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発明家の老人が長年にわたって蒐集した品の数々は、一見してガラクタばかりだった。
光の神々にゆかりあるものでもなければ、稀少な骨董品でもない。古物商が戯れにその品々を鑑定してみても、最終的には首をかしげて立ち去った。
老人はいつも言うのだ。
──これは神さえも知らぬ“神無の屑”だと。
ごみを拾うなとセベはその都度思っていたのだが、発明家として様々な知識を得ていく過程で、次第に老人が拾ったガラクタの中にとんでもないものが混ざっていることに気が付く。
見たこともない奇怪な装置の設計図、どの国にもない技術で作られた金属製の道具、魔術とは違う力をもとに計算された謎の器具。これは一体何だと大興奮するセベを、老人はしたり顔で迎え──「知らん!」と堂々答えたのだった。
「その日はジジイに対する尊敬が半分ほど減ったのう」
「……で、結局分かったのかよ? 兵器っつってたろ、これ」
「恐らくそうじゃろうと、一応の結論が出たんじゃよ。弓矢の上位互換じゃろうて」
「弓ぃ? これがか?」
筒口を覗き込みながら、グレンは全く理解できないとばかりに問い返す。真っ黒な円を凝視すること数秒、不意にセベがそこに小さな黒い玉を入れた。
カン、と筒の底から音が鳴る。
「この玉をスポーンと遠くに飛ばすんじゃ。筒の中で爆発を起こして、その衝撃でな。しかし困ったことにそんな小規模の爆発なんて調整できなくてのう。火薬も作ってみたがまぁー上手く行かん! ジジイもちょっと前に死んでもて……結果的に試薬で近所の家が燃えた」
「おい」
「じゃが! じゃがじゃが! 魔術師なら出来るじゃろ! 火薬は絶対にわしが完成させるがな、その前にこいつの威力を再現してほしいんじゃ!」
いきなり自宅を燃やされた住人からすれば堪ったものではなかっただろうが、前のめりに頼み込むセベの表情は真剣そのものだった。
グレンは仰け反ったまま暫し沈黙を返す。このボロ小屋へ来る前に見せたセベの笑みは、蒸気機関が「神無の屑」であることを言外に伝えていたのだろう。二人の発明家は共に設計図を読み解き、それをフーモの街で完全再現させてしまったわけだ。
この変わった形の筒を使って欲しいとグレンに頼むのは、ひとえに──止まることのない知的好奇心を満たし、あらたな発想へと昇華させるため。
そこに、魔術師という存在への偏見や差別は一つも含まれていなかった。
何の裏もない純粋な欲求を目の当たりにしたグレンは、短い溜息をつきながらも頷く。
「……分かったから離れろ」
「は!? やってくれるんか!? 何だチンピラ、顔に似合わずええ奴じゃのう!」
「この筒ぶっ壊れても文句言うなよ」
「えッ!!」
それは大変困ると言いたげなセベを後目に、グレンは重い筒をぐるりと回して持ち手を掴んだ。弓矢の上位互換だというなら、やはりこれも人間が担いで狙いを定めるのだろう。セベ曰く、この長い筒の中に火薬を注ぎ、ごく小規模の爆発を利用して玉を飛ばすとのことだが──恐らく魔術であってもその微調整は難しい。
グレンは筒を肩に乗せつつ外へ向かうと、わくわくと目を輝かせているセベに声をかけた。
「おい、暫く耳塞いでろ」
「おん!? 何でじゃ」
「これ壊すぞ」
セベが即座に両手で耳を塞いだ。
日常的に脅しをかけているモニカの気持ちがちょっと分かってしまったのが悔しいが、気にせずグレンは指輪を回す。
「──ティーナ、力を貸せ」
小さな囁きが月夜に溶け込めば、彼の周りに橙色の光──火の聖霊が舞い降りる。
彼らに供物の血を与えながら、つと視線を移す。ラボの外には少しばかり開けた庭があり、隅にはちょうどよいガラクタの山があった。あれなら壊しても問題なさそうだと、静かに筒口を向けた。
「ん……おいチンピラ! しっかり握ったほうがええぞ、発砲するとお前にも衝撃が行く!」
「コラ先に言え──っ!?」
遅すぎる忠告を聞いて咄嗟に身構えた瞬間、大きな破裂音がフーモの街に響き渡る。
直後にガラクタの山の一部が吹っ飛び、筒から吐き出された黒い玉が漆喰の壁に当たって落ちた。
