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苦あれば……落あり(その8)


 責めちゃいねえ、責めちゃいねぇよ。


 だって誰も悪くないだろ? めぐり合わせっつーか、ちょっとした分岐っつーか。それぞれのちょっとした積み重ねが大きくなっちまっただけで、さ。


 誰も、悪くなんてなかったはずだ。


 ……俺も含めて(・・・・・)


 せっかく、そうやってずっと考えてきたってのに、親父は俺が責任を感じてるかのように言う。


 俺の上げた音を、拾ったかのように言う。


「やめろよな」


 俺は、へらりと笑った。


「ねえよ。ねぇわ。あり得ねえ。俺は自分がそんな、大それた奴だと思ってねぇよ。分相応ってやつを徹底してるさ」


「お前、気づいてるかね」


「あ?」


「お前の、顔。についてだよ」


「……なんのこったよ」


 この上どういう指摘がくるのかと内心ビビりながら、俺は親父に向き合う。


 親父は、俺の顔の輪郭をついっと指さしながら、空をなぞった。


「どこにいってもなにをしてても、ほとんど常に冷や汗を流しているんだよ。お前は」


「え……なにそのこわい設定」


「気づいてなかったのか」


 言われて、ぴたぴたと顔を触ってみる。


 指先は……さらりとしていた。


「いまは流していないぞ」


「常にって言ったじゃねぇか!」


「言葉は正確に繰り返しなさい、俺が言ったのは『ほとんど常に』だ。そしてその例外に当たるのが、今。こうやって俺や母さんのことについて、お前が話をしているときだ」


「……はぁ?」


「その話をしているときのお前は、たぶん、素が出ているのかね。いつも冷静で打算的な顔だ」


「いいことじゃねぇか。冷静さを欠いたやつから脱落するのは世の常だしよ」


「だがそれは、『期待していない顔』ということだ」


「なに言ってんだよ、俺はいつもなんか良いことねぇかなーって動いてるぞ。可愛い女子と知り合いたいなーとかイイことしてもらえねぇかなーって、」


「それも、期待しているフリ、ではないのかい?」


「そんなの決めつけだろ?」


 知ったふうなことばかり言う親父に俺は、ははーんと皮肉るように返す。


 ……いや、まあ冷や汗の件は自分で気づきようがないし、マジなのかもしれんけどな。


 綾瀬に金出されたとき、倉刈さんに抱きつかれたとき、尋に夜這いかけられたとき、佐野に監禁されそうになったとき……なんかどれも冷や汗かいてそうな気がするな。俺の人生をシーンごとにイラスト化してたら、たしかにどのタイミングでも冷や汗タラタラかもだわ。


 でもそれはそれとして、親父の話は気に食わなかった。


 まるで俺が、


 ずっと、忍耐強く我慢して。


 耐えつづけてきたかのような、言い草だった。


 べつにたいして我慢しちゃいねぇよ。弱虫な自分を押し殺してる部分はあったかもしれんけど。でもものすごーく我慢と忍耐を強いられてたとかじゃねえ。


 俺よりたいへんな奴はいくらでもいるし、そんならむしろ、いつも手が空いてて余裕あった俺は主張なんてしなくていい。だって自分よりたいへんな奴に「俺つらいわ」とか訴えてみろ、向こうからすりゃうっとうしくてしゃーないだろ。


 不幸自慢なんてするもんじゃない。


「俺は身の丈にあったもの以上を……求めてねぇだけだ。んで、回答はどうなんだよ」


「どうとは」


「家族って、なんだよ」


「正しい答えが出ているなら別れていないさ。ただ俺個人の考えなら、それは」


 すっと目を細めて俺を見て、親父は首の後ろを掻いた。


「そのひとのためなら、いろんなことを頑張れるという相手だ。お前や尋や、……母さんも含めて」


「……まあそれなら、わからんでもねぇよ」


「いや、たぶんお前と俺ではだいぶ見解が異なるよ」


「ラクでいられる相手、ってのと頑張る動機になれる相手、ってのは違うと?」


「まあそうなるかね。お前のその『ラク』というのは、俺が思うに『自分が引き受ければそれで済む』とか、『相手に期待しなければ済む』という考えの表れに感じる」


「そんなに俺が、自己犠牲に囚われてるように見えるのかよ」


「見えるさ。そうさせたのは、俺なんだから」


「また俺が悪い俺の責任だって言いだすのか、親父」


「そうさ。お前がいくら俺に責任を感じさせないよう『誰も悪くない』なんて言い張ってもね……。離婚の原因は確実に、俺が浮気調査を依頼したことにあって、俺はその行いで母さんに取り返しようのない傷をつけた」


