38 サーモンを追う猫
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~依頼主の店~
日が沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。
倉庫内で手掛かりを見つけたレベッカ達は、依頼主のゴードンに事情を話し、店内から倉庫が見える窓で張り込みをしていた。
「ふぁ~あ…。退屈だなぁ~……。」
ゴードンによると、いつも食料が無くなるのは夜らしい。
その話を聞いた一行は気長にサーモンが現れるのを待つしかなかった―。
「…大体、いつ来るかも分からないのにいつまで待つんだ?」
「来るまでに決まってるでしょ!犯人分かったんだからもう待つだけじゃないのよ。それに何かワクワクするじゃないこういうの♪」
「お前初クエストだからって張り切り過ぎだぞ。」
「張り切って何がいけないのよ!」
ジークとレベッカが話している最中、“それ”は現れた―。
「―――きた!」
やはり一番最初に察知したのは紅正―。
その二~三秒後にジークもサーモンの魔力を察知した。
「―アレか!」
窓越しに見ていると、魔力を纏った魔獣……を想像していたが、そこにはとても“猫”に似た姿の、でも確実にサーモンの魔力を感じる猫がいた。
暗闇に、猫に纏われている怪しい魔力の光がユラユラ揺らめくのが見える。
実体の無い、言わば幽霊のようなサーモンは倉庫に近づいたと思いきや、そのまま壁をすり抜けて中へと入って行った―。
「確実にアレだな。」
「よりによって何で猫なんだよ。ややこしいな。」
サーモンの姿にツッコみを入れていると、中に入って行ったサーモンが食料を一袋咥え、元来た道を帰って行く―。
「追うぞ。」
一行は追跡を始めた。
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~フレア王国内・とある館~
暫く追跡すると、サーモンはある大きな館に入って行った。
「……ここがアジトか?」
見た所とても古い館の様だ。明かりは無く、数か所割れた窓がある。長い間人が住んでいないであろうその館は、広い敷地や建物、玄関の高い門…。そこら中伸びっぱなしの、手入れされていない雑草が生い茂っていた。
満月の光が館の唯一の明かり―。余計な明かりが無いせいか、一際月の光が明るく感じられる。
電気や外灯が無くてもしっかり辺りの様子が伺える。
広い敷地のとある場所で、サーモンが徐に歩みを止めた―。
すると、向かい側から生い茂る草を掻き分け、一匹の猫が現れた。
「―また猫…⁉」
遠くから様子を見ているジーク達。
突如現れたもう一匹の猫に思わず声を上げたレベッカ。
「シッー…静かに。」
キャンディスに言われレベッカは慌てて口を塞ぐ。
「なんだ?魔力を感じない…。“普通”の猫だぞ。」
「…ん?アイツは…。」
そう。現れた猫はサーモンではない普通の猫だった。
そしてその猫に見覚えがあったジークはハッと思い出した―。
「そうだ!アイツ昨日中庭で話してた猫だ!」
「昨日って…。思い出すのも悍ましい、俺らが猫になった日じゃねぇか。」
「そういやそうだな…。まだ昨日の出来事か。」
感慨深げに浸る紅正とグリム。
「それよりあの猫を知っているのかジーク。」
シドに聞かれ、ジークは中庭でのことを話し始めた―。
「ああ。昨日お前等が契約結ぶ寸前で猫が大乱闘始めただろ?その時に俺と話してた猫だよ。確か“縄張り”がどうとか言ってたなぁ。それと関係あるのかな?」
「何それ⁉私初めて聞いたけど!何?って事はあの猫達のせいで私達が猫になったって事⁉」
キャンディスが怒りだす。
「話してた…って、猫と話せるの?お前。」
「紅正も話せるぞ!勿論他の皆もな!なんせネコラ―だから。俺もそれを知ったのは昨日だけど!」
軽い口調で話すジークとふて腐れるキャンディスに、場の緊張が一気に緩んだが、何やら重要な事が起きていると直感したシドが再び空気を戻した―。
「詳しく聞かせてくれジーク。その猫との会話。」
「詳しくって言っても…ただ縄張り争いがあるとしか聞いてないぞ。猫も大変なんだなぁと思ったくらいで。」
「じゃあ何故普通の猫とサーモンが会っている?」
「それは俺だって知らないよ。でも何か因縁ありそうな感じだよなぁ。」
「ここからじゃさすがに聞こえないわね…。まぁ聞こえたとしても私だけ猫語分からないし。」
「俺に任せろ。」
そう言うとジークは、魔法で何かを猫達の方へ飛ばした。
「あれはスピーカーみたいなもんだ。もう一個ここにあるコレと繋がってるから聞こえるぞ。」
ジークの言う通り、話し声が聞こえてきた―。
レベッカは普通に人間の為、「ニャー!ニャー!」という鳴き声にしか聞こえないが、猫のジーク達はちゃんと猫語が聞こえるらしい。
「……これ以上好き勝手やらせる訳にはいかないニャ。」
中庭でジークと話していたグレーの毛色をした猫が、サーモンに向かって言い放った―。
「おい!本当に普通の会話に聞こえるぞ!」
「変な感じね~。」
「静かにしろ。」
皆猫の言葉が分かり驚いている。
それと同時に、グレーの猫とサーモンの会話は止まることなく続く。
「しつこい猫だなお前も。私に文句を言ったところで何の解決にもならんぞ。ただの使い魔獣だからな。」
「そんな事分かってるニャ。お前を操っている術者の手掛かりが掴めない以上、まずはお前を止めるしかないニャ!」
会話を聞いていたジークと紅正が、グレーの猫に感心している様だ。
「へぇー!アイツ猫のくせに術者がいるとか分かるのか!大した猫だ。」
「猫達も猫達でちゃんと知恵があるんだなぁ。猫になって初めて感動したぜ何か。」
―――ブォォォッ!!!
