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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
8.悪魔と呼ばれし男

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8-10

「──悪魔の血族……ですか。初めて聞きますね。エクホルムの領主はどこでそんなものを知ったのでしょう」


 黒翼の団壊滅から一夜明けた早朝、コンウェル侯爵の屋敷へ向かう道すがら、モニカはふむと顎を上向けた。

 昨晩エクホルムの悪魔から聞いた話をざっくりと伝えてみたところ、博学な彼女もやはり「悪魔の血族」とやらについては関知していないようだった。


「西大陸にエクホルムさんと同じような方がいる以上、領主が勝手に捏造した話とも思えませんものね」

「うん。本当にそっくりなんだよ、あんなに激しく怒らないけど。ね、ヒルデ」


 早朝にも関わらず気力に満ち満ちたリュリュが確かめれば、隣を歩いていたヒルデが気圧されたように頷く。


「私は卿と一度しかお会いしたことがありませんが……確かにその、とても綺麗なお顔立ちだったなと……」

「…………そういえば見惚れてたもんね。やっぱりヒルデって年上が好きなんじゃ」

「へ⁉ ゆ、誘導尋問だわ!」


 年下の婚約者からあらぬ疑いを掛けられてわたわたとする少女はさておき。

 件の男──西大陸でゼルフォード伯爵と呼ばれている人物は、その美貌から類稀なる剣術に至るまでエクホルムの悪魔と似通っているらしい。リュリュ曰く、共通点を見出すなと言われる方が無理な話だと。

 だとすればやはり悪魔の血族という特殊な系譜が実在し、彼らが暗黒から寵愛を受けていることは認めざるを得ない。

 問題はモニカが言うように、エクホルムの領主がどこからそんな話を仕入れたのかということだ。

 グレンとしては一応、心当たりがないわけでもない。

 例えば、暗黒をどの国よりも忌避し、絶対の悪として人々に定義づけた張本人とも言える北国とか──。


「……アストレアでしょうかねぇ……」


 小さな呟きに視線を持ち上げてみれば、静かな街並みを眺める横顔がある。薔薇色の瞳はグレンに気が付くと、ふいと前に向き直ってしまった。


「エクホルムは帝国北部の山間部にあったと聞いています。光神至上主義のアストレア神聖国と程近いところに」

「もしかして領主はその国と親しかったのかな」

「ええ、教会に足繁く通っていくうちに、そんなお話を聞けたのかもしれませんね」


 アストレア神聖国は謎多き国だ。彼らは聖遺物“全知の書”であらゆる未来を知ることが出来る、なんて話からよく神格化されがちだが、他国の人間には事実がどうなのかは確かめられない。

 何故なら光の神々への厚い信仰心を持たざる者は、アストレアに入国することすら儘ならないのだから。

 彼らの並々ならぬ熱狂的な信仰ぶりは、天空神への忠誠と呼んだ方が相応しいと揶揄されるほど。ひとたび神話への疑念を口にすれば、投獄処刑待ったなしのとんでもない国だ。


「お前がアストレアに行ったら命がいくつあっても足りねぇぞ」

「そんなに?」


 一応忠告しておいてやると、リュリュが呆けたように瞳を瞬かせた。

 暗黒が生きていると宣い、その性質や背景を調査している異邦の少年など、アストレア神聖国にとって敵以外の何者でもないだろう。死にたくなければせいぜい近付かないことだと告げれば、少年は思案げに唸る。


「……僕やグレンが、ちょっと前までのベラスケスに行くよりも危険?」

「比にならねぇな」


 寧ろベラスケスの贋物実験場は、まだ良心的だと思えるかもしれない。無差別に人を殺すわけでもなし、該当する魔術師は贋物が完成するまで、すなわち死ぬまで少しばかり猶予があるから。

 一方のアストレアは、信仰心に翳りありと見なされれば誰であろうとその場で首を斬られる。命乞いや祈りの時間も与えられないと聞いた。どっちの死に方が好きかは個人の趣味だ。


「リュリュさんたちはカレンベル帝国で調査を進めた方が賢明かもしれませんねぇ。──さてと、着きましたよ」


 モニカの声に一同が足を止めれば、コンウェル侯爵邸の門がすぐそこに見えた。徹夜で見張りをしていたのか、門番は立ったままうつらうつらと舟をこいでいる。


「侯爵に昨日の一件について報告してきますね。すぐに終わりますから、リュリュさんたちはお先に朝食でも」

「あのっ、モニカ殿、何と報告するのですか? エクホルム殿のことを伝えたら、貴女も関わりを疑われるのでは……」

「ふふ、ご心配ありがとうございます。ですが死人に口なし、黒翼の団は内紛で勝手に壊滅したとでも言っておきますよ。エクホルムさんとは今後も穏やかなお付き合いがしたいですからね」


