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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
9.フェルンバッハの仮面

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9-4

 全員の足音が遠ざかったことを確かめ、モニカは小さく息をつく。誰にも預けなかった肩掛け鞄をテーブルに置き、ドレスの群れを見遣った。


 先程も言った通り、これらはどう見てもロベルトが選んだものではない。


 彼はやたらとショッキングなピンクやイエローなどの彩度の高い色を好み、大振りのリボンやフリルがあしらわれたものを頻繁に寄越してきた。

 もちろん婚約者だったときは喜んでそれを受け取って──翌日には路銀と化していた。良い金になるのだ、これがまた。


 そんな話はさておき、ならば誰がドレスを見立てたかと言うと、当然カルラ以外にないだろう。

 異母妹は社交界の華であり、良質な仕立て屋と縁が深い。ゆえにドレスの流行をしっかりと把握しているどころか、カルラ自身が淑女の流行を作っているようなものだ。

 ここに並ぶドレスには皆、そんな異母妹の優れたセンスが溢れ出ていた。


「今日カルラが着ているものと同じデザインですものねぇ、これ」


 カルラはきっと、ロベルトが以前とは打って変わって趣味のよいドレスを選んだということにして、彼への印象を良くしようとしたのだろう。残念だがその作戦は失敗だ。


 しかし──なぜそんなことをする必要があるのかと、モニカはもう少しだけ思考を進める。


 カルラはそろそろロベルトの性格に気付いた頃だ。奪い取った男が巷で浮気男と評されていると知ってさぞブチ切れたことだろうが、ここまで来てしまったのなら返品は難しいと分かるはず。

 なぜならロベルトが既に一度、姉から妹へ乗り換えた経緯は広く知れ渡ってしまっていた。そして父エッカルトが「二度はない」と明言していることも。

 だが相手が例え浮気性な男であっても、次期公爵夫人の地位は非常に魅力的だ。カルラならきっと、ロベルトをうまくいなして権力を手に入れる方を選ぶと思っていたのだが……本気でこちらに返品するつもりなのだろうか。


 それとも、何か別の狙いが?

 じっと考え込んでいたモニカは、閉め切られたカーテンの隙間を開く。


「……やはり警備が妙に厚いですね」


 客人を迎える大門は必須として、庭園や屋内の至る所に武装した衛兵が出入りしている姿が見えた。レアード王国の重鎮たるプラネルト公爵家の嫡男がパーティーに出席する以上、もちろん警備は万全にしなければならないが──どうにも規模が違う。

 恐らくロベルト以上の家格を持つ人間が、トゥルヤ公爵邸に滞在しているのだろう。そしてその事実を、ロベルトやカルラが故意に伏せていると来れば、自ずと彼らの意図も見えてきた。


「──おい。何やってんだ」


 背後から怪訝な声が掛けられる。

 そういえばカーテンの隙間に顔を突っ込んだままだったと、モニカは間抜けな姿を省みつつ振り返った。

 部屋の扉前には、ずらりと並ぶ衣裳を所在なく眺めるグレンの姿がある。なぜここに呼ばれたのか分かっていないだろうと思い、モニカはゆるやかな笑みで彼の方へと歩み寄った。


「どのドレスが良いと思います?」

「は?」

「どうやら明日のパーティー、とても高貴な御方が出席なさるようでして。決めかねているんです」

「…………まさかそれを聞くために呼んだのか?」

「ええ」


 平然とうなずけば、グレンからは深いため息が返ってきた。呑気にドレス選びをしている場合かと、彼の呆れた表情が本音を物語る。


「何色でも構いませんよ。ちなみに私は暗い色をよく着ます」

「じゃあ喪服でも着てろ面倒くせぇな」

「喪服もなかなか面白そうですがねぇ。直感でどうぞ」


 しばらくグレンに素っ気ない態度を取り続けていたせいか、彼の反応は些か鈍い。いや、自分もそれほど自然に振る舞えているかどうかは微妙だが──モニカは後ろ手に組んだ指先に、きゅっと力を込めた。

 やがて仕方なくドレスに鼻先を移したグレンは、顰め面のまま視線を二往復ほどさせたところで右手を持ち上げる。


「あれ──」

「どれで」

「はぶぁ⁉ 待て違う!」


 奇声とともにいきなり大きな手に視界を塞がれた。驚いている間にも肩を掴まれ、少しばかり体の向きを修正される。

 何をそんなに慌てているのかと不思議に思っていれば、ふと彼の手が離れた。まばたきを繰り返しつつ視界を整えると、グレンのぶっきらぼうな声が頭上から降って来る。


「それ、それで良いだろ。青色の」

「青?」


 彼が指差した濃厚な青色のドレスは、肩と背中があらわになる大胆なデザインだった。上半身には金糸で薔薇の刺繍が施されている上に、揃いのケープを肩から羽織ることで下品さを抑え、見る者に洗練された印象を与える。

