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TOW


「キャプテン、地上部隊がやられてます!」


 その報告を受けたウルギンは、不快そうに目を細めた。


 今回も勝利の美酒に酔いしれる事が出来るだろう、とつい先ほどまで考えていたウルギン。自らの力を周囲に誇示し、畏れさせ、戦利品を貪り勝利の美酒に酔いしれる―――あの味に勝るものは、彼の50年の人生の中では見たことがない。


 あの快楽を、身体中を廻る優越感を再びこの手に―――黒煙の上がるアレーサを眺めながらウォッカの酒瓶を口へと運ぼうとしていた彼は、唐突に飛び込んだ悪い知らせに目を細め、口元をコートの袖で強引に拭い去った。


 誰だ、私の野望を邪魔するのは。まるで眠りを妨げられた猛獣のような目つきになった彼は、駆け寄ってきた船員から大型の望遠鏡を受け取り、アレーサの市街地を見据える。


 確かに上陸作戦を開始したばかりの頃と比較すると、状況は変わりつつあるようだった。歩兵の上陸を許し、艦砲射撃による支援を受けた彼らの熾烈な攻撃に晒されながらも、住民の避難誘導を行わなければならないアレーサ憲兵隊はさぞ許容量がパンクする寸前だった事だろう。敵の迎撃と避難誘導、その2つを成し遂げるには装備も人員も物資も、何もかもが不足していたからだ。


 あれならばアレーサ制圧も時間の問題―――そう高を括っていたウルギンだったが、望遠鏡のレンズの向こうでは攻守が逆転しているような、そんな印象を受けた。


(何が起きた……?)


 じわじわと損害を拡大させていた憲兵たちが息を吹き返している。まだぎこちなさは残るものの、統制の取れた一斉射撃で効果的にワリャーグの戦闘員たちを大通りに押し留め、そこに魔術師による攻撃らしき電撃が直撃、一気に戦闘員たちが無力化されている。


 微かにスパークを含んだ白煙の中から飛び出したのは、身体に電撃を這わせた小柄な人影。子供かと思ったが、その挙動には鍛え上げられたアスリートのそれにもにたキレがある。


 黒髪とケモミミの形状、そして前髪の一部だけが白い事から、”彼女”がハクビシンの獣人、その第二世代型であることが分かる。そのハクビシンの獣人は壁を蹴って大きく跳躍したかと思いきや、ラッパ銃(ブランダー・バス)で一気に制圧しようと目論んでいたワリャーグの戦闘員の頭上から銃弾を撃ち込んで無力化してしまう。


 ハクビシンの獣人の運動神経は、他の獣人と比較すると高い部類に入る。元々が木の上での生活を得意とする動物であり、その習性が反映された結果なのだろう。故にハクビシンの獣人たちはアクロバティックな動き(パルクールとも呼ばれる)を得意としており、一概に害獣だからと侮れぬ面がある。


 が、ウルギンがそれよりも注目したのは、そのハクビシンの獣人が持つ武器だった。


(……連発銃か?)


 そう、小柄なハクビシンの少女、その身の丈ほどもある銃である。一度発砲したかと思いきや、すぐに次の目標を捕捉して発砲、外してもすぐに狙いを修正して速射しているのである。


 一般的に、銃とは単発式が主流だ。近年ではペッパーボックス・ピストルのような連発式の銃が登場しているものの、まだまだライフルマンたちの一斉射撃ほどの脅威とはなり得ていない。マスケットを装備した兵士に取って代わるほどの存在ではない、というのが各国の軍事関係者の総意である。


 しかし彼女の持つ銃は、そういった連発銃の評価を大きく覆すレベルのものであった。


(速射……速い……?)


 ウルギンが着目したのはそこだけではない。


 発砲の度に、銃の側面から金色に輝く何かが排出されている事に、彼は着目していた。


(あれはなんだ? 発砲の度に何かが……)


「キャプテン・ウルギン、情報が入りました。謎の冒険者ギルドの参戦でこちらの攻勢が頓挫しかけています!」


「謎の冒険者ギルド?」


「間抜け、そんなアバウトな情報を寄越すな!」


 副官が報告した若い乗員を叱りつけるが、乗員は申し訳なさそうに続けた。


「しかし……まだ無名のギルドなのか、情報が全くないのです。”血盟旅団”なんて聞いた事ありませんよ」


 血盟旅団―――聞いたことは確かに無い。


 冒険者ギルドにも序列があり、その序列はこの1世紀ほど全くと言っていいほど変動がない。特に上位ギルドは全くの不動と言っても良い状態であり、そこまで届かなかった新興ギルドが現れては消えてを繰り返している状態である。


