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「いやぁー美味い! 美味いな! すまんのチンピラ、ここまで運んでもらって」
「お前が! 勝手に! 背中に乗って来たんだろ!」
空腹で倒れたセベは「美味い食べ物をくれ」と言いながら、非情にも立ち去ろうとしていたグレンの背中にしがみつき、結局この酒場まで運ばせた。
痩せ気味とはいえ男一人を背負う羽目になったグレンは、酒場に着くなりセベを投げ落とす。料理を運んでいた女給は若き発明家を見るなり、「あらセベさん!」と相好を崩した。どうやら顔見知りのようで、女給はすぐにセベを座席に座らせては料理を運んで来たのだった。
「もー、最近見ないなぁと思ったら! また何も食べずに考え事してたんでしょ」
「そうなんかなぁ、覚えとらん。気付いたら採掘場におったわ」
「おいおい、ちゃんと食ってくれよ。爺さんがいなくなってから生活習慣ガバガバじゃねぇか」
「ジジイも言うほど健康じゃなかったろうに」
食事を物凄い速さで進めながら律儀に返答するセベを、グレンは少し離れたところからぐったりと眺める。
このまま知らん顔をして宿屋に戻るべきか。いや、さっきからセベがちらちらと視線を寄越してくるので、逃げるのは少し難しいかもしれない。
変人は心臓箱入れ娘とブタ狂い殺人鬼で手一杯、これ以上厄介な人間と関わりを持ちたくない──などと思う反面、指輪の話を出されたせいか、グレンの腰は椅子に引っ付いたままなかなか持ち上がらなかった。
(……あいつ、これを発明家の爺さんに作れって頼んだのか?)
今やぴったりと人差し指に嵌まっている金環。
たとえ武器を奪われても魔術の行使が可能だからと、今まで深く考えずに愛用していたが……確かに、過去に遭遇した魔術師がこのような指輪を持っていた記憶はない。
つまりは特注品だったのかと、微かな苛立ちを覚えて指輪から視線を外した。
「あー食った食った、はいお代」
「まいど、明日もしっかり食べに来てよ!」
「気が向いたら行くわい。ほーれチンピラ! わしのラボへ行くぞ、ラボへ!」
ぐいと腕を引かれて酒場の外へ連行されたグレンは、喜色満面のセベを一瞥しては大きな溜息をついたのだった。
フーモの街の面積はそれほど広くない。周りを崖に囲まれていることは勿論、そもそも民家を建てられる頑丈な地盤が限られていたとセベは言う。
ゆえに街を縦に伸ばし、負荷が掛かる下層を出来る限り補強しつつ、ついでに配管も増やしつつ、ときには周囲の崖をも利用して足場を増やし──そんなことをし続けた結果が今のフーモだと。
「クレメンが言うたんじゃ。この街を好きにしていいから、発明品を売る権利をくれとなぁ。勿論ちゃんと売り上げは分けるからーっと」
聞いてもないのに喋り出すのは変人の特徴かもしれない。
慣れた足取りでフーモの街を登っていくセベの後を追いながら、グレンはちらりと民家の隙間を見遣る。微かな水蒸気を漏らす管から、細い金属棒が伸びている。しゅこしゅこと音を立てながら動くそれが、上手い具合に歯車を動かしているようだった。
ありとあらゆる場所で複雑に設置された配管と歯車。もはや何がどこに繋がっているか忘れてしまったと、セベは他人事のように笑う。
「まー上手く動いとるからええじゃろ。最初こそ酷かったがなぁ、侯爵がいろいろ工面してくれたおかげじゃの」
「……。これ、全部お前と爺さんが考えたのか?」
「んー? 違うぞ」
「え」
平然と返ってきた否定にぽかんとしてしまえば、こちらを振り返ったセベが目を細めた。その微笑にも届かない表情は何かを隠すような、あえてそれを滲ませているかのような白々しさがあった。
「その話は後じゃ! 走れ! 実験は人がいない夜中にせんとな! この前、殺す気かーって苦情が来てなぁ!」
「オイ待て俺に何させる気だ!?」
「朝には解放してやる、安心せえ!」
すぐさま哄笑を上げたセベは元気に両手を振り、狭く歪んだ階段を上っていく。途中、頭上から噴き出した水蒸気をひょいと避けて。
若干の命の危険を感じ始めたグレンはしかし、彼の後を渋々と追う。フーモの街にはモニカを狙う刺客もいなさそうだし、セベもだいぶ変わった人間だが悪意は感じられない。暇つぶしに付き合うぐらいなら大丈夫だろう。多分。
酒場のある大通りから離れていくたび、グレンの耳には自身の足音と蒸気の呼吸しか届かなくなる。青い月光を切り取る歯車の影が、石畳の上でなめらかに動いていた。
「さーて着いた、わしのラボじゃ! チンピラ! ここなら魔術を使って構わんぞ、誰も見ておらんからの」
「……ラボ……?」
あばら家の間違いではなかろうか。
階段を上り切った先にあったのは、フーモの街に張り巡らされた無数の配管を飲み込む一軒の小屋だった。
街にある民家が木造だったり煉瓦造りだったりする一方で、セベの言うラボ──実験所は素人が板を適当に打ち付けたような仕上がりである。
それこそ風が吹けば飛ぶのではないかと、グレンはつい天気を確認してしまった。
「おーいチンピラぁ! はよ入れ!」
「近いうちに壊れんぞ……」
グレンは独りごちながら、不安しかないラボに足を踏み入れる。そこはフーモの街の景色を凝縮したような、煩雑で騒がしい鋼の森だった。
大小さまざまな歯車が壁を埋め尽くし、よく分からないロープや鎖が天井──配管の隙間から垂れ下がっている。それらを避けるべく、グレンは心なしか身を屈めながら奥へと向かった。
ラボの最奥、配管の間にすっぽりと設置された、これまた散らかったテーブル。セベはその立てつけの悪い引き出しをガタガタと取り外してしまうと、何とテーブル上の小さな部品をまとめて薙ぎ払う。けたたましい音にグレンが耳を塞いだのも束の間、薄い箱から目的の物を探し当てたセベが「これじゃ!」と声を張り上げた。
「チンピラ、この筒の中で爆発を起こすことは出来るか?」
「ば……爆発だぁ?」
「あ、筒は壊すなよ! ボッと、あくまでボッとじゃ!」
セベが勢いよく差し出したのは、長い金属製の筒。一般的な片手剣と同じくらいの長さだろうか。ゆるやかに湾曲した持ち手には、何やら細やかな部品が取り付けられていた。
有無を言わさずに筒を持たされたグレンは、そのずっしりとした重さに目を瞬かせる。これもセベの発明品の一つなのだろうか。全くもって用途が分からず呆けていれば、いくつかの瓶を持ってきたセベがにっこりと口を切った。
「それな、兵器らしいんじゃよ」




