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カレンベル帝国やレアード王国、それからアストレア神聖国を筆頭に、この大陸の国々は少なからず魔術の力を借りて発展してきた。
無論、その他の小国──ベラスケス王国も例外ではない。
フーモの街を除いた地域では、他と同様に魔術を組み込んだ街並みが広がっているはずだ。代表的なもので言えば、レアード王国の大都市ラトレで大量に吊るされていたランプ。あれは火の聖霊によって半永久的に光を供給できることから、ベラスケスを含めた各国で広く利用されているのだ。
他にも不純物を含まない飲料水の確保や武具の加工など、魔術師を多く保有する国ほど多岐にわたって聖霊の力が活用される。これほど日常的に世話になっておきながら魔術師を忌避する者が多いのは、ひとえにその恩恵を知らなかったり、供物として血を使うことへの不信感だったり──ある仮説を信じ込んでいたりと理由は様々だ。
それはさておき、世間の流れに逆らい、フーモの街が魔術を排して独自の発展を遂げたのは、クレメンが連れてきた一人の発明家が発端となっている。
「クレメン様と同じくらいの歳でなぁ、頑固な爺さんだったよ。でも本当に、あの人の発明は面白いもんばっかりだ」
「……その爺さんはもう死んだのか?」
「ああ、数年前にぽっくり」
日が落ちる頃、グレンは宿屋を脱け出して賑やかな酒場へと足を運んでいた。勿論モニカとヒルデは連れてきていない。
頬を赤らめ、エール酒を片手に騒ぐ若い男衆に紛れてしまえば、彼らはすぐに気を許した。勧められた酒に口を付けたグレンは、ちらりと酒場の内装に目を向ける。
やはり天井には鉄製の管がいくつも通っていた。中には屋根を勝手にぶち抜いたようなものもあるが、店主は怒らなかったのだろうか。
するとグレンの視線の先を見た一人が、笑いながら天井を指差した。
「あの配管、今も弟子が増やしまくっててな」
「へえ、弟子がいんのか」
「おうよ、セベっていう……爺さんに似て変な野郎だ」
亡き発明家の遺志を継いだセベという若者は、街の上層に居を構えては開発に勤しんでいるという。と言ってもそれは街に暮らす人々のためではなく、あくまで自分の知的好奇心を満たすためだろうと彼らは笑った。
「全部が全部役に立つもんじゃねぇんだ。ほら、あれとか」
屋根の隙間から見えたのは、くるくると回り続ける銀色の風見鶏。商船の帆柱にあったものを買い取ったセベが、何を思ったのか街の一角に取り付けたそうだ。
また何か発明をしたのかと皆は期待したが、いつ見てもぐるぐるぐるぐる回っているだけで、風見の役割すら果たしていないことを知っては「ただひたすら動いて光るオブジェ」に落ち着いている。
「まぁ、他にもいろいろよく分からんもんがあるんだが……蒸気機関は便利でなぁ。とくに運搬が楽で」
「蒸気……あの配管と歯車か」
「そうそう、爺さんとセベの指示で俺たちが作ったんだ。地下水の汲み上げなんかも早くなって……暇があったら下層の採掘場を見てみな、凄いからよ」
グレンは口角を上げて「そうかい」と相槌を打ち、酒を呷る。
フーモの街において、稀代の発明家への評価は概ね良いようだ。長らく魔術に慣れた人々からすれば、奇怪な技術を恐れそうなものだが──土地の所有者であるクレメンがその辺りの溝を埋めたのだろう。聞く限り発明家二名には優れた対話能力が備わっているようには思えなかったので、恐らく。
