スカベンジング
機甲鎧を既定の位置まで前進させてから、クラッチペダルを踏み込みつつ右足でブレーキを踏む。鋼鉄の巨人の歩みがぴたりと止まったのを確認してから、左手をシフトレバーへと伸ばし、ギアをニュートラルに。
サイドブレーキを引いてから両足をペダルから離し、目の前にあるH字形のハンドル、その付け根にあるキーを捻ってエンジン停止。先ほどからコクピット後方でやかましく駆動を続けていたガソリンエンジンが駆動を停止、格納庫の中が静寂に包まれる。
暗くなったコクピットの中、頭上にあるハッチ開放レバーを引いた。バシュウ、と空気が漏れるような音を響かせ、武骨な機甲鎧のハッチがゆっくりと開き始める。ハッチが完全開放されたのを確認してから外に出ると、既にそこにはルカとノンナが居て、昇降用のタラップを用意して待ってくれていた。
「おー、ありがとう」
「お疲れ様、ミカ姉」
「整備は私たちに任せて!」
「よろしく頼む。怪我すんなよ」
労災は勘弁な。
ワリャーグの襲撃があってからというもの、機甲鎧は市街地の復興作業に大役立ちだった。
瓦礫の撤去に重量物の運搬、重火器すら軽々と扱えるパワーがあるが故に、重機のように扱う事も出来る。しかもそういった本職の重機よりはるかにコンパクトで狭いところにも入って行けるので、場合によっては人命救助にも役立つだろう。なんだろう、兵器の新たな平和的運用の可能性が垣間見えたような、そんな気がした。
シスター・イルゼとモニカは避難した人々の所に炊き出しに行っているようで、格納庫に停まっている筈のブハンカの姿はない。
機甲鎧用の格納庫を出て食堂車へ。既に空は真っ赤に染まっていて、カラスの鳴き声も聴こえてくる時間。腹減ったなあ、なーんて思いながら食堂車に入ると、それはそれはもう美味しそうなスパイスの香りが胃袋を直撃してくる。
今夜はカレーかな、と思いながらカウンターの方を見てみると、いつもの私服の上にエプロン(なんか『愛』ってプリントしてある)を身に纏ったパヴェルがカレーを皿に盛りつけているところだった。
「おー、今夜はカレーか!」
「せっかくアレーサに来たんだ、シーフードにしてみたぞ」
いいねえシーフード。
コトン、とカウンターの席の上に置かれる皿の上では、野菜と一緒にイカやタコ、貝類にエビの入ったシーフードカレーが熱そうな湯気を上げていた。
そういえば、魚売り場じゃあイカやタコなんて並んでなかったなとふと思う。やっぱり、イカとかタコってこっちじゃあ食べる習慣無いんだろうか。まあ、見た目もアレだろうし、食欲よりも嫌悪感を抱く人の方が多いのだろう。生魚ですら抵抗を感じる人が多いのだ、無理もない話である(実際に寿司を初めて見た時のモニカたちのリアクションもあるし)。
美味しそうなスパイスの香りに誘われたのか、自室の方からクラリスもやってきた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ただいま。ゆっくり休めた?」
「はい、おかげさまで」
今日はクラリスは非番だ。いつも色々と頑張ってもらっているし、最近は毎日のように冒険者の仕事と復興支援を行っているので、みんなローテーションを組みながら休んでいる。疲労が溜まればコンディションも劣悪になっていくし、判断力にも支障が出る。ベストコンディションを維持するには適度な休みが必要なのだ。
一緒に席に着くと、早くもクラリスの口からは涎が……。
「これはタコですか、パヴェルさん?」
「おう。漁師さんがなんか網にかかって困ってるみたいだったから買い取ったんだ」
「……これ、食べれるんですの?」
「食べれるぞ。ちょっとゴムっぽいブヨブヨした感じだけど」
「え、えぇ……?」
「他にもたこ焼きっていう料理があってな。こう、丸い金型に生地を流し込んでからタコを入れて、ソースにマヨネーズをかけて上から鰹節と青のりをパラパラっと……」
「じゅる」
よだれ。
ああ、でもたこ焼きかぁ……懐かしいな、久しく食べてない。
学生の頃だったか。大阪の親戚の所に岩手から飛行機で行ったことあるんだけど、あの時食べたたこ焼きとお好み焼きの味が未だに忘れられない。
「今度たこ焼き作るか」
「金型あんのかよ?」
「自作すりゃあいいだろ」
「手先が器用すぎるんよ」
そんな感じで(主にたこ焼き関連の話で)盛り上がっていると、簡易チェックを終えたであろうルカとノンナも食堂車にやってきた。
「お腹すいたー!」
「今夜カレー!?」
「おう、チビ共。おかわりもたくさんあるからいっぱい食えよ!!」
「「わーい!!」」
無邪気やのう……なんかこう、癒されるよね。子供の無邪気な笑顔を見てるとさ。
カウンター席に座った2人の分のカレーも並ぶのを待ち、手を合わせた。
「いただきまーす」
スプーンを拾い上げ、カレールーとご飯を一緒に口へと運ぶ。シーフードから出る水分を考慮してか、ルーの味はちょっと濃い目になっているようだった。けれどもその分味にも深みが出ていて、具材の風味も十分に生かされている。
続けてエビやイカも食べてみたが、煮込み加減が絶妙で、信じがたい事にそこまで固くない。海産物特有のあのプリッとした弾力が、濃厚なスパイスの中でもまだ生きていた。
「うまっ」
「パヴェルさん、おかわりを」
「はいよ」
食べるの速くない?
