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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
8.悪魔と呼ばれし男

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8-1

 千年におよぶ激戦を制した光の化身、天空をその手に掴みし万物の創造主は、勇者カレンに一つの予言を与えた。


「汝、地上を平定せよ。我らが眠りに就いたのち、暗黒に侵されし者どもが汝らを脅かさん。カレンよ、勇猛なる人の子よ。我らが再び目を覚ますその日まで、秩序と安寧を」


 主たる光は真白の手をかざし、晴天へと消えた。

 予言を授かったカレンは四人の同志と共に、荒廃した大地の復興に努めた。

 暗黒に怯え狂った人々も心を取り戻し、創造主への感謝と安らかな眠りを願い祈る。

 みなが元の暮らしへと帰るとき、偉業を遂げたカレンは最初の王となった。

 蒼天の下で行われた戴冠の儀では、王の誕生を祝す細雨が降りそそいだのだった。



 ◇◇◇



「天空神は暗黒が死んでないことを分かってそうだよね」


 虚空を見詰めたままカレンベル帝国の建国史をそらんじたリュリュの言葉に、ヒルデは気まずい沈黙に身を浸しつつ相槌を打った。


「どうして?」

「だって、自分で殺したならこんな注意しなくていいでしょ。もう暗黒は消えたから安心して暮らしてね、って言うところだと思うよ、ここは」

「確かにそうだけど……」

「天空神はバザロフに暗黒を封じるしかなかったのか、それとも故意に生かしたのか。単純に力が拮抗してたのかもしれないし、表裏一体の精霊を一方的に消し去ることが出来なかったのかもしれない。どっちも有り得るね」

「……リュリュ」

「なに?」

「……よ、よく喋れるね……」


 少年はきょとんと碧海の瞳を瞬かせる。

 ガタゴトと揺れる馬車の中、向かい合わせに座ったリュリュとヒルデの隣には、それぞれ一人ずつ男女が腰掛けていた。顰め面には届かぬ程度の皺を眉間に刻んだグレンと、流れゆく外の景色を柔和な笑みで眺めるモニカだ。

 双方、馬車が出発してから今に至るまで一言も発言していない。

 正確には、グレンとモニカの間に会話が一切生じないのだ。

 ヒルデは恐る恐る二人を横目で窺いながら、困惑をあらわに額を押さえてしまう。


(再会したときはいつも通りだったはずなのに……)


 ベラスケス王都ジェセニアで束の間の休息を得て、暗黒の調査を進めるためには更なる情報が必要と判断したリュリュは、このままグレンたちと一緒にカレンベル帝国へ向かおうと言った。その決定にヒルデも特に異存はなかったので、国王サルバドールには長居せずに東へ発つ旨を伝えたのだ。


『それなら聖遺物“青き宝”を訪ねてみたらどうかな。あの近くの集落には確か、神話に関する口伝が残っていると聞いたよ』


 サルバドールはそんな助言に加えて、国境付近まで送るための馬車まで手配してくれた。国王の厚意に深く感謝しながら、二人は王宮へ戻ってきたグレンとモニカを迎えたのだが……その時点でもう空気は冷え切っていたように思う。

 幸い、帝国までの同行に関してはモニカが快く承諾してくれたものの、今朝に至るまでグレンに何か声を掛ける兆しはない。姿が見えていないのかと思うほどの清々しい無視であった。

 しかしもっと意外だったのは、いつも不機嫌になる側のグレンがそれほど気分を害していないことだ。いや、彼も表情を作るのが上手いため本当のところは分からないが、とにかく怒ってはいないようだった。


 つまり、そう、今回は珍しくモニカの機嫌が悪い。それも非常に。


 一体何があったのか聞いてしまいたいが、そんなことをしたらもっと空気が悪くなるのではないかとヒルデは一人青くなる。


(お兄様がたは殴り合いの喧嘩しかしなかったから……お姉様もすぐに取っ組み合いを……こんな喧嘩はどう仲を取り持ったら……)


