急がば回るか突っ切るかどっちか選べ
日本だと「○○万円以下の罰金もしくは〇年以下の懲役」って感じですが、韓国だと「○○以上の罰金もしくは〇年以上の懲役」になるらしいです。
パパパンッ、と軽い銃声が響く。
SMG―――サブマシンガンは一般的に拳銃用の弾薬を使用する。現代では軍や警察の特殊部隊、あるいは後方支援部隊や戦車兵、パイロットなどが愛用する銃器ではあるが、今から100年前の第一次世界大戦では敵の塹壕を打ち破り、戦争を勝利に導くための秘密兵器だった。
命中精度を度外視し、塹壕内部の敵を殲滅するために弾丸をばら撒く近接戦闘用銃器。その認識が改められるきっかけとなったのは、間違いなくMP5の登場であろう。貫通力の低い拳銃弾を使用するが故に周辺への被害(遮蔽物や敵を貫通した弾丸が人質を撃ち抜いたりするケースだ)も抑えやすく、特に警察の特殊部隊に喜ばれたのは言うまでもあるまい。
さてさて、そんなSMGの一つが今、シスター・イルゼの手の中にある。
骨組みだけのシンプルな伸縮式ストックに、グリップの中に内蔵された長方形のマガジン。そして展開すればフォアグリップにもなるハンドガード。
コンパクトなサイズのそれを、シスター・イルゼはまだぎこちない動きで撃つ。発砲時の反動でストックが肩に食い込み、未だ慣れぬその感触に彼女の顔が曇る。
以前であれば、いくらシスター・イルゼといえども銃に触らせるわけにはいかなかった。特に、俺たちの商売道具である現代兵器にだけは特に。
けれども彼女はもう志を同じくする仲間。共に血盟旅団の旗を掲げようと誓い合った仲間だ。そうなれば最早部外者ではなく、こちらの戦力としてカウントするべきであろう。
そういうわけで、彼女も銃を使った訓練を始めた。
シスター・イルゼが使っているのはイスラエルのウージー……にも見えるが違う。あの手のグリップにマガジンを内蔵してるSMGが全部ウージーに見えるくらいには、ウージーは偉大な銃と言えるがあれは違う。幾度も分割という苦難を経験し乗り越えてきた、ポーランドの生み出した銃である。
『PM-84P』―――シスター・イルゼのメインアームとして選定された銃だ。
原型となったPM-84は東側の標準的な拳銃弾である9×18mmマカロフ弾を使用するが、彼女の使っているPM-84Pが使用するのは西側規格の9×19mmパラベラム弾。マカロフ弾と比較すると9mmパラベラム弾の方が威力が高く、そして何より血盟旅団では拳銃弾を9mmパラベラム弾で統一する方針となっているので、弾薬の互換性の観点からこうなった。
PM-84Pが選定された―――というより、アサルトライフルやPDWと比較すると非力なSMGが彼女のメインアームとなったのは、あくまでもそれの用途が自衛用に限定されるであろう、と考えられたからだ。
シスター・イルゼの得意分野は光属性魔術による治療と回復。RPGで言うところの回復担当、軍隊で言うところの衛生兵というポジション。あくまでも回復魔術で仲間を救うのが最優先目標なので、銃で敵を薙ぎ倒すのは二の次で良いという結果となり、コンパクトで最低限の自衛も可能なSMGをメインアームとする事となった。
にしても、修道服姿で今では西側諸国の仲間入りを果たしたポーランドの銃を持つシスター・イルゼの姿はなかなか凛々しい。というより頼りになる。凛々しくて優しいお姉さんと言ったところか。
ボディアーマーもチェストリグも装着していないが、腰に巻いたベルトに予備のマガジンが収まった革製ポーチと医療品ポーチを持っている。戦闘に関しては本当に必要最低限、と言った感じだ。
ビー、と訓練終了を告げるブザーが鳴り、彼女の命中率が天井の画面に表示される。68.7%……いや、上出来だ。銃の扱い方を学び始めてそれだけ当てられるのならば合格点である(もっとも列車の中という事で近距離射撃しかできない点は考慮するべきだと思うが)。
「訓練終了、お疲れ様」
「ど、どうだったでしょうか」
「上出来だよシスター。これで安心して背中を任せられる」
ハイドラマウント付きのAK-19を肩に担ぎながら笑みを浮かべ、親指を立てた。
高い戦闘能力と正確無比な射撃で敵陣に切り込むクラリス、後方から魔術と銃弾を絡めた濃密な弾幕を展開するトリガーハッピー・モニカ、そして回復担当のシスター・イルゼ。冒険者のパーティーとしてはかなりバランスが取れていると思う。
武器庫に銃を返却して一息つこう、と射撃訓練場の出口に向かうと、窓の外の景色が段々と停滞を始めていた。前方から別の列車でも来たか、それとも後方から特急でも来たのだろうか。どうやら線路のいたるところに用意されている待避所で一旦停止することになったらしい。
しかし、銃を武器庫に返却してもまだ線路を別の列車が通過する気配がない。いつまで経っても待避所に入ったまま、列車が動く気配がないのだ。
