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濡れ手で……あわわ(その4)


「金持ちの誕生パーティーか」「寿司の上に寿司のせて食ってそう」「VIP待遇極めてそう」「招待客に裏業界の人間いそう」「豪華客船で船上パーティーとかかな?」「そりゃだれか死ぬな」「それこそ裏業界の仕業じゃん」「ところでさ、ミステリで船上事件ってよくあるけどよ」「なんだよ」「ぶっちゃけ逃げ場のない海上で事件起こしてバレない腕あったらおかでヤればもっとバレないと思わねえか?」「一理ある」「海は海里じゃないか?」「一里の話じゃねえよ」


 綾瀬の誕生日パーティー発言により、テスト後なのにじつに頭の悪そうな会話がクラス内で繰り広げられていた。


 いや、むしろテスト後でもう頭が回ってないのかもしれない。かわいそうに。


「綾瀬さん、気にしないほうがいいよ」


 とか思ってたら、そんな男衆を冷めた目で見ながら佐野が言った。なんとなく俺が揶揄されてたときに似た色がうかがえる。


のないやっかみなんだから。いちいち受け取らないでいい」


 おお、やはりバランサー気質だなこいつ。こういうときクッション役を務めてきたんだろーな、というのがうかがい知れる発言だった。


 これを受けて綾瀬は。


 神妙な顔でごくりと喉を鳴らした。


「……その、佐野さん」


「なんだい」


「『やっ嚙み』って……どういう嚙み方でしょうか」


「このひと入試成績で十位だったはずなんだけどなぁ……?」


 佐野は頭を抱えた。あのね、こいつお前が思ってるよりさらに数段上の天然入ってるから。お前こそむしろ気にしすぎない方がいいよ。身が持たんぞ。


「んで綾瀬よ、詳細な日取りというか時間と場所はどうなってんだ」


「えーと今日の夜18時から、うちでやるそうです!」


 当日呼び出しなのはどうかと思うが、自宅パーティーというあたり八雲さんは俺のアドバイスをそれなりに真剣に受け止めてくれたらしい。庶民派パーティーですね。タイミング的にはテスト打ち上げみたいな気分だぜ。


 誕生パーティー。テンプレで考えると……、


 色折り紙でつくった鎖でも頭上にわたしてあるんだろうか。


 無駄に風船とか浮いてるんだろうか。


 クラッカーとか鳴らすんだろうか。


 ……ダメだGWにちょっとだけ上げてもらったときに見たあの内装にそんなもんマッチするとはとても思えない。だってグランドピアノ置いてあったぜ? 真っ白なやつ。バルコニーにジャグジー風呂あったぜ? 水底がゲーミングPCみたくビッカァァってライトアップするやつ。殿上人の暮らしぶりなんだよこいつ。


「なんかパーティー行くの不安になってきたな」


「ええっなぜゆえ? あの、でしたら日を改めて。須々木さんに最高のお誕生日会をお送りできる準備が整いましたらお呼びしますから!」


「なんで祝われるメインのひとが会をお送りする側になっているのよ……」


「あたし的には須々木さんをおもてなしできるのが一番うれしいイベントです」


「ちょっとそこは共感しなくもないけれど」


 ちょっと親睦深めてんじゃないよあんたら。もしあんたら二人で組まれると綾瀬の資金に倉刈さんのスキルと運用力がシナジーあり過ぎるんだよ。禁止カードだ禁止カード。


「まあいい……とにかく、18時だろ。それまでにはなんか用意しといてやる」


「そ、それは楽しみすぎて。スマホ一台じゃ、気持ちの発散が追いつかないかもしれませんね……!」


「エア課金の素振りがこわいよ綾瀬さん。複数台の課金を同時に行おうとしてないかな? リズミカルに各スマホ叩くその手の動き、ゲーセンでよく見るやつだよ」


「音ゲーの前からずっと動かないひとのそれね」


「こいつの場合連コインとかしないで筐体ごと家に置いてそうっすけどね」


 俺たちがそんなこと言いつつ見ていると、ぽけぽけした顔で綾瀬は笑っていた。


       #


 さてまだ十二時過ぎ、移動時間差し引いても五時間弱だ。


 材料をいまから買いに行って準備して焼いても間に合うっちゃ間に合う。メニュー次第だが。


「さって。スポンジはしばらく焼いてないから、久々だとうまく焼けんかもな……」


「無難にやるならパイシートとか買ってアップルパイとかかな」


「既製品では、あまり誕生日感は出ないでしょうけどね」


「でも綾瀬さんもローソク立てて吹き消すような年齢でもないでしょ?」


「ローソクうんぬんではなく、食の好みの問題もあるというものよ」


 綾瀬はタクシーで帰った(御手洗さん最近シフトに入ってないらしい)ので、佐野と倉刈さんと三人の帰路。俺がケーキの案について思いめぐらしていると、左右の二人から意見が相次いだ。


「でも食の好みって言うほどの好み、あるかなぁ綾瀬? 俺がつくるモンならなんでも、とか言うやつなんですけど」


「それでも揺らぎ程度の好みはあるのよ。たしかあの子、コンビニスイーツ買うのが日課だったはずでしょう」


 パラっと手帳を開くと倉刈さんがぼやいた。情報手帳かな?


