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着飾らない

 男に興味が一切無いとは言え、じゃあ、ファッションや可愛い小物にも興味がないのかと言えば、そこはそれ、男の視線の為ではなく、自分の満足感を得る為には必須なものでもある。


「これ可愛い」


 猫の絵柄が入ったバッグ。

 手に持っていて思わず欲しくなってくる。価格を見て二万五千円。決して高い訳では無いが、新入社員としては高額な部類に入る。

 入社一年目は安月給で扱き使われるのが、日本の会社員の宿命でもあるからだ。


「どうしよう……」


 この猫の表情は安らぐ。

 この機会を逃したら次は無いかもしれない。などと思ったりもするが、市販品などどこでも入手出来る代物だとは、この時点でいちいち考えない。


 食費を切り詰めれば、買えない事は無いだろう。

 現在昼食にかかるコストが一番大きい。外食をしている所為だ。他の女性社員たちと連れ立って、近所の店に行くから高くつく。一回に付き千円前後の出費になっているからだ。

 弁当持参にすれば一食二百円から三百円に収まる。一カ月で一万円以上節約可能だ。


「買った」


 予備費として計上していた分と、昼食の節約でねん出する予定の金で、めでたく猫の絵柄が入ったバッグを入手出来た。


「可愛いぞ。君は」


 これまで使っていたバッグはお役御免となり、代わりに明日からは猫バッグの出番だ。

 会社にはこれを持って行く事になる。


「毎日一緒だからね」


 中身を移し替えて出社の準備を整えた。

 明日の弁当を準備しておく。朝にそんな事をしていたら確実に遅刻するからだ。


 出社すると女性社員たちから「バッグ替えたの?」と言われる。


「可愛いデザインだから」

「猫好き?」

「好き」

「可愛いよね。猫。あたしは犬派だけど」


 世の中には犬派と猫派が居て、犬派がやや多いと統計上出ているらしい。

 私は絶対に猫。しなやかな体から生み出される瞬発力、獲物を見逃さない動体視力、些細な音も聞き逃さない聴力。実に素晴らしい。


 仕事中に話し掛ける男は居ない。

 業務連絡もメールで済ませているから、この社内で男と関わる事はほぼ無くなった。時折上司が何やら物申してくる以外は、接点を持たないのだから当然だろう。


 休憩中も視線を向けてくる奴は居ても、声を掛ける奴は居無くなった。

 実に平和だ。街を歩いている時より快適かもしれない。

 街中は物騒過ぎる。特に繁華街は股間を隆起させたオスが、虎視眈々と獲物を狙うが如く待ち構えていて、私を見るや否や矢継ぎ早に声を掛けてくるから。


 当然ながら全て返り討ちにしてやっている。

 先日警官に注意されはしたが、自分の身を守る上で手段を選んでいられない。通報した所で、事件性が無ければ放置される。つまりナンパ程度では警官は出張らないのだ。

 ならば蹴りの十発や二十発は許容して貰わないとな。軽傷程度も許容範囲だろう。重傷だとさすがに拙いが。


 給料日の後の休日には、かねてより欲しかった服を買うのだ。

 服を買う為に繁華街へと出向く必要があるのは欠点だ。ネットで購入すればいいのだが、それはそれでショッピングの楽しみが薄れてしまう。


 店内で目当ての服を見付け、試着してみる事に。

 女性しか居ない店内だから、ここでは気を抜く事も出来て楽だな。


「これ試着してもいいですか?」

「ではこちらへどうぞー」


 試着室に案内され着替えてみて、支障が無ければ買ってしまおう。

 実際に着て鏡に自分の姿を映すと、ボディラインを強調し過ぎず、シルエットの美しい後姿を見る事も出来る。

 服にしても何にしても、男を意識して買うわけではない。世の中には勘違いした男が居て、男の視線を意識して服を着てると思ってる、脳天ぱっぱらぱーな奴が必ず居る。


 男の視線なんて意識して買う奴は居ねえ。


 自分の為に買うのであって、男なんてそこには微塵も意識されないのだ。だから見つめられると不快感を得ると理解して欲しいものだ。

