7-2
「──国王に会うってのに賊を引き連れていくなよ」
グレンはじんじんと痛む胸部を摩りながら、軽快な足取りで前を進むモニカに言った。
一晩ぐっすり寝て元気になった彼女が、平素の笑みでこちらを振り返る。束ねた銀髪がゆるりと弧を描き、細い肩に滑り落ちた。
「ヒルデさんとリュリュさんに連れてきて欲しいと頼まれてしまったので、気は進みませんがコソ泥同伴で謁見に参ろうかと」
「は?」
何だってあの二人が自分を同席させるよう頼むのか。
ただでさえ格式張った王宮に居心地の悪さと場違いさを漫然と感じているというのに、これ以上の気苦労は御免である。
いや、昨日思い切りサルバドールに対して斬首待ったなしの発言は吐いたし、そもそも気苦労を感じるほど繊細な性格をしているのかとモニカから笑顔で首を傾げられそうだが、とにかく面倒臭いことに変わりはない。
それでもこうして今モニカの後を付いて歩いているのは──今朝から何となく足元が覚束ない雇い主を、定期的に支え起こすためである。
「あっ」
またもや小さな段差に躓いたモニカの肩を、後ろから掴み寄せる。
転倒を免れた彼女は中途半端に両手を伸ばしたまま、へらへらした顔をこちらに振り向かせた。
「護衛役も板についてきましたねグレン」
「介護だろうがよ」
「まぁ他人を老人みたいに! 全くもう、私は怪我人なんですから腕ぐらい貸してくださいな」
昨晩の弱々しい態度はどこへやら、モニカはやれやれと出来の悪い護衛を嘆く。次はそのまま転ばせてやろうかとグレンが渋い顔をしている内に、目的の場所まで到着した。
「モニカ様、お待ちしておりました。どうぞ中へ」
セベの話によると、王宮に仕える文官たちは昨夜から休むことなく働き詰めだとか。クーデターを企てたアマデオを筆頭に、芋づる式に多くの貴族が贋物実験場と深く関わっていたことが判明したのだ。中には要職に就いていた者も少なくなく、空席となった地位の後釜をどうするかという話し合いまでしなければならない。
窶れた顔をしながらもモニカに挨拶をする文官を後目に、グレンは目の前の銀髪を見遣る。
「ありがとう。お大事になさってくださいね」
「はっ……? も、申し訳ありません、お気遣い感謝いたします」
慌てて眠気を取っ払った文官は、モニカの優雅な笑顔を真正面から捉えては頬を赤らめていた。我に返った様子で「少々お待ちを」と告げると、大きな扉を兵士に開けさせる。
「外面だけは一人前だな……ひぐぇっ」
こつりと鞄越しに宝石箱をノックされ、ひとつも身構えていなかったグレンは奇声を噛み殺した。
「あなたも懲りませんねぇグレン。少しは趣向を変えて、私を褒め称えるとかしたらどうです?」
「ああ? 昨日褒めてやったろ、薬を──何でもない。いや待て待てあれだ、俺は今朝もお前を心配してこうして付いて来てんだぞ!?」
昨夜の看病のことを持ち出した瞬間、すぐにモニカが宝石箱に拳を打ち下ろそうとしたのを見て、すかさず早口で捲し立てる。
すると、右手を挙げたまま振り返ったモニカが、意外そうに瞳を瞬かせた。
「……ふむ。確かにそうですね。いつもなら嫌だ面倒臭い一人で行けと言って逃げてしまいますものね」
「その通りだ。俺の善意を丸ごと無視して、気に入らない態度だけ咎めるのも酷いと思わねぇか? な? だからバカの一つ覚えみたいに箱を叩くのはやめろ」
「ふふ、最後は余計ですよ」
確かに余計だったと、結局心臓を叩かれたグレンは呻きながら胸部を摩る。下らないやり取りをしている間に扉はすっかり開かれ、コソ泥の粛清を終えたモニカはさっさと中へ入ってしまう。
途中、早く来いと言わんばかりの微笑が振り返り、グレンは溜息交じりに後を追った。
