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人を呪わば……罠二つ(その3)


 そういや綾瀬がモテるようになったのと時を同じくして、俺の周りで生活に変化が起きた人物がもうひとりいた。


 だれかと言うと、長い黒髪ポニテをなびかせる麗しい見た目で、さすがに暑くなったからかタイツがなくなったのは残念だが生足部分多めなソックスもこれはこれで悪くない彼女。


倉刈くらがりちとせぇーっ! 勝負だゴラァ!!」


「遅い」


「うぁぁぁぁぁー!」


 遅い、の一言と共に倉刈さんにより雑に処理される大男。


 顔とナリを頭の中で描写する暇もなく倉刈さんに投げ飛ばされて空を飛んだ大男は肩から落ちて悲鳴をあげていた。


 倉刈ちとせさん、今日もバトル展開まっただなかである。


「……またバトってるぅ」


「あら、こんにちは須々木くん。今日はお買い物?」


「綾瀬のやつがバイトなくて、魚持ってこないんで。夕飯の買い出しっす」


 学校帰り、商店街のスーパー行く途中で路地裏のぞきこんだら唸る室外機の向こうでなにやら格闘していた倉刈さんである。


 汗ひとつかかず涼しい顔で、自分より体格良い男を華麗に処分した彼女もまた夏用の白セーラーになっており半袖で剥き出しになった二の腕がやわらかそう。腕組みすると腕に乗る乳もあいかわらずいい感じで……けれどなによりやっぱりこの人は脚だ。夏が近づく暑さの中で汗にじむふとももがたまらない。


 そんな視線を気取られないようにバレないタイミングでだけ働かせ、俺は彼女に問いかけた。


「で、どういう戦いだったんですいまの」


「修行よ」


 さらっと言われても理解が追いつかない言葉が飛び出して来た。


「修行ですか……」


「ええ。御手洗さんに鍵をスられて、まだまだ格上がいることがわかったのだもの。二度とああいうことにならないよう鍛え直す、って私言ってなかった?」


 たしかに言ってましたけども。まさかこんな荒くれた方法で鍛え直してるなんて思いませんて。


 この街の路地裏はむかしから妙に治安が悪い。なんでも、区画整理がうまくいかず放置された廃墟街に若者がたむろするようになったとかで、時々闇試合なんかもおこなわれてるとか。ファイト・クラブか?


 そして倉刈さんはこの治安の悪さを利して幼いころから腕試しをしており、返り血浴びたその様をして【赤の女王】と。そう呼ばれているのだった。


 そんな彼女が俺の手をひしとつかんで、潤んだ瞳でにっこりする。


「それなりに強いのを呼び集めているから、おかげさまでだいぶ研ぎ直せたわ。もうあなたを危険な目になんて遭わせないから」


「うん、鍵盗まれたこと反省するのはいいんですけどそもそも鍵作って不法侵入しようとしてる方が問題だし俺は荒くれ者呼び集めてるあなたの傍に居る方がトラブルに巻き込まれそうで戦々恐々としてます、恨み買いすぎでしょ絶対」


「大丈夫、倒した相手は敗北後の写真撮ってあって、『これをバラまかれたくないなら言うこと聞け』って言ってあるから。報復は無いわ」


 発想とやってることが非道い内容のエロ漫画に出て来る竿役のそれなんだよね。スマホでネット巡回しててバナー広告で一万回見た流れなんだよね。


「いまなら御手洗さんにも勝てる気がするわ。再戦を申し込んでこようかしら」


「わりとバトルマニアですよね倉刈さん……」


「そんなことないけれど。負けるのが、嫌いなだけよ。負けたら大切なものをなにも守れないもの」


「それはまあおっしゃる通りですが」


 現にそこに転がってる大男、プライドを護れなかったのかぐずぐず泣いてるし……。


「私にとって大切なものは須々木くんと、須々木くんが大事にしているもの。それだけよ」


「そのわりに俺のプライバシーとか尊厳とかはちょいちょい無視されてる気がするんすけどね」


「……好きな人のすべてを知りたい、っていうのは衝動だから。止めようがなくて」


「頬染めて可愛く言われると許しそうになりますけど、その黒い衝動なんとかしてくださいね」


「努力はするわ」


 ならいいけど。って流してしまうのは、やっぱルックスの方の暴力的なまでの良さによる。このルックスのひとに好かれているというのは自己肯定感がくすぐられるのだ。


 まあおかげさまで「【赤の女王】と並び立つ【王】」などとへんな神輿に担ぎ上げられてる感もあるのだが。なっちゃったものはしょうがないので、受け流していく。我が家の家訓その十二は行雲流水。


