五つの課題をクリアした俺は、月へ旅立ったかぐやを迎えに行く!
むかしむかし、竹より生まれし乙女がおりました。
その美貌は都だけに留まらず、日の本中に知れ渡りました。
その乙女を一目見んと各地から人が集まり、お近づきにならんと都中から人が集まり、そして恋仲にならんと公家や名家が押し寄せました。
「それでは貴方様には……」
乙女は集まりし人々に、無理難題とも取れる課題を授けました。
課題は全部で五つ。そのうちの一つを言い渡され、見事応えた者だけが乙女とお近づきになれるのであります。
しかし、何人を持ってしても、一つたりとも課題が満たされる事は決してありませんでした。
「これも偽物に御座いまする……」
乙女は火の着いた毛皮を見て、そう答えました。悔しそうに唇を噛む公家達が、足早に乙女の下から去って行きます。
「どうして、そこまで拒むのだ? アレは中々に名実備わった方であろう?」
竹より生まれし頃から同じくして育った青年が、そっと乙女に声をかけました。
「だからで御座います」
乙女は静かに、そして悲しそうに答えました。
「わたくしはいずれ月に帰らねばならぬ定め……名実極めた方であろうと、月の使者に手を出すことは叶いませぬ故……」
「ならば、どうして最初から断らないんだ?」
「それは……」
乙女は歯切れ悪く言葉を濁し、そしてそのまま口を押さえてしまいました。
「もし俺がその課題をクリアしたなら……どうする?」
「その時は約束通りあなた様に添い遂げましょうぞ……」
「よし、約束だ!」
青年はそのまま旅へと出てしまいました。理由はただ一つ。乙女とずっと一緒に居たいからでありました。
青年はひたすらに目的地へ向かって歩き続けました。いかなる名君ですら探し出せなかった課題。しかし彼はその在処を知っていたのです。
「小さい頃にアイツが言っていたな……」
そう、青年は乙女から宝の在処を聞いていたのでありました!
かつてお釈迦様が使いしお鉢を山の奥で見付け、深淵に潜みし竜が寝ている隙に首から珠を、荒れ狂う海の中に飛び込みかつて争いを避けるために仙人が流した蓬莱の珠の枝を、そして灼熱の火口に棲むと言われる火鼠を捕まえ皮を。そして…………
「お爺さん、お婆さん、ついにこの日が来てしまいました……今までお世話になりました」
涙を拭く乙女と、すすり泣く老夫婦。傍に月よりの使者が、乙女を連れて行かんと待ち構えておりました。
矢も当たらず刃も通さない月の使者に立ち向かえる者は居らず、名家や公家、武家の強者達は皆戸惑い逃げてしまいました。
「そろそろ……」
月の使者が乙女を急かします。乙女は名残惜しそうに牛車へと乗り、最後に老夫婦に向かって振り向きましたが、その視線は二人の先の平原を見ておりました
「お世話になりました……」
戦いの声が静まった乙女の屋敷から、牛車が静かに走り、そして少しずつ浮き上がり月へと向かってゆきました…………。
「お父様……かぐやは只今戻りました……」
月の都にて、乙女を出迎えたのは実の父親でありました。
「うむ、長いこと苦労を掛けたようだ……不甲斐ない父を許してくれ……」
「…………」
乙女はそっと父親の方へと足を向けました。
「ちょいと待ってくれや──」
「──!!」
「──!?」
牛車の下から声がしました。それは紛れもなく青年の声でありました。
「よっと……!」
青年は牛車の下にしがみつき、なんと月までやって来てしまったのです!
