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総員、戦闘配置!


 吾輩はジャコウネコである。名前はミカエル。


 さてさて、こっちの世界にやってきてからというもの、娯楽と言えばラジオで音楽を聴きながら甘ったるいコーヒーを飲み、ラノベとか漫画を読む事くらい。意外かもしれないがこっちの世界には既にラノベとか漫画が広まっていて、若年層の中では最もポピュラーな娯楽としての地位を確立しつつある。


 きっと他にも転生者が居て、そういう連中がこっちの世界に広めたのだろう。いつか会ってオタク談義に花を咲かせたいものである。


 ラジオから流れてくるピアノの綺麗な旋律。誰もいない、静かな場所で読書をするのにうってつけだ。


 ショパンのノクターン第9番、だったか。確かそうだった筈だ。


「ご主人様、コーヒーのおかわりをお持ちしました」


「ああ、いつもありがとう」


 クラリスがコーヒーの入った新しいマグカップをそっと傍らに置いてくれる。少し熱めで砂糖とミルクを限界までどっぷり入れた、ジノヴィ発狂不可避なレベルのクソ甘コーヒー。ジノヴィはブラック以外は認めないブラック原理主義者なので、コーヒーの話題になると確実に大問題になる。


 コーヒーを口に含んでからマグカップをそっとテーブルに置き、さてどこまで読んだかな、とラノベのページに視線を戻したその時だった。


 各寝室の天井に備え付けてあるスピーカーから、一番聞きたくない音が響き始めた。


 重々しく低い電子音の連鎖―――そう、警報音である。


《総員戦闘配置! 繰り返す、総員戦闘配置!》


 読みかけのラノベに栞を挟む暇すらない。半ば放り投げるようにして立ち上がり、クラリスと共に客車の通路を全力でダッシュ。事前に割り当てられた銃座へと向かってとにかく急ぐ。


《敵、飛竜3、9時方向より急速接近中。総員対空戦闘用意! 繰り返す、総員対空戦闘用意!》


 あークソ、列車の中が一気に騒がしくなった。


 1号車の後部にあるタラップを駆け上がり、ハッチのロックを外して押し上げる。身を乗り出すまでもなく、春になったとはいえまだ肌寒いイライナの風が全身を包み込んだ。この調子じゃあまだまだストーブやコタツのお世話になる日々が続きそうだ。


 ハッチから身を乗り出し、ブローニングM2重機関銃が2丁据え付けられた銃座でスタンバイ。両側面にあるコッキングレバーを引いて薬室へ初弾を装填、対空照準器を覗き込みつつ連装機銃を9時方向へと旋回させる。


 ブローニングM2重機関銃と言えば、戦車や装甲車に搭載されていたり、歩兵が数名で運搬しながら使ったりというイメージも強いかもしれないが、第二次世界大戦までは航空機の機銃としても採用されていた経緯がある。戦闘機の機銃だったり、爆撃機の砲台に搭載されていたりと、どんな戦況にもその破壊力と信頼性で応えてくれる兵士たちの頼れるパートナーである。


 さすがに今の航空機には威力不足だが、第二次世界大戦くらいまでの航空機が相手ならば十分な威力がある。飛竜に通用するかは分からんが……パヴェルの推測では飛竜の防御力はF4Uコルセアと同程度かそれ以上、だそうだ。


 まあいい、落ちるまで叩き込んでやるだけだ。


「第一銃座、準備ヨシ」


 ヘッドセットから伸びるマイクに向かって報告する。まあ、さっきまで居た自室と割り当てられた銃座の位置がたまたま近かったから一番乗りとなったわけだが……。


『第三銃座、準備ヨシ』


 これはクラリスの声。ちらりと列車の後部の方を見てみると、見慣れたメイド服姿の背の大きな女性が、連装機関銃を9時方向へと旋回させて対空照準器を覗き込んでいるのがここからでも見えた。


 さて、残るは第二銃座―――モニカに割り当てられた銃座のみ。


 しばらく遅れて、ハッチが開いた。まるで戦車の砲塔から身を乗り出して周囲を確認する車長にも見えたが、それにしては慌てぶりがすごい。まるで遅刻しそうな女子学生のようにも見える……いや、実際遅刻しているのだが。


