6-10
──ジェセニア王宮で勃発した国王の暗殺、およびクーデターは未遂に終わった。
首謀者はサルバドール王の側近として活躍していたアマデオ・カシャーリ。
彼は蒸気機関の実用化に協力的であったが、水面下では反光神主義者たちに有利となるような情報を頻繁に流していたという。
近く、王都に設置した蒸気機関の不備を捏造する計画もあったことを知り、サルバドールは深い失望と悲懐を露わにした。
長く信頼を置いていた者なれど、国王はアマデオとクーデターに与した貴族たちに対して、厳罰を下したのだった。
「アマデオは昔から、陛下に妙な期待を抱いてる節があったからのう……それほど不思議なことじゃあなかったのかもしれんな」
事の顛末を上の空な様子で語り終えたセベは、やれやれと大きく頭を振る。
「わしゃ平民だからよく知らんが、貴族の坊っちゃんは苦労が多いみてぇだ。だから陛下には偉業を成し遂げてもらいてぇとか何とか……よう言うとった」
兆しは十分にあった、ということだろう。
今さら何をどうしたら良かったなどと言うつもりはないのか、セベはそこで気持ちを切り替えるように膝を叩く。
「ま、ともかく一件落着じゃ。お前さんたちのおかげでな」
にっと口角を上げて笑ったセベは、相変わらず気怠げなグレンに対し礼を述べた。
右肩からツンと漂う消毒液の匂いに顔をしかめながら、グレンは傍らの寝台を見遣る。
そこには一連の騒動で最も割に合わない怪我を負ったであろう、モニカの姿があった。解毒を終わらせた後すぐに医師が飛んできたため、諸々の処置は彼らに任せたが──穏やかな寝息を聞くに、事なきを得たようだ。
「陛下がガタガタ震えながら心配しとったが、大丈夫そうじゃの」
「ああ」
生返事をしつつ視線を移せば、小卓に置かれた白い包みが目に留まる。
黒髪の少年、リュリュが平然とグレンに渡してきた解熱薬だ。
何でもあの少年、西大陸で精霊術師の修行を重ねる片手間に、薬師としての知識も蓄えていたらしい。グレンの右肩の傷も、見事な手際でさっさと手当てしてしまった。
用が終わるや否やヒルデの元にすっ飛んでいったので、彼らについてはまた明日にでも話をすればよいだろう。
「お! そういや部屋に酒があったぞ、どうじゃチンピラ、脱獄祝いに」
「お前の酒癖次第だな」
「んー? 別に酔っても元気一杯になるだけだぞ」
「今以上にか……?」
愕然としてしまったが、拉致されたり牢屋に入れられたりした鬱憤を晴らしたい気持ちはある。ついでに昼間から少しばかり落ち着かない頭も、酒でどうにかならないだろうか。
逡巡を経てグレンが椅子から腰を上げれば、「よし来た」とセベも跳ねるように立ち上がったが。
「ほいじゃあ部屋に…………」
「何だよ」
急に口を覆ったセベは、片手で寝台を指差す。
何かと思って見てみると、モニカが目を覚ましていた。
半開きの瞳で虚空を見詰めたまま、ぼんやりと呼吸を繰り返す。その頬は先程よりも赤く火照り、額にも汗が滲んでいた。
また熱がぶり返したのだろうが──それはともかくとして、なぜ他人の上着の裾を掴むのか。
グレンが思い切り顔を歪める傍ら、セベは何かを察したような手つきでその背を叩く。
「……そばにいてやらんと、な……」
「何ニヤついてんだ髪抜くぞ」
「んふふ! 照れるな照れるな、わしだって空気ぐらい読めるわ! じゃあの!」
「おい待てコラ!」
とんでもない空気の読み方をしてくれたセベは、グレンの怒声を清々しく無視して部屋を出ていった。扉を閉める際、にこやかに立てられた親指が何とも腹立たしい。
長い溜め息をついたグレンは、仕方なしに椅子へ腰を下ろす。
その流れでモニカの手を毛布の中に突っ込めば、薔薇色の瞳がつと寄越された。
「……あら……どうしてグレンがここに?」
「記憶喪失かお前は?」
グレンの雑な嫌味もよく理解していないのか、モニカはうんうんと適当に頷きながら目を擦る。そのままぱたりと手を投げ出しては、汗ばんだ頬を枕に押し付けた。
ゆっくりと息を吐く彼女の姿を後目に、グレンはぬるま湯の入った小さな陶器に解熱薬を注いだ。視界の隅に映り込むモニカの鞄から必死に意識を逸らしつつ、濁りゆく薬の緑色を注視して。
グレンは自然と唇が引きつるのを感じながら、混ぜた薬をぶっきらぼうに突き出した。
「飲め」
「いやです」
「は?」
まさかの即答に思わず彼女を二度見してしまった。
しかし当のモニカは依然として熱に浮かされたまま、別段からかっている様子もなく。
