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心臓は未だかえらず  作者: みなべゆうり
6.ジェセニア王宮事変

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6-4

 ──思えばあの日、父が幼い息子にカレンベル帝国へ行くよう命じたのは、自国の置かれた立場を分からせるためだったのだろう。


「ベラスケス? ああ、あの()()()()()のことか!」

「近頃はカイメラの実験も活発化しているとか……本当、物騒な真似はやめてほしいですわね」

「いやしかし、今日は珍しく王太子が来てるらしいじゃないか。ようやくカレンベルに媚びることを覚えたのではないかね、ははっ」


 ベラスケスの紋章を身に着けた小さな王太子を見て、他国の貴族は遠慮のない嘲笑を浴びせた。惨めで滑稽なベラスケスの近況は、酒の肴にはちょうどよい馬鹿話だったのかもしれない。

 ベラスケスのように聖遺物を持たない小国は、帝国に擦り寄るか吸収されるかの二択。前者はともかく、後者に関しては聖遺物を奪おうとして失敗した結果に他ならない。故国ベラスケスもまた、それらの愚かな国々と同じ末路を辿りかけた過去があると学んだ。


 ──我らは違う。神々の手など借りずに、自らの手で力を創り上げてみせる。


 父は正気ではなかった。

 いわばその宣言は、絶対の真理である天空神を、人の身でありながら超越すると豪語しているも同然。サルバドールは幼いながらも、父とそれに賛同する者たちに恐れを抱いたものだ。

 そして、そんな恐怖は息子である自分にも当然のように向けられ、悪しざまな陰口を投げつけられるのだと知った。


「お分かりになりましたか、サルバドール様。あなたは将来、あなたを嗤った者どもに裁きを下さねばなりません。陛下は昔から長きにわたってこの屈辱を一身に……」


 もう分かった、十分に分かったから黙ってくれ。

 気分が悪くなり、饒舌に語る護衛騎士の傍からフラフラと離れる。背中に突き刺さる冷たい視線に怯えるのにも疲れてしまった。

 人気のない庭園に迷い込んでは、とうとう我慢できずに胃の中のものを戻した。一緒に出てきた涙は悔しさか、それとも王位を継がねばならない未来への拒絶だったか。とにかく悪寒が止まらなかった。

 遥々やってきた華やかな誕生祭で、庭園の隅でひとり吐いている状況にも虚しさが込み上げる。体調不良を理由に、さっさと切り上げてしまおうと口元を拭ったときだった。


「……」


 すぐそこにある、淡いピンク色の布。何枚にも重ねられた上質なサテンは、今しがた自分が戻した嘔吐物によって悲惨な状態になってしまっている。

 みるみる青褪めながら視線を上げていけば、垣根の隙間に小さな少女が座っていた。銀色の髪に、鮮やかな薔薇の瞳をした妖精のような──。


「…………ご……ごめん……」


 最初からそこにいたであろう少女は、いきなりフラフラとやって来た少年にゲロをぶちまけられたせいで石のように固まっていた。当然である。

 とんでもないことをしでかしてしまったサルバドールがあわや気を失いそうになったとき、ようやく少女が笑顔を浮かべた。


「いいよ、ゲロのおにいちゃん」


 幼い少女とは思えぬほど、随分と凄みの利いた声だったのは言うまでもない。



 ◇◇◇



「うっ、ちょっと待って、私の顔を見ながらじっくり思い返さないでくれ、頼む、頼みます」


 そう言いつつ自分もはっきりと過去の出来事を思い出してしまったのだろう。赤銅色のさらさらとした髪を掻き上げながら、ベラスケス国王サルバドールは噴き出す冷汗を拭っていた。

 残念な出会いから十年以上が経ったが、相変わらず気弱そうな顔立ちは昔のまま。血塗られた政変の噂を聞いたときは、すっかり人が変わってしまったのかと思っていたが──これはこれで、よく狂王を打ち負かしたものだ。いろんな意味で感心しつつ、モニカは若き国王に深く頭を垂れた。


