表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

101/968

裁いていいのは俺じゃない


 さて、起床一発目から砂糖マシマシミルクマシマシ、糖尿病待ったなしレベルのクソ甘コーヒーをキメたところで、冒険者ノマドの強みと弱みについて触れておこうと思う。


 冒険者、特に特定の地域を拠点とせずに各地を移動しながら活動する”ノマド”と呼ばれるスタイルの冒険者は、その即応性の高さが利点といえる。特定の拠点を持たない、あるいは俺たちのように移動できる拠点(列車とか馬車とか)を持っている事で、仕事のある遠隔地へと素早く急行し依頼をこなす事が出来る。


 まあ、それをやるには各地の情勢に目を光らせておかなければならないのだが。例えば北の地域で魔物の大量発生があったとか、西の地域で新しいダンジョンが発見されたとか。そういう金儲けに繋がりそうな情報には鋭敏でなければならず、多くの場合は情報屋と組んでいたり、あるいはギルド内に専属の情報屋が居るケースが多い(俺たちの場合パヴェルがそれに相当する)。


 つまりはまあ、「機動力がある」って事だ。


 そして弱みは、その機動力の高さである。


 特定の地域に拠点を構えない都合上、周囲の地域とのつながりが希薄になりがちなのだ。例えばザリンツィクを拠点にしている冒険者ギルドの場合、背後に企業などがスポンサーとしてついているケースもある。そういうところから活動資金を提供してもらい、その代わりにギルドはその企業の宣伝を行ったりするというビジネス関係が構築されやすい。


 ノマドだとスポンサーがつくなんて事はまずないから、色々と大変なのだ……資金繰りが。


 そしてそれは、金だけの話じゃない。物資や装備の確保も同じく大変である。


 格納庫に入る前から、既に扉の向こうでは機械の作動音が聞こえた。溶接で散る火花の音に、鉄板にドリルで穴を開けるような音。ハンマーで鉄板をぶっ叩くような金属音……なんだろ、ここ工場?


 扉を開けて中に入ると、格納庫の中ではパヴェルとルカがさっそく例の機甲鎧パワードメイルの修理作業に入っていた。レトロフューチャーを題材にした映画とかに出てきそうなロボットを思わせる機甲鎧パワードメイルは表面の装甲がもう既にすっかり剥がされていて、骨組みとなるフレームが剥き出しの状態だ。クラリスに危うくギッチョンされるところだった骨子周りはというと、やっぱり悲惨な状態だったらしい。内側へと大きくへこんでいて、ちょっとしたマトリョーシカ人形みたいな感じになっている。


「あ、ミカ姉。おはよ」


「おうおはよう。悪いな、仕事増やしちゃって」


「気にしないでよ。俺もいつかこんなメカ弄ってみたいなって思ってたんだよね」


 おしゃべりしながらもせっせとパーツを運ぶルカ。パヴェルはというと、外した装甲を新しいものに交換したり、列車にあるスクラップの中から使えそうなものを選んで新しいパーツを製作しているようだった。彼、かなーり高度な事やってる。


「おー、ミカ」


「おはよう。進捗は?」


「解析と修復・改造を並行してやってるが、なかなかすげえぞコレ。動力源は背中の蒸気機関だ。電力の類は一切使っていない」


「え、何それ」


 蒸気機関って……アレじゃん、蒸気機関車(SL)とまるっきり同じって事か。蒸気で動くロボット……うーん、なかなかスチームパンクな感じがするねえ。いいよこういうノリ、ミカエル君大好き。


 『蒸気機関で動くロボットwww』って思うかもしれないが、黎明期の車には蒸気機関を搭載した車もあったらしい。動力源を色々と試行錯誤している黎明期の段階としては、決して誤った選択ではないという事をここに明記しておく。


 にしても蒸気機関搭載してたのか。高圧電流で回路をトリップさせてやればイチコロだろうと思ってたんだが、それ通用しなかったんだな。俺の場合、あくまでも優位に立てるのは相手が電気配線を内蔵したタイプのメカである場合。過電流を流して回路を滅茶苦茶にしたり、ブレーカーをトリップさせて動作を止める事が出来るが、電気を利用しないメカが相手である場合はその限りではない。


「コレ動力源変えていい?」


「良いけど何で?」


「ブハンカ用の予備のエンジンが余ってるからそれ使いたい。蒸気機関のパーツは分解バラして機関車の補修用パーツに使いたいのよね」


「つまりガソリンエンジンにすると?」


「そういう事」


 溶接用のバーナーのバルブを閉じ、アセチレンガスと酸素のホースを外すパヴェル。ニンニクにも似た強烈なアセチレンガスの悪臭が漂う中で、パヴェルは組み上げたばかりのバックパックの方を振り向いて指を指す。