 などと考えていたら、倉刈さんがどこからともなく買い物袋を取り出す。


「今日のお夕飯はローテ的にチンジャオロースよね? ピーマンならそこのスーパーより少し戻って駅前の露店の方が安いわ。というわけでここにすでに買ってあるから、どうぞこれを使ってね」


「我が家の献立ローテを把握してる上に俺の行動も予測して物買ってあるのがとてもこわいんですが。でもありがとうございます」


「そんなお礼なんて。少しお夕食にご相伴あずかるだけでいいのよ」


「さりげなく我が家に来ることを確定事項にしてきてますね。まあ……いいですけど。ただし、変なもの仕掛けんでくださいよ」


「努力はするわ」


「素直。せめてそこはウソでも『当然よ』と断言してほしかった」


 動向しっかりチェックしなきゃ、とほほ……と思いながら俺は倉刈さんと夕暮れの街並みを歩く。


 なーんかこのひともこの人で、前よりちょっと押しが強くなってきてるような……? なんで佐野といいここんとこクライマックス感が強いんだ。俺なんかした?


 なんて思考をめぐらすものの、一緒に買い物してるときの倉刈さんが「通い妻っぽいな……」と感じたらそこからよからぬ妄想がたぎったのですぐまじめな思考は隅に追いやられた。買い物袋分け合って持ってるノスタルジーな空気、嫌いじゃない。



       #



 家に帰る途中で佐野とも遭遇した。そしてすぐ倉刈さんとにらみ合う。あいかわらず仲の悪い二人はなだめるのにひと苦労だ。


 そうして帰るとリムジンに乗って綾瀬もやってきて、いつも通りの恐縮する流れを踏まえて四人で帰宅(御手洗さんも誘ったが事務仕事らしくて去った)。


 後ろでジャラジャラ鳴ってる課金の音を気にせず三人をリビングへ通し、俺はキッチンに立つと調理をはじめる。


「あれ、砂糖なんて俺買ったっけ」


「もうすぐ切らすタイミングだから買い物カゴに入れておいたの。逆に須々木くん醤油を買おうとしていたけれど、上の棚の奥小麦粉の袋の後ろにまだ一本あるから抜いておいたわ」


