人を呪わば……罠二つ(その2)
翌日、教室にやってきてHR前の俺は考える。
もともとルックスは抜群な上に性格も明るい。綾瀬にモテる素地はあった。
モテを阻んでいたのは単に、その異様な金遣いだ。
俺の部活動加入阻止事件(多額の寄付寄贈でビビらせる)および多々目撃される俺への金銭授受(受け取ったこと一度もないけどね)くわえてリムジンによる登下校(と、その運転手の異様さ不気味さ)。
ここに正体不明の怪物感を見て、みなさん引いてしまっていたらしい。
が、GWでその正体に光が当てられた。
海外をも股に掛けるクソデカ企業CEOの綾瀬母・八雲さんの帰国に伴う記事で、綾瀬小雨がその娘であるということが知れ渡ったからだ。
異様なお金の出どころも、広域指定とかヤのつく自由業は関係ない――『単なるお金持ち』である。
そういう認識が出来上がった上、生まれが高貴なタイプのお金持ちではないのである程度備わっていた庶民感、親しみやすさ。
これらが綾瀬のウケを良くした。こうしてウケが良くなった結果、「ひょっとしてワンチャンあるんじゃね?」と綾瀬に告白して玉砕する奴もそこそこな数出始めた。
「……ちくしょう……」
いま畜生とかぼやきながら通り過ぎたのもそのひとりだ。「無理です」を喰らって二番目に死んだ奴。
敗退者が教室の隅っこに固まって、うじうじと俺を恨みがましく見つめている。
「なんであいつは『無理です』じゃないんだ」「ちゅーかむしろ、綾瀬ちゃんあいつを追ってここに来たんだろ?」「おかしい……なにかがおかしい」「でも【赤の女王】に贔屓されてる【王】だし……」「どっからどう見ても只者にしか見えないのにな」「いや、一番ヤベー狂気系キャラほど普通のナリしてるってのはセオリー」「じゃあ綾瀬ちゃんは狂気に惚れたの?」「おれらも恋に狂うべきなの?」「やっちゃいないよ! バーサーカー!」
言いたい放題言ってやがるしなんか混ざってる混ざってる。
けれどまぁ許そう。
俺はお前たちのおかげで、
理解できたことがある。
「理不尽で、無情で、意味不明な胸の高鳴り……」
「どうしたの、須々木。急にモノローグっぽいこと言い出して」
前の席から椅子の背に肘かけこちらを振り返って、俺のぼやきに対してツッコむ。
短めできりりとした眉の下、さまざまな感情の含みによりどこか色気も内包した瞳が、俺を見つめた。
ヘアスタイルはうなじを覆い隠す、青みがかったウルフカット。シャギーな感じで量感抑えたカットでアクティブさを出しつつ、夏服になったので灰色のサマーセーターに半袖カッターシャツ(シャツだけだとキャミとかブラ透けるのが嫌らしい。そういえば私服のときもベスト着てたな)という姿が全体のボディラインで以て線の細さも印象づける。……初見でこの格好だったら俺もさすがに野郎だとは思わなかったろうにな。
わが友、佐野由紀に俺は両腕を広げつつ答えた。
「なんかわからんがとにかく巻き起こるソレに、ここんとこ悩まされてたんだ」
「動悸息切れ気つけ?」
「例のお薬は要らねんだよ。まあとにかく、ソレの正体がつかめたんだぜ」
俺は高らかに言う。
すると佐野は眉根をぴくりとさせて、なにやら構えた様子だった。どうした。
「なんか僕にとって不都合なことが起きそうな予感が……」
「俺が体調120%万全に整えることでお前に生じる不都合ってナニよ」
「えぇ? ――あっ、いやっ、そのっ……あんまり激しいのは、僕もちょっと……」
かーっと顔を赤くして膝の間に両手を押し込み、もじもじし始める。
俺の万全120%な体調ってのを下半身事情に限定して語るのはどうかと思うよ? ていうかそういうの前提で俺を見るのをやめろ。身持ちが堅いつもりはゼロだけどよ……でもなんだ、ほら。
綾瀬がそういう感じで準備しながらウチに来てるっての知っちゃったからさぁ。
「なんだろう、いますごくイラっときてむらむらが冷めた」
「ナニ受信してるの佐野さん? あとむらむらが冷めたとか口に出して言われっと俺もどうしていいかわかんないんだけど」
ちょっと上気した頬とか、それだけでポイント高いんだからねお前。それが急に冷めたとか言われるとこっちも動揺するわ。
そんなこっちの事情はガン無視で、むっとした顔の佐野は俺を見つめる。
「なーんかさ。須々木、ここのところ心ここにあらずっていうか。時々別の女のこと考えてるっぽい雰囲気あるよ」
「カノジョ面するのはやめろ。そんなに心トんでることないだろ」
「あるよ。あと自分では気づいてないかもしれないけど」
「なんだよ」
「トんでるとき、いつも僕の胸のあたりに視線が……」
俺の目がメドレーリレーをはじめた。
いや、そんな。そんなつもりじゃなかったんだけど。心中で綾瀬のこと考えてたからって無意識に胸を見てしまっていた……?