 男の視線を意識して買うのは一部の尻軽女だけ。


「すみません。これください」

「サイズはこれでよろしかったですかー?」

「大丈夫です」


 ついでに余計なものも勧めてくるが、そんなに買える程に裕福ではない。

 全部断って目的のものだけを入手し店を後にする。


「むっふっふー」


 購入後の満足感を得ながら街を歩くと、また湧いて来るのがナンパ男だ。


「あれ? 君確か」


 違った。

 会社の男だった。


「あ、近寄ったり声掛けちゃ駄目なんだよね」


 と言って距離を取って手を振って離れて行った。

 まあ、きちんと理解してるなら良しとしよう。弁えているならば多少の接触もやむを得ない。偶然までも排除するのは不可能だからだ。


 新しく買った服は次回外出時に着る。

 仕事に着て行くわけではない。


 いつもの朝、いつも通り出社するのだが、そろそろ靴を新調しないと駄目かも。

 蹴りを食らわせる所為で、傷むのも早いのか。それに男に触れ捲っている靴は、定期的に交換したいのもある。


 その靴だが、可愛らしいものではない。

 安全靴なのだから。少々重いのはご愛敬。


 なぜかと言えば、万が一足を踏まれてもへっちゃら、かつ、鉄板入りだから蹴った時の威力が増す。その鉄板入りの靴で股間を蹴り上げれば、どれだけ屈強な男でも倒せるのだ。

 玉が潰れてしまえば無力だからな。


 そして女と見るや無防備に近付き、急所を堂々と晒していると気付け。

 腹も股間も顎も、どうぞ突いてください、蹴り上げてくださいと言わんばかりなのだから。舐め腐ってからに。

 もっとも、そのお陰で身を守る事が出来ている。


 会社でも安全靴のままだ。

 ハイヒールを強要する問題で、騒動になったのも記憶に新しい。

 この会社もハイヒールやパンプスでなくても良い、と言う事で入社を決めたくらいだから。

 そもそも日本の男社会は女性に対して意味不明な強要が多過ぎる。

 これは男の女性に対する価値観や偏見が、いつになっても変化しない事にある。

 今も尚、しぶとく残るが女性たちが声を上げる事で、少しずつ解消しているのは良い事だろう。


 仕事が終わり、作業靴を売っている店に寄る。


 安全靴とひと口に言っても、鉄板が爪先にだけ入ったもの、足の甲までカバーで覆ったもの、一般的なスニーカーと遜色ないものなど、今はデザインも多様化して、選び甲斐もあるのだ。


「まあ、地味でも無難に先芯タイプでいいか」


 つま先に鉄板入り。そしてデザインは革靴っぽく見えるから、仕事でも使える。

 合成皮革で雨の日でも大丈夫なのがいいかも。


「これは足首まで保護するのか。ちょっとショートブーツみたいだけど」


 これなら蹴りの時に足首を痛める可能性を減らせるな。


「よし。これに決定だ。色はキャメルカラーにしよう」


 サイズを見て履き心地も確認した上で、レジに持って行き新しい靴もゲットだ。

 意外と安価で助かる。しかも丈夫だからな。


 古い靴は男に触れているから、早々に処分して明日からは新しい靴を履く。

 汚いからね。


 ここでひとつ。安全靴の欠点と言えばいいのか、足が結構蒸れてくる。帰宅すると新品の内はともかく、少しすると足臭い。

 消臭機能付きのインソールを入れても、ほとんど効果が無いから、しっかり中を乾燥させてストッキングじゃなく、防臭効果のあるソックスにしている。

 これで何とか臭さを防ぐけど、ソックスも割と頻繁に買い替える必要があって、意外と服飾費が嵩んでる事に気付いた。


「でもなあ。安全靴は武器になるし、でも足が蒸れるから防臭ソックスは欠かせないし……。これもそれも全ては年中盛ってる男が悪い」


 そうなのだ。

 盛りの付いたオス豚の所為で、余計な出費をさせられているのだ。

 実に理不尽な世の中だと思わないか?

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