 テンパってるのか、機関銃へ伸ばす手もおぼつかない。コッキングレバーを引けばいいものを、何を思って上部のカバーを開いてるのか。


 それから無抵抗のブローニングM2(50口径)と格闘すること30秒、やっとヘッドセットからモニカの声が聞こえてきた。


『だ、第二銃座、準備ヨシ!』


《―――5分、か。まだ話にならんな》


 呆れたようなパヴェルの声。


 前回でやっと2分に迫るくらいのタイムが出たというのに、と思いながら息を吐く。


 さっきまでやっていたのは訓練だ。万が一列車が敵に襲撃を受けてもいいように、想定を変更して訓練している。しかも抜き打ちで、だ。さっきはたまたま自室で読書してたから良いけど、これが食事中だったりシャワーを浴びてる最中だったりしたら最悪である。しかも寝てる最中にも容赦なく訓練が始まったりするのでなかなかハードだ。


 まるで軍艦の乗組員にでもなったような気分がするし、世界中で任務に就く軍人の皆さんの苦労が、何となくだけど分かった気がする……皆さんお疲れ様です。


《訓練終了》


「了解、訓練終了」


 ふう、と息を吐きながら機関銃を元の角度へと戻した。機関車の方からは煙突から吹き上がる黒煙がこっちまで流れてくるので、油断していると強烈な石炭の臭いでむせてしまいそうになる。


 顔まで真っ黒になってないかな、とちょっとばかり不安になりながら客車に引っ込み、ハッチを閉じてからロックをかけた。場合によっては素早くロックを解除して持ち場につかなければならないので、ロックそのものは簡素なものだ。潜水艦のハッチみたく、重いハンドルを何度も回転させなければならないようなタイプではない。


 もし敵が急速に接近してきた場合、そんな悠長な事をしている暇はない。強固なロックではなくなってしまうが、止むを得ずそれは見送った。


 頬を軽く手でこすってみると、うっすらと黒くなっていた。ああ、やっぱりそうだ。機関車の煙突から出る煤やら石炭の燃えカスやらで真っ黒になってしまったのだ。


 第一銃座は自室から近く、すぐに戦闘態勢に入れるというメリットがあるのだが、如何せん機関車に近いものだから煙の影響をもろに受ける。対空戦闘では特に致命的になると思うのだが、何とかならんかね?


 やれやれ、と思いながらハンカチを取り出していると、疲れ切ったような様子でモニカがやってきた。


「はぁー……」


「お疲れー。どしたん、随分遅かったじゃない」


「仕方ないでしょ、トイレから出るところだったのよ」


「お、おう……」


 それはまあ、お気の毒に……。


 敵は待ってはくれないが、せめてトイレくらいはこう、お慈悲を……お慈悲を……。


 ちなみに抜き打ちの戦闘配置訓練はこれで18回目。タイムは縮んだり伸びたりと不安定だ。とにかく回数をこなして身体で覚えるしかない。理想は頭で理屈を考えるよりも先に、身体が動いてしまうレベルにまで焼き付ける事。これは全てにおいて重要である。


 ドンマイ、とモニカにチョコを渡し、格納庫の方へ向かう事にした。この後は特に予定はないし、日課の筋トレも朝食の前に済ませたので今は完全にオフだ。


 さて、ちょっと格納庫でも見てくるかねぇ。


 食堂車を抜けて工房を通過し、貨物車両へ。


 現在、この列車には3両の客車と2両の貨物車両が連結されている。客車には寝室やら食堂やらシャワールームやら、生活に欠かせない設備が集約されている。3号車には射撃訓練場や工房などの設備が用意されていて、武器の自作や試し撃ちまでがシームレスに行えるようになっている、というわけだ。