「パヴェル?」
ヘッドセットのマイクに向かってパヴェルを呼んだ。今頃彼はルカと一緒に機関車に居る筈だ。こういう時は運転手に直接聞いた方が早い。
『ああ、すまん。問題発生だ』
ヘッドセットから聴こえてきたのは、困り果てたような声音のパヴェルの声。まさか機関車が早くも故障したんじゃあるまいな、と嫌な予感を抱きながら機関車へ向かう。食堂車を通過し、寝室の連なる1号車を通り過ぎ、炭水車の周囲をぐるっと一周するように追加されたキャットウォークを歩く。
もちろん、あまり幅を取り過ぎるとトンネルの壁や電柱、反対側の線路を通過する列車と接触する恐れがあるので、キャットウォークは接触防止のためかなり狭く造られている。1人が身体を半身に捻りながら通るのでやっと、それでも転落防止の手摺が背中やらお腹に当たるほどである。
そんな感じで炭水車を通過、ついに機関車へ。ブレーキレバーに手を掛けながら頭を掻くパヴェルと、運転席にいくつも設置されている温度計やら圧力計をチェックしているツナギ姿のルカがそこには居た。
言うまでもないとは思うが、AA-20は色々と問題の多い機関車である。重量の問題もそうだが、動輪を7つも並べたせいで線路(特にカーブ部)に凄まじい負荷をかける結果となり、当時のソ連の線路をぶっ壊しまくったのだそうだ。
他にも色々と問題を抱え、実用的ではないと判断された事により製造されたのは僅か1両のみという、悲劇の機関車である。パヴェルの改造でかなりマシになったと祈りたいが、それでも依然として問題は多い。特に足回りが。
今回もそういう類の問題なのだろうかと思ったが、どうやら事情が違うらしい。
「どうした?」
「見てみろよ」
葉巻に火をつけながら言うパヴェル。何だろ、と思いながら機関車から身を乗り出し、前方を見つめた。
待避所に入った列車の前方―――緩やかな登り勾配となっている線路が、山の斜面から崩れてきたと思われる土砂で見事に塞き止められているのである。これでもかというほどの水分と、倒木や木の根を含んだ大量の土砂。ありゃあいくらAA-20の馬力でも押し退けて突き進むのは無理だ。
あらら、と小さく呟きながらキャットウォークに躍り出た。機関車の周囲を一周できるように配置された、相変わらず狭いキャットウォーク。普段の通行に使うというよりはメンテナンス用の足場といった感じのそれを通って機関車の前まで歩いた。
線路はすっかり埋まってしまっている。さすがにこれを除去するには重機が必要なレベルで、スコップなんて使って地道に掘り進めようものならばまた年が明けてしまう。
1887年が1888年になってしまう……いや、さすがにそれはちょっとね。
頭を掻きながら運転席に戻ると、水面計をチェックしていたルカが「どうしよ……」と困惑したように口にした。
「どうしようもないよアレ……」
くそ、と小さく呟く。
ノヴォシア、特に比較的温暖なイライナ地方の春は”泥濘の春”なんて呼ばれる。雪解けで国中の物資の往来が復活するのは良いのだが、溶けた雪や氷の水分が地中へと浸透して地盤を緩くしてしまうため、こうした土砂崩れが頻繁に起こる季節でもある。
もしかしたらとは思っていたが、まさかザリンツィクを出て早々に土砂崩れに遭遇するとは。いや、でも列車が巻き込まれずに済んだだけ幸運と考えるべきだろう。いずれにせよ、こっちに怪我人が出なかったのは喜ばしい事である。
「ルカ、アレを」
「はいよ」
運転席の傍らにある金属製の箱から鍵を取り出し、それを運転席の床に置いてある木箱へと差し込むルカ。うまく回らないのか、ガチャガチャと鍵と格闘すること30秒ほど。やっと木箱が開き、中から銃口に楕円形の擲弾を装着した状態のイライナ・マスケットが顔を出した。
イライナ・マスケットは採用年数が長いので派生型もまた多い。おそらくこれは銃身が切り詰められているので、カービンタイプのM1882/86であろう。銃口がラッパ型に広がっていて、そこに卵型の擲弾を装着し黒色火薬で発射する事も可能となっている。
それを取り出したルカが、ライフルグレネードを空に向かって射出した。カチッ、と引き金を引いた瞬間に撃鉄が落ち、火打石から零れた火花が火皿へと落ちる。パシュッ、と火薬に火がつき、それがやがて銃口最奥部に眠る黒色火薬を呼び覚ましたのはそれからすぐだった。
ドパンッ、と重々しい黒色火薬の炸裂音。発射ガスに押し出された卵型のライフルグレネードが空高く舞い上がったかと思いきや、空中で落下傘を開き、そのまま魔力を含んだ特殊なマグネシウムを燃焼させ始めた。
”魔導信号弾”だ。
光と共に魔力を周囲に放射する事で、あらゆる場所に点在する冒険者管理局の観測所へと路線の異常を知らせる事が出来る。これを確認した観測所から確認のために職員と車両が派遣され、通行禁止処置や障害物の除去などを行う事と規定されている。
