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潜入、アルムトポリ


「うっほぉすっげ」


 胸倉を掴んでひたすらタコ殴りにしていたワリャーグの戦闘員から目を離し、その光景を目にした途端、どこからともなく笑みが浮かんできた。


 アレーサの大通り、その一角が突然光り輝いたかと思いきや、昼間に戻ったのではないかと思ってしまうほどの猛烈な閃光が海へと向かって伸び―――アレーサの南方に広がる黒海を、その半ばほどまで”割った”のである。


 大昔、かのモーゼは海を割りイスラエルの同胞たちの進むべき道を作り出したとされている。その伝承を目の前で再現されたかのような、普通ではまず考えられない光景だった。


「うぐ……てめえ」


「うん、お休み」


 ゴッ、とワリャーグの戦闘員に本気の右ストレートを叩き込む。右の拳はこれ以上ないほど見事に顎を直撃すると、汗臭いワリャーグの戦闘員の脳を派手に揺らして脳震盪を生じさせ、彼の意識をどこか遠くへと吹っ飛ばしてしまう。


 気を失った戦闘員から手を放し、傍らに落ちていた自分のAK-15を肩に担いだ。葉巻を取り出して口に咥え、それに火をつけながら、どうどうと荒れ狂う黒海をここから見つめる。


 アレがミカの姉貴―――なるほど、確かにミカが”雲の上の存在”と言うのも納得だ。この世界では稀有な二重属性に加えてあの実力。生まれ持った才能をさらに研磨させたらどうなるか、という問いへの最適解と言っていい。


 アナスタシアの強烈な一撃によって割れ、元へ戻ろうとする黒海を見つめながら、俺は昔の事を思い出した。


 ―――あの時、俺は彼女の力に惚れた。


 圧倒的な力で全てを焼き払っていく絶対的な力―――そしてその動力源たるどす黒い復讐心に。


 懐かしいじゃあないか。


 いつ見ても素晴らしいものだ、圧倒的な力というものは。それが味方のものであれば士気がぶち上り、敵だというならば乗り越えてやろうという闘争心に火がつく。いつでも大きな力というものは兵士たちにとっての旗印なのだ。


『パヴェル、パヴェル、無事か!?』


「おう。これから掃討戦に入るから、もう少しの辛抱だぞルカ」


 母艦を失い、あれだけの力を見せつけられてもなお、ワリャーグは退かないだろう……いや、”退けない”というのが正解か。


 一度ならず二度までもアレーサの制圧に失敗し、しかも今度は虎の子の装甲艦まで失ったとあっては、アルミヤ半島に控えているであろう連中の総大将が許さないであろう事は想像に難くない。死ぬまで戦うか、それとも命からがら逃げ帰り失敗の責任を押し付けられる形で処刑されるか。


 戦おうが逃げようが、彼らに待っているのは死だけである。


 そして憲兵隊に投降したとしても、今までの略奪行為に虐殺の罪を追及されれば死罪は免れまい。


 いずれにせよ、結末は悲惨なものとなる。


 ならばせめて最期くらい戦って死ぬ―――そのような思考回路が働くのも無理はないというもの。


 左手の指に葉巻を挟みながら煙を吐き出し、再び口に咥える。


 うっすらと立ち昇る煙の向こうには、ワリャーグの戦闘員たちがいた。銃剣付きのマスケットに薄汚れたラッパ銃(ブランダー・バス)、そして錆が目立つカトラスに斧を手にした彼らが、追い詰められた肉食獣の如き眼光でこちらを睨みながら、じりじりと距離を詰めてくる。


「……」


 やめておけ、とは言わない。


 俺の経験上、あそこまで追い詰められた人間にもう言葉は届かない。ならばそれ以上の力でねじ伏せ、その命を刈り取ってやる事が彼らにとって最大の救済だ―――悲しいが、これが現実なのである。


 だからもう、苦しむな。


 昔、出会ったとあるシスターが言っていた。


 【愛とは相手を”想う”事である】、と。


 ならば―――相手をぶっ殺してやりたいと想う事もまた、愛に他ならない。


 愛に決まった形は無い―――ならば血塗られたこの想いもまた、愛である筈だ。


 だから―――。




「ぶっ殺してやるぜジュテェェェェェェェェェェム」














 要塞、という名称が用いられるだけあって、アキヤール要塞の周辺は警備が厳重だった。


 傍から見れば美しい城のようにも見えるアキヤール要塞。防壁は三重に築かれ、その上にはサーチライトに手回し式のガトリング砲、大砲に加えて無数の警備兵が巡回しており、要塞の名に恥じぬ警備体制となっているのがここからでも分かる。


 日がすっかり沈み、暗くなったアルミヤ半島の大都市アルムトポリ。要塞の周辺にはアルムトポリの街が広がっていて、白レンガを多用した伝統的なイライナ様式の建物がずらりと並んでいる。