 そしてその後方に貨物車両が2両、きっちりと連結されている。


 どちらも格納庫となっているのだが、俺が今から訪れるのは、その2つある格納庫の中でも特殊な方だ。


 工房の後ろにある研究区画を通り抜け、連結部の上を飛び越えて貨物車両へ。客車とは異なり分厚い扉を開けると、そこから先は金属と機械油の臭いに満ちたメカニカルな世界。列車の中とは思えない程広大な空間の中には作業台やら工具が所狭しと並び、隔離されたスペースにはガス溶接用の酸素ボンベとアセチレンガスのタンクがある(転倒防止用のチェーンも用意されている。さすがパヴェル、安全第一)。


 天井にはクレーンアームがあり、ちょうどバックパックらしきパーツを吊り上げて運んでいるところだった。丸みを帯びた装甲の内側には改造を施された車のエンジンが収まっていて、左側面からは艶の無い黒で塗装されたマフラーが伸びている。


 傍から見れば車のエンジンにも見えるが、違う。


「あっ、ミカ姉!」


 クレーンを操作していたルカが嬉しそうに俺の名を呼んだ。ちゃんとヘルメットをかぶって作業していたルカのすぐ近くには分厚そうな装甲で覆われた鋼鉄の巨人が1体佇んでいて、ひんやりとした格納庫の中で目を覚ます時を待ち受けている。


 ―――機甲鎧パワードメイル


 ”組織”とやらがバザロフに供与した兵器を鹵獲、解析し、血盟旅団で運用する事となった新兵器である。要するに車のエンジンを転用して動かす事が出来るパワードスーツ的な代物であり、扱い的には戦車と歩兵の中間と言ったところだろうか。


 【防御力があり、重火器の扱いも可能な歩兵】―――そんなところだろう。されどこれ1機あれば戦局をひっくり返せるわけでもない。依然として、戦車は脅威となり得る。


 おっと、そりゃあ現代戦の話だった。こっちの世界じゃ”まだ”戦車は発明されていないから好き勝手やれそうだ。


 さて、鹵獲されたバザロフの機甲鎧パワードメイルだが、いわゆる”血盟旅団仕様”になってからは随分と見た目が変わったようだ。


 何というか、一言で言うと『太った』ようにも見える。


 両肩には可動式の、丸みを帯びた分厚い装甲があり、その下から剛腕が伸びている。マニピュレータは人間と同じく5本で、物を掴むのに適した構造をしている。手のひらには奇妙なゴム製と思われるクッションみたいなパーツがあるが、滑り止めだろうか。さながらハクビシンの肉球である。


 そんなところまで俺に似せなくていいから……。


 胴体はでっぷりと丸くなっているのがすぐに分かった。改造前はもうちょっとこう、ボディビルダーを思わせるがっちりとしたフォルムだったのが、改造後ではレトロフューチャー映画に出てくる潜水服みたいになっている。その分防御力も上がっているのだろうが……。


 背中にはやはり例のバックパック。車のマフラーが背面から伸びている。燃料はもちろんガソリンなので、その気になればガソリンスタンドでも給油できそうだ。やらんけど。


「だいぶ変わったなぁコレ」


「見て見てミカ姉! 中もすごいんだよ!」


「え」


 ぴょんぴょん跳ねながら、停止中の機甲鎧パワードメイルに駆け寄るルカ。胸元にある赤いレバーを捻ると、胸元から下腹部にかけての装甲が解放され始め―――3秒もしないうちに、コクピットを俺の目の前に曝け出す。


 確か以前に見様見真似で操縦した時は、パワードスーツの如く”着る”ような感覚だった。操縦も何も、自分の動きをトレースする形で手足が動いてくれたから、訓練をしなくてもそれなりに動かす事は出来た覚えがある。


 しかし改造後はどうだ?


