


 ギィィィィィ、とベロボーグが苦しげに咆哮を発した。破損個所から黒煙が溢れ、血の代わりにオイルが飛び散る。機械の血だ。冷たく温もりの無い機械の身体を流れる冷たい血。どろりとした血。


 しかしそれでも、胸元に大穴を穿たれ、それを更なる矛でぐりぐりと抉られるような目に遭ってもなお、ベロボーグは止まらない。咆哮を発したかと思いきや装甲を展開、残されたサブアームを一気に展開し総力戦に備えてくる。


 武器をAK-308に持ち替え、走った。それに呼応してクラリスも反対方向へ大きく跳躍、空中でRPG-7を放ちさらにベロボーグへキツい一撃をお見舞いする。


 その隙に銃口をベロボーグ―――ではなく、足元をまるで木の根のように這うケーブルへと向けた。アキヤール要塞の動力源から伸びている動力伝達用ケーブル。つまりはベロボーグという心臓へ血液を供給するための血管に他ならない。


 セレクターレバーを弾いてフルオートへ。フルサイズのライフル弾、それのフルオート射撃なんて普段やるもんじゃないが―――今ばかりは別だ。


 歯を食いしばり、何度も肩を殴打するであろう衝撃に備えながら引き金を引いた。


 一発一発、まるで長年己を鍛え上げ続けた格闘家の正拳突きを右肩に喰らっているような衝撃が、肩だけでなく脳まで食い込んでくる。が、銃口の前ではそれよりも壊滅的な破壊がもたらされつつあった。


 7.62×51mmNATO弾―――大口径であり、バトルライフルやスナイパーライフル、汎用機関銃の弾薬として幅広く運用されているそれが、床を這う巨大なケーブルを容易く撃ち抜いていく。いくら人間の足ほどの太さがあるケーブルとはいえ、所詮はゴムの被覆で覆われた銅線だ。無煙火薬の暴力的な運動エネルギーを身に纏うライフル弾の敵ではない。


 被弾し、殴打され、何度も踊るケーブルがあっさりと千切れた。黒い被覆と黄金色の銅線の断面が覗き、一瞬ばかりスパークが迸る。


 何十本も張り巡らされたケーブルの内の1本を切断したに過ぎず、ベロボーグへの影響は限定的であろう。しかしそれでも大きな影響はあったようで、クラリスを弾幕で追い回していたベロボーグが、まるで憎たらしい怨敵を振り向くかのようにこちらへ顔を向けた。


 ギンッ、と複眼状のセンサーが紅く輝く。


 展開した装甲から出現したサブアームが一斉に突き出される。何をする気だと思いながら回避行動をとり、右へと大きく跳躍。次の瞬間、3本の簡易マニピュレータを持つそれらの表面に赤い魔法陣が出現したかと思うと、その魔法陣から炎の球体―――火球が放たれ始めた。


「!?」


 馬鹿な……機械が魔術を使うだと!?


「こんにゃろ……!」


 時間停止を発動し射線上から退避、お返しに40mmグレネードランチャーを放つ。ポンッ、と威力の割に間抜けな砲声を響かせて発射されたそれは、静止された世界に捕らわれ、空中でぴたりと停止してしまう。


 が、それも僅か0.3秒の間のみ。次の瞬間には停止した世界の全てが解凍され、あるべきだった運動エネルギーも全てが蘇る。


 火球の弾幕とすれ違う形で飛んでいったグレネード弾が、小馬鹿にするようにベロボーグのサブアームの1つを直撃。まともな装甲を持たぬそれを根元からへし折るが、本体にダメージを与えるには至らない。


『ちょっと、今コイツ魔術使ったわよね……!?』


「―――ありえないなんて事はありえない、か」


 まったく、ヒトの技術というものはいつの時代も、どんな世界でも驚かせてくれるものだ。


 よくよく考えてみればおかしい話ではない。何故ならばあの巨大兵器は九分九厘この世界の兵器ではないか、より進んだ技術によって建造された兵器。そもそもの技術体系が異なる、と言っていい。