「須々木、綾瀬さんのこと考えてたんでしょ」
「うぐ。いや比べてたわけじゃなくてだな」
「わかってるよ」
ため息をつきつつ佐野は首をちいさく横に振る。
さすがはわが友、俺の言いたいことをしっかり理解してくれている。
「比べて選ぶとかじゃなくて、ビュッフェ形式でぜんぶいただきたいのが男子だもんね?」
「お前それ心で思ってても言わぬが花ってことでみんなが隠してる本音だぜ……」
理解度が深すぎてタテマエ的なとこ突き抜けてんじゃん。建前って大事だよ? 本音ってのは叶ったらうれしいけど叶わないからこそ好き勝手言えて、それで現実と折り合いつけるもんなの。
「でも大丈夫だよ須々木、僕は二番手でも三番手でも。最後にきみをおなかいっぱいにさせてあげられれば、それでいいから」
「健気装って否定しにくい空気をつくるのをやめろ」
「それで、綾瀬さんのこと考えてたのはなんなの?」
「そして急に真顔に戻ってしっかり詰めてくるのもやめろ!」
落差で気持ち持っていかれそうになるんだよ。お前の喜怒哀楽ぜんぶ計算ずくなんじゃないかと疑いの目が向き始めるわ。
ともあれ俺の中でもようやく明確になった理由なので、とりあえず佐野には話しておくことにする。
「まあ、あいつのこと考えると感じる妙な胸の疼きがあってだな。その原因は、あいつがなんかわりと俺のこと意識してこのごろ家を訪ねてきてる、ってのを俺が理解したところにあってだ」
「う、うん」
「つまるところ――俺が感じてるのは」
「うん……!」
「おい返事はしつつもめちゃめちゃ耳塞ぐのやめろや聞く気ねぇのか」
「聞かなきゃという気持ちと、決定的な言葉を聞くことへのこわさがこうさせるんだよ!」
「…………なぁんかお前、勘違いしてねぇ?」
「えっ?」
「べつに俺綾瀬ルート入ったわけじゃないぞ」
「えっ??」
きょとんとして俺を見る佐野。そんなにそれっぽい空気出してたか? 俺。
なら説明してやるとしよう。
「ほれ。あいつ、このごろモテてんだろ」
「話飛んだような気が。でもまぁ、そうだね」
「GW明けから、いろんな男が玉砕してるわけだ」
「いまも須々木の後頭部にすごい色んなひとの視線向いてるね」
「だろ? つまり『それ』込みの感情だよ。それが胸を疼かせていた」
俺の言葉に佐野は首をかしげた。
ふふん、と俺は腕組みして軽くのけぞりつつ答える。
「『優越感』だ」
「……ゆーえつかん」
ぽかんとしてオウム返しする佐野に俺はこくこくうなずいてみせた。
「あんだけ野郎どもが玉砕しまくっている綾瀬が俺になびいてる事実。そこが気分良くて、ゾクゾクするってわけだ」
いや、連休明け病み上がりのときに胸が高鳴ってるのを認めたときにゃどうしたことかと自分でも思ったけどよ。よくよく考えてみたらそういうことだった。
ただ俺は、周りの男どもにうらやましがられていることが心地よかったのだ。
まぁ単なる友達なんだけどな。しかし、友達にすらなれない連中からしたら面白くないんだろう。いまも悪口雑言が耳に届いている。
「どーしておれたちがダメで、あいつがいいんだ?」「あいつそんなにハイスペじゃないじゃん」「顔がいいわけでもないし」「貢いでくれるわけでもないだろうし」「ってか綾瀬ちゃん金には困って無さそうだし」「……うーん、ダメだどの角度で見てもやっぱたいしてカッコよくない」「なにお前必死で良いトコ探すじゃん」「せめて負けた理由が知りてぇだろ!?」「たしかに」
