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人を呪わば……罠二つ(その1)


 金色に近いくらいまで脱色した、けれどサラッサラのストレートヘア。ぱっつんの前髪。


 くりくりとした大きな瞳であどけない表情をくるくる変える小さな顔の下では、その低身長と童顔に似つかわしくないたゆんたゆんがセーラー服をグぅっと押し上げる。


 そういう、ルックスだけなら満点の美少女。


 綾瀬小雨。


「……好きです。お付き合い、してください」


 奴に向けて――俺の口から出るとは到底思えないセリフが、体育館裏に響いた。


 うん、実際俺の口から出た言葉ではない。


 発信元はうちのクラスの男子だ。


 名前はまだ知らない。今後知る予定もとくにない。テニス部(硬式)とか入ってそうな、そこそこ爽やかで清潔感のある男だ。


「無理ですっ」


 そして名も知らぬ男はばっさり振られた。がっくり崩れ落ちている。


『ごめんなさい』とかじゃなく『無理です』って言われたのが相当堪えたのだろう。


 綾瀬くらい顔と乳のいい女から否定を突きつけられるのはたとえ好意なく好みのタイプではなかった場合でも「こういう、顔と乳のいい女に嫌われたということはこの先俺がタイプだと思う顔と乳のいい女にも振られるかもしれない」とか、疑心暗鬼になりかねない。


 そんな、トラウマを抱えたかもしれない男の脇をててっと通り過ぎて、綾瀬は帰路につく。


 べつにその顔に「好きでもない男に告白されたー、無理ぃー」とかその手のマイナス感情はない。


 ほんのり笑顔、鼻唄でも歌いそうな雰囲気。スキップとか2ステしてるのが似合いそうなあの感じ。


 つまりはいつも通りであり――おそらくいまの告白はあいつのメンタルにプラスもマイナスも生んでいない。


 膝から落ちたままその様を振り返って確認し、名も知らぬ男はぎゅっと学ランの胸元をつかんで仰向けに倒れた。


 そりゃそうだ。自分という人間が他人にどれほども影響を与えられないちっぽけな存在だと、突きつけられたわけだから。


「南無南無」


 無縁仏に手を合わせる。


 物陰から告白シーンを見て念仏を唱えた俺に気づき、綾瀬はハっと表情を変える。


 そして一歩。肩に提げる学生鞄に手を突っ込んだ。


 二歩。スマホを取り出した。


 三歩。シュバっと手の内で90度回転させて横向きにしたスマホでソシャゲを起動した。


「あっ須々木さん! いまお帰りですか!」


 四歩目で俺の前にストップしつつ、ジャラジャラ課金の音。


 平常運転だった。


「おう。お前も帰りか? 今日明日はバイト先の鮮魚コーナー改装で休みだったろ」


「はい……ですので今日はお届けする食材もなく、したがってお邪魔することもありません……須々木さんに捧げるものもないのでは扉は開かれませんので……」


「供物を求める神みたいな扱いやめてくれる? いや、こないだもらった練り物系まだ残ってるしよ。それ食いにくりゃいいんだけどな」


「めっそうもない。一度須々木さんのおうちで保管されることにより神聖なものとなったお食事をいただくなんて、価値が上がってしまっていて恐れ多い……」


「だから神扱いやめてくれる?」


 南無南無やってた俺に向かって両手を合わせて拝む綾瀬。あほくせぇなぁ。


 そんなことをやっていたら、先ほど仰向けに倒れた奴が起き上がって俺たちの方を見ていた。


 なかまになりたそう、というわけではない。


「いっ、イチャついてんじゃねぇー! なにフラれた奴の横でフった五秒後にイチャついてんだよぅ!」


 キレちらかした。


 しかし俺からすればなに言ってんだこいつ案件である。


「イチャついてねぇよ。まとわりつかれてんだよ」


「あんた迎えに来てたじゃねぇーか! まとわりつかれに来てんじゃねぇーか!」


「お前が人気のないとこに呼び出すから万一のこと心配して来ただけだろ。ていうか告白に『呼び出す』って時点でどうかと思うわ。相手に交際の許しを得ようと言うなら菓子折り持って下手に出て『すいませんこちらから訪ねますのでどこか御手隙のお時間ありますでしょうか?』ってアポ取りに来るのが普通だろうよ」


「どんだけ下に出ろっつぅんだよぉ!」


「首までめり込むくらい下に出ろよ。ていうかお前、自分が脈アリだと思ってたの?」


「いやべつに……付き合えたらいいかなって軽く思ってたってぇだけだけど」


「なしてそう思ったわけよ」


「えぇー? だって可愛ぃーじゃん? それにまぁホラ。……わかるだろぉ。あんたも」


「ああ、まあ理解わかるよ。アレだろホラ」


「ソレなー。ソレなんだよぉ」


 俺たちは代名詞で会話をした。


 視線を向けなくてもお互いの心の内で見ているものは同一だったはずだ。たゆんたゆん。


「まあ、なにはともあれ綾瀬にその気はないし、たゆ、もといアレは、お前のものにはならん」


「くっそぉぁー! つーかあんた何なん?! 横からしゃしゃり出て来てその子のなんなの!?」


「お友達だよ」


「恐れ多いです……」


 俺の横でたはぁと照れ顔の綾瀬の手の中、ジャリンジャリンと課金の音が増していく。


 名も知らぬ男は「それお友達の距離感なのかよぅ」と捨てゼリフを吐いてばたんきゅーした。


 知らんわ。友達の定義だってそれぞれだろ。


「つーか綾瀬よ」


「はい?」


「お前もいい加減テキトーに空気読んで断ってくれよ」


「なにを断るのでしょう? ……はっ、もしや先ほどの『食いにくりゃいい』は高度な皮肉を交えた『うちの敷居をまたがないでください。サッサと空気読んで断ってくれます?』的な発言だったのですか!?」


「ここ京都じゃねぇから」


 言葉より毒より刃物より、車がひとを傷つけることが多い県だから。


「まあそれはさておき。断ってくれってのはアレだアレ」


 代名詞&中指で名も知らぬ男を示した。


 あー、と綾瀬は言ってポンと両手を合わせる。


 俺はやっと理解したらしいあいつにため息をついてみせた。


「今週入ってもう九回目だぞ。いい加減――告られるの予期して断ってこいよ」


 GW明けて二週ほど。


 綾瀬は、モテるようになっていた。


       


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