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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
10.しるべを新たに

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82/179

10-1

『……モニカが?』


 父は珍しく、その曖昧な笑みに動揺を色濃く宿した。

 学院の長期休暇に実家へ帰ってきたモニカは、父の手にある文を渡すよう促す。


『はい。私がやります。どこの馬の骨とも知れぬ輩に、お母様との約束を任せるわけには参りません』


 じりじりと肌を焼く日差しが、テラスに容赦なく降り注ぐ。

 暑さによる発汗に負けじと、突き出した手のひらには別の要因で生じた汗が滲んでいた。


『それは私の務めです。伯爵』


 父をあえてそう呼んだのは、些細な意地だった。自分が今、何者としてここに立ち、父に対峙しているのか。それを分からせるためでもあった。

 一切の笑みを捨てた娘を見つめ、父はゆっくりと文を持ち上げる。そこに記された内容をつと読み返しては、そっと二つに折り畳んだ。


『分かった。君に任せようか』

『はい』

『でも一つ条件がある』


 今思い付いたとばかりに父が言い、逸らされた文を掴みそこねる。

 言動は柔和なれど、剣を持たせれば家門の騎士も顔負けの実力を誇る父だ。その背丈は高く、体格も娘と比べて遥かに良い。容易に文を取り返せないことを悟り、渋々と条件とやらについて尋ねてみた。


『何でしょう』

『必ず護衛を雇いなさい。だが屋敷から連れていくのは駄目だ。信頼できそうな適任者を一人で選んでごらん。それが出来たら許可しよう』


 知らず知らず、眉間を寄せてしまった。

 モニカの反応が分かっていたのか、父は素知らぬ顔で「良い天気だなぁ」とつぶやく。


『……分かりました』

『長く旅を共にするんだ。慎重に考えると良い』


 私はそう簡単に許可しないがね。


 父の言葉通り、護衛選びは予想以上に難航した。

 ギルドで多くの依頼を回される有名な傭兵、宮廷仕えの経験がある魔術師、現役を引退した騎士、どれもこれも詳しい素性を読み上げる前に却下された。

 何が気にくわないのかと、優雅に読書をする父の横顔を無言で見詰める。父はモニカが執務室へやって来るたびに笑顔で迎え入れ、笑顔で茶をすすめ、笑顔で護衛候補の資料を暖炉にくべた。

 あまりの横暴に耐えきれず、モニカがある日ついに父の手を掴もうものなら、逆に赤子よろしくソファに転がされた。勿論その瞬間も笑顔である。


(確実に、私が諦めるのを待っている)


 父はこの不毛なやり取りを楽しんでいるようなそぶりさえ見せていた。モニカが初めて暖炉行きの資料を奪い返そうとしたときなどは、特に。

 だがこんなことをしている場合ではないのだと、モニカはとにかく父を出し抜く方法を考え始めた。正攻法では永遠に許可が下りないので、いっそのこと勝手に護衛を決めて、その人間に事情も話してしまえばいい。そしてできればその日の内に出発してしまいたい。


『侍従長』

『はい、何ですかな。お嬢様』

『怪しい人間が屋敷に入ってきたら、始末せずに私に知らせなさい』

『……は…………お、お嬢様、まさか』


 父娘の対決をほほ笑ましく見守るばかりだった侍従長が、ぎょっとして後ずさる。彼を廊下の隅まで追い詰めたモニカは、その笑顔に若干の苛立ちを込めながら告げたのだった。


『その者を護衛にします。父に話せばどうなるか、分かっていますね』


 侍従長の協力を得て、モニカは屋敷の厳しい警備に一つだけ穴を開けた。無論、それでも並大抵の賊では屋内に忍び込むことなど到底無理なレベルだったが、もしもこの綻びを見抜き、浪費家として噂される義母の部屋までたどり着くことが出来たなら──護衛として充分に足りると見て良い。

 しかし自分がヤケクソの賭けに出るなど有り得ないことだった。だからこれはあくまで最終手段、いや保険程度の策として敷いたものだったが──。


『モニカお嬢様、その……怪しい者が屋敷に忍び込んだようでして。騎士の何名かが魔術で眠らされております』


 父と後妻、それから異母妹が屋敷を離れていたある日のこと。モニカは予定されていたパーティーを仮病で欠席し、父の金庫を針金でこじ開けている最中だった。

 母が残した贋物“隷属の箱”をそこから引っ張り出し、モニカは急いで罠にかかった優秀な盗賊を迎えに行く。まさかまさか、こんな絶好の日にやって来てくれるとは思わなかった。義母のちょっとした買い物を「豪遊」と誇張した甲斐があったと、十何年ぶりに屋敷の廊下を駆け抜ける。

 そして、義母の部屋の扉を勢いよく開け放った。


『え』


 そこにいたのは、黄玉トパーズのペンダントを握り締めた金髪の青年。思ったより小綺麗な盗賊に満面の笑みを向けたモニカは、大きく彼の方へと踏み出したのだった。




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