談笑もそこそこに席を立ち、グレンは話に聞いた採掘場とやらへ向かってみた。民家の継ぎ目から吐き出される熱気を避けつつ、石畳の敷かれた大通りを抜ける。ふ、と鉄の匂いが鼻腔を掠めた。
「ここか……」
錆びた鉄柵を握り、絶え間なく轟音を響かせる広場の底を覗き込む。紅土の壁に囲まれた円筒形の採掘場には、ゆっくりと上下運動を繰り返す巨大な起重機が三機ほど稼働していた。
湧き出る地下水を汲み上げては水路へ流し、また採掘場の底へと沈んでいく。本来なら採掘に伴う大変な作業であろうに、人手も魔術もいらないとは大したものだ。
グレンが頬杖をつきながら、ぼんやりと地下水に映る月を見詰めていると。
「違うのう、違う。さすがに限界かの……あの鍛冶屋、もっと腕を磨いてくれんかの……」
「……」
「はあ……その辺に魔術師は落ちとらんかな。ボイラーをちょいとボッと燃やしてくれんかの……おらんのよな、これがぁ……困ったわい」
「…………」
「そいや谷のコウモリが死んだ言うとったな……魔術師を探しに外に繰り出してみるか……いんやぁ、わしにそんな体力な」
「おいうるせぇな、独り言デカすぎだろ」
「ああー!? 急に声かけよって、びっくりするじゃろがい!!」
びっくりしたのはこっちである。
グレンがいる足場より一段下の層でぐちぐちと嘆いていたのは、年寄り臭い喋り方とは裏腹にとても若い男だった。
指を通せば確実に十本ほど抜けてしまいそうな乾燥した茶髪、身にまとうシャツと胸当てつきのズボンは何年も着ているのか穴だらけ。物乞いと見紛うほどの装いにグレンが一歩引いてしまうと、落ち着きを取り戻した男がしげしげとこちらを仰ぎ見た。
「ほお、客人か? こんな一日中ずっと酒飲んでそうなチンピラ、フーモにはおらんで」
「チンピラで悪かったな。じゃ……」
「お!? 待てチンピラ!! その指輪!」
あまり関わりたくなかったので早々に退散しようとしたが、呼び止められてしまった。グレンがげんなりとしながら立ち止まれば、男がトカゲよろしく忙しない動きで梯子を上ってくる。そうして鉄柵を跨ごうとしては脛を打ち付け、悶えること暫く。
震える手でグレンの右手を掴んだ男は、人差し指に嵌めた金環を舐め回すように観察し、やはりと大きく頷いた。
「こいつはジジイが作った指輪じゃ。チンピラ、お前もしや魔術師か」
「は……?」
思わぬところで素性を見抜かれ、グレンは不覚にもたじろぐ。
この指輪は──昔、師から贈られたものだ。魔術を行使する際、幼子がナイフでいちいち皮膚を切るのは危険だからと。大人の指に併せて作られたそれは、まだ幼かったグレンには嵌めることが出来ず、しばらくは親指を突っ込んで回していた。
あれはいつのことだったか。師が消えるより前だから、もう二十年ほど経つのだろうか。
「二十年……?」
「ジジイが昔、魔術師に頼まれて道具を作った言うとった。ほれ、この唐草模様の部分をずらすと刃が滑り出てくるんじゃろ?」
「痛ッッ回しすぎだ馬鹿!」
ぼうっと過去の記憶を遡っていたら、人差し指の腹にざっくりと刃が刺さった。
慌てて右手を振り払い、指輪を逆に回したところでハッと頬を引き攣らせる。これでは男の言葉を肯定してしまったも同然。ぎこちない動きで瞳を動かしていけば案の定、爛々と顔を煌めかせた男に迎えられた。
「チンピラ魔術師よ、ちょいと協力してくれんか?」
「嫌だ」
「まだ何も言うとらんじゃろがい! そうじゃ、まずは自己紹介からするか? わしはセベじゃ! 好きな食べ物はかびてないパン! 嫌いな食べ物はかびたパンじゃ!」
満面の笑みでそう言った直後、男──発明家のセベは腹部を押さえて勢いよく倒れたのだった。