 もはや反省なんて言葉ではなまぬるい、遠くを見すぎた顔で親父は苦々しげに口許を歪める。


 あらためてそんな、親父の傷ついた顔、手痛い教訓をかみしめた顔を見て。


 俺は。初めて。


 自分がこれまで動いてきたことについて、


「なんか違ったんじゃないか」と、顧みる気持ちが生まれていた。


 ────バレないようにしてきた、そのつもりだった。


 親父が自分を責めずに済むように、俺は単身赴任についてきたり。親父だけが悪いわけではないコレは俺たちみんなの問題だ、と全体に責任を分散して考えたり。いろいろに動いてきた。


 でもすべては俺が、自分で自分を責めたい気持ちだったのを、隠すためでも、あった。


 親父はつづける。


「それを勝手に、『自分になにか出来たはずだ』なんておごるのはやめなさい。あげくにその本心を悟られたら余計に親父()がへこむ、だとか気を回して『誰も悪くなかった』なんて話にすりかえるとは……本当に口だけは達者だ。誰に似たんだか」


 心底呆れた語調で言い、親父は腕を伸ばす。


 厚い掌で、俺の頭にぽんぽんと触れる。


 それからわしゃ、と髪を掻き分けた──と思ったらゼロ距離からグンッと一気に真下に加重。ガクンと俺は首を前に折られそうになってうつむいた。


「痛ぇっっ! なにちょっと寸勁っぽいことやってんだクソ親父!」


「子どもの分際で親に配慮しよう気を遣おうというのが気に食わなかったのでね」


「そんでも発端は好意だろーがよ!」


「好意ならなんでも許されるわけではない」


 うんそれはそう。


 暴走する好意に覚えのあるメンバーが四名浮かんだので、俺はすごすごと引き下がった。


 が、そんな俺の肩をがっとつかんで、父は引き止める。なんだまだ寸勁する気かよやめろよ。


 と思ったら、


 ぽんぽんと、軽く肩を叩かれた。


「が、結果が振るわずとも動機が不純であろうとも。お前が俺を思い遣ってくれたことには、感謝しているよ」


「…………おう」


「肩の荷を、下ろしなさい。この行いについて俺が許すかどうかとは関係なく、お前はお前をちゃんと許してやりなさい」


「なんだ、そりゃ」


「自分の本当の望みに、きちんと耳を傾けろということだ。おっと、」


 そこまで話したあたりで、親父のスマホのアラームが鳴る。どうやら始業五分前らしい。


「いけないな。もう時間のようだ」


「みたいだな」


「そろそろ俺は仕事に戻るよ。いいかい、繰り返すが自分の望みに耳を傾けろ。期待することを、取り戻しなさい」


 また期待の話か……と思いながら、俺は去り行く父の背に最後にもうひとつだけ問いかけた。


「なあ」


「ん?」


「なんで、母さんを疑っちまったんだ?」


「……自分を信じきれなかった。相手が想ってくれている自分を、信じきれなかった。だから疑ってしまった、それだけさ」


 どこにいっても常に主演でまぶしい存在だった母さんに引け目があったんだ──と語尾につなげながら、親父は建物の中に消えていった。


 残されて、俺は。


「……期待か」


 親父に撫でられた肩をぽんぽんとはたき、フッと息で払った。


 ふしぎな話だが。そのときやっと、気づいた。


 肩が軽い。


 それも、ちょっと肩こりが軽くなったとかそんなレベルじゃない。


 数年にわたって(・・・・・・・)肩にひっかけてた重りを、やっと外したような……


「あ」


 俺はやっと感づいた。この肩が軽くなったことから連鎖的に、気づけた。


 ひとつの、真相に。


 そこに、ウイーーーーンとなにやら機械の稼働音が近づいてくる。


 こんなタイミングで来るような人物、俺はひとりしか知らない。


 半笑いで、俺は先ほどのぼってきた坂道の方を見やる。


 がたがたと路面の悪さで少し揺れながら、電動車いすに乗った黒いシルエットが現れ──いや、意外と白いなシルエット?


