動き出す兄たち
「はぇ~……お前なんてものを」
よっ、とコクピットから飛び降りた俺の隣で、ツナギ姿のパヴェルが唖然とした様子で見上げながら言う。
俺たちの保有する列車”チェルノボーグ”の最後尾に連結されている貨物車両。作戦行動に使用する車両を収納しておく格納庫には、社用車であるブハンカと一緒に、人の姿をした異形が鎮座している。
機甲鎧―――バザロフが俺たちの追撃に使用し、戦闘の結果鹵獲したものだ。追撃戦の最中、主にクラリスからの反撃で左手の武装と頭部の正面装甲、そして腰回りに損傷を受けたが、駆動系を始めとしたシステムはまだ健在。かなり頑丈に設計されているらしい。
とは言ったものの……こうして見てみると、なかなか深刻な損傷を受けているようにも見える。特に腰回りが。
だってコレ、表面装甲だけじゃなくて内部のフレームまで歪んでるもの。ここまでノリと直感で操縦してきた(マジだよ)わけだけど、歩いてる時なんか腰回りからギチギチとかガクガクとか、聞こえちゃいけないような音が何度も聴こえてきたもの。
途中、なんか部品が脱落したような音がした時は危うくコクピットにある緊急脱出スイッチっぽいスイッチを押しそうになった。虎模様のストライプに囲まれた赤いスイッチ、あれ多分緊急脱出用か自爆用のどっちかだと思うんだがどっちなんだろうね? 自爆じゃないよね……違うよね? ね?
「どうだコレ、戦利品!」
自慢げに胸を張りながら言うと、パヴェルは困惑したような顔で機甲鎧の破損個所をチェックし始める。左腕と頭部装甲、そして一番深刻な腰回り。腕と頭はまあ、何とかなるが……フレームまで歪んでる腰は修理に手間がかかりそうだ。
「いや、こんなもん持って帰ってどーすんだよミカ」
「鹵獲! 血盟旅団で運用しない!?」
こういうロボット的なやつ、一回乗ってみたかったんだよね。仕事でこういうの使えるって絶対楽しいって……ああ、いや、楽しいとかそういう非合理的な理由だけじゃない。これさえあれば重火器も軽々と運用できる。歩兵と戦車の中間に位置する兵器と言えるだろう。たぶん。
とりあえずノリノリで提案してみるが、パヴェルの反応を見る限りでは彼はあまり前向きに考えているわけではない事が窺い知れた。まるで子供が「犬or猫を飼いたい!」とアパートとか団地とか、ペットの飼育に制約がある環境で言い出したのを見た親のような、困った顔だった。
「あー……ミカ、ミカや、ミカエル君やい」
「へいへい」
「え、何? 何? これ直せと?」
「あっ無理そう?」
「いや……たぶんできるけど腰がなぁ……」
「腰かぁ……」
そりゃあ、左腕と頭は表面の装甲を取り換えるだけでまあなんとかなりそうだけど、腰はフレームまで歪んでるからなぁ……一筋縄ではいかない、か。
「とりあえずまあ、後で見てみるわ」
「忙しいところ悪いが頼む。無理そうなら売却で良いぞ」
貴族が保有しているような秘密兵器だ、買い手次第ではいい値段で売り捌けるだろう。まあ、さすがに裏市場に流れてテロに使われました、なんて事にならないよう買い手は慎重に選びたいものであるが。
「それよりついて来てくれ。まさにこの兵器の事について、お前に話しておかなきゃならんことがある……モニカとクラリスもだ、来い」
「「?」」
何だ、急に深刻そうな顔になりやがって……。
機甲鎧について話しておかなければならない事とは何か? 盗品入りのクッソ重いダッフルバッグを背負いながら、格納庫から彼の部屋のある1号車へ。2人部屋ばかりが並ぶ中、唯一パヴェル用の1人部屋となっている彼の自室へと足を踏み入れ、俺たちはやっとそこで金塊のリッチな重みから解放される。
パヴェルだけ1人部屋なのだから、プライバシーは100%確保されているしさぞ快適なのだろう、と思うかもしれないがそうでもないらしい。ここにやって来る度に、毎度そう思う。
二段ベッドの一段目は潰して机と本棚にし、二段目を睡眠用……にしているつもりなのだろうが、使っている形跡がない。きっとそこにある椅子の背もたれに寄り掛かってそのまま眠っているのだろう。
空いたスペースにどどんと置かれているのは、作戦用のPCに端末とそれの充電器、そして無線機一式。窓際にある小型のロッカーからは、AKS-74Uのストックがチラ見えしている。プライバシーは確保されているが、私物らしきものが机の上くらいにしか存在しない―――雀の涙程度のプライベートしか余地のない、息苦しい部屋だ。
それだけ彼が仕事熱心なのか、それとも”前の職場”とやらがそういう環境だったのかは分からない。ただ、彼には失礼かもしれないが、少なくともパヴェルが普通の生活には馴染めない類の人間であることは何となく窺い知れる。
「で、話って?」
「……あの機甲鎧、この世界じゃまだどこにも出回ってない代物なんだそうだ」
「……は?」
意味が分からなかった。だって、あの機甲鎧は確かにバザロフが保有していて、金塊を持って逃走する俺たちの前に立ちはだかった。もし仮にあれがまだ出回っていない、製造されていない兵器だというのなら、さっき戦って鹵獲してきたあの兵器は一体なんだというのか?