「まるで車だな」


 そう、なんだか車っぽかった。


 コクピットのシートの前にはH字形のハンドルらしきものがあり、左側面にはシフトレバーもある。足元にはアクセルとブレーキ、そしてクラッチペダルが仲良く3つ並んでおり、さながらMT車の運転席のようだった。ご丁寧にハンドルの傍らにはタコメーターが4つ並んでいて、左から順にエンジン回転数、速度計、エンジン温度計、燃料計となっているようだった。


 この時点でもう操縦方法がなんとなく想像できる。半クラからアクセルを踏み込んで加速、クラッチ踏みながらシフトレバーを操作、方向転換はハンドルか。


 そこまで予測したところで、奇妙な物体がある事に気付いた。


 手の形をしたプラスチック製のグローブらしきものが、シートの背面からフレキシブル・アームを介して伸びているのだ。さすがに車にあんなものはない……何だアレは。


「すげえよなあミカ姉、ロボットのパイロットか」


「乗りたいか、ルカ」


「うん、俺もいつか」


「ハハッ。欲しけりゃな、お前もでかいのぶん盗りな」


 そう言いながらコクピットによじ登り、座席に腰を下ろしてみた。やっぱりシートベルトみたいなのがあるし、ハンドルの付け根の部分にはキーを差し入れするためのカギ穴がある。


 首を傾げていると、ルカがカギをくれた。


「サンキュ」


「そのグローブみたいなのに手をはめて動かしてみて。両腕がミカ姉の動きをトレースするようになってるんだ」


 なるほど、コレそういう事か。


 重火器の懸架装置である両腕は、非戦闘時は不使用という事になるわけだ。非戦闘時はハンドルとアクセルで、戦闘時はこのグローブを使って両手を操作するというわけか。


 キーを差し込んで捻ってみると、聞き慣れた振動がシート越しに伝わってきた。ドルルンッ、と元はブハンカのエンジンだったものが唸り、マフラーから排気ガスが噴き出す。


 ガソリンの燃焼によって得られた動力が機体の全身へ行き渡り、眠りについていた鋼鉄の巨人が目を覚ます。


 全高2.8mの機甲鎧パワードメイルが完全に起動したのを確認してから、そのグローブに指を通してみた。フレキシブル・アームは思ったよりも柔軟で、動きの邪魔にならない。というより、それがあるのを忘れてしまいそうなほど自由に動かせそうだった。


 試しに右手を目の前で軽く握ってみる。グローブをはめた俺の右手が握り拳を作ると、解放されたままのコクピットの前に来た機甲鎧パワードメイルの右手もその動きを完璧にトレースし、同じように握り拳を作る。


 今度は試しに手を振ってみた。今度も結果は同じで、鋼鉄の剛腕は同じように手を振って動きを再現してくれる。


 あくまでも動きをトレースするのは腕だけか。改造前は手だけでなく足も動きをトレースしていたのだが……アレか、もしかして俺の身長が小さすぎる(150㎝だから平均身長を大きく下回っている)からわざわざ操縦方式まで変更してくれたのかコレ。


 胴体がでっぷりとしたフォルムになったのも、機内でこのグローブを使って両手を操作するためのスペース確保が目的だったのだとしたら確かに辻褄は合う。よく考えたなパヴェルよ……。


「どうよ、乗り心地は」


 エンジン音を聞きつけたのか、酒瓶を片手にパヴェルが格納庫へとやってきた。相変わらずウォッカを割りもせずにそのまま飲んでるが、コイツ肝臓とか大丈夫だろうか。健康診断やったら引っかかったりしない?


「極上だよ」


「そりゃあ良かった。近々、実弾を使った演習もやらねえか? 山を少し昇ったら平地に出る。そこだったら人目にもつかないし良いだろ」


「それもそうだな、やるか」


「おうよ。それじゃあ、俺は2号機の組み立てがあるんでな」


「うん……うん?」


 に、2号機?


 思わず彼を二度見してそのまま視線で追うと、確かに俺の乗る機甲鎧パワードメイルの隣に確保してあるスペースに何かのフレームらしきものが置かれているのが分かる。


 い、いやいやいや……なに? コレ量産するの?


「ミカ専用の初号機と誰でも使える2号機、後はパーツ取り用の予備機かな。あと2機は作るぞー!」


 嘘ぉ……。


 こんなのあと2機も造るのかよ。何なんだお前。


 



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[一言] そんなのに乗ってる方が気が知れねぇぜ ASなのかレイバーかわからねぇなオイ
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