「なんで消費タイミングと配置を全部知ってるんですかね……でもありがとうございます……」


 ドン引きしながらも感謝だけはしておいた。無駄なもの買ったとか買うべきもの買えてなかったーってのは結構めんどくささが募るからな。


 しかしキッチンカウンターに頬杖ついている佐野は、じとーっとした目で買い物袋をにらんでいた。なんなん。


「須々木、媚薬とか混入されてないかチェックした方がいいよ」


「そんなことしないわよ、浅ましい考えね。ひとの心を操ろうだなんて……ああ、そういえばあなた元々須々木くんにもそういうアプローチしようとする人だったわ」


「ちがいますぅー、あれはプレイの一環として新境地とか新たな性癖にめざめてもらおうってだけで心まで奪う気はなかったし。あくまで同意の上でしか使う気なかったよ」


「本当かしら」


「本当ですっての。というか、同意もなくプライベートを侵害することに頓着しない人だからそういう発想になるんだよねぇ」


「なによ。事後承諾とってるもの」


 事後承諾じゃねーか。つーか承諾はしてないよ俺。なにさらっと情報改竄してんの。


「須々木、結局こないだ御手洗さんに壊されたドア付け替えしたらしいけど。鍵もぜんぶ変えたほうがいいよ」


「安心しろ、入り口の鍵も俺の部屋の鍵もぜんぶ変えてる」


「そんな!? せっかく合鍵つくったのに!」


「防犯意識高めろとだれかさんに言われましたし……」


 ご忠告に従ったまでなのだが、倉刈さんはダイニングテーブルのとこでがっくりとうなだれていた。どんまい。


 綾瀬はというと定位置になりつつあるソファの端でソシャゲなどやりながらチラチラとこっちを見ている。献立が気になるらしい。


「今日はチンジャオロースだぞ」


「中華ですね! 中華鍋と高火力コンロ要りますか?」


「ポチろうとするな要らねえから。どこに置くんだよこの手狭な家の」


「そこもご安心ください。いまなら厨房器具一式を吊るせる壁ラックの取り付け工事もセットでついてくるみたいです」


「自信満々に画面見せてくるけど業務用だろそれ。下の方に『開業の方、特別割引』って書いてあんだろ」


「須々木さんがお店を開いたら世の中にしあわせが増えると思いますが……みなさんはおいしいご飯を食べることができますし、あたしはその開業のお手伝いをできますし」


「ヤダよ。閑古鳥鳴いてる店のなかでお前だけが爆食して『これ、シェフにどうぞ』って高額のチップ握らせてる図がありありと目に浮かぶわ」


「閑古鳥がお嫌ならお客さん役のひとを雇って呼べばいいじゃないですか」


「サクラじゃねーか! 本末転倒!」


 ピーマンを細切りにしながら俺はツッコんだ。


 と、その光景をなぜかむっとした目で見ている佐野と倉刈さん。なによ。


「いや……なんかさ、須々木」


「なんだよ」


「……近くない? 綾瀬さんとの距離」


「どこがだよ。あいつ一番離れてるだろ」


 キッチンカウンター、ダイニングテーブル、ソファの順に俺から遠い。顎でしゃくるように指すと、綾瀬がたはー、と小さく手を振る。途端に佐野がそわそわしはじめた。


「いや近いって。絶対近いよこれ。GWまではこんなじゃなかったよ」


「この点に関してはその女に同意ね。近いわ」


「ええぇ……お前ら二人が意見揃うのこわいんだけど……なに『近い』って? 心理的な話?」


「認めたくないけど」


「そういうことね」


 気安い的な意味か。


 んー、でもそれはなぁ……。


 なんていうか、家庭の問題に踏み込みすぎたからというところがある。八雲さんやら御手洗さんやらと大立ち回りして家にまで泊めて、ある種気安くならざるを得なかったというか。


「八雲さんとあんだけ話していろいろやらかしたから、心理的にいまさら壁がねーってのはまあそうなのかもしれん」


「……親か。やっぱり親にご挨拶イベントがあったからなんだね須々木?!」


「実家訪問したみたいな言い方はよせ。事実だとしても実態が伴ってねぇんだから」


「くっ、だったら来週の土曜日うちに来てよ! 本当のご親族挨拶ってものを見せてあげるからさ!」


「重てぇよご親族挨拶って。どんだけ人数揃える気だ」


「じゃあせめて須々木のご両親に僕から挨拶を!」


 いやうちの両親ご挨拶に連れてけるような状態じゃねえし。ここにいねぇし。


「やめようぜー、その辺の話はよぉ」


 単身赴任中の父母のこと考えつつぼそっと言うと、途端にきゃいきゃいしてた佐野が止まる。


 ん、え、なに。


 急にそういう反応されると困るんだけど。


 よく見れば綾瀬もちょい固まっている。どったのお前ら。


 沈黙数秒のあと、佐野が肩をすぼめながら口を開く。


「な、なんか須々木からひんやりした声出たの、はじめて聞いた」


「え。そんな冷たく聞こえたか? 悪ぃ、んなつもりじゃなかったんだがな」


 ぽりぽりと頭を掻きつつ言って、さー肉炒めるかなと牛肉を出しつつ佐野には皿を出すよう頼む。まだ戸惑いを抱えたままと思しき顔だが、佐野はそそくさと皿を並べた。綾瀬も箸とかコップを運ぶ。


 ただひとりダイニングテーブルのところで倉刈さんがたたずんでいて。


 俺と佐野をゆっくり交互に見、ため息をついていた。


 ……ええい。


 なんか変な空気になっちまったな。


 黙っててもあまり気にならないように、俺はテレビをつける。映画でも流そう。そう思って綾瀬の正面、テレビの前に行くと、


 その脇にある引き戸がスパァン! と開いた。


 腕組みして足を開き、どこかのアニメ会社でよく見る立ち方をした我が妹・ひろが。


 ライトブラウンの内巻きミディアムヘアをぶんぶんさせてから焦げ茶色のまん丸い瞳で俺を射抜く。びしっと人差し指を、突きつけてくる。



「社会復帰っ!! しますっっ!!」



 ……なんて?


