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暖簾に……箔押し(その4)


「だれが最初にお風呂をいただくの?」


 倉刈さんが投げ込んできたのは、その場の全員がいつか触れようとしていたが、タイミングを見計らっていた話題だった。


 尋を連れて戻ってきた俺は家にあがりこんでいた三名へ即座にかみつこうとした妹を止めたり布団出したりして発言のチャンスをうかがっていたのだが、ここで……その話題がついに出てしまった。


 机の上座に陣取ってお茶を飲んでいた倉刈さんの対面で、腰に手を当てながらガタンと席を立った佐野が、上目遣いに宿敵をにらみつつ言う。


「じゃあ勝負しましょう」


 なんか腹黒そうな笑みを浮かべて佐野は視線を室内にめぐらした。


 テレビの下にある雑貨ラックに目を留める。


「そうだな……大富豪かウノ。どっちで決めます?」


 視線はラックの中のトランプとウノを見ていた。


 が、倉刈さんが即座に切って捨てる。


「その二つは除外しましょう」


「逃げるんですか?」


「安い挑発はもうおなかいっぱい。あなた、すでにイカサマを仕込み済みなんでしょう? みんなでカードを確認してみる?」


「……ちっ」


「クローズドクエスチョンで主導権を握ろうというのが見え見えなのよ」


 水面下の攻防展開が一瞬で開いて終わった。


 もうこわい。こいつらだけライアーだらけのギャンブル漫画の世界で生きてない?


 クローズドクエスチョンってのはあれだな。ハイかイイエで答えられるやつとか「午前と午後ならどっちが空いてる?」みたいな二択で迫る質問。とりあえず相手の逃げ道を塞いで自分に有利な情報を引き出すための話法だ。ナンパするときの会話法を勉強してるときに見た。


「むう……ちなみに須々木、普段はどういう順番なのさ?」


「あぁ? そりゃ俺、綾瀬、尋の順だよ」


 尋は俺の前に綾瀬が入るのを嫌がり、俺は俺の前でもあとでも尋が入るのを嫌がり、綾瀬は自分が一番風呂なんて恐れ多いと拒否ったので自然とこうなった。


「僕、倉刈さんのあとはヤだ」


「奇遇ね。私もあなたの残り湯をいただくのは勘弁してほしいものよ」


「となると、なんだ。えぇー~とぉ……」


 俺の前に綾瀬はだめってことは倉刈さんと佐野もだめで綾瀬のあとに俺がだめで尋の直前でも直後でも俺は嫌で綾瀬は俺の前は無理で倉刈さんのあとに佐野はだめで佐野のあとに倉刈さんもだめ……。


 おい難しいな。


 五人のうちだれが嘘をついてるでしょうクイズみたいな難しさだ。


「というか詰んでね?」


「そうでもないわ。いつだって重要なのは発想の転換よ」


「と言いますと」


「あとに入るのがいやなら――同時に入ればいい」


 倉刈さんはふふんと笑った。


「……まさか」


 俺の胸が高鳴る。


 来るのか。 


 来てしまうのか。


 めくるめく、俺の混浴劇場が! うおおお!


「そんなっ、おそれおおい……!」


 盛り上がる俺の傍ら、綾瀬が両手で顔を覆ってソファの上に転がった。尋がその上に馬乗りになって「かまととぶってんじゃねぇー! このぉー!」とその手をひっぺがそうとしていたが隙間から見える範囲だけでもその顔は真っ赤だった。


 しかし佐野は机にダンと手を置き、挙手をする。


「異議あり、倉刈さん」


「あらなにが問題かしら」


「たしかに同時なら、だれが出汁を手にするか問題はうやむやになるよ」


「さりげなく出汁って単語をうちの妹と共有知にしてくのやめてくんねぇかな」


「でも何事にも順位は存在する。出汁うんぬんが無くなったとしても……須々木の裸を最初に目にするのは、一体だれになるんだい?」


 俺のツッコミをスルーしながら佐野は目をぎらつかせた。


 倉刈さんも真っ向から視線をぶつけあった。


 あれ、静かだなと思ってたら尋も馬乗り姿勢のまま肩越しに振り返ってすごい目をして倉刈さんを見ている。おや綾瀬も指の隙間からなんかよくわからん目だ。


 …………、


 ………………いまこの場の全員が俺の裸想像してね?