グレンが「は?」の顔で固まっていれば、彼女はもぞもぞと体の向きを反転させてしまう。ほどいた銀髪がぐしゃりと乱れて、毛布の奥に沈んだ。
「いりません」
「いりませんじゃねぇよ、熱で起きたんだろお前。毎日誰かさんに不憫を強いられてる俺が! いつになく優しさ全開で! 薬を水に溶かしてやったんですけど!?」
小卓を叩きながら訴えてみたものの、返ってきたのは溜め息のみ。たったそれだけで優しさを豪語されても困ると言わんばかりである。
体調が悪くてもふてぶてしさは健在だなと舌を打ったところで、一旦グレンは薬を脇に置いた。
「まさかとは思うがお前……薬が苦くて嫌とか言うなよ」
「……」
「言うなよ」
「……薬はとても苦くて飲みづらいので嫌です」
丁寧に言いやがった。
グレンが腹立たしさやら何やらで顔を覆う傍ら、またひとつ銀髪が毛布に埋もれていく。
「……後で飲みますから、グレンは出ていってください」
「はぁ!? 引き留めたのお前だろうが! いや、もういい分かった、せいぜい一人で寝苦しい夜を過ごしとけ」
やけっぱちに腰を上げたグレンはしかし、中腰のまま固まった。
上体が前のめりになった瞬間、モニカのつらそうな顔が見えてしまったのだ。眉根を寄せ、瞼をきつく閉じ、毛布の端を握り締める姿が。
グレンは理解が及ばない顔で、その火傷しそうなほど熱い首筋に手の甲を押し当てた。
ひんやりと冷たい感触に、モニカは気持ち良さそうに眉間のシワをほどいてから、虚ろな視線をこちらへ寄越す。
ふとその眼差しに一抹の不安を見たグレンは、仕方なしに言葉をかけた。
「やっぱ今すぐ飲め」
「嫌で……」
「それでとっとと寝ろ、俺は出ていく」
ひくり、モニカの頬が微かに動く。
「お前どうせ、コソ泥に面倒見られんのが嫌なんだろ。俺は卑しくて非道な賊だもんな?」
押し当てていた手を離しつつ吐き捨てれば、ゆるゆると彼女が頭を振る。しかしそれを見なかったことにして、グレンは閉じきった分厚いカーテンを一瞥した。
また雨脚が強まったのか、地を打つ音は増え続ける一方でありながら、決して騒音とはなりえない。心地よさすら感じる静寂に聴覚を差し向けつつ、グレンは緩慢な動きで頬杖をついた。
「分かっちゃいたが、貴族のご令嬢はプライドが山のごとく高くて嫌になるね」
「違います」
顔の向きはそのままに、緑玉の瞳を寝台へ投げる。
何か言いたいことでもあるのかと問えば、モニカは寝返りを打つ途中の体勢で眉を寄せた。
「寝込んだときは……いつも一人だったので」
「あ?」
「……看病のされ方を忘れてしまいました」
「……」
今さらコソ泥云々の理由で意地を張っているわけではないと分かってはいたが、こうも素直に打ち明けられるとは露にも思わず。
逸らされた瞳を追いながら、グレンはひとつ溜め息をついた。
「何だ看病のされ方って……寝てりゃ良いだろ。それと俺は看病してねぇ、お前が死なねぇように監視してるだけだ間違えんな」
「……でも、そこに座ってくださったのは、お母さまだけでした」
そこ、と毛布から出した指先がグレンの椅子を示す。
モニカが言っているのは、幼い頃に病死したという実母の話だろう。口振りから察するに、父の再婚以降は家族から看病などしてもらえなかったと。もしくは彼女自身が強がって拒否したか。
つまるところ、薬が嫌だの出て行けだのといった我儘な振る舞いは、単純に戸惑っていただけらしい。
もう慣れたと思っていたが、やはり分かりづらい──暫しの沈黙のあと、グレンは深い深い溜め息をつきながら、モニカの背を抱き起こす。
そして。
「グレン? ──ふぐっ」
片手で無理やりモニカの口に薬を流し込んだ。
「んんー!?」
「いやー死んでも看病なんてしてやらねぇと思ってたが、これが嫌がらせになると思えば最高に楽しいな」
「うっ、酷いですお母さま……!」
「誰がお母さまだ早く飲みきれ」
どうやら薬は本当に苦手だった様子のモニカが泣く泣く器を空にしたところで、グレンはわざと彼女の肩を軽く摩る。
まるで幼子を褒めるような仕草が気に障ったのか、半目で唇を尖らせる様はなかなかに愉快であった。
その後も白々しい優しさを発揮しながらモニカを寝かしつけたのだが、少々調子に乗り過ぎたグレンが翌朝、心臓の痛みで叩き起こされたのは言うまでもない。
※ここまで読んでいただきありがとうございます※
ブクマ、評価等々ありがとうございます。次の7章で前半終了となりますので、お付き合いいただければと思います。今後もよろしくお願いいたします。