佳麗な斑紋をもつ磨き抜かれた床は、二人分の足音を鮮明に響かせる。紅土を連想させる色彩の、光沢ある石材で統一された謁見の間。雨上がりの湿気を逃がすためか、大窓が開け放たれたそこに清涼な風が吹き抜ける。
貴族の館とは比べ物にならない豪奢な空間にぐるりと視線を巡らせて、グレンはなだらかな階段の頂──そこに座する国王サルバドールの姿を仰いだ。
ついで、整然と敷かれた紺色の絨毯を下っていけば、薄紅色と黒色の頭が横に並んでいる。ヒルデとリュリュだ。
「……ああ、モニカ。よく来てくれた。もう体は平気なのかい?」
何やら神妙な面持ちで口元を覆っていたサルバドールが、そこでようやくモニカの姿に気付く。当のモニカはにこりと口角を上げると、「はい」と落ち着いた声で応じた。
「おかげさまで一晩しっかりと休めました。ありがとうございます」
「いや、私は何も……そこな魔術師殿と医師のおかげだよ。──誰か、彼女に椅子を持って来てくれ」
国王の指示に騎士が速やかに動く傍ら、サルバドールは再び顎を引いてヒルデたちを見る。
「さて、モニカたちも来たことだし話を戻したいんだが……その前に。西大陸から海を渡る際に、大渦に巻き込まれたと言うのは本当かい?」
その問いに、殆ど背丈の変わらない二人が顔を見合わせた。ともすれば姉弟のようにも見える彼らの後ろ姿を眺めていれば、ややあってヒルデが首肯する。
「はい。突然の豪雨と雷に見舞われて、商船はもちろん同乗していた方々も殆ど……。私は彼の魔術で、レアード王国の西海岸に漂着することが出来ました」
「……そうか。西海は広大だが比較的穏やかなことで知られていてね、漁に出る者も多いから……一度レアードにも報告をしておいた方がよさそうだな」
「そう、なのですか」
ヒルデが少々不安げに相槌を打つ隣、じっと絨毯の柄を見詰めていたリュリュが不意に顔を上げた。
「サルバドール陛下。僕らはある調査のために東大陸までやって来たのですが、頼れる者がおらず困っております。どうか力を貸していただけませんか」
本当に困っているのか平坦な声音だけでは判断がつかなかったが、少年の静かな眼差しは子どものそれではなく、ある種の威圧感をもって国王を見据えていた。
サルバドールは若き魔術師の視線を受け止めると、苦笑と共に申し出の続きを促す。
「昨日の恩を返さねばと思っていたところだ。私に出来ることなら何でも言ってくれ」
「ありがとうございます」
そこでリュリュはおもむろに腰へ手を伸ばし、携えていたナイフを鞘から引き抜いた。近衛の者たちがにわかに反応を示す中、少年は抜身の刃物をそっと床に置く。
監獄で没収されていた武器だ。と言っても少年があれを使う姿は終始見られなかったが──グレンが目を凝らすと、その刃の表面には見慣れない紋様が刻まれている。
皆が不思議がる視線をそこに注ぐ中で、リュリュはその場に跪き、ゆっくりと頭を垂れた。
「改めて。僕は西大陸のエルヴァスティ王国から参りました、フルメヴァーラ公爵家のリュカと申します。身分を証するものがこれしかありませんので、御前にて刃を晒した無礼をお許しください」
公爵家、と文官の誰かが声を漏らす。戸惑いがさざ波のように広がり、謁見の間が皆の動揺にうっすらと覆われた。
しかしそれも束の間のこと。跪くリュリュにそっと促されて、薄紅色の髪の乙女も礼の姿勢を取ると。
「わ、私は……西大陸のローデヴェイク王国第四王女、ヒルデガルト・バルテリング=ローデヴェイクです」
一瞬の静寂が走り抜け、今度こそ謁見の間がどよめきに包まれた。
名乗った本人も予想以上の反応にビクついていたが、最も重症なのは──玉座で天を仰いでいる国王だろう。
「おい、あの国王どうしたんだ?」
「胃痛に耐えていらっしゃるのでしょうね」
モニカのにこやかな返答に、なるほどとグレンは適当に頷いておいた。