 爽やかな笑顔でもたらされた返答に、ヒルデは頬を引き攣らせながら頷いたのだった。




「──モニカ・フェルンバッハ様でございますね。応接間にて少々お待ちください」

「ああいえ、訪問の約束もしておりませんから、侯爵様には用件だけお伝えしていただければ」

「は、しかし……」


 侯爵邸から出てきた老齢の侍従長は、モニカの名と顔を知っている様子で躊躇いを見せる。これが下級貴族だったなら礼儀知らずだと門前払いを食らっているところだろうが、やはりフェルンバッハの名は他国でも無下に出来ないようだ。

 グレンが少し離れたところで成り行きを見ていると、やがて侍従長は申し訳なさそうに一礼する。


「何と、そのようなことが……侯爵もあの一団に手を焼いておりましたので、ご報告しておきます」

「よろしくお願いしますね。それでは」


 終始丁寧なやり取りを心がける侍従長を見るに、主人であるコンウェル侯爵もさぞかし礼儀正しい人間なのだろう。ここへ来る間、領民に厳しい暮らしを強いている様子も見受けられなければ、愛娘のためにブタを領内から駆逐しているなんて話も勿論聞かなかった。

 従来の黒翼の団なら決して狙わない、善良な貴族。

 キュリオはきっと、己の承認欲求を満たすためだけにコンウェル侯爵を標的に定めたのだろうと、またしてもグレンは呆れてしまった。


「──行きますよ」


 予定通りサクッと報告を終わらせたモニカが振り返り、一足先に門の外へ出る。頭を深く垂れた侍従長を一瞥し、グレンもその後に続いた。

 侯爵邸と街を繋ぐ細い往来を、黙々と歩く。モニカが足を出すたびに、束ねた銀髪がふわふわと揺れ動く。その様を所在なく見詰めていたグレンは、不意に彼女が振り返ったことで視線を持ち上げた。


「グレン」

「あ?」


 呼びかけと同時に、木陰が大きく振れる。

 舞い上げられた小さな葉が瞼に当たり、モニカが少しだけ目を眇めた。突風に乗じて乱れた髪を押さえて、薔薇の花弁にも似た瞳を開き切る。

 しかし、その一瞬の間が駆け抜ける頃には、彼女の唇は引き結ばれてしまった。

 途端に勢いを失ったような、出鼻を挫かれたようなその姿を見て、グレンは小さく溜息をつく。


「……。聞こえなかった」

「え?」

「もう一回言え」


 まだ何も言っていないが──とばかりにまばたきを繰り返していたモニカは、少ししてこちらの意図に気付いたらしい。丸く見開いた目をうろうろと彷徨わせて、肩掛け鞄のベルトを掴み直す。

 そんないとけない仕草を意外に思っていれば、ようやくモニカが口を開いた。


「……今日は何ともないのですか?」

「何が」

「昨日、心臓の挙動がおかしかったと伝えたでしょう」


 ああ、とグレンは生返事をしながらも納得した。それを聞きたくて今朝から様子がおかしかったのかと。いや、ベラスケス王都を離れる頃合いからずっと彼女の様子はおかしいのだが、それとはまた少し違う気まずさを纏っていた。

 グレンはふと口角を上げてしまう。ここ最近の空々しい態度を捻じ曲げてまで心配を口にするモニカの姿は、見ていて何となく気分が良かった。


「まあ、何がおかしいのです?」

「ん、あー……いや、今まで俺の心臓を平気でぶっ叩いてた女の言葉とは思えなくてな」

「私が例えこの箱を足蹴にして壁に投げ当てたとしても、あんな状態にはなりませ……」


 モニカが楽観的な態度を咎めるように語調を強め、こちらへ一歩踏み出したときだった。

 二人のすぐ近くに一台の馬車が停まる。コンウェル侯爵邸へ向かう貴族だろうかと、グレンが怪訝な顔でそちらを振り向くと。



「──モニカ‼ 捜したよ‼」



 馬車の扉が勢いよく開き、飛び出した青年がモニカを抱き締めた。

 見知らぬ男の肩越しに、モニカの驚く顔が見える。次いでそこに浮かんだのは焦りと、苛立ちだろうか。いずれにせよ不快な感情を滲ませた彼女が半歩ほど後退すると同時に、グレンも殆ど無意識のうちに手を伸ばしていた。


「おい、昼間から盛るな変質者」

「えっ?」

「あ、グレン──」


 モニカのやる気のない制止を聞き流したグレンは、引き剥がした男を容赦なく地面に叩き伏せたのだった。


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