隣を見てみると、クラリスの皿はもう空になっていた。何食わぬ顔で口元を拭くクラリスだが、本当に味わって食べてるんだろうか。ちょっと心配になってくる。
言うまでもないけど、仲間たちの中で一番大食いなのはクラリスだ。常人の倍くらいは食べるのだが、太る気配はない。常人より体温が高く、あれだけのパワーを発揮できるのだから消費カロリーも馬鹿にならないのだろう。高出力・高燃費というわけか。
これ大食いチャレンジとか早食いチャレンジみたいなのにエントリーさせたら総なめできるんじゃないだろうか? どこかでそんなのやってないかな、と思いながらカレーを食べ進め、おかわりを貰ってから水を少し口へと含む。
おかわりもそろそろ食べ終わる頃に、パヴェルが申し訳なさそうな顔をしながら冷蔵庫から何かを取り出した。
濃厚なスパイスの香りで消されているが、俺には分かる。これはアレだ、例のヴォジャノーイ幼体のゼリー……。
「ちょ、まだ残ってたのかよ」
ちょっと濁ったゼリーの中に浮かぶ肉片。それはあと一切れだけだ。確か前にモニカとパヴェルが盛大にオロロロロロした時はまだまだいっぱいあったから、きっと地道に食べて減らしていたのだろう。
どんなに不味くても意地でも食材を無駄にしない精神には感服だが……いや、でも、でもさ……これアレでしょ、ヤバいやつでしょ?
「あと一切れなんだよミカ」
「うん、そうだね」
「俺はちょっとさ、あの……医者に止められてて」
「医者」
「ヴォジャノーイ幼体をこれ以上食べたらお前もヴォジャノーイ幼体になるぞって」
「怖すぎるわ」
「そうしたらぬるぬるの粘液でお前にえっちなことしてやるぞミカ」
「やめてよ」
俺男なんだけどさ、何? 男にそんなことして何が楽しいんだか……え、男の娘? いやいや、ミカエル君は男の子ですよ?
「というわけで頼む」
「う……」
「頼むよ、冷蔵庫のスペース空けたいんだわ」
「わ、わかったよもう」
皿の上のシーフードカレーを平らげ、例のゼリーの皿を受け取る。香りは良いんだ、香りは。山椒をたっぷり使ったみたいで、なんというか中華料理っぽい感じの香りがある。見た目と味は別として、香りに関しては合格点。目隠しをされた状態でこれを出されたら、普通に美味しそうな料理だなーなんて思いながら食べてしまいそうである。
スプーンで掬い、口へと放り込む前にクラリスの方をチラ見。頑張ってくださいご主人様、とさすがのクラリスも他人事である。オイお前、忠誠心はどうした。
呼吸を整えてから口へと放り込み、一気に咀嚼して飲み込む。味わう暇もない、咀嚼する度になんかスライムを手で揉んでるみたいなグロい効果音が聞こえたけど気にしない事にする。強烈な生臭さが鼻腔から脳を突き上げてくるけど知らない、ミカ君知らないよそんなの。
飲み込んでから席を立ち、手を合わせてごちそうさまと一言。さーてシャワーでも浴びるかな、と席を立ったところで謎の腹痛に襲われ、ミカエル君は成す術も無くぶっ倒れる羽目に。
ダメだ、力が入らない。左手を伸ばして這おうとするも力が入らず、そのままスタック。ダメだこりゃ。
「止まるんじゃねぇぞ……」
「団長……!? 何やってんだよ、団長ォ!!」
エリクサーを手に駆け寄るルカ。ああ、お前は優しいな……。
結局、今夜はこのまま部屋に戻って寝る事にした。
「廃品回収?」
ヴォジャノーイ幼体との長きにわたる戦いが俺の一口で集結してから一夜明けた翌日の朝。食堂車で昨日のカレーの残りを食べていると、唐突にパヴェルからそんな提案を受けた。
「ああ。スクラップの備蓄が少なくなってきてな……できれば在庫を確保しておきたいんだわ」
冒険者が資金を稼ぐ方法は基本的に依頼をこなす事だが、他にも金を稼ぐ手段はある。
それが『廃品回収』と呼ばれる行為だ。文字通り、ダンジョンやらその辺に廃棄されているスクラップを回収し、冒険者管理局に売却するのである。売却の際に得られる金額はスクラップの価値によって上下し、単なる鉄板なら安値で買い取られるが、例えばダンジョンの奥深くから発掘した前文明、つまりはかつての人類たちが生み出した高度な文明の産物とかだったら人生一発逆転も夢ではない程の金が手に入る。