突如激しい音が響き渡る―。
「――何だッ⁉」
皆が一斉に音の方へ視線を移すと、そこにはふっと飛ばされたグレーの猫と、攻撃をしたであろうサーモンが魔力を高めて構えていた。
「おい!大丈夫か!」
それを見たジークが一目散に飛び出し、グレーの猫の元に駆け寄る―。
「ちょッ、ちょっとジーク!!」
ジークを追いかけレベッカも出ると、ほぼ同時に紅正達もジークの方へ向かって走った。
「おい!しっかりしろ!」
ジークが倒れているグレーの猫の意識を確認する。
すると、ゆっくり目を開けジークの方を見た。
「…お…お前は…昨日の…。」
「なんとか大丈夫そうだな。起きられるか?」
「ああ、ありがとう。大丈夫ニャ…。それよりどうしてこんな所にいるニャ?」
「まぁ色々事情があってよ。…兎に角話は後だ。それよりアイツをどうにかしないとな。」
ジークは視線をグレーの猫からサーモンに移しながら言った。
威嚇するように、サーモンはずっとこちらを睨み魔力を高めている。
「下級のサーモンが粋がってんじゃねぇぞ(笑。」
グリムが戦おうと魔力を高めながら一歩前に出た。
今にも攻撃しそうなグリムをシドが止める。
「待て。ここでコイツを消したら術者の所まで辿り着けない。」
「あ?じゃあどうすんだよ。今すぐにでもッ――!」
―ドォォン!!
話を遮るように、サーモンが攻撃を繰り出してきた―。
不意打ちの攻撃だが、このサーモンのレベルでは到底ジーク達には勝てない。
「な?今すぐにでも攻撃してきただろ?もう消すしかないぜ。」
血の気の多いグリムは早くやり返したくてしょうがない。
ここでサーモンを消すのはいとも簡単だが、シドの言う通り本命はコイツを操っている術者。
どうしたものかと考えていると、ジークに一つの閃きが―。
「…コイツを倒そう。」
「本気か?そんなことしたら後も追えない上に、“術者に気付かれて”次のチャンスも無くなるぞ。」
「それだよ。」
ジークは自分の考えを皆に言い始めた。
「サーモンが消えれば当然術者が気付く。そうすれば少なからず魔力が乱れるはずだ。その一瞬を魔感知すりゃいい。」
「――なるほど。紅正の魔感知の高さならいけるかもしれないな。自分のサーモンが消えたら嫌でも気になるはずだ。魔力をこちらに向けてくれれば更に設けものだが。」
「いけるか?紅正。」
「任せろ!」
「じゃーアイツ消すぜ。」
待ってましたとグリムが速攻で攻撃を繰り出し、一瞬でサーモンは消え去った―。
「お前達一体何者ニャ……。」
グレーの猫は目の前の出来事に茫然としている。
突如現れた五匹の猫と一人の女の子。理由は分からないが、彼らもこのサーモンと何か因縁があるのだろうと思うグレーの猫であった。
そしてそんな風に思っていると、一匹の猫が声を上げた――。
「――いた!!こっちだ!」
紅正が魔感知で術者を捉えた。
走り出す紅正の後を皆が追う。
「俺もついて行っていいかニャ?」
グレーの猫がジークに聞く。
一瞬迷ったが、グレーの猫の真剣な眼差しに、ジークも説得された。
「…お前名前は?」
「ペル。」
「ペルか。…俺はジーク。よろしくな!」
そう言って、ジークとペルも紅正を追いかけ走って行った―。