 血盟旅団もそういうギルドと同じ類なのだろう。そう思いながら、しかしウルギンは興味を抱いていた。


「……欲しいな」


「何がです」


「奴らの技術だ。下手をすればアレーサよりも良い収穫になる」


 あの連発銃―――明らかに、現行の技術よりも遥かに進んだ技術で造られたものとみて間違いはあるまい。どこかのダンジョンで発掘された新型兵器か、それとも血盟旅団というギルドの中に天才発明家でも居るのか。


 結果がどっちであるにせよ、血盟旅団をここで叩きのめし、生存者を捕縛して尋問すればわかる話だ。あの力は、間違いなくワリャーグの版図を広げる助けとなろう。


 そこまで思い至れば、ウルギンが下す命令は1つだけだった。


「右90度回頭、第三砲塔、左砲戦用意」


「右90度回頭!」


「第三砲塔、左砲戦用意!」


「……キャプテン・ウルギン、まだ市街地には戦闘員が」


「構わん」


 腕を組んだまま、ウルギンはばっさりと断言した。


「上陸した部隊諸共砲撃せよ」













 ヴェープル12モロトの最後のマガジンを使い切ったところで、嫌な音を確かに聞いた。


 重い、重い金属の塊。飛行には絶対に適さぬであろうそれが、火薬の暴力的な力を借りて空を舞う―――それに、その狂気に引き裂かれる風の声。空気の断末魔。


 いやいやまさかとは思ったが、視界の端に映る敵の装甲艦が回頭を終え、後部の砲塔まで動員して砲撃し始めたのがちらりと見えた以上、これが何なのかはもう答えが出ている。


 咄嗟にショットガンから手を放し、両手で耳を塞いだ。頭のケモミミもぺたんと寝かせ、目を瞑って口を大きく開けながら遮蔽物の影へ転がり込む。


 その直後だった。バムンッ、と腹の奥底に響くような、胃から腸の辺りを激しく揺さぶられるような轟音が轟き、空気の流れが変わる。パラパラと降り注いでくるレンガの破片から身を守りつつ、メニュー画面を召喚してヴェープル12モロトを装備済みの武器から解除。ショットガンの消失を確認してAK-19に武器を持ち替える。


「みんな無事か!?」


 返事の代わりに、ワリャーグの戦闘員が派手に吹っ飛んできた。ボロボロの薄汚れた私服を身に纏い、かつては何かの旗の一部だったであろう布切れをバンダナ代わりに頭に巻いた、小太りの中年の戦闘員。そいつはミカエル君のすぐ隣の壁に腰から上をめり込ませると、脚をぷらーん、と揺らしながら気を失って動かなくなった。


 もちろんぶん投げたのはクラリス。無事であることを伝えるためか、いつもの澄ました顔で親指を立てている。いや、それはいいのだが……なんださっきの、巴投げ? どんな勢いで巴投げをかましたら、投げられた相手が縦回転しながら吹っ飛んでくるというのか。


 コレ死んでないよね、とちょっと不安になりながら、モニカとシスター・イルゼの状況を探った。モニカはというと、降り注ぐ灰の中で「あーもう、せっかくシャンプーしたのに」と悪態をつきながら弾幕を張り、シスター・イルゼは負傷した憲兵たちにエリクサーを配っている姿が見えた。とりあえず2人は無事らしい。


 住民たちは本当に慌てて逃げたのだろう、どの家も鍵が開いたままだ。道路の向かいにある喫茶店なんか玄関のドアが開きっ放しになっていて、中からは店内で流しているのであろうお洒落な感じのジャズ(イライナでジャズは珍しい)が漏れて聴こえてくる。


 くそ、とにかくあの装甲艦を黙らせなければ。


 クラリスと合流し、弾幕を張ってワリャーグを押し留めるモニカの元へ。


「無事だな!?」


「あたしはね! イルゼは!?」


「私は大丈夫です!」


 仲間の無事を確認、ヘッドセットから伸びるマイクに向かって状況を報告する。既にチャンネルは列車の指令室、というかパヴェルの自室に繋がっていて、呼びかければそこに居るパヴェルがいつも的確な指示をくれる。


「パヴェル、こっちは無事だがあの装甲艦を黙らせなきゃヤバいぞ!」


『―――ミカ姉、聞こえる!?』


 びっくりしてケモミミがピンと立ってしまった。自分では何ともないつもりでも、こういう細かい心境の変化に獣人の耳とか尻尾は敏感に反応してしまう。


 無線に応えたのは歴戦の兵士パヴェル―――ではなく、ルカだった。パヴェルの元で整備士見習い、あるいは列車の警備を担当している彼が、どうしてパヴェルの部屋でオペレーターの真似事をしているというのか?


