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機械仕掛けの歩兵


【認証確認。メインシステム、起動します】


 無機質な女性の音声と共に、冷たい格納庫の中で”それ”は目を覚ます。


 コクピットにある鍵穴にキーを差し込んで捻った瞬間に響く、車のエンジン音。ガソリンエンジンが起動し、その動力を全高3mの機甲鎧パワードメイルへと伝達し始める。


 起動の直前まで整備状況について説明してくれたツナギ姿のルカに親指を立て、コクピットのハッチを閉じた。完全に装甲に覆われコクピットの内部が暗闇に包まれるが、それもほんの少しの間だけ。すぐにコクピット正面の装甲の内側に外部の映像が映し出され、コクピットの中が昼間のように明るくなる。


 出撃前にコクピット内の計器類を、頭に叩き込んだマニュアル通りに素早くチェック。燃料計は満タン、速度計は0、エンジン回転数は1000rpmをキープ。エンジン温度計はたった今起動したばかりだからまだまだ安全域のままだ。


《作業員の退避完了を確認、左舷ハッチ開放》


 ゴウンッ、と重々しい音を立て、格納庫の左側にあるハッチがスライドし始めた。最後尾から二番目にある貨物車両が機甲鎧パワードメイル専用の格納庫となっているから、真後ろに向けて出撃という事は出来ないのだ。


 一応言っておくが、発進用のカタパルトみたいなものもない。


 よし、と小さく呟き、発進位置へと機甲鎧パワードメイルを前進させる。右肩に日の丸(愛国心は未だ忘れていない)、左肩に血盟旅団のエンブレムを描いた艶の無い漆黒の機械の巨人が、ゆっくりとハッチの方へ歩を進める。


 規定の位置まで前進したのを確認。床に白い線が引いてある場所で立ち止まり、コクピット内で腕を動かす。目の前にあるH字形のハンドルから手を離し、シート後方からフレキシブル・アームを介して伸びるグローブを装着。指を動かし、機甲鎧パワードメイルの両腕がそれをちゃんとトレースしている事を確認。


 短い動作確認を終え、右腕を右側の壁面にあるウェポン・ラックへと伸ばした。


 赤い警報灯のすぐ脇にあるウェポン・ラックには、ブローニングM2重機関銃がある。


 機甲鎧パワードメイルの強みは、パヴェルの改造の恩恵で『既存の兵器をそのまま、あるいは小改造で流用できる』という点。だからわざわざ専用の武装を用意する必要がなく、コストの面において非常に優れている。


 背後バックに潤沢な資金を持つ組織が居るわけでもない血盟旅団にとっては、こういう工夫は必須であろう。


 とはいえ車載用、あるいは地面に設置しての運用が前提となるブローニングM2(50口径)をそのまま使用するわけではない。機甲鎧パワードメイルでの運用を考慮した改造が施されている。


 機関部レシーバーから銃身バレルにかけての形状に大きな差異は無いが、後部の形状は大きく異なる。アサルトライフルのようなピストルグリップに、M4カービンのストックをそのままサイズアップしたようなストックが装着されており、傍から見ればスケールアップしたアサルトライフルのよう。機関部レシーバー上部には重機関銃用ドットサイトの『DCL-120』がマウントされている。


 機関部レシーバー下部にはピカティニーレール付きのハンドガードを増設し、そこにフォアグリップを装備してある。


 一番変わったのは給弾機構だろう。


 本来、ブローニングM2はベルトを用いる重機関銃なのだが、パヴェルの改造によりそれを20発入りのマガジンで行うようにしている。


 緩やかにカーブした、M16などに使うSTANAGマガジンをそのまま大型化したような形状のマガジンを機関部レシーバー左側面から挿入して使用するのだ。


 なんでこんな事になったのかというと、テスト段階である問題が発覚したためである。


 元々はここまでの改造を施さず、ピストルグリップを追加したブローニングM2をそのまま流用する事を想定していたのだが、とある懸念が生じた。


 機甲鎧パワードメイルはとにかくよく動く兵器だ。全力ダッシュすればハンヴィーといい勝負になるし、その気になれば超高圧蒸気を使って短時間のジャンプもできる。が、その機動性の高さ―――動く際に生じる振動と、ベルト式の機関銃との相性があまり良くなかった。


 歩行、あるいは走行時の振動でベルトが捻れてしまい、給弾不良を起こしてしまう事が判明したのだ。


 金属製のガイドを追加するという案も出たが、とりあえずは給弾方式をマガジンとする事となった。改善案は運用データを集めながら探る方針である……まあ、機甲鎧パワードメイルは前世の世界(2022年現在)では運用実績の全くない新種の兵器だ。手探りでの運用は黎明期の兵器によくある事である。