 暗い色と言ったからこれにしたのだろうか。モニカは思案げにその生地やスカート部分を眺めつつ、ちらりと背後をうかがった。


 しかしそこにグレンの姿はない。

 視線を落としてみれば、彼は両手で顔を覆って屈んでしまっていた。


「グレン?」


 先日の出来事が頭をよぎり、つい手を伸ばす。テーブルに置いた“隷属の箱”を気に掛けながら。

 だが彼女の懸念をよそに、当のグレンは盛大なため息をついて金髪をぐしゃぐしゃに掻き乱した。ボサボサになった頭はそのまま、すっくと立ち上がってはしかめ面を寄越す。


「で? 用件はそれだけか」


 何だったのだろう、今の動きは。

 モニカは中途半端に浮かせた手を下ろしながら、ひとまず曖昧にかぶりを振った。行き場を失った右手をつと見下ろして、緩やかな笑みを浮かべる。


「カルラが何か企んでいるようなのです。私をパーティーに出席させて、どなたかに引き合わせるつもりなのでしょう。だから……」

「それならさっき見たぞ」

「え?」


 顔を上げてみれば、いつもの気だるいしぐさでグレンが扉に凭れ掛かった。そのついでに、億劫さをにじませた親指が後方を指し示す。


「裏に大層な馬車が止まってた。その扉に──牡丹の紋章が刻まれてたぜ?」


 牡丹。華やかな赤と大輪から、古来より高貴なる意味が込められる花だ。レアード王国において、家紋に牡丹を持つ家は一つしかない。


 その名もメーベルト家──四度目の革命を経て玉座に就いた、()()()()な王家だ。


 モニカは己の予想が当たったことに苦笑しつつ、ちゃっかり王家の馬車を確認していた護衛役に感心した。


「さすがですね、グレン。説明する手間が省けました」

「あ?」


 言いつつテーブルの傍に立ったモニカは、鞄から“隷属の箱”を取り出して振り返る。凹凸のある表面を手のひらでそっと撫でつつ、とびきりの笑顔を彼に差し向けた。




「──契約、終わりにしようと思って」




 抑揚をおさえた声は、冷たい床に跳ね返ることなく、彼の耳にそっと届けられた。

 眉をひそめるばかりだったグレンの口が、微かに開く。

 明らかな動揺を宿したその表情に、モニカが想像したような喜びの色は見られない。


「どうしたのです? あれほど解雇してくれと言っていたのに、嬉しくありませんか?」


 何度も逃げようと画策しては失敗して、そのたびに運のない男だと思っていた。考える頭も、それを実行できるだけの力もあるのに、こんな薄気味悪い女に捕まって可哀想に──自虐にも似た思いを嘲笑に乗せ、モニカは宝石箱を腹に押し付けるようにして抱く。


「一旦、お父様の元へ戻って体勢を立て直そうと思うのです。王家とはあまり関わりたくありませんから。このパーティーが終わったら、フェルンバッハへ帰ります」

「母親の地図は」


 被せるようにして投げられた、無愛想な問い。見れば、グレンの眉間には先程よりも濃いシワが刻まれている。

 何がそんなに不満なのだろうと首をかしげつつ、モニカは淡々と答えを口にした。


「お母様との約束は、もう半分ほど達成していますから」

「何……?」

「ああ、これ以上は言えませんよ。自由の身になったグレンが、地図の場所を突き止めてしまったら困りますもの」

「……は? 待て、お前まさかっ……⁉」


 グレンの言葉の先を遮るように、片手を持ち上げる。彼の眼前に手のひらを翳したモニカは、にこりと微笑を湛えて見せた。


「それにグレン、あなた──ハヴェルさんを探したいのでしょう?」

「な……」

「何だか最近は体調もよろしくないようですし、護衛の替え時かなと。安心してくださいな、無事に屋敷へ帰ることが出来たら、心臓はきちんとお返ししますから。成功報酬には届きませんが、護衛を務めてくれたお礼もその時に渡しましょう」


 有無を言わさずに解雇までの流れを説明して、モニカは最後にこう締めくくった。


「では、そういうことで。パーティーが終わるまではご自由に」



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