 そこには一部にのみ丸みを帯びた装甲を搭載されたガソリンエンジンが、内部構造をこっちに晒した状態のまま鎮座していた。単純にブハンカ用のエンジンを流用しつつボアアップ、それに合わせて各所を改造しているらしい。まだ装甲に覆われていない部分からは、かつてはそれがソ連製のバンのエンジンだった頃の名残が見える。


 車のエンジンを流用したからなのだろう、バックパックの左斜め上からは、L字に曲がった車のマフラーのようなものが突き出ていた。車のエンジンを流用したって事は、エンジン音も当然ながら車のエンジンみたいな感じか。SFっぽい『ギュイーン』みたいな音じゃなくて。


 えらく現実的な感じだなぁ、と思いながら腰に手を当て、段々と血盟旅団仕様に生まれ変わっていく機甲鎧パワードメイルを見上げていると、パヴェルが装甲の寸法を測りながら言った。


「つっても、機甲鎧パワードメイルまでこの車両で整備するのもアレなんだよなあ。この格納庫、元々は車両用だし」


「どうする? 貨物車両をもう1両購入するか?」


「ああ」


「それなら俺も手伝うよ。ここまでやってもらってるんだ、投資くらいしてもいいだろ」


「お、いいね。じゃあその時は頼む」


「はいよ」


 これが実現すれば、格納庫は2つになる。最後尾は今まで通り車両用。そしてもう1両は機甲鎧パワードメイル用の格納庫、という感じになるのだろうか。


 やはり専用の設備はあった方が整備するうえで便利なのだろう。


「それとさ、列車に武装くらい積んでもいいんじゃないかなって思うのよね」


「武装? ドアガン的な?」


「いやいや、もっとでっかい奴さ」


「装甲列車にでもする気かよ」


 いやまあ、確かに道中色々と物騒なのだが。


 パヴェルは武装を搭載する事に前向きだが、実際に武装した列車というのは珍しい存在でもない。騎士団では兵員を大量に輸送でき、尚且つ大型兵器を満載できるという理由で装甲列車を積極的に運用しているし、資金に余裕のあるギルドはそこから払い下げられた車両を購入、あるいは自作して拠点としているケースもある。


 民間の車両でも、道中に遭遇するであろう山賊や魔物に対し反撃するために武装している事もある。手回し式のガトリングガンがドアガンとして据え付けられている列車もあるんだとか。


 つっても、確かにこの列車(チェルノボーグ)は今のところ非武装だ。襲撃があったら、俺たちが武器を手にして反撃しなければならない。


 せめて機関砲とか機銃とか、そういう兵器の搭載くらいは検討しておこう。


「まあいいや、この辺後で議論しようぜ」


「はいよ」


 せっせと改造を続ける2人に「それじゃ、悪いが頼む」と後を任せ、格納庫から外に出た。


 あと2ヵ月もすれば、このノヴォシアにも雪解けの季節がやって来る。そして”泥濘の春”と呼ばれる春が訪れ、大地は一面泥まみれ。いたるところに底なし沼が出現するので歩行の際は注意しよう。


 ちなみに去年は30人くらい底なし沼で溺死したらしい。


 何ともまあ不運な事だ……ちないにそのうち6名は冒険者だそうで。危険地帯の踏破に慣れている冒険者でもうっかり死ぬことがあるので、本当にマジで気を付けようと思う。どんなベテランだって、うっかり油断してゴブリンに殺されましたとか、そのまま巣に連れてかれて繁殖のために使われましたとかいうエロ本みたいな展開が割とガチである。マジで。


 管理局で配布してるガイドにも記載されているので、これから冒険者になろうと思っているPCとかスマホの前の君、気を付けよう。


 雪の降り積もったホームに出ると、既に支度を終えたクラリスが待っていた。こっちは防寒着をガチで着込んでいるというのに、彼女の服装は相変わらずいつもと変わらない。半袖のメイド服の上着にロングスカート。二の腕から先は真っ白な長手袋で覆われていて、ロングスカートの裾の下からは白タイツに覆われた彼女のすらりとした足が覗く。


 言っておくが、クラリスの体格はモデルっぽい感じというより、女性のアスリートのそれに近い。腹筋割れてるからねクラリス。力入れるとそれがはっきり分かるし、触れると柔肌の下にちゃんと鍛え上げられた筋肉ががっちり詰まってるんだなってのが実感できるレベル。


 この気温なのに寒くないのかと思うが、クラリスは常人より体温が高い。彼女にとって38℃前後が平熱なのだそうだ……そのくらいの体温だったら風邪とか、ちょっと軽めのインフルエンザが疑われるレベルなのだが。


 そもそも彼女は獣人ではなく竜人。俺たちの常識を当てはめるのが間違いというもの。大食いなのもあの体温を保つためなんだろう、きっと。


「さあ、参りましょうご主人様」


「ああ」


 ぎゅっ、と手を握ってくるクラリス。長手袋越しに彼女の温もりが伝わってくる。恥ずかしいから手を繋ぐのは止めよう、って前に何度も言ったんだが、彼女は「迷子になったら大変ですから」と聞き入れてくれなかった。身長差もあってこれ傍から見たら親子にも見えるかもしれない。実際は同年代か、彼女の方が1つか2つくらい歳上の筈なんだが。