残響がようやく止む頃になって、グレンは微かに痺れる両腕と、煙を上げる筒口を見遣る。
「……何つー武器だよ……」
「うひゃあー!! 凄いぞチンピラぁ!! これじゃこれじゃ、これが見たかったんじゃ!」
呆然とするグレンを置いて、大興奮のセベがガラクタの山へと駆けていく。玉が当たった箇所を確かめるのだろう。グレンは未だ発砲の衝撃が残る手のひらを擦り合わせつつ、自身もその後を追った。
「ほー、こりゃ凄い。鉄板をぶち抜いとる……そこまで威力が出るとは思わんかったな。距離が近かったからかのう? チンピラ、爆発は筒を破壊しない程度に抑えたんか?」
「そういう指示はした。ぶっ壊す寸前の威力だとは思うぞ」
実際どこか破壊しているかもしれないが、と密かにグレンは筒を確認する。見たところ亀裂が入ったり部品がなくなったりはしていない。
「ふーむ、しかし反動が凄まじかったのう。戦に使うもんじゃとして、これじゃ当たるもんも当たらなさそうじゃな。撃ってみた所感は?」
「……。狙った場所には飛ばねぇな。あと音がうるせぇ」
「全くじゃ」
セベは鷹揚に頷きながらも、すぐさま嬉しそうに頬を持ち上げる。いそいそと小さな黒い玉を拾って来ては、抑えきれない喜びを露わに両手を広げた。
「や、さすがじゃチンピラ! 想像以上のもんが見れたわい! 魔術師の招集さえなけりゃあ、こんな実験も簡単に頼めるんじゃがのう」
「王都以外には一人も残ってねぇのか?」
セベの手に筒を投げ渡したグレンは、ガラクタの中にあった机に腰を下ろす。強張った肩や首を回せば、地べたに座り込んだセベの「ああ」と気落ちした声が返ってくる。
「めっきり見なくなったなぁ……王宮の連中はいかん。先代の狂王に毒された奴が多すぎる。贋物なんぞ人間が制御できるのはほんの一握りじゃと言うのに。国名もカイメラ王国にしたほうがええわい」
「そりゃ良いな」
ベラスケスは今やカイメラが絶え間なく生まれる国なのだから、ぴったりの名前だろう。グレンが冗談交じりに同意すると、筒を傍らに置いたセベが不思議そうな声音で尋ねた。
「そういやチンピラ、お前どうしてベラスケスに来た? 自殺か?」
「違うわ。俺だってあのクソ女がいなけりゃ一刻も早く出ていきたい」
「ほぉん? ま、王宮にゃ近付かんことじゃ。もし捕まったら、そうじゃの……陛下に助けを求めるんじゃな」
蒸気の音と共に、沈黙が走り抜ける。
暫し険しい顔でセベの言葉を反芻していたグレンは、ようやく訝しむ眼差しを差し向けた。
「……は? 陛下? サルバドール王のことを言ってんのか?」
「そうじゃよ。みーんな勘違いしとるが、陛下は贋物実験などしとらんからな」
「は?」
「わはは、何じゃチンピラ、『は?』しか言えなくなったんか」
セベは一頻り笑うと、困惑を露わにするグレンに向き直り、秘密話の準備でもするかのようにあぐらを掻く。長い筒を杖に見立てて体重をかけると、「ここだけの話じゃがな」と語りかけた。
「フーモの街が貧民街から脱したのは、当時王太子だったサルバドール様の支援があったからじゃよ。街を買い取ったクレメンと一緒に、蒸気機関の実用化についてもよぉーく話を聞いてくれよる」
「……お前の妄想じゃねぇだろうな。カイメラ実験を主導してんのはサルバドールだってもっぱらの噂だろうが」
「周りの貴族が陛下にぜーんぶ擦り付けとんじゃ! 自分らが勝手に実験してるくせにの」
実の父親である狂王を殺害した王太子サルバドール。血塗られた政変は、その狂った血筋が織りなす惨たらしい悲劇であったと人々は語る。
しかし実際は、魔術師を無差別に狩り続ける父の凶行を止めるため、サルバドールが神前決闘を申し込んだのだとセベは言う。生まれつきそれほど体が強くなかった王太子が勝利する見込みは薄く、勝負の行方は目に見えていた──はずだった。
「陛下は瀕死の状態で、父王の首を飛ばした。チンピラでも知っとるじゃろう、神前決闘の勝者には絶対の正しさが付与される。つまり──サルバドール陛下は正式な手順を踏んで、王の資格を得たんじゃよ」
だが、死闘の末に正統なる王を待ち受けていたのは、狂王のもとに集った貴族たちの冷ややかな目だったのだ。