「リハビリっ!! テーーーーションっっ!!」


「なんで英語で言い直した?」


「お兄ちゃんが首かしげたから通じてないのかと思って」


「いや言語としては通じてんだけど。お前の口からその語が出るという意思の変化が、どーも心に通じてこなくてな……」


 再度俺は大仰に、首をかしげてみせた。もーっ、と言って尋がぽかぽかと俺の胸板に拳槌を打ちつけてくる。地味に痛いからやめなさい。


「なにその態度、妹の社会復帰だよ一大イベントだよ?! 手料理とかえっちなご褒美とかあってもいいじゃん!」


「前者はエブリデイお出ししてるし後者は地球が逆回転はじめてもお出ししねぇ」


「きびしいっ……はっ、もしやお兄ちゃんがわたしの社会復帰最大の壁なの? 身内が最大の敵? ひ、ひどい。なにこの路線。映画なら総すかんだよマジやる気なくす……」


「決意から一分で早くもやる気瓦解させてんじゃねぇよ」


「あっでも最大の敵と道ならぬ恋、ってロマンスの最高値だよね……? やっぱこの路線で!」


「お前会話する気ないなら部屋戻れよ」


 俺は引き戸を閉める。


 秒で尋がスッッパァン! と開け直してきた。うるせえ。


「とにかく、明日から自宅警備を退職します。朝起きて家出て、やること探す」


「あっそ。がんばれ」


「うーわ気のない返事ぃー……もっと応援するとかないの?」


「朝食はきな粉と砂糖かけたごはん用意してやるよ」


「え、あ、うん。てゆうか好物だけど、よくそのメニュー覚えてたね、お兄ちゃん」


「揃って朝食食ってたころはいつもこれだったろ、さすがに覚えとるわ。あともう晩飯だからこのまま出てこい」


「はぁい」


 スリッパを履き、てててと俺のあとをついてきながらも室内にいた綾瀬たちにはギンとにらむ目つきを向ける尋だった。


 と、佐野が尋を見つつ俺に訊ねる。


「……妹さん、自宅警備なの?」


「言ってなかったか? ここ三年はほぼ学校行ってねーから、小学校の卒業証書も郵送させてたよこいつ」


「べつに学校行かなくても勉強なんてひとりでできるもーん」


 佐野の向かいの席に座ってべー、と舌を出していたのでやめなさいとデコピンしておく。額をさする尋に佐野は「勉強、どうやってるの?」と訊いて「雑学系配信者のサムネで面白そうだった奴見て〝この世の真実〟を勉強してる」という返答に引きつっていた。へんなからかい方するのもやめなさい、尋。


「勉強といえばそろそろ中間テストだな。そういやお前らって、成績どうなんだ?」


 同学年の佐野と綾瀬に話を振ってみる。佐野は肩をすくめた。


「悪くはないと思うけど。実を言うと僕、志望校滑って入ってるから」


「へー。なら学力の水準は禾斗目うちよりちょい上ってこったな。安心だな」


 綾瀬に目を向けると、うーんと小首をかしげる。


「あたし須々木さんを追っていたら、いつの間にかあの高校に入っていたんですよね……」


「迷い込んだみたいに言うな」


 ハッ、まさか金積んで裏口……とよからぬ想像が働いたが、横から佐野が「いや、入試のときの成績上位者は張り出されてたけど。その中にあったよ、綾瀬さんの名前。十位だった」と補足説明が入った。なんだとぅ。