だから冒険者の基本的な金稼ぎの手段は、依頼を稼ぎつつ廃品回収で大きな一発を狙う、という感じになるわけだ。
もちろん回収した廃品や発掘した技術は全て管理局に提出しなければならないという規定はない。さすがに国家の存亡を左右するレベルの危険な超兵器が発掘されたら当局からストップがかかるが、基本的にどれを売却してどれを自分たちのものにするかは冒険者ギルド、あるいは冒険者個人の裁量に委ねられている。
「この先にダンジョンがあるんだ。地図には”ベレノフ化学工場”って書いてある」
「化学工場ねぇ……」
危ない薬品がいっぱい散乱してそうなんだけど大丈夫なんかそれは。
「化学工場がダンジョン?」
「アレだ、120年前に滅んだ旧人類の遺構だよ。当時は薬品工場として稼働していたそうだが、主たる人間が居なくなってからはまあ……な」
なるほどねえ……ダンジョンか。
そーいや、ミカエル君意外とダンジョンに入るのこれで人生二度目なのよね。一度目は皆さんお分かりの通り、クラリスと初めて邂逅した時のアレだ。廃棄された研究所の中、謎の美少女と運命の邂逅を果たすというお前一体どこのラノベ主人公だよと言いたくなるような展開。個人的にはまあ、結構楽しかった。死にかけたけど。
「管理局からは”フリーダンジョン”に指定されてるから、立ち入りは自由だ。時間制限もない、好きに入って良さげなスクラップを持ち帰ってくれ。危険物には注意な」
フリーダンジョンとは、比較的危険度が低く、冒険者の立ち入りを制限する理由がないダンジョンの事を指す。その通り危険度が比較的低いので、どうぞご自由に立ち入って調査するなりなんなりしてくださいね、というのがフリーダンジョンだ。
危険度の高いダンジョンは管理局が24時間体制で監視しており、冒険者の立ち入りも厳しく制限している事も多い。もちろん依頼を受けている等の正当な理由なく立ち入った場合は罰則が設けられていて、5年以上の懲役または700万ライブル以上の罰金、その両方が課せられる事もありますので冒険者の皆さん気を付けましょう。
「メンバーは?」
「2名に絞りたい」
「え、何でよ?」
「ワリャーグがまた攻め込んでくるかもしれんだろ? 全員で行くより、何人かは防衛のための戦力として残しておきたい」
「ああ……」
まあそれはそうだろうな……執念深いワリャーグの連中の事だ、一度撃退された程度でアレーサを諦めるとは思えない。
「戦力的に考えてクラリスは残すべきだと思う」
「!?」
ガタッ、と机を揺らしながら立ち上がったのはクラリスだった。え、嘘でしょ、と言いたげな表情を浮かべながら立ち上がった彼女が、パヴェルと俺の方を交互に見つめる。
「まあ妥当だろうな」
「ご主人様!?」
「ああいや……クラリス強いからさ、また戦闘になったら頼りになるし……」
正直、クラリスは『コイツさえいればだいたい勝てる』レベルの戦闘力である。ゲームバランスもあったもんじゃない、次のアプデで弱体化喰らうんじゃないかという不安で眠れぬ夜を過ごすミカエル君……いやごめん、何でもない。
「というわけでくじを用意した。コレで決めよう」
どんっ、と割り箸を手で握った状態でスタンバイするパヴェル。いつの間に用意したんだよと思いつつ、クラリス以外の3人(俺、イルゼ、モニカ)が順番にくじを引いていく。
俺のくじは赤、イルゼも赤、モニカは青だった。
「これはつまり?」
「ええと、ミカエルさんと私でダンジョンに行く、と」
「あー、そうなるな」
お、おう……なんかクラリスの方からヤバいオーラが漏れてるような気がするのは気のせいか。
まあいい、とっとと済ませて帰って来よう。戻ってきたら気が済むまでもふもふされそうだが、まあ、ご褒美だと思えばいいだろう。
「よろしくね、シスター・イルゼ」
「ええ、こちらこそ」
こうしてダンジョンに向かうコンビが決まった。




