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計画始動


 リガロフ家には、”秘宝”がある。


 リガロフ家の始祖、『イリヤー・アンドレ―エヴィッチ・リガロフ』。第一世代の獣人として人間に仕え、人間たちがまだ当時治めていたノヴォシア帝国の危機を何度も救った救国の英雄。その彼が使っていたとされる武器や道具は現在でもこの屋敷の宝物庫に保管されていて、当主の座を継承する子供たちや、他の貴族に嫁ぐ子供たちに贈られるのが習わしになっているという。


 実際、一足先に屋敷を出た長女アナスタシアには秘宝『イリヤーの宝剣』を、法務官補佐となった長男ジノヴィには『イリヤーの王笏おうしゃく』が贈られたと聞いている。


 んで、その宝物庫なんだが。


「……」


 大書庫で魔術力学の教本を借りるついでに宝物庫の下見をしようと思って顔を出すが、まあ当たり前な事に、誰がいつでも入れるような場所ではない。入り口には剣とピストルで武装し、肩や膝に防具を装着した衛兵が2名立っている。しかも入り口には南京錠の他に、魔力認証まで導入されている。ガッチガチの警備だ……これは面倒だな。


 魔力認証ってのはまあ、指紋認証や網膜認証みたいに、魔力で特定の個人を認証する仕組みだ。この世界ではそれらのセキュリティと共に普及していて、警備が厳重な場所には必ずと言っていいほどあれがある。


 さて、宝物庫にアクセスできる権利があるのは誰か。まず父上は確定だろう。となると母上も……後は警備兵のうちの何人か、この程度か?


 誰か詳しく知ってる奴居ないかなぁ……そんな事を考えながら宝物庫の方をじーっと見ていると、肩を肉球付きの手でぽんっ、と叩かれた。


「なんだぁミカエル? 宝物庫でも狙ってやがんのか」


 絡んできたのは1つ年上の兄、マカール。彼も来年辺りにはイリヤーの秘宝を与えられ、この屋敷を巣立って行く事になる。別の貴族の婿にでも行くのか、それとも帝国騎士団との癒着を強めるべくどこかの部署へ配属されるのか……。


「いや、あの中に祖先の秘宝があるんだなって。兄上は入ったことは?」


「ふふん、知りたいか? あるぞ?」


「え、マジ?」


「おう、お前と違って優秀だからなぁマカール様は」


「すっげえ! 兄上、その時の話を聞かせて! 中には何があったの!? どうなってたの!?」


「おーおー知りたいか。じゃあ教えてやるよ」


 上の姉弟と散々比較されて劣等感に苛まれているマカールの事だ、こうやってちょっと持ち上げてやればすぐに得意気になって何でも話す―――案の定、マカールはどこか嬉しそうだった。純粋に喜んでいる兄上を利用するのはちょいとばかり気が引けるけど、まあ仕方がない。悪く思わないでくれ。”騙される方が悪い”のだ。


「あの中には宝物がたくさんあってな。金塊や宝石なんかもあるが……まあ、やっぱり一番の目玉はイリヤーの秘宝だろうな。中にはこう……これくらいの分厚いガラスケースがあって、ハンマーでも多分割れない。その中にイリヤーの秘宝があるんだ」


「へぇ……!」


「あー、もしあの中に忍び込んで盗もうって考えてるならやめておけ。入り口はあそこしかないし、入り口が閉じられれば中は密室だ。逃げ場なんてないよ」


「そんなことしないよ。俺はただ興味があって……それより兄上、もっと教えてよ!」


「おういいぜ。俺が入った時は父上と一緒でな―――」


 情報提供ありがとう、マカール。


 アンタみたいな馬鹿は大好きだ。













 ミカエル君が何を企んでいるのかって?


 そりゃあもちろん決まっている。父上へのちょっとした”怨返し”だよ。今まで散々忌み子扱いしながら育ててくれたからな、”親孝行”は色々としてから屋敷を出て行きたい。


 さて、情報を整理しようか。


 自室に戻り、子供の頃お絵かき用にとレギーナが買い与えてくれたスケッチブックに鉛筆を走らせ、頭の中に叩き込んだ情報を整理する。


 まずは宝物庫の警備状況。入り口の外には警備兵が2名常駐していて、おそらくは交代制。交代のタイミングは分からないのでこれは今後調査するとして、入り口の警備はこの警備兵と、扉に据え付けられた魔力認証システムのみ。この魔力認証がなかなかの曲者で、予め記録されている魔力と波形が合わないものを検知すると警報を発する仕組みだと思われる。前に読んだ本と端末の形状が同じだったから恐らくそうだろう。


 中にあるガラスケース……はまあ、魔術で何とかなる。幸い俺の魔術は雷属性、特性の中には切断に特化したものも存在する。ガラスケースをぶち破るのに問題は無いとして、最大の問題が侵入経路だ。魔力認証システムさえなんとか誤魔化す事が出来れば正面突破でもいいのだが……人が中に入る事を想定した設備である以上、換気口のようなものは必ずある筈だ。これは調査してみるか。