どこかの秘密工場で製造されたのか、それとも未来から持ってきたとでも言うのか?
「シスター・イルゼとフリスチェンコ博士は知り合いらしくてな」
「初耳」
「以前、シスター・イルゼは博士の構想を聞かされたのだそうだ。”人が乗り込んで操縦できる戦闘人形のような兵器を作りたい”と」
まさに機甲鎧じゃないか、と思った。インプットされた命令を元に自立行動する戦闘人形ではなく、人間がパイロットとして直接乗り込んで操縦する機甲鎧。
戦闘人形が操り人形ならば、機甲鎧はさしずめ着ぐるみだ。命令という糸で操るか、直接乗り込むか。どちらが主人の命令をより具体的に実現できるかは言うまでもあるまい。
「フリスチェンコ博士ってあのメスガキ博士だろ? 試作型でも設計してたんじゃ?」
「そう思って中央研究所に問い合わせてみたが、博士はまだ機甲鎧のプロイェクトに着手していないらしい。戦闘人形の新型開発に思いのほか手間取っていたらしくてな……」
「では……クラリスたちが戦っていたあれは一体?」
机の上に腰を下ろし、葉巻を取り出してライターで火をつけるパヴェル。彼が煙を吐き出すと、部屋の中は一気に煙草の煙の臭いで満たされた。
前世の世界の職場が喫煙者の多い場所だったので受動喫煙し放題というなかなかアレな環境だったのを思い出す。あまり気にはしないが、クラリスやモニカたちは気にしないのだろうか。もうちょっと配慮した方が良いよパヴェル、女性って煙草の臭いを嫌ったりする人いっぱいいるから。
「ここでちょっと思い出してほしい。今回の一件……いや、特効薬の転売の件も含めて。連中の背後には一体”何”が居るのかを。アルカンバヤ村でお前らは何を見たのかを」
「……いや待て、まさか」
アルカンバヤ村で見たもの―――他者に成り代わり擬態する、あのロボットだかサイボーグだかよくわからん機械人間たち。守備隊の隊長だけでなく、村の住人達までみんな最終的に”奴ら”にすり替えられた。ただ1人、シスター・イルゼを除いては。
あんなおぞましい光景、出来れば思い出したくなかった。こっちに戻ってきてから5日くらいはあんな感じの悪夢にうなされていたのを思い出す。今こうして話している仲間が、実は中身が奴らと同じ機械かもしれない。そんな考えたくもない恐怖が滲み出てくる。
「ちょっと、どういう事よ?」
「……PCにあるデータベースで色々調べた。フリスチェンコ博士の手による兵器であれば、従来の戦闘人形との類似性が必ず存在する筈だ、とな。駆動系でも、動力系でも、装甲でもフレームでも、どこかに必ず設計者の”クセ”がある。機械ってのはそういうものだ……だからお前らが博士の依頼で戦った試作型戦闘人形との類似性がないか、データベースを漁って調べてたんだ」
「んで、結果はいずれも類似性ゼロ、と」
「その通り。つまりアレは……」
「―――全く別の技術体系で製造された、別種の兵器」
腕を組みながら話を聞いていたモニカがそう続け、パヴェルは首を縦に振った。
「つまりどういう事ですの? 技術体系が違うという事は、異国の兵器という事では?」
「”異国”ねえ……異国で済めばいいんだが」
ボソッ、とパヴェルが呟いた言葉が引っ掛かる。
異国で済めばいい……それ以上があるのか?