 ホームを跨ぐ通路を通過して改札口を抜け、駅前の広場を離れて”ヴリスチェンコ広場”へ。真冬、それも人を殺すレベルの寒さにもなるノヴォシアの冬ともなれば、外を出歩いている人など限られてくる。出勤していく労働者に食料の配給に並ぶ主婦たち。中には厚着で雪遊びに興じる無邪気な子供たち……アレ、意外と出歩いてる。なにこれ。


 とはいえ、この気温のせいで活気も限定的だ。ザリンツィク出身のイライナの英雄『アンドレイ・ヴリスチェンコ』の銅像が立つヴリスチェンコ広場で待つこと数分、憲兵隊の詰所のある方角から、灰色のトレンチコートに身を包んだ2人の男性が歩いてくるのが見え、身体に緊張が走る。


 片方は憲兵隊のものを身に着け、もう片方は法務省のトレンチコートを纏っている。国章が刻まれたウシャンカから覗く頭髪はまるで、一面の麦畑を思わせる黄金だ。百獣の王たるライオンのたてがみのようにも見える。


 その片割れが、フランクに手を振った。マカールだ。


「ミカ」


「ご足労いただき感謝します、兄上方」


 やってきたのはリガロフ家の次男マカールと、長男ジノヴィ。用件はもちろんアレである。


 ちらりとクラリスの方に視線を向けると、彼女は頷いてから手に持っているブリーフケースの蓋を開けた。中から出てきたのは1つの封筒。それをジノヴィに渡すと、彼は封筒の中身を検め始める。


 中身は手紙やら何やらでいっぱいだ。が、共通しているのはいずれも黄金の装飾と、これ見よがしにバザロフ家の家紋が刻まれている事。


 それに記載されている文字の羅列を読み進める度に、ジノヴィの手が微かに震えるのが分かった。恐ろしいから震えているのではない。私利私欲のため、力の無い者たちを切り捨てるバザロフの貴族としての姿勢に憤っているのだ。


 普段はあまり感情を表に出さない、冷徹な男だとされているジノヴィ。しかし根っからの冷血漢というわけではないらしい。それを今、俺とクラリスは目の当たりにしている。弱者の苦しみに寄り添い、それを平然と虐げる者に対して抱く怒り。冷徹な法務官と言われている彼の心の奥底にも、なかなか熱いものが燻っているらしい。


 それが分かってなんだか安心した。兄上もまた人間なのだ、と。審判を下すだけの機械などではないのだ、と。


 一通り内容を読み終えたジノヴィは、隣に立つマカールにそれを渡した。ジノヴィと比較すると感情の起伏が豊かなマカール―――というより考えている事が顔に出やすいマカールの表情が一瞬で変わり、証拠となる命令書を持つ手に力が入る。


「何だよコレ……こんな事って」


「ああ、許されん」


 静かに、しかし力強い声で言いながら、ジノヴィは広場の中央に立つアンドレイ・ヴリスチェンコの銅像に視線を向けた。馬に跨り、シャシュカを天へ掲げるポーズで広場を見守る銅像。あれのモデルとなったアンドレイ・ヴリスチェンコは、腐敗した貴族を一掃し帝国を救った英雄であるとされている。


 断罪の英雄―――彼の魂に誓ったのだろう。次は私が、と。


 とにかく、これで俺は役目を果たした。バザロフはどうしようもない屑だが、それを裁く権利は俺には無い。法の裁きの下、一切の忖度なく公平に、粛々と裁きが下る事を祈ろう。温かいコーヒーでも飲みながら、な。


「……とにかくよくやった、ミカ。後は任せろ」


「よろしくお願いします、兄上」


 右手を差し出す兄上。俺よりも遥かに大きな兄上の手を握り返し、リガロフ家の兄弟は互いに踵を返す。


 とにかく、ここでの俺の戦いは終わった。後は司法機関の兄上たちに―――彼らに、この事件の審判を託そう。


 それと……願わくば、またいつかリガロフ家の姉弟全員で集まりたいものだ。姉上たちは元気だろうか。エカテリーナ姉さんとはちょくちょく絡みがあったからだけど、長女のアナスタシア姉さんとは言葉を交わしたことも無い。


 ジノヴィも話してみたら悪い人ではなかったし、姉上だってきっと……。


 それが叶うのは一体いつになるのか。はるか先になる事は確かだな、なんて思いながら、クラリスと2人で雪に足跡を刻んだ。







 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 蒸気機関をどうやって人型の駆動部に組み込んだのかある程度予想は出来るがどうしても大型化しやすいからどうやってあの程度のサイズになったのか皆目検討もつかん エンジンはボアアップして1機だけに…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