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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
8.悪魔と呼ばれし男

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8-8

「──ブランシュぅ‼」

「ブヒ」


 とっぷりと日の暮れた街外れ。

 目出し帽を被り直したエクホルムの悪魔は、素っ裸の子ブタを受け取っては怒涛の勢いで頬擦りをした。

 その手前、子ブタを探すために森を奔走していたリュリュとヒルデは、ぜぇぜぇと肩を上下させながら地べたに座り込む。案内をさせた例の女は既に逃亡したのか、どこにも姿は見当たらなかった。


「可哀想にブランシュ、奴らに服を剥かれてしまうなんて……! 俺がまた新しいものを用意しような」

「フゴッ、ゴ」

「駄目だ、あんな薄汚い連中の手垢がついた服なんて二度と着てはいけない!」

「おい、うるせぇから会話すんな」


 子ブタとイチャイチャしている不審者の背中を足蹴にして、グレンは盛大な溜息をつく。

 結局この殺人鬼は、ヒルデたちが子ブタを連れ戻して来るまでに、二十人以上はいたであろう黒翼の団を殲滅してしまったようだ。民家の中で折り重なっていた屍の山には、当然キュリオの遺体もあった。

 ただ金品を配り歩くだけの義賊として留まっていれば良かったものを。調子に乗り過ぎた結果がこれだと、グレンは一人かぶりを振る。


「……で? お前、その双剣は何なんだ?」


 完全に伸びているリュリュの代わりに尋ねてやれば、エクホルムの悪魔が不思議そうにこちらを振り返った。


「何とは?」

「その変な装飾の武器だよ。子ブタだけかと思ったら化物も飼ってたとはな」

「ブランシュは連れ立っているだけで飼っていない!」

「そこに食いつくな」


 息巻く殺人鬼の顔をよそへ押し退けながら、グレンは腰に佩いた双剣を盗み見る。


(……今は何ともねぇな)


 それは一見して、ただの派手な双剣だった。そこらの武器屋にはまず並ばないであろう奇抜な装飾、扱いづらそうな反った刃。目出し帽に加えて何から何まで悪趣味な野郎だなと密かに思っていたのだが──リュリュ曰く、この双剣には“影の精霊”すなわち、暗黒の力が宿っているとか。

 いや、宿っているというよりは、暗黒そのものが化けた武器と呼んだ方が相応しいだろうか。

 記憶にこびりつく二匹の黒い獣を思い出すと、グレンはまた心臓の辺りに違和感を覚える。


 ──グレン‼


 モニカからまさかの頭突きを食らう瞬間まで、自分の意識がどこかへ飛んでいたことは確かだ。

 はっきりと覚えているわけではないが、とても長い時間ぼうっとしていたような。あと妙に喉が渇いていた気もする。

 とにかくエクホルムの悪魔が屋内にいた人間を全て始末する間のわずかな時間、そこだけ不自然に記憶が失われていた。

 何とも気色の悪い体験についつい顔を顰めてしまうと、ようやくリュリュがむくりと体を起こす。


「その双剣、ずっと使ってるの? 今日みたいにいきなり溶けたことは?」

「溶けた? お前もコソ泥もさっきから何を言っている?」

「……あれ、もしかして覚えてない……」


 悲しいかな全く会話が噛み合わず、リュリュの表情は見るからに落胆の色に染まる。と言っても眉が心なしか下がった程度なのだが。

 再び草むらに突っ伏してしまった少年を見兼ねて、居住まいを正したヒルデがおずおずと口を開いた。


「エクホルム殿、そちらの双剣が黒い獣に変化したことを覚えていませんか? あれは恐らく、私たちが調べているものと同じ存在だと思うのですが……」

「……黒い獣……?」


 殺人鬼は未だピンと来ていない様子だったが、ひとまず恋人を足元へ降ろす。解放された子ブタはブヒブヒと鳴きながら、案の定モニカの傍へと寄って行った。

 恋人が信頼できる人物の元へ向かったことを確認しつつ、エクホルムの悪魔は双剣をすらりと引き抜く。そうして柄の装飾をまじまじと眺めたかと思えば、はっと何かに気付いた様子で仰け反った。