別の惑星……別の世界……そんな有り得ない話があるか? さすがにそれはSF映画の見過ぎだ。ああいう高度な知識が必要になる映画は専門家が粗探しするか、何も考えずソファに横になって安いスナック菓子でもつまみながら楽しむものだ。
「もしかしてと思って検索した結果、技術体系はフリスチェンコ博士の戦闘人形よりも、むしろお前らがアルカンバヤ村で交戦した例の”擬態する機械人間”に近い事が分かった」
「……あの機甲鎧は”組織”とやらがバザロフに供与したものだとでも?」
「その可能性が濃厚だ。だが、鹵獲した機甲鎧自体に使われている技術はそれほど高度な物じゃない。それなりの知識がある技術者が居れば十分に維持・管理ができる範疇の技術で造られてる」
輸出品、という単語が頭に思い浮かんだ。
冷戦中、かつてのソ連は自国の兵器を他国へ供与していた。戦車、戦闘ヘリ、戦闘機、小銃……しかしそういった兵器は、ソ連本国で運用されているものよりも敢えて性能を低下させた状態で製造されていた。
もしそれらを供与した国家が自国へ反乱を起こした際に容易に返り討ちにするためだったり、相手に最新技術を与えたくないなどの理由でそのような低性能な輸出型を供与していたのだという。
まあ、結果的に湾岸戦争でそのモンキーモデルたちは米軍のエイブラムスの格好のカモにされ、中東の砂漠に無残な残骸を晒す結果となったのだが……。
おそらくこの機甲鎧もそうなのだろう。より進んだ技術の流出防止のために敢えてこの世界で主流となっている技術に合わせてスペックダウンを施し、バザロフに提供した―――そういう事だ。
”組織”がこの世界の技術水準よりも遥かに進んだ技術を持っている事は、アルカンバヤ村での一件で既に明らかになっている。人間のように振る舞い、他者に成り代わる機械人間など、未だこの世界のどの国でも実用化に至っていない筈だ。そんな話は聞いたことがない。
自立行動できる機械では、あのカマキリ型の戦闘人形が現時点での”最小サイズ”なのである。
「一応は修理するし、可能な範囲で解析もする。だが……」
葉巻の灰を携帯灰皿に落とし、パヴェルは低い声で言った。
「用心しろ。”組織”とやらはどこかで、俺たちを見てるかもしれない」
今日の新聞記事は随分と賑やかだった。
ザリンツィク中央銀行から間髪入れず、今度はバザロフ家が強盗に入られたという物騒な記事が一面を飾っていた。死者ゼロ、負傷者は数名で、バザロフ家の当主であるヴラジーミル・エゴロヴィッチ・バザロフ氏も、記事によるとどういうわけかアパートの屋根の上で顔面に痣を浮かべた状態で気を失っていたという。
ああ、これはザリンツィク憲兵隊に同情したい。あそこの憲兵隊、特に上層部はバザロフ家と随分と親しい関係にあった筈だから、今頃責任者は全員呼び出されて処分を喰らっている事だろう。
さてさて、一体誰の仕業かは分からないが―――私の予想では、そろそろリガロフ家の末っ子から連絡が来るはずだ。
まるで初デートで相手の到着を待つ男子にでもなったかのように、なんだかソワソワし始める。まだかなまだかな、と腕を組みながら待っていると、コンコン、と副官のライサがドアをノックしてから執務室へとやってきた。
手には電話が乗っている。
「失礼します。法務官、”ミカエル”と名乗る方からお電話です。法務官に用事がある、と」
「ああ、待ってたよ」
咳払いしてから電話を受け取り、目配せして外で待っているようにライサに伝えた。受話器に耳を当て「もしもし、こちら法務官」と短く告げると、受話器の向こうからはやはり少女のような、男にしては高い声が聞こえてきた。
『ああ、兄上。お仕事中失礼します』
「構わないよ、ちょうど休憩中だからな。で、用件は」
『例の証拠、入手しました』
ニヤリ、と笑みが浮かぶ。よくやった―――いったいどんな手段を使ってそれを手に入れたかはまあ、敢えて追求しないでおこう。そんな事をしたら私も、マカールの立場も危うくなりそうだから。
しかし偶然だ。よりにもよってバザロフ家に強盗が入ったタイミングで、ミカエルも証拠を手に入れるなんて。こんな偶然があるのだろうか。
「よくやった。で、結果は」
『クロです。というか、ザリンツィク議会の9割が真っ黒だ。兄上、これは大量の逮捕令状が必要になりますよ。紙は足りてますか?』
「安心しろ、ストックならたっぷりある……って9割? そんなにか」
『ええ。これは大粛清が必要になりそうですね』
大粛清―――さすがにそれは笑えない。
が、ミカエルが言っている事が事実ならばそうなるのだろう。ザリンツィク議会、今回の騒動に加担した9割の貴族が、議会の議席から尻を退けることになる。
さて、そのためにもまずは証拠を受け取りに行かなければ。
「分かった、すぐ向かう」
『ええ、道中お気をつけて』
「ありがとう。では」
受話器を電話の上に置き、ライサを呼び出した。部屋の外で待機していた彼女に電話を渡すと、私は席から立ち上がってコートの上着に袖を通す。
さてと……これから忙しくなりそうだ。せめてコーヒーを飲む時間くらいは残っていると良いのだが。
「ライサ、飛竜を大至急手配しろ。ザリンツィクへ向かう」
「かしこまりました」
「それとキリウ憲兵隊のマカールも呼び出せ。アイツも連れてく」