非常時に備え、どの列車にも備え付けられている装備だ。というか、ノヴォシアにおける鉄道法にもこれの備え付けが義務付けられており、違反すると80万ライブル以上の罰金と3年以上の懲役が科せられるので、ノヴォシアで列車を走らせる予定のある人は注意しよう。
「こりゃ無理だな」
半分くらいの長さになった葉巻の灰を携帯灰皿(偉いぞパヴェル)に落としながら呟くパヴェル。確かにこの量の土砂を除去するのはかなりの時間がかかりそうだ。線路が完全に埋まっているし、よく見ると土砂の中に岩塊も混じっているのが分かる。もし首尾よく土砂を除去できたとしても、線路が損傷していたら通行再開は更に伸びる事になるだろう。
「……どーするよ、団長」
ふう、と煙を外に吐き出しながら問いかけるパヴェル。俺は腕を組みながら、運転席に貼り付けてある地図に視線を向けた。
ノヴォシア帝国の広大な版図、特に南方のイライナ地方をズームアップした地図。そこには黒い線で路線がびっしりと書き込まれていて、さながら身体を廻る血管のよう。俺たちが通過するべき線路という血管の1つが今、詰まってしまっている。
さて、代替可能なルートはあるものか。多少遠回りになっても良いからそっちを通るべきだろうなとは思ったが、無慈悲にもザリンツィクからアレーサまでは一本道。他の路線を使おうにも、一旦ザリンツィクどころかリーネまで戻らなければならず、そうした場合はアレーサへの到着は1ヵ月遅れる事になる。
うわぁ、と頭を抱えた。
レギーナの故郷、アレーサは目と鼻の先……とまではいかないが、この山を越えた先にある。だというのに、最短かつ唯一のルートがこの有様では……。
遠回りを承知の上でリーネまで戻るか、それとも土砂の撤去と線路の修理が終わるまでここで待つか。いずれにせよ、アレーサの向こうに広がる黒海を目にする事になるのは6月にずれ込むのは間違いあるまい。
「そーいやさ、さっき隣に見えた線路が地図に書いてないみたいだけど?」
「え?」
計器類をチェックしながらポツリと呟くルカ。射撃訓練中だったから気付かなかったが、そんなルートあったのか?
もしかして地図にすら載ってないような古い路線じゃあるまいな、と思いながら、もう一度地図に視線を向ける。が、何度見直してみてもザリンツィクからアレーサまでのルートは一本道。代替ルートはない。
「……ヴァルネンスク・トンネルか」
「何だよそれ」
腕を組んでいたパヴェルの独り言に反応したのはルカの方だった。
トンネル―――そう言われてみれば、ザリンツィクからアレーサまでの経路にトンネルくらいあっても良いのではないか、と思う。2つの街の間を隔てているのはこのヴァルネンスク山。それにトンネルを掘って列車を通すルートがあってもいいのに、この路線はわざわざ山を登るという回り道をしている。
何か理由でもあるのだろうか。トンネルが掘れるほど地盤が強くなかった事が判明したとか、資金が足りず工事が中断されたとか。
「昔、ザリンツィクとアレーサの間にあったトンネルだ。ヴァルネンスク山のど真ん中をぶち抜いて、アレーサ付近の村まで繋がっていたらしい」
「じゃあ、さっき俺が見たのはそのトンネルへ向かう線路か?」
スコップを抱えながらルカが言うと、パヴェルはすっかり短くなった葉巻を携帯灰皿の中に押し込みながら首を縦に振った。
「アレーサに繋がってるならそっちを通ろうぜ。なあ、ミカ姉?」
「……地図に載ってないって事は、ワケありか」
腕を組み、機関車の壁に寄り掛かりながら問うと、パヴェルはあまり乗り気じゃないような顔で頷いた。何となく、その理由が尋常じゃないレベルのものだという事が窺い知れる。普段はあんなにお調子者で、隙あらば俺たちをからかうネタを探しているような男が、まるで自分の嫌な過去と向き合うよう強要されているかのような顔をしているのだ。相当なものなのだろう。
「―――噂なんだがな、50年前にそこで列車の事故があったらしい」
「事故?」
「ああ。トンネルの崩落に巻き込まれたとか、脱線事故だとか、反対側からやってきた別の列車との正面衝突だとか、その辺は分からん。情報が錯綜してて特定できなかったが……」
「それで廃線になった、と?」
「ああ」
「何で事故があっただけで廃線なんだよ? 残骸を撤去して、線路とトンネルを修復すれば―――」
「―――出るらしいんだ」
ルカの言葉を遮るようにして言ったパヴェルの声は、割とガチなトーンだった。ジョークを好む陽気な彼の声音とは違う、シリアスな声。
「出るって、何が」
「……まさか」
いやいや、まさか……トンネルの老朽化とか、そういう理由なんだろ?
なあ、そうだろパヴェル? などと祈りを込めながら彼の方を見るが、パヴェルは嘘をついてはくれなかった。ただただ淡々と事実を述べるのみだった。
「あのトンネル―――出るんだそうだ。事故で死んだ人の幽霊が」