 透き通った清潔感溢れる街並みだが、そこに活気はない。夜だから、といってもパブみたいな感じの酒場くらいは営業しているのが当たり前で、夜になれば仕事を終えた労働者たちがウォッカを飲んでバカ騒ぎする光景をよく目にする。


 しかし、ワリャーグ占領下の街にそんな活気はない。あるのは抑圧と搾取の痕跡、そして理不尽な暴力に怯える人々の姿だった。


 パヴェルお手製の望遠鏡を覗き込み、右手で上部のダイヤルを回し倍率を変更。要塞へ接近する経路を調べよう、と何気なく路地をズームアップしたところで、酔っぱらっていると思われる男性2名に民族衣装姿の女性がなにやら問い詰められている姿が見え、顔をしかめながらもそれをズームアップした。


 残念ながら指向性マイクのような類は搭載されていないので会話の内容は聞こえてこないが、口の動きから何と言っているのか予想はついた。


 外出禁止時間に1人でどこに行くんだ、と問い詰める男性たち。腰にカトラスとピストルを下げているところを見るに、ワリャーグの戦闘員だろう。片方はスキンヘッド、もう片方は眼帯にバンダナを身に着けている。


 必死に暴れる女性の髪を乱暴に掴んだ男たちが、女性を無理矢理路地裏へと引っ張っていく。酔っぱらい、自由に暴力を振るってもお咎めなしという環境で、男たちがか弱い女性に何をするつもりなのか、考えなくても分かる。


 似たような経緯で生まれたミカエル君としては、ああいうのは見過ごせなかった。


 デ・リーズル・カービンの安全装置を解除し、やるぞ、とクラリスにアイコンタクト。彼女が頷いたのを確認して走り出し、目の前の建物の雨樋を掴んで壁を上り始めた。壁面のレンガをブーツで踏み締め、極力音を立てないよう静かに、けれども大急ぎで屋根まで上ってから全力ダッシュ。熱気を発する煙突を躱してジャンプし、向こうの建物の屋根へと飛び移る。


 久しぶりのパルクールにちょっとビビるが、身体は感覚をしっかりと覚えている。どのくらいの加減で飛べばいいとか、このくらいの距離なら行ける、というのが直感で分かる。


 窓枠に手をかけて身体を大きくスイング、勢いをつけて隣の建物へ。そこで立ち止まり路地を見下ろすと、ウサギの獣人の女性がワリャーグの連中にそこへと連れ込まれ、無理矢理服を脱がされようとしているところだった。


 やっぱりそういうつもりか、と憤りながらデ・リーズル・カービンを構え、引き金を引いた。狙撃しやすいよう大型のピープサイトに換装された照準器の向こうで、パシッ、と小さな銃声が弾ける。水風船から水が漏れ出すような銃声とは思えぬ音に、機関部レシーバー内部で撃針が雷管を叩く微かな金属音が混じる。


 それこそ、至近距離で聞き耳を立てていなければ聞き取れないほどの小さな銃声。そこから放たれるのは、従来の.45ACP弾ではなく、パヴェル独自開発の7.7mm麻酔弾。


 イライナハーブと薬草を調合した麻酔薬がどっぷりと充填された、注射器を思わせる形状の麻酔弾が、戦闘員のうなじに突き刺さった。とすっ、とうなじに突き刺さったそれの痛みに相手が気付いた頃には、麻酔弾内部のピストンが動作し、相手の体内へと自慢の麻酔薬を送り込んでいるところだった。


 ふらり、と戦闘員の片割れが崩れ落ちる。唐突に倒れた相方を笑うもう1人の戦闘員目掛け、銃口を向けながらボルトハンドルを引いた。


 イギリス軍が第一次、第二次両大戦で運用したリー・エンフィールドの系譜のライフルには、当時の他のライフルには無い2つの利点がある。すなわち『10発という大弾数』、そして『コッキングの速さ』である。


 当時のボルトアクションライフルが平均で5発程度だった事を考慮すると、倍の10発という弾数は心強い。火力がそれだけ長続きするという事であり、再装填リロードという隙を減らす事にも繋がる。


 そしてコッキングの速さは、上記の弾数の多さとも相まって非常に強力な武器となった。他国のボルトアクションライフルと比較して、ボルトハンドルを動かす範囲が小さいのである。薬莢排出、次弾装填までのアクションが素早く行えるというそれは、他のライフルには無い強みと言えた。


 そしてリー・エンフィールドの系譜に連なるこのデ・リーズル・カービンもまた、後者の強みを受け継いでいる。


 使用弾薬を実弾から独自開発の麻酔弾に変更され、弾倉マガジンもコルトM1911の流用から固定式弾倉に回帰しても、コッキングの速さに変わりはない。ボルトハンドルを傾けちょっと後ろに引っ張るだけで、薬室から役目を終えた空薬莢が、硝煙を纏いながら躍り出る。