「お久しぶりでございます、サルバドール・ナルディオ=ベラスケス国王陛下。正式な手続きもなく訪問したこと、どうかお許しください」

「あ、ああ、いや、頭を上げてくれ。此度の件は私の不手際ゆえ……謝るのはこちらの方だ」


 サルバドールは疲労感たっぷりに肩を落とすと、側近のアマデオに仕事を託して執務室を出る。その際、近衛騎士には先んじて贋物実験場へ向かうよう指示も出しつつ。

 彼が即位したのはわずか二年前だが、立ち振る舞いや部下の使い方は板についていた。惜しむらくは、階段を下りる際に差し出された手がガッタガタに震えているところだろうか。惨めなほど震えたエスコートにモニカが応じれば、ぎこちない笑みが返ってくる。


「……す、すまないね。未だに申し訳なさが拭えなくて……あ、そ、そうだ。ベラスケスにも君の噂が届いていたよ。公爵家の嫡男との婚約……は破談になったんだったか……」


 持ち出す話題を間違えたと言わんばかりに、サルバドールが顔を片手で覆ってしまった。

 何とも分かりやすい国王にふわりと微笑んだモニカは、「お気になさらず」と平坦な口調で言う。


「婚約破棄は私の至らぬ点が招いたことですもの。そんなことよりも、私は陛下が昔と変わりないようで安心いたしました」

「ええと、それは褒め言葉と受け取って良いのかな……?」

「勿論でございます」


 もしもサルバドールが噂通りの男に成長していたなら、こうしてグレンの身柄を返してくれと頼んでも聞き入れることはなかっただろう。国の情勢は未だ不安定とは言え、狂王に倣った恐怖政治を敷く心配もなさそうだ。おまけに蒸気機関なるものに目を付け、宣言通り「新たな道」を模索する姿勢は称賛に値する。

 そういったことも素直に伝えれば、サルバドールはちらりと彼女を見上げて笑った。


「君に褒められると自信がつくよ。ここは毎日ギスギスしているからね……」

「……胃も弱いままで?」

「吐かない、最近は吐いてないぞ、安心してくれ」


 彼が勢いよく頭を振って否定したところで、二人は柱廊へ出た。ふと視線をずらしてみれば、灰色の空から小雨が降っている。ベラスケスの降雨量を思えば特に珍しいことでもないが──モニカは白く霞む遠景を見遣り、湿った土の匂いを吸い込んだ。


「それにしても、君が魔術師を雇っているのは何だか意外だな。いやそもそも、今は何を?」


 改めてモニカの旅装を見たサルバドールが、はてと首をかしげる。

 成人したとはいえ貴族の娘が単独で遠出をするなど、あまり聞かない話だろう。彼の疑問は至極当然だが、おいそれと聖遺物の話をするわけにもいくまい。

 代わりにモニカは生白い手を頬に添えて、小さく息をついた。


「……傷心旅行……」

「!!!!」

「……というのは冗談で、父の跡目を継ぐために勉強がてら他国を回っております」

「君、もしや私で遊んでいるね!? ……でも、そうか。伯爵位を継ぐのか」


 また失言をしたのかと真っ青になっていたサルバドールは、一転して納得した様子で頷く。予想と少し違う反応にモニカがまばたきを繰り返せば、彼は照れ臭そうに目許をやわらげた。


「や、君なら良い当主になりそうだと思って。父君と同じで優秀だと聞くし……反対もあるだろうけど私は応援するよ。何か手伝えることがあれば──いやまずは自国の問題を片付けるべきだが、相談ならいつでも乗ろう」


 思わぬ前向きな言葉を貰ってしまい、モニカは不覚にも呆けてしまった。

 女の身で爵位を継ぐということに、レアード王国の貴族はみな批判的だ。多様な価値観が集うカレンベル帝国であっても、その保守的な認識はなかなか覆らない。

 だが、良くも悪くも常識が見直されようとしているベラスケス王国では、モニカの爵位承継に関しても寛大のようだった。

 暫く言葉を失っていたモニカは、サルバドールの穏やかな横顔を窺いつつ、静かに頭を下げた。


「心強い激励をありがとうございます、陛下──……!」


 そうして少しばかり相好を崩したのも束の間、ふとモニカは立ち止まる。


「モニカ?」


 赤銅色の頭がゆっくりと振り返った瞬間だった。

 どこからか弦の弾かれる音が鳴り、視界の端から何かが一直線に空を駆ける。


 ──曇天に紛れて放たれた鋭い鏃が、国王の首を狙った。


「……陛下!」



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