はっはっは。俺を見つめる奴らの嫉妬心が気持ちええわぁ。
などと笑っていたら佐野がガタっと立ち上がった。アレどうしたの佐野さん? なんだかとっても不機嫌そうですが。どったのお前。
つかつかつか、と教室の端で隅っこ暮らししていた連中に近づくと、奴は肩をいからせながらぼそっと告げる。
「負けた理由は、きみたちがそんなんだからだよ。……そんなこともわかんないからモテないんだよ」
モブ連中は凍り付いた。
おっ、お前……さすがにいまのはオーバーキルだろ……。なんなら俺も固まったよ。
そして教室を出ていく佐野。お、おーい佐野さん? HRはじまりますよ、ちょっとー? 廊下の壁に背をもたせかけてなにやらアンニュイな顔してっけど。
「……ごめん、好きな人の悪口言われたら僕も冷静じゃいられなくて」
「あ、うん。そこも直球で言われると俺動揺するわ。でもアレだぞ、ああいうやっかみは仲間内で結束固めてつるむための冗談半分だし、それがわかってるから俺だってああいう集まりちょくちょく顔出すタイプだぜ。下世話な話は盛り上がるからよ」
「わかってるよ。須々木が下ネタとゴシップ大好きな、噂に尾ひれつけておいて責任取らないタイプで勝ち馬と調子に乗る傾向にあるってことくらいは」
「そこまでは自称してねぇよ! 好きな相手にそんなタイプづけすんなよ!」
「もちろんこれは冗談。……でも、外でほかのひとと居るときの須々木が本当にこんなんだとしても。僕は僕と居るときの須々木がいままでと変わらないならぜんぜん構わないよ」
「その言い方はその言い方でひっかかるんだが。堕落させる気満々な感じ?」
「んー、一緒に堕ちるならそれも構わないけど、どっちかというと『絶対に堕落しない』って思ってるから言える軽口かな」
人差し指を口許にあてがい、佐野は答えた。
それからどっかのアニメ会社で多用される首の角度でこっちに流し目送りつつ、目元だけ微笑んで言う。
「そう思ってるから、僕はきみが好きなんだ」
言い終えて、頬が赤らんだ。
……え、なに? なんで今日そんなクライマックスな感じなの? イベントフラグ立ってる? わからん。どうすればいいの俺。
「思ったより効いてるね。茶化してくるかと思ってた」
「付き合う気がなかろうと茶化していい場面かどうかくらい考えるわ」
「おっと釘刺された。はいはい、わかってますよ。友達の立場をわきまえてるよ、僕」
でもさー、と、教室へ戻る一歩を踏み出しながら佐野は言う。
声の端に、チャイムの音が重なっていく。
「――――友達と恋人の境目って、なんだろね?」
「俺の基準を聞き出しておいて未来で使える言質とろうとしてない?」
「バレたか」
油断も隙もねぇ……やっぱこいつ全部計算ずくで動いてるだろ。さっきキレたことさえも。健気キャラを装うことに余念がなさすぎる。
俺は前の席へ戻っていく佐野の背を見つめながら、境目なんてそんなもん……長く恋して付き合えると思うかどうかだろ、という、口にするにはこっ恥ずかしい自分のなかの基準を思い浮かべていた。