「何奴!?」
月の使者達が青年を取り囲みました。
「かぐや、迎えに来たぜ」
「──!」
もう、既に乙女の顔には涙が溢れておりました。
「とりあえず出すもん出すか……」
青年は携えていた袋から、竜の首から取った珠を出し父親の方へと転がしました。
「ほう……人間にしては中々にやるようだ」
仏のお鉢を出し、蓬莱の珠の枝を出し、火鼠の皮を出しました。
「かぐや。五つのうち一つでも揃えればお前と結ばれると言われたお宝が……4つココにあるぜ?」
「……嗚呼、なんという事でしょう……!!」
乙女は顔を押さえるも、涙が手の間から次々と零れ落ちてしまいます。
「……その五つはかつて私も集めた物だ。その後全て返したが、小僧の力では四つが限界だったようだな!」
「まあ、な」
「ならば諦めて帰るが良い!!」
「俺はこの宝の在処を、小さい頃にかぐやから聞いた」
「──!」
「で、最後の一つだけが思い出せなくてな…………で、気が付いたのさ」
「…………」
乙女と父親、そして月の使者達は、青年の言葉に耳を貸しました。
「かぐやも知らなかったんだ」
青年はすっきりとした顔で答えました。父親がニヤリと笑い、顎で使者へ合図を送ります。使者が槍を携え青年ににじり寄ろうとしましたが、青年は更に言葉を続けました。
「そもそもかぐやは生まれた時から一人身だ。だとしたらこの話を何処で知った?」
「……捕らえよ」
父親の言葉に使者達が槍を構えました。
「母親の腹の中で聞いたんだよ!!!!」
青年は仏のお鉢を握り締め、そのままお鉢で使者の一人を殴りつけました!
「やれ!! 生かして帰すな!!」
父親が令を発しました。乙女が慌てて父親を止めようとしますが、はね除けられて地面に転がりました。
「かぐや!! お前の母親はお前を身籠もったままやって来て、お前を竹藪で生んで亡くなったんだ!! お前の爺さんは何も言わなかったけど、本当は傍にお前の母親の遺体があったんだ!!」
青年が蓬莱の珠の枝で月の使者を叩きました。
「何をしておる! 早く仕留めるのだ!!」
矢も刃も通さぬ月の使者。しかしこの世の物からかけ離れた存在のお鉢や蓬莱の珠の枝による攻撃により、次々と倒れてゆきます。
「お前の父親は、身籠もった母親を、お前共々あの地に追放したんだ!!」
「それ以上言うな!!!!」
父親の怒号で全てがシンと静まり返りました。
父親は静かに涙を流し、顔を押さえて地面に膝をつきました……。
「あの当時は力も無く、婚約相手も決められていた……しかし!
私は既にあれと出来ていた……!! かぐやを身籠もっていると知ったとき、バレぬようにとあの星へ避難させる事にどれだけの躊躇いがあったことか……!!」
「お父様…………」
「かぐや、許してくれ!! 私は決してお前達を愛していなかった訳ではないのだ……!!」
父親はなりふり構わず泣き、許しを乞いました。かぐやは静かに父親の手を取ると、首を振って許しました。
「子安貝は安産と子孫繁栄の象徴。それをかぐやの母親が知らない訳がない。ましてやこのオヤジさんが持たせない訳がない。きっとかぐやのお母さんが拒んだんだろうよ……」
そっと父親は懐から燕の子安貝を取り出しました。
「……あの時、受け取ってはもらえなかった……」
「お父様……それ、わたしが頂いても?」
「ああ……」
乙女は子安貝を手にすると、そっと青年の方へと歩みました。
「これで五つ全てが揃いました。これで完膚無きまでにわたくしはあなた様の妻で御座います」
「……かぐや」
乙女はそっと青年に寄り添いました。
「お父様……かぐやはあの地に根を下ろしたく思います」
「……やはりか」
「時折月を見てお父様を思い出します故、どうか御容赦を……」
「……うむ、全ては父である私の不始末が招いた事だ。許して欲しい」
乙女と青年が牛車に乗ると、そっと走り出してやがて静かに浮かんで青い星へと消えてゆきました。
「お宝置いてきちゃったけど、良かったのか?」
「ええ。わたくしには、この子安貝とあなた様さえ居れば、もうなにもいりません」
二人は狭い牛車の中で、そっと口づけを交わしました。