 というのも、全身包帯だらけだった。


 なんなら目元しか出ていない。顔から喉元、両手両足まで包帯グルグル巻きだ。明治期に政府倒して国盗り狙ってそうな風貌になっている。


 そんな状態の御手洗さんが、電動車いすを手元のレバーで操作して、俺の前までやってきていた。


「……思った以上に重傷でドン引きなんですけど」


「術師の戦いはこんなものだ。ちなみに労災も降りん」


「絶対関わりたくねぇ業界……」


「で、終わったか。須々木の」


「はぁ、まあ」


 煮え切らない俺の返事にも、御手洗さんはふんと鼻を鳴らすだけだった。いかにも、呆れたという感じ。


 この人は最初から……なんなら俺と出会った最初の最初、佐野んちで出くわしたあのときから。俺のことをろくでもないろくでもないと言っていたが。


 なんということはない。


 まじない師という職能持つ観点から──自分で自分を(・・・・・・)呪っている(・・・・・)俺を、ろくでもないと評していたのだ。


「わかったようだな。お前が(・・・)綾瀬の不調の原因(・・・・・・・・)だと」


「あー……そもそも俺がやたら、呪われやすかったのも」


「【自縄自縛】の効果だ。言っただろう? 『――お前、呪われやすい奴だな』と」


 やっぱ最初から気づいてたんだな。俺自身で知らなかった、俺の事実。


 期待しない顔だのなんだの、親父にはべつの視点での言い方をされていたが。


 結局のところ俺は。


「なんも家の中を変えられなかった、そんな自分の無力を呪って(・・・)。結果、こういう生き方になってたんすね」


 そして綾瀬は、そんな俺の本性に気づいた。


 お袋と話した直後だったから、また例の冷や汗かいてない顔で俺が喋っていたということだろう。


 そこから俺が抱えてきた無力感とかどうせ変えられないってあきらめに、感づいた。


 感づいて、けれど自分じゃどうにもできないと思って、綾瀬もまた自分の無力を呪った(・・・)


 ひとを呪わば穴二つ。


 俺たちは互いに自分と相手の墓穴を掘ってた、ってことだろう。


「お前たちにかかっていた、呪いはすべて解けた」


 包帯越しにふがふがと御手洗さんはしゃべる。結構キメ台詞っぽかったんだけどくぐもってたのでもうちょっとで聞き直すところだった。


「お前はもう、自由だ」


「そっすか。あんま、いままでと変わった気しないんですけど」


「すぐにわかる」


 包帯まみれだが、笑ったような気がした。


 この人も普通に笑うとかあるんだな。


「……にしても、その説明するためにわざわざこんなとこまで来てくれるなんて……友達期間も終わってるのに、サービスいいすね。それともすでに俺たち、そういうの関係ないような友達ってことです?」


 なんとなく気恥ずかしい空気を壊そうと、俺はちょっとからかった。


 すれば、途端に御手洗さんはスンと真顔に戻る。顎先で、親父が入っていった建物をくいくいと示す。


 ん? なんか嫌な予感。


「馬鹿なことを言うな須々木の。私は仕事でもなければこのようなド田舎の秘境駅近くまで来たりはしない」


「……え」


「お前に会ったのは偶然で、雑談してやったのは時間つぶしだ。今日の仕事は十時から、その建物で行うのでな」


「……えっ、え。ちょっ、この建物に御手洗さんが用って、まさか」


「私が来るような場はひとつしかあるまい」


 もごもごしていた口から、ベっ、となにか吐き出す。


 丸められたお札だった。唾液で濡れてるはずのそれが、ガソリンでもかかってるかのように青々と燃えて、地面の上で灰屑になっていく。


 その、熱が生む陽炎の向こうで。


 建物が歪んで見えて、なんだか非常に薄気味悪い空気が漂って来て。あっ、いまなんかひやっとした空気が首筋を。


「ここは……ドがつく超級の心霊スポットだ。一見しただけでは霊が何体いるのかまったくわからん、お前の父親はよくこの瘴気にあてられないでまともさを保てるな」


 一気に周囲がセピア色になってきた感じがした。


 ま、まてまてまて待て。


 これまでなんやかんやで心霊バトル的なのは一切関わり持たずに来たし描写だってされんかっただろ。


 ここにきて、ここまできて、そういう展開やんの?!


「安心しろ須々木の。……まばたきの間に、一葬いっそうしてやる」


「めちゃめちゃカッコいいけどやだー! 巻き込まれたくねぇー!!」


 その後立てないはずの御手洗さんが普通に立ち上がってなんか大立ち回りしてるのを見たような気がするが、情報量とツッコミが間に合わなかったのであんまり覚えていない。


 ともかく俺は無事に、山から下りて民宿に戻った。



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