 把握した情報とこれから調査すべき事項をまとめ、スケッチブックを閉じた。部屋の中ではクラリスが壁の埃をはたき落としている。


「なあクラリス」


「はい、ご主人様」


「俺、あと1年くらいしたら屋敷を出て行こうと思ってるんだけどさ」


 ぴたり、とクラリスの手が止まった。


「それでさ、その……クラリスはどうする?」


 自分の計画は決まっている。が……クラリスはどうしたいのか。


 ここで働き続けたい、というならばそれでも良い。彼女には自分の意志があるのだから、俺はそれを尊重するつもりだ。もし俺と一緒に旅に出たいというなら、それはまあ、こっちとしては構わない。むしろめっちゃ強いメイドさんが一緒に来てくれるならば心強い限りだ。


 正直言って、個人的には一緒に来てほしい。


 レギーナがこの屋敷で働くと決めていた契約期間も今年で終わる。そうしたら彼女はメイドをやめ、故郷の”アレーサ”へと帰るつもりなのだそうだ。つまりこの屋敷にクラリスに色々と良くしてくれる人間は居なくなる。


 彼女が珍しい竜人だという事も隠しているままだ。もしそうだと知られたらどうなるか……あの父親の事だ、クラリスを奴隷にして売り払うか、珍しい竜人がいると喧伝して貴族の注目を集め、一族再興の道具に使うに違いない。


 それを防ぐためにも、一緒に旅に出てほしい。


 彼女は俺の手の届くところで、なんとか守ってあげたい。


「クラリスは……ご主人様と一緒がいいです」


「……じゃあさ、一緒に来るか?」


「え?」


「レギーナも今年でメイドを辞め、故郷に戻るんだそうだ。俺やレギーナがいなくなったら、屋敷にクラリスを守ってくれる人は居なくなる。だから俺としては一緒に来てほしいんだ。クラリス、これからも俺を支えてほしい」


 本音を打ち明けられる数少ないメイド―――彼女に話したのは、本心だった。何一つ嘘を含まない、純粋な自分自身の想い。


 クラリスは少し困ったような顔をしたが、本当にいいのか、と困惑するようにこっちを見つめ、首を縦に振る。


「……かしこまりました。ご主人様の旅路、このクラリスもご同行させてください」


「ありがとう、クラリス」


 これで2人旅、か。


 それも良いだろう。


 元より、彼女はこっち側の人間だ。レギーナも今年で仕事を辞めるから、屋敷に残った彼女を巻き込むような心配もない。


 ならばこの計画も打ち明けて良いのではないだろうか。いや……それはもう少し、考えておこう。こんなに純粋な子を疑うわけではないが、何事も慎重にいかなければ。













「考え直してはくれないか、ミカエル」


「何をですか」


 夕食の後、父の部屋に呼び出された俺はまたしてもしつこい説得を受けていた。ここ最近、ほぼ毎日だ。毎日ここに呼び出され、考え直せだの冒険者なんてろくな目に遭わないと言われ続けていれば、まあ嫌にもなる。


 時には将来の栄光を約束させるような甘い言葉や、レギーナとクラリスがどうなってもいいのか、と恫喝じみた言葉も受けた。前者はどうでもいい、栄光は自分で掴み取る。後者の方はおかげで父親に対する不信感が増したし、レギーナの労働契約期間の完了が重なったのは本当に幸運だと思っている。彼女もきっと頑なに故郷へ帰ろうとするだろう。メイドを辞めてしまえばこっちのものだ。


 クラリスを屋敷から連れ出す決意をしたのも、本当に正解だった。


「ミカエル、確かにお前には色々と酷い事をした、反省している……だがな、お前に流れている血の半分は私の血、すなわち貴族の血なのだ。家督はくれてやれないが、お前には栄誉ある未来が―――」


「政略結婚に利用される未来の事なら結構、栄光は自分で掴み取ります」


「ミカ―――」


「話はここまでです。それでは、父上」


 話を遮り、父の部屋を後にした。扉の前に待機していたメイドたちへ、お前らも雇用主選ぶのミスったんじゃね? 的な目線を向けてから廊下を進んでいるうちに、後ろにある扉の向こうから怒鳴り散らす父の声と、物を壁に投げつけるような荒々しい音が聞こえてきて、内心バクバクしつつもガッツポーズ。やったぜ。


 さてさて、このまま黙って部屋に戻るのもアレだし、ちょっと調査していくとするか。


 廊下に誰も居ないのを確認し、天井を見上げる。換気用のダクトの金網が、天井の照明の隣に見えた。壁に飾られている絵画の額縁を足場にしてから天井までジャンプ、指を金網に引っ掛けて何とか外し、腕の力を使って身体をダクトの中にまで引っ張り上げる。