 アレか、トイレか? 席を外しているのかパヴェルは?


「ルカ、ルカか!? パヴェルは!?」


『それがさっき、”敵の母艦を黙らせる”って言って組み立て途中の3号機で……!』


 3号機って……まさか、機甲鎧パワードメイルの3号機か!?


 俺の初号機と2号機は、ヴォジャノーイ戦の後から整備を受け続けている状況だ。無理をすれば出撃できるが、搭載可能な兵器が最も威力の無い代物でさえ汎用機関銃クラスというとんでもない兵器ばかり。周辺への被害を考慮する必要がないのであればいいが、まだ市街地には避難の遅れた住民が居るであろう可能性を考慮し、今回は機甲鎧パワードメイルでの戦闘参加を見送ったのである。


 さて、そんなこんなでアレーサ防衛戦への参加を見送った機甲鎧パワードメイルだが、血盟旅団の計画では俺専用の初号機、汎用型の2号機、そしてその2号機と同じ仕様で、基本的にはパーツ取り用の予備機として運用予定の3号機の3機を運用する計画となっている。


 当初は人数分の機甲鎧パワードメイルを用意する計画もあったが、さすがに随伴歩兵が居ないと機動力と対応力に乏しくなる懸念から、戦車などの兵器と同様の運用方針となった経緯がある(コストも安くなるからね)。


 で、その3号機だが……だいぶ完成が近づいてきたとはいえ、今はまだ格納庫の中で組み立ての真っ最中だった筈だ。稼働試験どころかフレームや配線が剥き出しで、工業関係者から見たら冷や汗ものである。


 それに機甲鎧パワードメイルで扱える武装にも限界がある。確かに機甲鎧パワードメイルは『歩兵では扱いにくい重火器を運用、その火力と機動力で敵を制圧するでっかい歩兵』というコンセプトで運用している。が、防御でも火力でも戦車には及ばず、これだけで戦場の常識を変える、というレベルには到底達しえない。


 最高速度100㎞/h前後、重量7t、防御に関しては一番厚い胸部装甲以外は12.7mm弾で貫通の恐れがある程度。搭載できる火力も最高で対戦車ミサイル程度であり、戦車砲とか対艦ミサイルクラスには対応していない。


 おそらくは対戦車ミサイルを担いでいったのだろうが……相手は装甲艦だぞ、パヴェル。


「ミカエルさん、あれを!」


 負傷兵の看護をしていたシスター・イルゼが、唐突に防波堤の方を指差した。


 そこには何やら大きな兵器を肩に担ぎ、堂々と大胆に射撃位置へ向かおうとする、”機械の歩兵”の姿があった。














 さっきから警報が鳴りやまない。


 そういや操縦補助用のソフトウェア、まだインストールしてなかったな……そんな事をぼんやりと考えながら、警報を全部OFFにした。健全な動作すらシステムが異常と誤解して、偽りの警報をひっきりなしに発し続けている。


 俺が乗り込んだのは整備中の初号機(というかコレはミカ専用機だ)でも2号機でもなく、組み立て途中とはいえ即出撃が可能だった3号機。おかげでフレームや配線は剥き出し、マニピュレータの動作トレースにも若干の遅れ(ラグ)が目立つなど酷い有様だ。しかし幸い、背中に背負っているガソリンエンジンは信頼性に定評のあるロシア製のもの。かつてはブハンカのエンジンだったものを転用した機甲鎧パワードメイル仕様のパワーパックだ。これだけは信用できる。