 ならばその進んだ技術が、疑似的な魔術の再現という魔術師に対する冒涜とも言える域にまで達していたとしても別に不思議ではないのだ。


 土属性だったら属性の相性的にミカエル君は詰んでたが、炎属性ならば話は別。相性は可もなく不可もなく、である。


『ええいちょこまかと!!』


 ベロボーグとの距離を詰める。無駄だと知りつつも、奴の注意をこっちに向けるためにベロボーグへとAK-308のフルオート射撃を叩き込んでやった。いくら7.62×51mmNATO弾、その徹甲弾であっても、ベロボーグの分厚い装甲を穿つことはできない。ガガガンッ、と情けない音を奏でながら弾かれるのみだ。


 マガジンを交換、手慣れた手つきでコッキング。スプリングで押し上げられた初弾が薬室へと滑り込み、撃針に雷管を殴打され銃口から飛び出していく。


 ガギュ、と装甲の隙間、関節部に上手く飛び込んだような手応えを感じたが、その程度では大きなダメージにはならない。


 突っ込んでくるミカエル君を捕らえるか、あるいは握り潰すべく差し向けられたサブアーム群を躱し、受け流し、スライディングで隙間へと飛び込んで全弾回避。転生前に空手で鍛えた動体視力と反射神経、それについて来れるだけの獣人としての身体能力があるからこそ成せる完全回避だった。


 いや、割と背筋凍ったけど。


 スライディングしたまま、ベロボーグの胴体の真下―――本来下半身が接続されていた筈の空白、そのすぐ下を通過。見上げるとまるで人間の肉体を全て金属製の部品に置き換えたような、機械でありながらグロテスクさを感じさせる得体の知れない断面が広がっていた。


 動力源から伸びる送電ケーブルは、全てその断面に繋がっている。


 そこへ―――最もデリケートであろう場所へ、マガジンの中を全部ぶちまけてやった。帰ったら絶対右肩が青くなるほどの反動リコイルに肩口を殴打されながらも、それに負けずフルオート射撃。ボディアーマーをも易々と撃ち抜く威力の弾丸が19発、まともに防御もされていない断面へと捻じ込まれる。


 ミニマムサイズのミカエル君がスライディングで通過する頃には、バヂンッ、とまるで大型の配電盤が漏電するような、とにかく電気系統に優しくなさそうな嫌な音が響き、蒼い電撃が幾重にも舞った。フッ、と頭部にある複眼状のセンサーから光が消え、コクピットのハッチが解放される。


 ベロボーグへの電力供給が完全に遮断された―――すなわち、この巨大兵器の息の根を止める事に成功した、という事だ。


 コクピットから姿を現したキャプテン・ウルギンが、血走った眼をこちらに向ける。良くもやってくれたな、とでも言いたそうな顔の彼に笑みを向けると、海賊の頭は無言でフリントロック式のピストルをこっちに向けた。


「おしまいだ、ウルギン」


「終わりだと? 馬鹿を言うな、俺はまだ負けてない」


 もうやめろ、降伏しろ―――引き金にかかった彼の人差し指に力が入り、発砲の瞬間が刻一刻と迫っていく。


 撃鉄が落ちた。


 カキンッ、と火打石フリントがぶつかる音がして、バシュウ、と火皿の中の火薬に火が付いた。


 質の悪い火薬を使っているのだろう、引き金を引いてから発砲されるまでのタイムラグは1秒に達するかどうか―――次の瞬間、背後から忍び寄った蒼い影が、無防備なウルギンの後頭部をG3A4のストックで思い切りぶん殴りやがった。


「!!」


 クラリスの奇襲―――この好機を逃す手はない。


 ライフルを投げ捨て、時間停止を発動。静止した時間の中で慈悲の剣を引き抜き、大きく跳躍してベロボーグの上へと飛び乗った。


 時間停止の効果時間が過ぎ、世界は再び動き出す。


 意識の外からの攻撃に意表を突かれ、無防備になったウルギン。


 その胸元へ、人を殺さず意識だけを奪う剣の切っ先が突き立てられたのは、その直後だった。




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[一言] ミカっちを"男"とか"彼"とか書くものですから、一瞬"あれ?ミカっちって男だっけ?"なんて疑問が浮かんだじゃないですか〜 さて、無事ベロボーグを無効化出来ましたが、はて、そういえばウルギンっ…
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