「持ち手の装飾が違う⁉」

「気付くの遅ぇよ」


 子ブタ以外は本当に興味がないらしい。だとしても自分が使っている得物の変化ぐらい、すぐに気付いて欲しいものである。

 グレンの小言に反応する余裕もなかったのか、エクホルムの悪魔は動転をあらわに双剣を凝視していた。


「……ああ、いや確かに、たまに握り心地が変わっているような気はした」

「どちらで入手したか覚えていますか……?」


 ヒルデの縋るような問いかけに、薄色の瞳が少しばかり躊躇うような色を宿す。やがて長い前髪ごと目出し帽の内側に隠してしまうと、ぼそぼそとした声が返ってきた。


「…………エクホルム。俺が壊滅させた街だ」

「!」


 既に彼自身の呼び名として定着している「エクホルム」。

 それはカレンベル帝国北方に存在した、ある街の名だ。帝国の準主要都市としてそれなりに栄えていたそうだが、領主一家による過度な徴税が起因し、頻繁に暴動が起きる場所としても有名だった。

 しかしエクホルムの危うい統治体制を見かねて、いよいよ帝室が梃入れをしようかという頃、かの街は地図から消されてしまった。


 ──目の前にいる、一人の青年の手によって。


「この双剣は……悪いがよく知らん。断頭台に連れて行かれるときに、奪い取ったものだから」


 青年の声音が段々と弱まっていくことに気付き、ヒルデが目に見えて狼狽える。どう声を掛けたものかと慌てる少女の傍ら、そっと歩み寄ったのは銀髪の乙女だった。


「エクホルムさん、無理にお話しなくてもよろしいですよ。双剣の謂れについては何もご存じないのでしょう?」

「……ああ。すまない」

「いいえ。さっ、今日はブランシュちゃんとお休みになって? 黒翼の団については明日、私がコンウェル侯爵にお話しておきますから」


 モニカが笑顔で子ブタを差し出せば、エクホルムの悪魔は素直にそれを受け取って頷く。しかし伏せられた薄色の瞳は、心ここにあらずといった調子で虚空を見詰めていた。



 ◇◇◇



『──何だってあんなところで行き倒れてたんだ? お前、悪魔って呼ばれるぐらいなら腕が立つんだろ』


 騒がしい酒場の隅でがつがつと食事を進める、怪しい風貌の青年。その足元でフゴフゴと鳴くブタは随分と肥えており、客席ではなく皿の上に盛られていてもおかしくない図体である。ブリギットという名前の──よく分からないが「恋人」らしい。

 いろいろと理解できなかったので深く突っ込むことはしなかったが、ブタから意識を逸らすためにもグレンは別の話題を持ち出した。

 目出し帽の下半分を顎まで引き下げた青年は、長い前髪の隙間からギラついた瞳を寄越す。手負いの獣はきっとこんな顔をしているのだろうと、グレンは特に怯むこともなく頬杖をついた。


『……行商人が……賊に襲われていたから、助けた』

『へえ。殺人鬼でもそんなことすんのか』

『誰のことだ』

『お前だ』


 自覚症状のない青年に素っ気なく伝えてやっても、薄色の瞳ははてと他所へ向いてしまう。


『行商人を逃がしたら、残りの賊も武器を捨てて逃げて……その後、よく覚えていないが気を失った』

『……? 空腹でか?』

『今朝に川魚を食ったはずだ』


 良い食料が傍にいるのにちまちま川魚なんて食っているのかと、グレンは自殺行為に等しい発言をすんでのところで飲み込む。

 確かにこの青年はどこも負傷していない。街道沿いに広がる平原で、ただ死んだように倒れていた。グレンは青年の近くを一頭のブタがうろついている状況に疑問符を浮かべながら、適当に酒場まで引きずって来たのだ。そうしてテーブルに運ばれた料理を見るなり、椅子から飛び起きた青年が凄まじい勢いでがっついて今に至る。

 怪しい風貌と悪趣味な双剣を確認した時点で、これがエクホルムの悪魔だということは薄々気付いてはいたものの、話せば話すほど殺人鬼の印象が薄れていくのは何故だろう。グレンは微かに痛むこめかみを押し揉みながら、ふと息をついて椅子に深く凭れ掛かる。


『お前、魔術は使えんのか』

『全く使えないが』

『なら聖霊に悪戯でもされたんだろ。あいつら、人間をからかって遊ぶ習性があるからな』


 ──ごく稀に、だが。

 人間の血肉を好む聖霊は、特別美味そうな肉を見付けたらちょっかいを掛けて気を引く癖があった。それが魔術師なら血の一滴ぐらい与えてやるところだろうが、そうでなければ聖霊の気配にあてられて体調不良を起こしたり気を失ったりする。

 恐らくこの青年も後者であったために、前触れもなく急に気絶してしまったのだろう。


『聖霊……』


 グレンの気怠い説明を聞き終わるや否や、青年が納得の行かぬ顔で俯く。


『……それは違うと思う』

『あ?』


『俺は、聖霊に嫌われているから……違うと思う』



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