 その黒い手帳に一体どれだけの個人情報・個人弱所が記載されてるんだ……とこわいもの見たさの気持ちが芽生える。うちの家訓その九は『好奇心こそ、人生』なんでね。


 俺は横目で覗いた。


 なにも書いてなかった。


 白紙だった。


 ……俺は本気でこわくなったので、見なかったことにした。なにを読んでるんだろうこの人。


「ああ、いまも習慣は変わっていないようね。そしてクリーム系がほんのわずかとはいえ、購入数として多い様子よ」


「ふうん。じゃあクリーム主体のケーキの方がいいのかもしれないね……ちなみに須々木、僕はチーズケーキが好きだよ。それもレアとかスフレじゃなく、ベイクドねベイクド。来月、期待してるから」


「シームレスに自分の話題ブっこんできたなお前な」


「ふん。ひとの誕生日に便乗して自分が得しようと押し付けるだなんて浅ましい限りね佐野さん。ところで須々木くん、十月のあなたの誕生日は期待してくれていいわよ。最高の誕生日をお送りするから」


「対抗意識燃やさんでくださいよ倉刈さん」


「ていうかあなた、自分だけ点数上げようとしてるのは僕と変わらないじゃないか」


「与えることもせず欲しがるだけの人と一緒にしてほしくないものね」


「惜しみなく与えてるさ。……あんまり、受け取ってもらえてないだけで」


「いじけた目で俺を見るな。倉刈さんも憐れみの目で佐野を煽んないで」


 くそぉぉ。両手に花状態で遠目に見たらいかにもうらやましいシチュだろうに実態はこの荒み空気加減よ。


 両腕をね、お二人の乳の間にギュっとしてもらうとかそういうハーレムっぽいの発生してもいいのに。現実はアーク溶接ばりに火花散らす二人のあいだで居たたまれなくていまにも溶けそうな俺ここに在りなんだよ。しんどいわ。


「……まあでも、期待にゃ応えてやりたいよな。何事も」


 とりあえず俺はまとめた。これ以上へんな方向に話題を掘り下げられちゃたまらん。


「そうね。それは本当にそう」


 倉刈さんも切り上げてくれたので一旦空気は変わる。と、ふいに思い出したらしく彼女は手を打ちあわせた。


「あ、そういえば須々木くん。このあいだの件だけど調べが大体済んだわ」


 そう言う倉刈さんはメモ帳をチラ見してからどこかへしまう。だからそれなにを読んでるの? と訊きたくなるがこわいので聞けないままだった。


「このあいだの、って言うと辺りがきな臭いというか妙な事件が多発してることについてっすか」


「佐野さんの家のちかくで泥棒騒ぎがあったり、須々木くんのご自宅も空き巣被害に遭いかけたのでしょう。許されることではないわね、まったく」


「ええ、……鍵付け替えて強化してたのが幸いしましたよ」


 だれのせいで強化したとは言わないが。言いませんが。口が裂けても。


 しかし倉刈さんは自分のことだと思ってないらしく、平然と会話をつづけた。


「で、調べの結果、ね」


「はいはい」


「なにもわからないことがわかったわ」


 ……なんだっけこういうのを表す言葉。『ムチムチ』……ちがう。それは単に全男子が好きなものだ。


「無知の知……?」


「それだ」


 佐野の言葉に俺は人差し指立てた。


 他方、倉刈さんはサイドバングを指に巻きつけながら、思案顔でため息をついた。


「情報が追えなくなるのって、どういうときだと思うかしら?」


「えー、そりゃ時間が経ち過ぎて忘れられるとか。証拠とか資料がなくなるとか、じゃないですか」


「もちろんそういう摩耗による追跡不能もあるけれど。一番多いのは、じつは『誘導』」


「……まちがった方向に導かれてたと?」


「私の業界では『潜る』とか『飛ばし』って言うのだけれどね」


 きな臭いこと調べてもらってたらシチュエーションがどんどんきな臭くなってきている。俺べつに裏社会見学したいとか言ってないですよ? どうして業界用語とか出て来てるんですか?


「とにかく、私では追えない……負えないという方がいいかもしれないわね」


「言葉遊びしてませんでした今?」


「ちょっとカッコいい雰囲気演出しようとしてるよね」


「とにかく、意図的に情報が操作されているのよ」


 とにかくって二回言った。これ以上茶化されたくないようだった。


『とりあえずまとめようとしてる感』を若干パクられたような印象になったが……俺は気になっていたことだけ最後に聞いておく。結構重要事項だと思うお話だ。


「それで倉刈さん。そんな妙な状況になってるこの街の様子はわかったんですけど」


「まだ気になることが?」


「……御手洗さんはどうしてるか、つかめました?」


 アーケードからの飛び降り以降、先月末に『今月で友達契約は解除 ご利用ありがとうございました』というテンプレ自動送信RUINが来て以来連絡もない。


 さすがに知人だし、心配になってきてはいるのだ。綾瀬のそばにもいないし。


 俺の問いかけに倉刈さんは、たっぷり数秒溜めて。



「つかめないことが、つかめたわ」



 と答えた……。


 ……、

 …………、

 …………あれ?


 倉刈さん言い回しでカッコいい感じに演出したけど、

 結局これなんにもわかんなかった&なんにも進展しなかったってことじゃ……。


「ねえ須々木」


「なんだよ佐野」


「言葉遊びといえばさ。ダベるって漢字でどう書くか知ってるかい?」


「この状況そのものをズバリ表してる字だ、ということは知ってる」


 すなわち。


 無駄な多弁おしゃべり


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