 金網を元の位置に戻してから、ダクトの中を這って進んだ。カビの臭いに鼠の鳴き声、なかなかに衛生環境は最悪だ。だが、こういう場所こそ相手の不意を突く活路となり得る。調べるだけ調べても損はあるまい。


 下から明かりが見えてきたので、そこで止まって見下ろした。ちょうどそこは宝物庫の入り口の真上、ここからならば警備兵の状況が良く分かる。真っ赤なコートに身を包み、白銀の装飾がついたサーベルとピストルを腰に下げた警備兵たち。直立不動というわけでもなく、彼らもヒトの子だ。あくびだってするし、頭が痒くなってしまう事もあるだろう。


 そんなあまりにも人間臭い彼らを見守ること15分。廊下の奥から別の警備兵たちがやってきて、真面目に職務を遂行していた警備兵たちとバトンタッチ。警備を終えた兵士たちは疲れたように、しかしリガロフ家に雇われた警備兵としての威厳を感じさせるキビキビとした動きでその場を離れていった。


 20時か……。


 まあいい、徹底的な監視はまた今度にするとして、この先にあるであろう宝物庫の入り口をチェックしよう。


 音を立てないように進み、向こうに見える灯りの上へ。そこから下を覗き込むと、まさに目が眩むような輝きが見え、無意識のうちに息を呑んだ。


 徹底的に磨き抜かれた大理石の床。その上にいくつかガラスケースが置かれていて、その中には金塊や宝石、どこかの芸術家が作り上げたのであろう彫刻や絵画が大事そうに飾られている。それらの奥には円柱状のガラスケースが5つ並んでいて、その中には3つ、何かが飾られていた。


 ああ、あれがイリヤーの秘宝なのだ。


 右から1番目と2番目のガラスケースは中身が空だ。おそらく、アナスタシアとジノヴィに与えた宝剣と王笏があの中に納まっていたのだろう。残っているのは真ん中にある魔導書と黄金の斧、そして黒曜石の埋め込まれた黄金の懐中時計らしき物。


 なんだ、ちゃんと5つあるじゃないか……俺にもプレゼントするつもりだったのか、それとも他の貴族への貢物にでもするつもりだったのか。


 まあいい、宝物庫の入り口には使えそうだという事が分かった。が、出口としては使えない。結局宝物庫から出るには正面の入り口を使うしかないか……。


 一応、図面も欲しいところだ。警備隊の詰所か、父上の書斎にでも置いてあるはずだ。後で調べてみよう。


 さて、撤収だ。












 

 ベッドの上にスケッチブックを広げ、新たに判明した情報を追記。ダクトは宝物庫にも繋がっており、突入には使えるが脱出には使えそうにない一方通行仕様だという事。そして少なくとも、警備兵は20時には交代するという事。


「クラリス、前にも言ったけれど……お前にも手伝ってもらう」


「承知しております」


 結局、このリガロフ家強盗計画にはクラリスにも参加してもらう事にした。念のためレギーナにも協力してもらって調べたが、クラリスはメイドの中でも孤立気味であり、父上側に丸め込まれたという形跡もない。裏付けも取れた事から安全と判断し、この計画に参加してもらう事となったのである。


 目的はまあ、復讐を兼ねた資金調達。今まで除け者にしてくれたお礼だ、たっぷりと搾り取ってやろうじゃないか。


「クラリスは逃走手段の確保をお願いしたい。屋敷の裏手で待機しててくれ。俺は奪うものを奪ってから脱出し合流する」


「お一人で大丈夫なのですか? 必要とあらばクラリスも……」


「いや、大丈夫だ。何とかなるさ」


 この屋敷で生まれ育ったのだ、勝手は分かっている。それに……その、ゴブリンを素手でぶち殺してしまうようなメイドさんまで参戦したら死人が出る、確実に。


 今まで酷い扱いをしてくれたのは父上だけではない。メイドの中にも、俺が庶子だと知るや汚らわしいものを見るような目で接してきたメイドも居るし、あからさまに邪魔者扱いしてきた奴もいた。そういう連中への恨みがないわけではないが、さすがに命まで奪うのは違うだろう。


 まあ、今回は金で勘弁してやるさ……次は気を付けてほしいもんだね。


「ご主人様に今まで酷いことをしてきた人たちばかりです。クラリスが天誅を」


「いや、死人が出るからやめて」


 だから命までは取るな。


 血の海を作ろうとするおっかないメイドさんをやんわりと止めると、クラリスはきょとんとしながら首を傾げた。前から思うけどこの仕草可愛いね。好き。


「殺さないのですか?」


「あくまでも今回の目的は”殺し”じゃなくて”盗み”だ。できるだけ流血は避けたい」


「かしこまりました。ご主人様がそう仰るなら、クラリスは従います」


 理解してくれて助かる……。


 さて、と……計画の基礎は固まった。


 後は引き続き情報収集を続けよう。新しい情報が手に入ったら逐次計画を修正し、成功を確実なものとするのだ。


 そのためにもまずは、宝物庫の図面が欲しいところだ……探ってみるか。




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