 ブローニングM2重機関銃のピストルグリップを握り、コッキングレバーを引いた。


 停車した列車の貨物列車から飛び降りる。重量7tの機甲鎧パワードメイルの脚がイライナの泥濘に軽く沈み、茶色い飛沫が弾けた。


 左足でクラッチペダルを踏みつつ右足でアクセルペダルを踏み込む。転生前に身体に焼き付いた半クラの感触は今なお鮮明に覚えていて、エンストなど二度としない……たぶん。


 シフトレバーを切り替えて徐々に加速、事前にパヴェルから指示されていた予定ポイントまで前進していく。


 さてさて、ここまで機甲鎧パワードメイルの操縦方法をそれなりに詳しく述べてきたけれど、車の運転免許を持ってるドライバー諸氏はもうお判りだろう。機甲鎧パワードメイルの操縦方法、ほぼMT車と同じである。


 まあ、兵器である以上は明確な違いがあるが、基礎の部分がMT車の運転と大体同じなので、訓練期間の大幅な短縮につながるというメリットは大きい。戦力化できるまでの期間が短ければ短いほど良いのだ。


 ちらりと速度計に視線を移す。現在50㎞/h、最高速度は100㎞/hちょい。速度に関してはだいたいハンヴィーと同じくらいだと思ってくれていい。


 今は重機関銃しか携行していないけれど、肩や背中に武装をマウントするためのサブアームが搭載可能なハードポイントがいくつか設けられている。なのでここにオートマチック・グレネードランチャーや対戦車ミサイル、レーダーに大口径機関砲などの装備をマウントする事も出来るらしい。重量制限? 知らん。


 そろそろか、とメインモニター右下のマップデータを確認。既に薄い黄色で表示された円形サークルの範囲内に自分が居るのを確認していると、ピピッ、と電子音が鳴った。


 【Йёягмвд(ノヴォシア語で『警告』)】とメインモニターに表示されるよりも先に、両手をグローブ型コントローラーに通してメインアームの重機関銃をスタンバイ。巨人みたいな剛腕が、あんなにでっかい重機関銃をまるでアサルトライフルのように抱え、その銃口を灰色の空へと向ける。


「……見えた」


 DCL-120のレティクルの先に、”それ”は居た。


 X字形に配置されたメインローターに、円盤状のボディ。直径2mほどの円盤が、どんよりとしたイライナの空を悠々と舞っている。


《よう、エースパイロット。ここでひとつ射撃の腕を披露してもらおうか》


「よっしゃ任せろ」


 待ってました、本日のメインイベント。


 機甲鎧パワードメイルの稼働テスト及び、実弾を用いた射撃テスト。武装の性能やFCS(火器管制システム)との連動のチェック等をするためだ。このテストの結果が製造中の2号機や3号機にもフィードバックされ、装備品も改良していく予定なのだという。


 右下のミニマップにも、赤い点が表示された。数は10……いや、20か。パヴェルの奴、標的用ドローンを随分と奮発して用意したらしい。


《頼むぜ、全機撃墜できる方にウォッカ1ダース賭けてるんだ》


「任せろよ」


《ハハッ、よーし―――全兵装使用自由ウェポンズフリー、好きにやれ》


「了解」


 さーて、やりますかねえ。


 両腕を動かした。実際に自分がアサルトライフルを構えているように両手を構えると、その動きに連動して機甲鎧パワードメイルの腕も動き、照準の微調整を始める。


 ルカがテスト直前まで調整チューニングしてくれたおかげなのだろう、コクピット内でコントローラを動かしてから、その動作が両腕に反映されるまでのタイムラグが殆どない。戻ったらアイツの精密な調整チューニングに感謝しよう。


 息を吐き、引き金を引いた。


 バムンッ、と重々しい50口径の咆哮がイライナの大地をつんざいた。12.7×99mmNATO弾、通常のライフル弾よりも大きく、重く、力強い一撃が解き放たれる。


 装薬の量も多く、弾丸の重量も重い。これがどうプラスに作用するのかというと、まあ弾速やら威力やらもそうなんだが、”弾丸が風の影響を受けにくくなる”という利点が一番大きい、と個人的には思う。


 スナイパーライフル用の弾丸よりも風の影響を受けにくくなるから、超遠距離狙撃に適するというわけだ。今では対物ライフルがその役割を担っているけれど、それ以前でも設置型の重機関銃にスコープを取り付けて即席の設置型狙撃銃として使用した例があるし、戦車相手に威力不足となった対戦車ライフルをそういった用途に転用した例も(主にソビエトで)存在する。


「チッ」


 弾丸は命中しなかったらしい。400m先を飛ぶドローンは何事もなかったかのように、曇り空の下を端から端へと飛んでいく。


 照準を修正し第二射。今度は外さない、これは当たる、という確信を抱いて放ったその一撃は、レティクルの向こうで理想的な結果を引き寄せてくれた。円盤型のドローンの機体が弾け、金属片が大地へ降り注いでいくのがここからはっきりと見える。


 1機撃墜―――!


