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「セベ殿! 訪問の予定はなかったはずですが……本日はどのようなご用件で?」
「アマデオ! 陛下に会わせてくれ、ちょいと頼みがあるんじゃ!」
「ちょ、お、落ち着いてください、陛下はまだ公務中ですって」
応接室に現れたのは、アマデオという名の青年だった。
ジェセニア王宮へ向かう間にセベから聞いた話では、彼はサルバドール王の側近を務めている人物だとか。温和な顔立ちとひょろりと高い背丈は、いかにも文官らしい出で立ちだ。そんな彼も国王と同様、蒸気機関の実用化に向けて他の貴族との交渉を重ねている一人である。
アマデオは連絡もなしに突然やって来たセベを驚いた様子で迎える一方、モニカとヒルデの姿を見て首をかしげた。
「失礼、そちらの方々は?」
「ご挨拶が遅れました、アマデオ・カシャーリ様。私、レアード王国から参りましたモニカ・フェルンバッハと申します」
一歩前に出たモニカが、スカートの裾を軽く摘まみつつお辞儀をする。その洗練された所作につい見惚れてしまったのは、何もヒルデだけではなかったようだ。
挨拶を受けたアマデオも呆けた顔で「はあ」と生返事をしてから、次第にその頬を引き攣らせていく。慌ただしく背筋を伸ばしては、右手を胸に当てて礼を返した。
「これは……レアード建国の功臣と名高きフェルンバッハ家のお嬢様が、なにゆえ我がベラスケスに……?」
建国の功臣。ヒルデはその言葉を聞くや否や、密かに目を見開く。
レアード王国の由緒ある家門、ということだけならモニカ本人から聞いていたが、まさかそこまでの地位があったとは露知らず。
しかしそれなら何故──フェルンバッハ家は伯爵の位に留まっているのだろう。王家の手足として活躍し、建国に関わった家門というのは、公爵位とそれに応じた強い権力が与えられるべきなのに。
西大陸の国家とは慣習が違うのだろうかと考え、いやと頭を振る。
(……確か、レアードは王朝の交代が多かったのよね)
フェルンバッハ家は建国時の王家から与えられていた公爵位を剥奪され、今のシュレーゲル伯爵に落ち着いたのかもしれない。王朝の交代に伴って爵位と権力を自ら手放した線もあるだろうが、いずれにせよ新興貴族からは煙たがられるだろう。占い師騒動があった子爵邸でも、同じ貴族であるにも関わらずモニカを始末しようとする動きは見て取れた。
彼女を取り巻く複雑な環境と、フェルンバッハ家に受け継がれている高貴な血脈を垣間見たヒルデは、静かに再開された会話によって我に返る。
「私の雇った魔術師二名が、こちらの贋物実験場に連れ去られてしまったようなのです。貴国の事情に首を突っ込むようで心苦しいのですが……無礼を承知の上で申し上げます。彼らの身柄の保護、および返還をお願いしたく存じます」
「そういうことじゃアマデオ、一時的でもええから実験場を止めい! わしの貴重な協力者が減るのは見過ごせん!」
「モ、モニカ様の雇われた魔術師が? 二人もっ?」
静と動、対照的なモニカとセベの要求を前にして、アマデオが多大な困惑を露わに後ずさる。
そして心底参ったように額を覆っては、錆びついた動きで「ええと」と片手を動かした。落ち着きのない仕草を繰り返した後、やがて思考の整理を終えたのだろう、すっかり青褪めた顔で小刻みに頷く。
「分かりました。すぐに陛下にお話します。セベ殿、あなたはモニカ様を実験場へお連れしてください」
「よし来た!!」
「あ、実験場の備品を壊して回るのはよしてくださいよ!? 喧嘩の仲裁は嫌ですからね!」
「わーっとるわい! ほれ行くぞお嬢たち!」
「は、はいっ」
応接室を飛び出していったセベに釣られて、ヒルデは弾かれるように返事をした。見失う前に後を追わねばと駆け出そうとしたところで、何故かその場からじっと動かないモニカに気付く。
「モニカ殿っ? どうかしましたか……?」
思案げに口元を隠したまま振り返ったモニカは、にこりと目を細めた。アマデオに一礼して退室するのかと思いきや、彼女は廊下に出るや否や少女へ耳打ちをしたのだった。
「……。ヒルデさん──」
□□□
分かりやすい困惑をそこに宿したまま、薄紅の少女は一人でセベの後を追った。その躊躇いがちな足取りを見送ったモニカは、心なしか口元を引き締めつつ踵を返す。
「アマデオ様!」
「……はいっ?」
サルバドールの元へ行こうとしていたアマデオが、間の抜けた返事と共に顔をこちらに向けた。不思議そうに瞬く瞳に微笑みを投げ掛け、モニカはさっさと彼を追い越していく。
「よく考えたら、陛下にご挨拶もせずにお願いをするなど失礼でしたね。謁見にご一緒させていただいても?」
「えっ……か、構いませんが……魔術師の方とお会いにならなくてよろしいのですか?」
「ええ、別に。それよりも今は陛下にご説明をしなくては。手違いとは言え、貴国の施設を停止してくれと頼むのですから。ね?」
贋物生産についての是非には触れず、国家を跨ぐ干渉を指して話せば、アマデオはどこかホッとした表情を浮かべた。
他国の王侯貴族から贋物やカイメラの危険性を好き勝手に論われる、なんてことは彼もごまんと経験しているのだろう。今回の客はそれに該当しないと察して、ほんの少し安堵した様子で肩を竦める。
「……お気遣いに感謝いたします、モニカ様。我が国が二分していることは既にご存知のようですね……お恥ずかしい限りです」
「レアードも似たようなものですよ、そう身構えないでくださいな」
「そのようなことは──あ、こちらですモニカ様。陛下は執務室にいらっしゃいますので」
アマデオが先んじて執務室の中へ入って説明をしている間、モニカは笑みを維持したまま小さく溜息をついた。
──実を言えば、国王サルバドールとは一度だけ会ったことがある。
カレンベル帝国で開かれた皇帝の誕生祭、友好関係にある各国の重鎮が出席した大規模な宴会で、ベラスケス王国の若き王太子もそこにいた。ベラスケスの王族が誕生祭にやって来たのは、後にも先にもその一度だけだったけれど。
そんな貴重とも言える機会に、モニカは運良くサルバドールと出くわしたのだ。当時は塞ぎ込んでいるような印象が強かったが、今はどうなったのだろう。
セベの話を聞く限り、狂王と恐れられた父親に神前決闘を申し込むぐらいには成長したのだ。さぞかし逞しくなったのだろうと、モニカは扉に手を掛けたが。
「……え? 今なんて? モニカ……フェルンバッハの? ひえっ……! 私の許しなんか請わなくていい!! 早く施設を止めるよう言ってこいアマデオ!!」
「あ、はいっ? よろしいのですか? また反光神主義の者どもが不満を申すかも……」
「もうそんなのよりモニカのほうが怖いから早くしてアマデオ! いや! 私が自分で行ってくる、アマデオはこっちの書類を代わりに──はああーっ!?」
内側から開かれた扉。慌ただしく飛び出してきた男は、そこに立っていた銀髪の乙女を認めて甲高い悲鳴を上げたのだった。




