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『──お前が噂の……初代王朝の血筋か』
レアードの王妃が殺害された夜、当時五歳だった末姫は瀕死の重傷を負っていた。
つぶれた右眼からは止めどなく血が流れ落ち、息を吸うことも吐くことも難しく、シャーロッテは痙攣を繰り返しながら倒れ伏した。
少女のすぐそばには、胸をひと突きにされた王妃の姿があった。幼い娘を助けようと伸ばされた手が、血溜まりに投げ出される光景は今でもはっきりと思い出せる。
『シャーロッテ、お逃げなさい』
王妃の訴えも虚しく、シャーロッテはあのおぞましい目をした男に捕まった。
◇◇◇
「あの日、ベラスケスの魔術師が王宮に侵入し……わたくしの右眼に贋物を埋め込んだのです」
魔術師の狙いは初めから自分だったと語り、シャーロッテは心臓のように息づく右眼を押さえる。
「初代王朝の人間は、植物神ラートルムと近しい存在だったと語られていますでしょう? ……彼らはどうやら、わたくしと贋物との相性を試したかったようなのです」
「……人間のカイメラを造るためにか……」
グレンが呆気に取られて呟けば、シャーロッテが静かに頷いた。
古来より、帝国の英雄カレンや戦乙女ジークリットのように、光神と縁の深い血筋というものが各地に存在する。彼らは皆、神々から何らかの加護を賜ったか、特別に気に入られていたかのどちらかで、後に勃興した他の王族とはしばしば区別されるのだ。
レアード王国の初代王朝もそこに該当するのだが、度重なる革命によって血はバラバラになってしまった。
そんな中、長い時を経て王家に戻ってきた初代王朝の血──シャーロッテはレアード王国本来の姿を取り戻す象徴だったのだろう。
そして残念ながら、その復権を別の理由から注視する存在が他国にもいたということだ。神の加護を賜った血で、神をも凌ぐ力を手に入れんとする者達が。
「王妃殿下は、血の繋がっていないわたくしを守ろうとしてくださった。子どもがお好きな方だったから……」
「……」
「ついこの前、ベラスケスの贋物実験場が破壊されたと聞いてとても安心しました。もうわたくしのような怪物は生まれないのだと」
怪物。もしやと思い顔を上げてみれば、穏やかな横顔が微笑む。
「わたくしは人の形をした贋物そのものになってしまったようなの。今ここでグレン、あなたが指示を下せば、わたくしは聖霊を呼び出してしまえる」
「……代償は?」
「あなたの血ね。自分で飲まなくてはならないの」
まるで御伽噺に出てくる吸血鬼でしょう?
シャーロッテはそう言って笑っていた。そこに嫌悪や絶望は宿っておらず、不思議と吹っ切れたような色さえある。
自身を怪物に変えてしまった魔術師を恨んでいないのかと、グレンが言外に尋ねれば、シャーロッテは眼帯を緩慢な動きで着け直す。
「この力でクラウス様のお役に立てるなら、何も出来ない平凡な女でいるよりも幸せだわ」
「大公様はそうでもないんじゃ?」
「ふふ、ええ。わたくしを帝都に連れ帰ってすぐ、ハヴェル様を呼び出されました。贋物を取り除くことは出来ないかと」
師の答えは、否。
例え今この場でグレンが同じことを頼まれても、同様の回答をするだろう。
見たところ埋め込まれた贋物はシャーロッテの右眼に融合しており、恐らくは血管や神経ごと侵されている。無理に取り除こうとすれば、今度こそシャーロッテが命を落としかねない。
つまりは一生、シャーロッテは怪物のまま生きねばならないと宣告されたようなものだが……。
「ハヴェル様がはっきり無理だと言ってくださって、寧ろホッとしました。まぁ、その……」
侍女の手を借りて眼帯を装着したシャーロッテは、そこで不意に頬を赤らめる。
「クラウス様が、醜いでしょうに、右眼ごと愛でようとなさるのは、こ、困りますけれど……」
全然困ってないだろう。
グレンは途端に白い目をしてしまったが、大公夫妻が贋物も実家のしがらみも関係なく仲良くしてることは分かったので、惚気は適当に流しておいた。
その後、ゆっくりと歩きながらの会話は教会に着いたことで終わりを迎える。
併設された孤児院に顔を出してくると言ったシャーロッテは、侍女を連れて立ち去った。その慎ましくも堂々とした足取りに、グレンは少しばかり羨望のようなものを覚えつつ、そっと視線を外した。
「おや、こんにちは。礼拝ですか?」
開放されたままの扉をくぐると、白い法衣を身につけた老齢の司祭と出くわす。皺だらけの優しい笑顔はシスターとよく似ていた。
「……いや。医者に会いに来た」
「ああ、聞いておりますよ。大公様のお客人でしたね。こちらへどうぞ」
教会の内装は、豪奢な金と温かみのある深紅で統一されていた。寸分の狂いもなく整列した長椅子の上、ドーム型の天井には見慣れた絵画が並ぶ。
反響する足音を聞きながら奥へと進めば、海神タウラフの彫像を据えた祭壇が現れた。奥まったところにある礼拝堂では、数人の男女が祈りを捧げている最中だった。
「お医者様はこちらのお部屋に滞在なさっていますよ。明日には出発すると仰っていましたから、運が良かったですな」
司祭の話に生返事をしつつ、グレンが広々とした教会を改めて見渡したときのこと。
──入口から、小柄な人影が息を切らして転がり込んできた。
大きな白いケープを頭から被った、あの少女だった。
広場ですれ違って以来、妙に頭に残っていた人物が再び現れたことに驚いたのも束の間、少女が一歩踏み出すや否や崩れ落ちる。
「おい!」
弾かれるように駆け出したグレンは、長椅子の間を引き返しては少女の肩を抱き起こした。ざわざわと集まってくる司祭や信徒たちを背に、グレンは少女の白いケープを外し──大きく目を見開いたのだった。