 続けて次の標的に照準を合わせて第二射。ちょっと照準を右にずらし過ぎたかと思ったが、12.7mm弾は標的用ドローンの機体前部を大きく捥ぎ取って撃墜に追い込んでくれた。2基のメインローターを失った標的用ドローンが大きく前のめりになって、そのまま泥濘の大地へと落ちていく。


 気分が高揚してきたところで、機内に持ち込んだラジオをつけた。微かなノイズ交じりに流れてくるのは、一昔前にキリウで流行ったラブソング。曲名は確か『私の天使に花束を』だっけか。


 レギーナが好きだった曲だ。俺の部屋に自分の蓄音機とレコードを持ち込んで、よく聴かせてくれたっけ……。


 懐かしいな、と思いながら3機目を撃墜。この調子なら、パヴェルが賭けたという1ダースのウォッカは無事に彼の元に収まりそうだ。












 

「さっすがミカ姉!」


 ばしゃー、と格納庫で機甲鎧パワードメイルに付着した泥を洗い流しながらルカが言う。ちょっと照れ臭くなって目を逸らしつつ、ブラシで泥を洗い落とすが、どうしても口元がにやけてしまう。


 テストの結果は期待通りの全機撃墜。とはいえ攻撃をちょくちょく外し、最終的に2マガジン分すっからかんにする羽目になったのだが、結果としては良好であろう。


 それにしてもイライナの泥汚れはしつこい。どれだけしつこいかというと長年放置していた油汚れ並みだ。それはそうだろう、イライナの泥があんなにもドロッドロ(ダジャレじゃないよ)なのは地質の問題でもある。肥沃でよく水を吸うのだ。


 だから雪解けから日が浅い辺りとか、春先に大雨でも降ろうものならばもう悲惨な事になる。もはや泥沼、イライナ地方全域がパッシェンデールになる。


 冬は人を殺し、春はパッシェンデール。そんな過酷な場所だが、世界一肥沃な大地を持つ地域でもある。一面に芽吹く麦が織りなす黄金の大地と青空のコントラストは、この世界できっと一番美しい。


「いやあ、お前の調整のおかげさ。ルカ、お前良い整備士になれるよ」


「ホントに!?」


「ああ。パヴェルも褒めてたよ、ルカの奴は器用だってな」


「えへ、えへへ……そうかなぁ」


 照れながら泥を洗い落とすルカ。ぽん、と彼の頭の上に手を置いた俺は、格納庫の隅からこっちをじっと見つめている視線に気づいた。


 組み立て中の機甲鎧パワードメイル3号機、その影に隠れて俺とルカのやり取りを見守るメイド服姿のクラリス。目が合った瞬間、恥ずかしそうに3号機の脚の影に隠れてしまうが、ロングスカートの裾とかドラゴンの尻尾が隠せてない。頭隠して尻隠さず、身体隠して尾を隠さずである。


 ゴホン、とわざとらしく咳払いすると、観念したのか大人しく姿を現したクラリス。お上品に、それはそれはもうお上品に歩いてこっちにやって来るクラリスだったが、口元の笑みを見て分かる通り、欲望を隠し切れていない。


 ケモミミとショタとBLをこよなく愛するオタクらしい。今までの振る舞いを見てるともう性癖が丸分かりである。ちなみに俺はおっぱいの大きな包容力のあるお姉さんが性癖です。ちょっとヤンデレ入ってると嬉しいです。よろしくお願いします。


「お疲れ様ですわ、ご主人様」


「お、おう……」


「ああ、クラリスにはお構いなく続けてくださいまし。ケモミミショタ同士の絡みは尊いので」


「???」


 何の事? と言わんばかりに首を傾げながらこっちを見てくるルカ。「気にすんな気にすんな」と小声で言うが、いつかは教えておいた方が良いだろう……ルカは真面目で嘘をつかない程真っ直ぐな奴だが、それ故に純粋すぎる。


「そういやクラリス、アレーサにはあとどれくらいで着く?」


「何事も無ければ明日には」


「おお、そうか!」


 やっとだ。


 イライナ地方南端、黒海に面する港町『アレーサ』。


 そこにレギーナが居るのだ。


 俺の本当の母親が。




※パッシェンデール

 第一次世界大戦時、イギリス・フランス軍とドイツ帝国軍の戦闘が繰り広げられた地域。元々は沼を埋め立てた場所で、更に大雨も重なりいたるところに底なし沼が出現するほどの泥だらけの戦場であったとされる。『第一次世界大戦で最悪の戦いを挙げろ』と言われれば真っ先にこの戦いが挙げられるほど凄惨な戦いだったという。

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