 もちろん装甲も非搭載だから、被弾すればあっという間に貫通されてしまう。


 理想的なのは、”コイツ”で相手をビビらせて撤退に追い込む事だが……。


 ちらりと視線を右肩に向ける。機甲鎧パワードメイルの剛腕が担いでいるのは、巨大な筒を4つ束ね、それに照準器とセンサーを外付けしたような見た目の大型兵器だった。


 『TOW』と呼ばれる、対戦車ミサイルの一つである。


 本来は地上に設置して歩兵が運用したり、あるいは装甲車の砲塔に搭載したり、戦闘ヘリに搭載したりといった運用が基本になるのだが、こっちが運用しているのはでっかい歩兵でもある機甲鎧パワードメイル。バズーカみたく肩に担いで運用できるという、ロマンに溢れた使い方が可能だ。


 4つ束ねたTOWを構え、照準システムを起動。しかしソフトウェアにエラーでも生じたのか、機甲鎧パワードメイル側のシステムがなかなか立ち上がらない。しまいにはタイムアウトを起こしてしまう始末なので、システムの補助をカットして目視で狙う事に。


 ミサイルランチャー側の照準器を覗き込んだ。レティクルの向こうには、主砲搭を全部左舷へと向けて全力砲撃を続ける敵の装甲艦の艦首が見える。


 主砲は装甲で覆われておらず、装填装置などが外部に露出した露砲塔形式。あそこに撃ち込めば攻撃力を大きく削げるな……よし、狙いは決まりだ。


 コクピット内に持ち込んだラジオのスイッチを入れた。ノイズ交じりに聴こえてきたのはクラシック。ドビュッシーの月の光……ああ、懐かしい曲だ。ウチの妻がよく聴いてたっけ……。


 昔の事を思い出し、ちょっと切なくなりながら引き金を引いた。


 バシュウ、とミサイルランチャーの中で眠っていた対戦車ミサイルが目を覚ます。ランチャーから飛び出したと思いきや、猛然と火を噴きながら、照準器との通信用のワイヤーを曳きつつ飛んでいく。


 コイツは誘導ミサイルの一種だが、ロックオンしてあとは勝手に追いかけてくれる、という代物ではない。照準器の照準に連動して進路を変える仕組みになっているので、射手が最後まで責任持って面倒を見なければならない。


 ミサイルが、クソ野郎のケツを吹き飛ばすその瞬間まで。


 何も知らずに砲撃を続ける装甲艦。再装填を終えた主砲の砲身がさっきの仰角まで上がっていくのが見えるが、それが発射されるよりも先に、TOWの弾頭が第一砲塔の装填装置側面へとめり込んだ。


 まるで主砲が暴発し、吹き飛んだかのよう。今の一撃で榴弾(地上を砲撃する際は基本的に榴弾だ)まで誘爆を起こしたようで、装甲艦の前部甲板、第一砲塔付近で派手な火柱が噴き上がる。あれじゃあ砲手たちの遺体は原形を留めていないだろう。


 良いじゃねえか、地獄の業火で焼かれる前の予行練習だ。


 











「第一砲塔大破!!」


「何だ、装薬の爆発か!? 事故なのか!?」


 先ほどからいったい、何が起こっているというのか。


 アレーサの制圧は目前、もう少しであの美しい港町は我らのものになっていたというのに。無名のギルド―――血盟旅団とかいう連中が加勢した瞬間にこれか。


 手に持っているウォッカの酒瓶を床に叩きつけてしまいたい。心の奥底から、どれだけ厳重に施錠しても湧き上がろうとする怒りを必死に押さえつけていると、前方のコンクリートで舗装された防波堤の方から、低い男の声が響いた。


《―――我々は、冒険者ギルド『血盟旅団』》


 拡声器を用いた声だ。


 望遠鏡を覗き込みつつ防波堤の上をズームする。波を受け止める防波堤の上に、騎士の鎧……いや、違う。騎士の身に纏う防具とも異なる、奇妙なデザインの装備を身に纏った機械の歩兵らしき何かが立っているのが見える。


 肩には4つの筒を束ねたような大きな武器を持っていて、そのうち1本は既に使用したのか、微かにだが煙をたなびかせていた。


《ワリャーグのクソッタレ共に告ぐ、今の第一砲塔の爆発はこちらの攻撃によるものである。今すぐにアレーサへの攻撃を中止し離脱せよ。―――さもなくば、次は艦橋ブリッジを撃つ》


「キャプテン、これは……!?」


「血盟旅団、か……」


 なるほど……名は覚えた。


「敵は射程圏内です。撃ちますか」


「阿呆、砲塔を旋回させている間に艦橋を撃ち抜かれるぞ」


 歯を噛み締めながら、私は屈辱的な決断を下すほかなかった。





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