 それもそれで周りからすれば困ったものだが、ヒルデにとって喧嘩とはそういう分かりやすいものだったのだ。無論、目の前でぼけっとしているリュリュも喧嘩なんて絶対にしたことがなさそうだし、彼に至っては仲裁する気など毛頭ないだろう。

 この大変気まずすぎる空気のまま帝国へ行かねばならないのかと、ヒルデが苦悩に満ちた顔を伏せたときだった。


「ヒルデ、セベから何か貰ってなかった?」

「えっ?」

「ほら、別れ際に」


 リュリュの言葉に暫し呆けてから、はっと懐を探る。

 そういえば発明家のセベがどうにも様子のおかしいグレンたちを見兼ねて、こっそりとヒルデにある物を託してくれたのだった。


『まぁたチンピラが何か言うたんと違うか? ほれお嬢、限界になったらこれで空気を和ませるんじゃ。達者での』


(ありがとうございます、セベ殿……! でもこれは何かしら……!)


 ヒルデが取り出したのは、ずしりと手のひらに重みを伝える奇怪な鉄箱だった。ヒルデの握りこぶしよりも小さな箱の中には、触れたらポキッと折れてしまいそうな極小の棘がいくつも生えた鉄塊が収まっている。


(……こ、これで何をするの? 鈍器にしか見えないわ)


 和むわけがない危険な用途ばかり思い付いてしまうヒルデがあたふたしていると、スッと細い手が向かいから伸びてきた。

 そして、カチカチカチ、と聞き慣れない音が馬車の中に響く。何をしているのかとリュリュの右手を見てみれば、鉄箱の後ろに取り付けられた小さな摘まみを回しているようだった。


「それを回すの?」

「知らない。回せそうだったから」


 二周ほど摘まみを回したリュリュが手を離した直後のことだ。

 どこからともなく優しい音色が奏でられる。グラスの縁を軽く叩いたような、鐘の音をきゅっと凝縮したような、如何せんヒルデには形容しがたい玉音だった。そしてそれが何かの曲を表現していると気付いたなら、驚いて手元の鉄箱を見下ろす。


「これが鳴って……?」

「すごい、見てヒルデ、この棘がこっちの板を弾いてる音だよ、見える? 棘の配列が楽譜になってるんだ。摘まみが戻る力で回ってるのかな」

「ちょっ、ちょっと待っ」


 瞳を爛々と輝かせたリュリュは、音が出る鉄箱を眺めてはヒルデに解説してくる。それはとてもありがたいし興味深いのだが、今この場で和んで欲しいのは婚約者ではなくて隣にいる二人だ。

 勇気を出して振り返ってみれば、鉄箱に視線をそそぐグレンの姿が視界に映る。よしと拳を握ったヒルデは、意を決して口を開いた。


「せっ、セベ殿から頂いた物なのです。グレン殿もこういったものは見せていただいたのですか?」

「……ああ、“神無の屑”とかいうやつか」

「かんな?」

「よく分からん。あいつのボロ小屋、変わったもんで溢れてたからな」


 すいとグレンの鼻先が逸れてしまったかと思えば、入れ違いにモニカがこちらを振り向く。平素と変わらぬ薔薇色の双眸が、にこりと微笑んだ。


「とても素敵な音色ですね。心が洗われるようです」

「は、はい、本当、に……」


 感想を一言述べるなり、モニカはまた窓の外へ視線を投じてしまう。

 再びその場を馬車の揺れる音だけが支配し、和らいだかのように見えた空気もスッと元通りになる。


(肝心のお二人が話してないじゃない……私と世間話をしてどうするの……)


 拙い作戦が失敗に終わったところで、ヒルデはがっくりと項垂れた。他方、この空気に何ら気まずさを覚えていないリュリュは一人、音が止まってしまった鉄箱の摘まみをいそいそと回したのだった。


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