 ちょっとだけ恥ずかしいような気がしてきた、


「私は」


 そして倉刈さんが両手を組み、その陰に口許を隠してネルフの指令ポーズになる。


「『全員で同時に』とはひとことも言っていないわ」


「なっ……」


「公平なゲームで決めましょう。だれが須々木くんと一緒に入るのか……」


 じろんと倉刈さんが視線をめぐらした。


 全員が生唾を飲んだ。


 これを承諾の合図と見たか、倉刈さんがどこからともなく旧そうなゲーム盤を取り出す。なにあれすごろく? ジュマンジ?


「それを決める、闇のゲームを」


 言ってボードを開こうとした途端、どんがらがっしゃんとバカでかい音がした。


 光が消えた。


 照明飛んだ。


 闇の訪れ、ふたたびだった。


「うぉぉいまた停電かよ! ここの地域は回避できてたのに!」


「暗ぁいこわーいお兄ちゃーん!」


「暗闇なのに正確な間合いで近寄ってきて抱きつくな指這わせるな変なとこ揉むな暗視機能付きかテメエは! おいそれ以上手の位置下げんな!」


「お兄ちゃんの裸想像してたから辛抱たまらなくてっ……」


「やめろ! 想像まではいいけど実行やめろ!」


「っと、ごめん。暗闇でふらついた」


「佐野お前もわざとらしいこと言って背後に立ってんじゃ……どぅふ、なにか、当たっ」


「……当ててるんだけど」


 耳元でいい感じのセリフ言うな、ちょっとときめきかけただろ!


 ぎゃーわーと騒いでいると倉刈さんが寄ってきて佐野をスパぁンと薙ぎ払った。薄暗がりのなかで「ここで攻めに出ず好感度稼ぎですかぁ! まったくもう、いざとなったらビビって引いちゃうチキンハートめ!」「だれがハツよ」「いや肉の種類の話してないですけど」と佐野と倉刈さんが言い合い(?)をしている。


 俺も尋をひっぺがしてバックステップで距離を取り、ソファの背もたれの上に着地して高所の地の利を得た。寄るな触るなまずは落ち着け。


 そんなこんなでバタバタしてると、ソファの上で固まってた綾瀬が、暗闇の中で俺の方を見上げている。目が慣れてきたので顔の向きがだいたいわかってきた。


「というか、須々木さん」


「なんだよ」


「……停電ということは給湯器も止まっているのでは?」


「あっ」


 全員の声が揃った。


 風呂タイム終了のお知らせ。




 非常用の懐中電灯を、水入れたペットボトルに向けて光源を確保。光が拡散して周辺がまあまあ明るくなる、災害時の知恵ってやつだ。


 その灯りのそばに、着替えた綾瀬たちがいる。


 倉刈さんが前に綾瀬用に持ってきてくれたパジャマ数着から選んで、綾瀬と倉刈さんと佐野がリビングへ敷いた布団に座ったり寝転んだりしていた。


 うむ。


 いいながめだ。


 綾瀬は前も着たフリル付きの可愛いやつだ。袖裾は余るが胸元だけ膨らんでて非常に良い。GWのとき発覚した通り普段は肌着ナシでパジャマ着るようだが、今日はたぶん佐野あたりがうまいこと牽制して装備させてるような気がする。くそう。


 倉刈さんはというと逆に長身のため丈が足りてない。でもこのほんのり手首から前腕、足首からふくらはぎのライン見えてるのもそれはそれでえろい。髪をストレートに下ろしているのもあまり見ない姿なので、新鮮だった。


 佐野はポイントのないシンプルなシャツタイプ。すとんと肩が降りたような印象で、なんというか普段よりシルエットが丸みを帯びた感じだ。気を抜いてるというのがありありとわかって、その油断してる感じとふと動いたときに垣間見える生地の薄さが目の保養。


「まあ正直風呂シーンにかけてた期待は薄かったからな……」


 どうせこじれて終わりだと思っていたので強制シャットアウトにもさほどがっかりはしない。


 確実にくると思っていた部屋着シーンを確保できたので、俺的には十二分に満足だった。部屋着ってのはよほど特別な距離感がないと見られないものというプレミア感がまたたまらねぇ。


