百戦百勝零敗
今まで言い寄って来た男の数。百人。
お断りした数。百人。
付き合った相手。零人。
過去に妙な名前を付けられたみたいで「天岩戸」だって言う。
内に閉じこもってる訳でもない。むしろ社交的とさえ言われているのに。
「誰か天岩戸を開ける勇者は居ないのか!」
こんな事を言ってる男が居た。
むかついたから尻をしこたま蹴ってやったら、「もっとおねげーしますだ!」と懇願されて、思わず身の毛もよだつ思いで逃げたのだけど。
空手三段の蹴りを受けて喜ぶ変態だったのは誤算だった。
寒気がする。
男が近付くと最近寒気がするようになったの。
「お姉さん。綺麗だねー。どう? そこらで少しお話ししない?」
道を歩くとチャラくて薄らこ汚い連中によく絡まれる。
睨んでも拒絶しても纏わり付いて物凄く不快。綺麗なんて言葉は耳にタコができるどころか、耳ががん化する程に聞かされてるから、全く響かない言葉の筆頭。
そんな事も分からないボンクラに用は無いの。
「ごふっ!」
三日月蹴りで腹にめり込んだ足を引き離すと、前に倒れ込んで静かになるから、今はもっぱらこの方法で対処する事にしてる。
手を使うのは汚らわしくて触れたくない。だから足。
こんな対処をしていると時々寝言を噛ますバカも居る。
「暴力反対! それって暴行罪だ」
バカめ。
しつこく付き纏うから蹴りが入るのであって、私にとって正当防衛に他ならない。
なんで股間を隆起させた男のナンパが野放しで、女性は口でしか対処出来ない? だから後を絶たないし破廉恥行為が街に溢れ返る。女性に対処法が無いのであれば、去勢を法律で義務付けるべきだ。
当然だけど、それを言った男には踵落としを炸裂させた。
「ピンク……」
見られてしまったけど已む無し。
踵落としはリスクがある。だから回し蹴りの方が安心して放てるの。
そう言えば。
自己紹介なんて必要だろうか? 要らないでしょ?
「ねえねえ、か~の~じょ~。暇してる~?」
速攻で三日月蹴りを炸裂させる。
もんどり打って倒れる変態だけど、今回複数居て囲まれてしまった。
一匹は倒したけど、残り三匹がいきってるし、後から羽交い絞めにしようとしてる。総合的な力では上回るはずの男が、数で相手をねじ伏せようとする。こんなだから男が嫌いなのだ。
まずは後ろに回り込もうとした男に裏拳を噛ます。上手く急所の鼻を潰せた事から怯んだようで、後方の安全は確保出来た。
手は使いたくなかったが緊急避難措置だ。あとで念入りに洗っておこう。除菌も欠かせない。
正面に二人。
右側と左側に別れているけど、一方は華奢でどうやら喧嘩慣れしていない。
ならば、弱い方を先に叩き潰す。
連突きを顔面にヒットさせると、顔を両手で覆って後方に下がるから、その隙に喧嘩慣れしてそうな相手の懐に踏み込んで、中段膝蹴りを食らわせ前屈みになった所へ、掌底を食らわせ意識を刈り取る。
街に巣食うダニの処理は終わった。
呻いているが知らない。悪いのは数で圧倒しようとしたダニだ。
「ちょっとそこの交番で話を聞かせて貰えますか?」
誰か通報しやがった。
警官三人が来て二人が倒れてるダニの様子を窺ってる。
公権力に逆らっても無駄だから、已む無く警官に促され交番へと向かう。
「じゃあ、そこに座ってください」
パイプ椅子に座って机を挟んで警官が座る。
「えーっと、何があったんですか?」
正直に答えれば解放も早かろう。
「ナンパされて拒絶したら集団で襲い掛かろうとしたので、裏拳と正拳突き二本と膝蹴りに掌底で対処しました」
「……」
呆れているのだろうか? だが、もし仮にあれらに言葉が通じるならば、私も力の行使などしない。それを力説したら、暴力はいけない、ましてや段持ちの場合は正当防衛も成立し難いから、以降気を付けるようにと説教された。
個人情報を洗いざらい書かされて、免許証のコピーも取られて、解放されたのは二時間後。
「確かにしつこい質の悪いのも居ますが、暴力は控えるようにしてください。あと、まず訴える事は無いと思いますが、その場合は裁判所から訴状が届くので、身の潔白を証明したい場合は、きちんと出廷するようにしてください」
日本の法律は女性に圧倒的に不利だ。
男の腕力はそれだけで一般女性にとって脅威になる。だから護身術を身に着ける。それを段持ちと言うだけで行使させないのであれば、何の為の護身術であろうか?
