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「女か。どこで拾ったんだよ? こんな上玉」
「西海岸に難破船が流れて来ただろ? それに乗ってた客じゃねぇかって話だ」
「おーおー可哀想に……見ろよ、どっちも高く売れそうだ」
ぐったりと倒れ伏す二人の商品を見下ろし、下卑の輩が愉しげに嗤う。
その後ろで、剥き出しの手足に鞭の痕を刻まれた男女は、怯えることも諦めた様子で項垂れていた。正気を失った獣が檻に衝突し、けたたましい咆哮を上げれば、鋭い鞭打ちと怒声が始まる。
「おい、この二人は別の牢に入れておけ。今日の目玉商品として出す」
「分かった。……おい、そういえば──最近エクホルムの悪魔がこの辺りをうろついてるって本当か?」
小柄な少女を両脇に抱えた巨漢が、少しばかり嫌そうな声で問う。その名に人売りたちは勿論、それまでじっと俯いていた者達もにわかに肩を揺らした。
彼らが不安げに視線を交わす様を一瞥し、指示を下していた痩身の男は鼻を鳴らす。
「アレも無法者の一人だろうが。わざわざこんなところに出向かんよ」
「で、でもよ……もし襲われたら血の海だぜ……」
「ハッ」
小心者の心配を振り払うように鞭を握り、勢いよく床を打つ。
聞き慣れた暴力の音に空気が引き攣れば、男はずかずかと人の群れを押し退けて歩き始めた。途中、蹴飛ばされた女が呻き声をあげても、助け起こす者はいない。
「騎士団、殺人鬼、魔術師! 誰が来ても同じさ。皆コイツが追い払ってくれるぜ……なあ?」
薄暗い倉庫の最奥部に佇む黒い影。
冷たい鉄格子に靴裏を押し付けて尋ねれば、閉じ込められたものが微かに反応を示す。闇に浮かぶ赤い眼光は、ただ静かに男を見詰めていた。
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うららかな空。
森の色を透かす明るい木漏れ日。
少しの水分を含んだ土はぬかるみ、通り過ぎた車輪と人の痕跡を幾重にも残す。
雨上がりの林道を気怠い足取りで進んでいたグレンは、そこでふと立ち止まった。長い溜息をついて後ろを振り返ってみると、案の定モニカの姿が無い。
視線を少しずらし、木陰を見遣る。背の高い雑草と茂みを掻き分けてみれば、すぐに目当ての銀髪が現れた。
「っはあああ! お前は初めて外に出た幼児か!? 道草食うにも程があるだろうがよ!?」
大都市ラトレを出発してわずか半日。モニカの母親が遺した手紙だけを頼りに始まったいい加減さ極まる旅は、早くも行き詰まりかけていた。
聖遺物“創生の地図”の手がかりが一つもないから──というのはもはや大前提として。問題はモニカの呑気すぎる性格だ。
この女、とにかく歩くのが遅い。体力云々ではなく、寄り道が多いのだ。
道端に咲いている花の種類がどうとか、いま頭上を飛んで行った鳥の生態はああだとか、そこに成っている果実の可食部はここだとか。
伯爵邸から大都市ラトレへ向かう間は馬車を乗り継いでいたから良かったものの、徒歩だとあれこれ興味を惹かれてしまうのか手に負えない。
「まあ……見てくださいグレン」
「うるせぇ見ねぇ知らねぇ。お前に付き合ってたら日が暮れる」
もう何度も投げ掛けられた台詞にうんざりしたグレンは、かぶりを振って林道へと戻る。そのまま大股に森の出口へ向かえば、少し遅れて足音が付いて来た。
ようやく言うことを聞いたかと肩を竦めたのも束の間、何やら先程まではなかった荒い呼吸が耳につく。
「……。何だお前、疲れてんのか?」
「いいえ? 私、学院で基礎体力づくりも行いましたから、それなりに走れますよ!」
嬉々と返ってきた声に、確かに疲労の色は見えない。
グレンは眉を顰めたまま、モニカの学院生活には一切興味を示さずに足を動かした。
「グレン、次の町に着いたらで構いませんので、私に魔術を教えてくださいませんか?」
「はあ? 贋物使ってる奴が何言ってんだ?」
「贋物は血を垂らすだけで誰でも使えてしまいますもの。私が言っているのはきちんと呪文を唱える魔術のことですっ! ラトレで私を白昼堂々眠らせたこと、忘れていませんよ! あれどうやるんですか? ねぇねぇ」
「フゴッ」
明らかに変な声が混ざった気がしたが、グレンはひとまず溜息まじりに返答しておく。
「面倒くせぇから嫌」
「ええ! だってグレン、私が死んだらグレンも死んでしまいますよ。それを防ぐためにも、私が自分で身を守れるようになればですね……あっもう少し食べたいですか? はいどうぞ」
「ブヒ」
「!?」
勢いよく後ろを振り返った。
そこには雑草を手にしたモニカと、彼女の足元をトコトコついて歩くピンクの──子ブタがいた。