「あら。須々木くんはあいかわらずフード付きの寝間着なのね」


「まるで幼馴染が過去を思い出すかのように『あいかわらず』って言いますね」


「ていうか須々木、それふつうにスポーツウェアだよね。着心地いいの?」


「着心地っつーかフードがありゃなんでもいいっつーか。俺、フードかぶって寝るんだよ」


「えっなにその生態初耳」


「頭まで覆うタイプの寝袋で眠ったのがきっかけでクセになったのよ。ね?」


「ドヤ顔でまるで幼馴染かのように振る舞ってきますけどマジでなんで知ってるんすかこんなクセ……」


「で、場所割りはどうすんの。わたしお兄ちゃんと一緒じゃなきゃヤダ」


 ずずいと後ろからやってきて俺の腋下から顔を突き出し、倉刈さんと佐野と綾瀬をにらんでいる尋。三人はむむと考えこむが、数瞬してほぼ同時に「川の字」と答えた。


「川の字だと外側になっちゃったらお兄ちゃん遠くなるじゃん!」


「じゃあ……国の字ではどうです? 須々木さん」


「俺囲まれるのかよ。なんとなく足向ける方のやつに申し訳ねーよ」


「須々木は隣で寝て、一時間ごとに添い寝役交代はどう?」


「魅力的な提案だがまたこれ順番争いで堂々巡りになるやつだろ」


「いっそ眠るのはやめて起きてることにする? 部屋の四隅に立って、次の角にいってタッチされたひとがまた次の角に行くっていうアレ」


「人数足りてるからフツーに成立するんですけどオカルトにさいなまれてるときにあえてその領域近づくことしたくないっすね……」


 またもあーでもないこーでもないと話がつづいたが……、結局は俺だけいつも通りに部屋に鍵かけて閉じこもることになった。


 この状況で単独行動するのめちゃくちゃ死亡フラグだなとは思ったが、ここは御手洗さんが俺んちにかけてくれた人払いとやらを信じるぜ。頼むぞ。というかいまどこにいるんだ御手洗さん。早く帰って来てくれ。


「じゃーな。おやすみ」


 俺はリビングの四人に声をかけて、ひとり暗い部屋に戻る。後ろから尋が「置いてかないでぇー!」と今生の別れみたいな声をあげていたが知るか。はよ寝ろ。


 ぱたんとドアを閉め、鍵をかけ。


 今日もいろいろあったな……と長い一日を回想しつつ、俺はスマホの明かりに目を向ける。眠くなるまではテキトーにネットをさまようつもりだった。


 ふと気になって調べると、この停電やら豪雨やらの情報が出ていた。『道の北側と南側で天気ちげぇwww』とか『雷が列成してなんか追っかけてるみたいに落ちてるの見たの俺だけ?』とか『風つええ看板とんだわ』とか『今日祭りあった? そんな装束の集団いたよ』とか。


「……」


 少し調べただけでこれである。


 このありさまが……御手洗さんが負けて、呪いがまき散らされたことによるものだってのか。


 ごろんと寝がえりをうつ。リビングの方から、ひそひそと話し声がするような気がした。修学旅行の夜かっての。


「ま、話して綾瀬の気がまぎれてりゃいいが」


 御手洗さんが敗北したとか聞かされ、八雲さんは会社でエラい騒ぎがあったとかでいなくなり。保護者二名が不在になって、気落ちするとこあるだろうしな。なんだかんだで佐野と倉刈さんも、そこんとこの気を逸らすために喋ってるのが半分だと思う。残り半分はガチで自己利益追求だろうが。


「ともあれずっとここに置いとくってわけにもいかねーだろし……」


 八雲さんが代わりの術師とやら雇って俺らの防御を固めてくれるまで、かな。


 そんなことを考えていたら日付が変わった。綾瀬誕生日、おしまいである。


 なんて思っていたらヴーんとスマホが震えた。


「うおビビった……え?! 御手洗さん!?」


 眠気も吹っ飛ぶ。あわてて、緑の通話ボタンをタッチした。


 耳元にスマホを押しあてる。


「御手洗さん? もしもーし?」


 ノイズ混じりの環境音の向こう、聞き覚えのある声が、ため息をついた気がした。


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