法を作る政治家は男ばかり、治安維持をする組織の筆頭も男。よく聞かれる専門家会議も男が主流。だから女性を本気で保護する気が無い。
徹底した男社会が故に、女性は余計な苦労を背負わされるのだ。
これからも私は男を叩き潰す。
手段など選んでいられる訳が無い。躊躇していれば被害を受けるのは女性なのだから。
家に帰るとやっと落ち着ける。
テレビを付けると既に夜の九時だった。
面白くもないバラエティ番組を横目に、夕飯を食べるのだけれど、スマホに多数のメッセージが入ってる。
相手は全部女性だ。男にはSNSのIDは教えない。電話番号も教えない。と言うか個人情報はただのひとつも教えない。名前だって名乗らないのだから。
とは言え、会社で勤務しているとそうは行かない。
名前と年齢程度は知れ渡ってしまうからだ。
今年新卒採用され、まだ社内での知名度は低いけど、既にとんでもない美人が入社してきた、との事で男どもが大騒ぎしているらしい。
もし声を掛けて来られたら、三日月蹴りをしない保証は出来ない。
入社して即座に部長に直訴しておいた。
「仕事以外での声掛けは一切禁止で」
睨みを利かせて、もし仕事以外で声を掛けられたら、問答無用で三日月蹴りを食らわせます。と伝えるのも忘れない。
空手三段なので相応の威力はあります。怪我人を出したくないのであれば、社内で徹底させてください、と。
最初は冗談だと思ったのか、社員間のコミュニケーションは大事だから、そうやって排除しないように、などと抜かしやがった。
更にチームワークにも影響するから、男性社員も女性社員も分け隔てなく、などと抜け抜けと言いやがるから、仕事で最低限必要なやり取りは受けても、それ以外は一切合切禁止と声を荒げて言ったら、驚きながらも首肯した事で、今後徹底される事を祈るばかりだ。
因みに女性社員はそこに入らない。
対象はあくまで男だけと伝えておいた。女性社員からの誘いならば、いつでも受けるからと言っておく。それだけでコミュニケーションなんぞ、十分なはずである。
何も男を噛ます必要は無いのだから。
しかし、出社すると決まり事を守れないバカは居るもので。
「おっ! 噂の新入社員だね? 親交を深める為にも仕事終わりに一杯行かないか?」
おい、部長。言いつけを守れない浮ついたバカが居るぞ。
速攻で拒絶すると先輩面を吹かせて、説教しようとしてきたから、問答無用で下段踵蹴りを炸裂させ沈黙させた。
だが、その後、呼び出された。
「あのね、確かに君の言い分も分からなくはないけど、会社ってのは個人で動いてる訳じゃ無いんだから、問答無用で排除したら駄目なんだよ」
こいつには私が言った意味が理解出来てない。所詮男だから自分達に都合の良い解釈しかしない。
「じゃあ、辞表を提出します」
「あ、いやあのね、辞めろとは言って無いんだよ。ただね、暴力に訴えちゃ駄目だよって」
慌てて言い訳するが、ならば声掛け禁止を徹底させろ。
男の都合でいちいち振り回されて堪るか。
因みにこの騒動で、男どもが遠巻きに見るだけになったのは怪我の功名だろう。
結果オーライと言う事で。