 しかし第二の弾丸の出番は訪れなかった。


 ヒュン、と何かがすぐ隣から飛び降りた。視界の端に白いフリルを捉えたが、それが無くとも何者なのかはすぐに分かる。俺の全力疾走とパルクールに、涼しい顔でついてこれる仲間なんてこのギルドに1人しかいない。


 急に泥酔したかのように倒れた仲間を一瞥し、嫌がる女性に性欲をぶつけようとする男の首筋へ、落下する勢いを乗せた手刀が炸裂する。ボキュ、といかにも骨逝きました的な感じの効果音がここまで聞こえ、白目を剥いた戦闘員が口から泡を吹きながら倒れていったんだが……大丈夫なのか、アレ。


 加減したんだろうな、とちょっとだけ心配になりながら屋根から降りる。念のため脈を診てみたが、とりあえず生きてるっぽい。


 それならいいや、と男を近くのゴミ箱へ放り込んだ。中身は残飯やら缶詰やら、とにかくまあそういった生ごみの類がぎっしりと詰め込まれたこの世の地獄。蓋を開けた瞬間にハエが飛び出してきて、猛烈な腐臭で吐きそうになるがお構いなしにワリャーグの戦闘員2名をその中へと押し込んだ。


 海賊の生ゴミ漬けの完成である。


 ぱんぱん、と手を叩き、銃を背負ってくるりと後ろを振り向いた。


「あの、大丈夫ですk―――」


「嫌っ、嫌ぁ……お願いやめて、なんでもっ、なんでもするからっ……!」


 ありゃあ、これはかなり錯乱している様子……。


「落ち着いて。俺たちはアイツらの仲間じゃない」


「……え」


 脱がされかけていた服を直していたクラリスが、懐から取り出したキャンディーを女性に手渡す。彼女はそれを受け取ると、小声で礼を言ってからキャンディーを口へと放り込んだ。


 にしても、あの取り乱しようは只事じゃない……やられたのは今回が初めてじゃないっぽいな、あれは。


「あいつらを……やっつけに来たの?」


「ああ」


 良かった、と呟く女性。やっと安堵してもらえた事にこちらも安心していると、彼女は建物の隙間から微かに見えるアキヤール要塞の方を指差した。


 すっかり暗くなり、星の浮かぶ海と化した夜空。そんな夜空を無粋にもサーチライトで切り裂くアキヤール要塞は、背後に見える白銀の三日月も相まってさながら悪魔の城のようだった。死神の鎌のように大きく湾曲した鋭利な三日月。月にはウサギがいる、なんて話をよく聞いたものだがありゃあ嘘だ。月には死神がいる。性格の悪い死神が。そいつは冷たい夜空から人類をいつも見下ろしていて、相手が一番嫌がるタイミングで残酷な現実を突きつけてくるのだ。


 三日月の夜には、特にそう思う。


 お前を見ているぞ、狙っているぞ、と言わんばかりに光り輝くあの鎌みたいな月を見る度に、俺はそう思う。


「アイツらのリーダー、ウルギンはあの要塞に居るわ」


「ああ……奴を倒しに来た。何か知ってる事があったら教えてほしい」


「城壁は三重になってて警備も厳重よ……でも、抜け道がある」


「抜け道?」


 あの警備の中をすり抜けていかなければならないのか、と気が滅入っていたところに、ありがたい情報が飛び込んでくる。やっぱり人助けってのはやるべきだよな。敵を作るより味方を増やす立ち回りをした方が人生上手くいくってね。


「下水道を通っていくの。アルムトポリには何ヵ所か、要塞の真下に通じているマンホールがあるのよ」


「下水か……なるほど、合理的ではある」


 まだ飛行機も発明されていないこの世界は、竜騎士ドラグーンという例外を除いて二次元的な戦闘が主流だ。すなわち目の前に相手の城塞が立ちはだかるならば、地上からの攻撃だけで何とかしなければならない。


 それは俺たちも同じだ。ヘリや戦闘機が無い以上、航空支援は望めない。


 改めて航空機の偉大さを痛感しつつ、下水道を通って奇襲、という作戦はなかなか使えるかもしれないと考え始める。いくら連中でもアルミヤ半島を制圧して日が浅い。よもや本拠地に直通の下水道があるなど思いもしないだろう。


「わかった、ありがとう。安全なところに隠れて」


「こちらこそ、助けてくれてありがとう……お願い、奴らをこの半島から追い出して」


「任せてくれ」


 ここはアルミヤ半島―――イライナ人の大地だ。


 どこの馬の骨かもわからん海賊風情に好き勝手させてたまるか。




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