「お前そのキャラで成績良いのは違和感だぜ……」


「ど、どういうことなのですか……? あたし成績下げた方がいいですか!? じゃあ明日から不良になります!」


「ならんでいいけど気になるから一応聞くわ、お前の言う不良ってどんなの?」


「そうですね。そこは倉刈さんに、参考までにどういうことすればいいのかお聞きしようかと」


「喧嘩売られてるのかしら」


「この人は不良っていうかその元締めじゃないかな、綾瀬さん」


「喧嘩売ってるでしょう貴女」


 食卓を囲んで火花が散った。火力は中華以外で要らないんで抑えてくれ。


「そういや倉刈さんは成績どうなんすか。大学とか狙ってるとこあるんです?」


「私? 行きたい大学はとくにないけれど……学力的には、まあ県内ならどこでも狙える程度よ。高校のときも同じだったわ」


「おお、すごい」


 ってことはたぶんこの人、俺がどの高校入ってようと転入なりして追いかけてきたんだろうな……ということに思い至ったが、こわかったので指摘するのはやめておいた。


「で、そういう須々木自身は成績どうなのさ」


 気を取り直した佐野が言う。


 話をはじめた側である俺はここで胸を張り、


「いや、ちょっとお前らに振り回されるとかナンパとかで勉強しなさすぎた。なんとなくヤバそうな空気を感じている」


 と、素直に話しておいた。


 あー、という三人揃った反応をされたので、いやお前らの責任もちょっとはあると思うよ? と言ってやろうか迷う俺だった。



        #



 デザートの杏仁豆腐まで振る舞って、21時ごろ。帰っていく三人を俺は玄関まで見送っていた(尋は満腹になった時点で「明日から朝、起きるからね!」と早めに寝た。あんま起きれるとは思っていない)。


「それでは本日も、素晴らしい食事をありがとうございました……! この恩義はかならず! かならずやお返ししますので!」


「お前は死にかけのとこを救われた武士か」


「今日もごちそうさま、須々木。僕もお返しに、今度手料理つくろうか? そんなにうまくないけどね」


「お前メイド喫茶でキッチンやってんだろ? がんばれよ」


 軽口を叩きつつ、送り出す。


 エレベーターまでサンダル履きで歩いていく。綾瀬と佐野が先頭の方でなにやら喋っていた。


 と、その二歩後ろにいた倉刈さんが、不意に振り返る。


「須々木くん」


「ん、なんです」


「一応、話しておくのだけど……私ね、」


「あー、やっぱ知ってるんですか」


 皆まで言わせるのも気ぃ遣わせすぎだな、と思ったので俺の方から切り出した。


 わずかにひるんだ、めずらしい顔を見せて倉刈さんはうつむく。右手で左肘をつかみ、ぎゅっと肩をすぼめた。


「……人のこと嗅ぎまわる嫌な職業、って言われたくないのに。職業病かしらね」


「や、べつにベッド下のシュミに比べたら隠してることってワケでもないので知られててもいいんですけどね。あのタイミングだと佐野に気ぃ遣わせそうだから、言わなかっただけで」


 そういやこの人、初見(と言っても俺が覚えてないだけで過去に遭遇してはいるようだが、とりあえず俺的な初見)のときから結婚だーなんだってすげえ言うけど。


『ご両親に挨拶』的な定番フレーズは、一回も言わなかったんだよな。


「まぁ気にしないでいいすよ。俺と会う前に衝動で暴走して調べちゃってたぶんについては、ノーカン。そん代わり現状以降、ベッド下のシュミとかもろもろについて知ろうとするのとかはお控え願いたいですけど」


「……ありがと」


「いえいえ」


 素直な、あまり普段目にしないタイプの倉刈さんの笑みを見られたから収支は悪くない。


 そう思いつつ三人をエレベーターに見送り、俺は部屋に戻る。


 五人分の皿が並んだ食卓を片付けながら、GWに綾瀬を泊めたとき尋と話したことを思い出す。


「ここで四人以上で卓囲んで飯食うの――『四年ぶり』、だったんだよなぁ」


 俺と父がここから関東の方に行ったのは『三年前』なのに、だ。


 まあ。


 そういうこと。


「大したことじゃねーや」


 親の不仲なんて、よくある話だ。


 どうせ俺がどうこうできることじゃなかったし、いまもそれは変わらん。無力無力。


 普通人の俺は、基本的にモブなのであるからして。


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