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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
11.手繰り寄せたもの

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11-5

 モニカの計画を要約すると、各国の王侯貴族の面前で聖遺物“創生の地図”を地中にでも埋め、共同声明を出してほしいとのことだった。


 ──つまりは、どの国も“創生の地図”を所有しない、させないという誓いをそこで立てるのだ。


 勿論アストレア神聖国も例外ではない。素知らぬ顔で調印を求めれば、彼らとて応じざるを得ないだろう。何せ声明を拒否することはすなわち、“創生の地図”をもってして大陸を掌握する意思があると大々的に表明するようなものだ。カレンベル帝国だけでも兵力で劣るというのに、レアードを筆頭とした他の国々までもが敵に回れば一溜りもなくなる。

 共同声明は“創生の地図”が確かにそこへ埋められたという事実をでっちあげると同時に、全ての国が手を出せない状態に持っていく最良の手段とも言えた。


「ふむ……“全知の書”の予言がどういったものか分からぬ以上、そうしてしまうのが良いだろうな。レアードは私とシャーロッテの子どもが王になるから反対することはない。ベラスケスも……」

「はい。サルバドール陛下は聖遺物の発掘や使用について否定的でございます。現在は蒸気機関なるものを推進しておられますので」

「侯爵が売り歩いているカラクリか。一度は足を運ばなければな」

「とても素晴らしいものでしたよ。陛下が注力なさるのも頷けます」


 モニカがふと柔らかな声で言う。ベラスケスでも存分にはしゃいでいたが、一時の興味ではなく心の底から蒸気機関が気に入っているようだ。メーベルト家を排除したら、すぐにでもあれをレアードに取り入れてくれと進言しそうな勢いである。

 彼女が目に見えてご機嫌顔になったことがクラウスにも分かったのだろう。くっと喉を鳴らして笑うと、初めてこちらに身を傾けた。


「モニカ嬢、君は伯爵位を継ぐのだったか?」

「はい、そのつもりで……」

「残念。そうでなければ()()()()()の侍女にできたのに」


 シャーリー?

 誰のことだとグレンが疑問符を浮かべる傍ら、モニカはすぐにピンときた様子で微笑を返す。


「申し訳ございません。ですが伯爵位を継いだ暁には、殿下の御子様の力となれるよう努めます」

「それは心強い」


 それから二人は公に発表するニセの地図の用意や、声明に盛り込むべき内容などについても軽く話し合うと、その場でさっさと誓約書のサインを済ませた。これはクラウスが本物の地図を悪用しないという誓いであり、モニカもまた他の人間にこの取引を決して漏らさないという約束だ。

 見事な手際で一王家を破滅に追い込んだフェルンバッハ家と、相手が誰であろうと武力でねじ伏せてきたパラディース大公。双方は既に協力関係にあるとは言え、事が事なので念を押しておいたのだろう。


「“創生の地図”をいつ公表するかは明日以降話し合おう。今日はもう休め」

「はい、ありがとうございます」

「……ああ、そうだ。少し待て」


 部屋を後にする間際になって、クラウスがどこか白々しい声を上げた。見れば、黄金の瞳はモニカではなくグレンへと向けられている。


「グレンと言ったか。帝都近辺に寄ったことは?」

「……?」


 脈絡のない問いかけに呆けたグレンは、隣からツンツンと指で突かれて我に返った。


「数年前に来て以来……ですかね」

「そうか」


 そもそもカレンベル帝国自体、グレンはあまり立ち寄らないようにしていた。幼い頃に世話になった教会が僻地にあること、何よりも──師と過ごした思い出が随所に残っているから。

 おぼろげな星空が脳裏に蘇ると、疼くような痛みがこめかみに走る。微かに目を眇めたとき、グレンの耳に衝撃的な言葉が飛び込んだ。



「──ハヴェルが捜している弟子とは君のことか?」



 弾かれたように顔を上げる。何の言葉も返せずに立ち尽くしていれば、それを肯定と取ったクラウスが思案げに頬杖をついた。


「くすんだ金髪に、深い緑の瞳。ずいぶん昔にはぐれてしまった少年で、魔術の才がある……と話していたな」

「……」

「少年の名前も、グレンだったような気がするのだが。心当たりは?」


 何故クラウスがハヴェルを知っているのか。師がどのような立場にあるのか。気になることは多々あれど、尋ねるべき問いは浮かばなかった。


 ハヴェルが、自分のことを捜している。


 その事実だけが頭の中を支配して、懐かしさと憎らしさがグレンの指先を震わせた。

 やがて、彼がまともにやり取りをできる状態ではないと悟ってか、それまでじっとこちらを見上げていたモニカが不意に口を開く。


「……失礼ながら大公殿下、そのハヴェル様とおっしゃる方とはどのようなご関係で?」

「うん? そこまで親しくはないのだが……少し前に世話になってな。今は帝都に戻ってきている頃だろう。顔を見せるなら早めに行くといい」


 彼は人気だからな、とクラウスは最後にそう付け加えた。



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